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「拓海、お見合いをしなさい」

 親父からいきなり見合い写真と釣書を渡された俺は呆然とした。
 …俺がどんな女を見ても能面にしか見えないと知っている親父がこんなことを言い出すとは思ってもみなかったからだ。
 親父は「いいな?今週末、正午にプリンセスホテルのロビーで待ち合わせしているから必ず行くこと。すっぽかしたら帰る家は無いと思え‼」そう怒鳴ると固まっている俺を置き去りに家へ入っていった。
 …まだ大学生の俺がお見合いってどういうこと…?

 ノソノソと家に入ると姉貴が「拓海…ちょっと」と自室で手招きした。

「あんた、原山さんて女の子知っている?」

 ズバリ聞かれた名前…それは、少し前に俺が体だけの関係になっていた女性だった。

「…まあ、一応。それが何?」聞く俺の耳を引っ張りながら姉貴は小声で「来たのよ、今日」と囁いた。…はあ?

「来たって…家に?何しに?」

 俺の頭の中はハテナマークでいっぱいだった。既に別れている…もとい、体だけの関係だった女がここに来る理由が分からない。

「あのね、あんたと付き合っていたけれど、最近の彼は冷たくなって以前みたいに愛してくれなくなったって言ってきたのよ」

 姉の話を要約すると、俺と相思相愛でいつも体を求め合っていたのに、最近は冷たくなった。
 彼が心変わりする訳はないし、ご家族が私たちを引き裂こうとしているんじゃないかと思って乗り込んできた…と。
 …怖っ⁈ええ?頭の中でなんのラブストーリーが展開している訳?俺は一度だって好きだとか愛しているなんて言った覚えも無いし、第一顔が能面の女だから目をつむってヤッていたしな。
 …まあ、私の事好き?って聞かれればコトの最中だったら「うん」ぐらいは言っていたかもしれないが…それにしても怖すぎる。

「あんまり思い込みが激しいからお父さんが『我が家は代々の旧家ですから、拓海には婚約者がいます。お引き取りを』って言って追い返したんだから」

 なるほど…だからさっき怒っていたわけか…。

「だからってなんでお見合い?」未だ訳が分からない俺を呆れたように横目で見ると、「まあ、悪さばっかりしていて自分でつがいを探せないから見合いで探そうっちゅうことじゃないの?」と冷たく言った。

「諦めて、お見合いしてきなさいよ。上手くいけばつがいかもしれないわよ?」

 姉の言葉に渋々頷き、週末見合いに向かった俺は更に絶望に突き落とされることとなった。


「こちらが、地元の名士でいらっしゃいます伊集院家のご令嬢、椿子様でございます」

「初めまして、伊集院椿子でございます」

 何故か親ではなく付き添いの方と共に現れた見合い相手のご令嬢は上品な着物姿で登場した。…美しい所作と、美しい着物&立姿。でも顔は能面…。
 何で、こんなことに…とうんざりしつつも顔には出さず必死で笑顔を作った。

「それでは若い方だけで、散策でも…」という使い古された言い回しで二人きりでホテルの庭を散策しろと放り出された。…仕方ない…歩けばいいんだろう…。

「椿子さんは本当に物静かな方ですね?」

 俺はあまりしゃべらない見合い相手にうんざりしつつ声を掛けた。

「そんなことは…。拓海様は、私のような女はお嫌いですか?」と絡んでくる…。

「初めてお会いしたのに嫌いになるはずないじゃないですか。しかもこんなに素敵な方を」と適当に愛想を言うと『嬉しい…』といきなり胸に飛び込んできたのは驚いた。

「私、拓海様に会うのは初めてではございません。以前お見かけした時から、ずっと貴方様のことをお慕いしておりましたから」

 そう嬉しそうに言うが俺は恐怖に慄いていた。
 怖っ‼こいつストーカーかよ…冷たい汗が背中を伝うが彼女は興に乗ったようにしゃべり続ける。

「最近まで貴方様の彼女面をしていた原山という女性にも私とお見合いをするから別れてくれるようにお話をしましたの。随分と聞き分けのない女性で、私気分を害しましたわ」

 …こいつが、原因で原山が家まで突撃してきたのか…。納得はしたが理解はできない。

「もう、過去の女のことは私気にしませんから、幸せな夫婦になりましょうね」

 そう言った伊集院椿子の顔が【若女】の仮面に見えて、俺は恐怖に固まっていた。
 もしかしたら、これ自体も呪いの影響なのか…関係した女が愛に狂っていく呪いなのか…?と俺はパニックになりながら家へと帰り、親父に全てを打ち明けた。

「うーん…。なかなか厄介な呪いを貰ったもんだな…」

 そう言った親父にもどうしようもない話である。
 なんとか恐怖のストーカー令嬢の見合い話は破談にしてもらったが、俺は益々女性の能面恐怖症を拗らせていった。
「…でも独り身でいる限り、勝手に見初められて、お見合い話は持ち込まれちゃうわよ?」

 そう言った母の手元には積み上げられた見合い写真と釣り書の山が…。

「まあまあ、もしかしたら、この中に運命の相手がいるかもしれないじゃない?一応見てみなさいよ」と乗せられて、おびただしい数の写真を見るも、全てが能面のモノばかりだった。

「…仕方がないだろう?嫌なのは判るが、時々はお見合いをして、せめて男色家の噂だけでも消しなさい」

 そう若干の匙を投げられた頃、俺は地元の【狭間田市役所】へ就職することとなった。
 元々霊能力も高く、除霊の心得もある俺は最初から【初期課】へ配属が決まっていたらしい。上司があの時【若女】の能面を持ち込んだ田中さんだったのには驚いたけれど。

「あの時、私が能面を持っていかなければこんな目に遭わなくて済んだのに、拓海君には本当に申し訳ないことをしたね」と頭を下げられて、彼がずっと俺の為に苦しんでいたことを知った。

「いえ、あの日自分が愚かだったことが原因ですから。田中さんのせいじゃないですよ」

 俺の言葉に男泣きしてくれて、事情を判ってくれる人がいることのありがたみを知った。

「まだ、君の運命の女性が見つかっていないとしても、チャンスはあるし、諦めちゃいけないよ」

 そう励ましてくれる存在のなんとありがたいコトか。
 相変わらず能面女子たちに纏わりつかれ、イライラしても何とかやり過ごせるようになった年の春、まさかの奇跡が起こった。

「初めまして、今年入庁しました東雲理来と言います。よろしくお願いします」

 よく通る声で元気にあいさつした彼女には顔があったのだ…。
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