上 下
3 / 41

3

しおりを挟む
 皆さん、おはようございます。東雲理来(しののめ りく)です。

 皆さんは『お役所って9時5時勤務でしょ?楽そうwwwww』とか思っていらっしゃいませんか?勿論そんな訳はありません。
 確かに役所の受付業務を開始できるのは午前9時から午後5時ですが、時間外にも会議をしたり、国や県から理不尽にも【至急】と突発的な事務書類を送りつけられたり、いきなりの法改正や今回のはやり病の対応など、ありとあらゆる雑務を終業時間以降もしなくてはいけないのです。台風や洪水、ワクチン接種対応も突発的にあります。

「何で俺たちの税金でお前たちを養ってやらなくちゃいけねーんだよ」と仰る税金滞納者の方の長―いクレームにも対応しなくてはなりません。
 クレーマーって話、長いんですよね…。しかも同じことの繰り返し。内心『他に言う事ねーなら帰れよ』と思っていますが、グッと堪えて笑顔で対応です。公務員も税金納めているんですけれどね?

 無駄に長い拘束時間のせいで、どんどんと仕事が出来る時間は削られていきます。
 それでも書類は待ってくれません。もちろん誰も変わってもくれません…。
 そんな公務員生活…どうですか?羨ましいですか?
 景気が良くても給料は上がらず、景気が悪くなれば叩かれる…ザ・公僕!
 あー楽しい公務員生活☆…私は今、公務員になったことを猛烈に後悔しながら捕縛網を振り回しています。

「そっちへ逃げたぞー‼追えー‼」北条先輩に怒鳴られながら、現在も元気に捕縛中なのです。

 事の発端は数時間前…午前5時頃のことでございました。
 私はまだスヤスヤと安らかな眠りの中で幸せに微睡んでおりました。…そこに響く呼び出しのメロディ…。
 スマホの着信音って、目覚まし以上にストレスが凄いです。しかも相手が北条先輩…。
 もう、仕事の呼び出し以外考えられないじゃないですか‼。しかも午前5時かよ…。
 着信拒否したい誘惑をグッと堪えて(報復が怖かった…)渋々電話に出た私に「遅い!さっさと出ろ」と怒鳴るゆとりの無い男。
 いくらイケメンでも、こんな男は願い下げだよ…みんな見てくれに騙されすぎじゃないの?と思いつつも話を聞くと

「葬儀社から直接連絡がきた。既にご臨終のお年寄りの魂が枕元から頑として離れないそうで困っているとのこと。お前なら対応できるだろうから、至急現場へ向かい説得しろ」とのことです。

 ああ…なるほどね「了解しました」
 私は渋々返事をすると着替えるために立ち上がった。

 実は、【裏戸籍課】に在籍するためには能力が必要となる。
 それは勿論【魂】が見えることだ。
 【魂】の存在を把握できなければ、捕縛も出来ない。…他の3人は魂を見て触れる能力があるのだ。
 でも、私にしかない能力…【魂と話せる】はこういう時に非常に重宝される。
 【魂】の意思を知り、話せると言うことは説得できるという事…と勝手に思われているようだが、実際に話せると言うことはそんなに簡単なことではない。
 【魂】に刻まれた生前の恨みや苦しみを切々と訴える人や、自分だけがこんなに苦しいのにと敵意をむき出しに罵倒してくる人までいる。魂も生前と同じ行動を取るわけだから、私はお悩みカウンセラーのようなものだ。
実際に市役所に来て恨みごとを言う人はごく僅かだけれど、不満や苦しみを誰かに聞いて欲しい人は大勢いる。最後に【魂】になってでもそれを果たしたいと願う人の話…
 それは…ぶっちゃけ長い。本当に長い。年齢に比例するのか老人程長いと思う。(東雲理来統計調べ)それをこれから聞かねばならぬのだ。

「お待ちしておりました。朝早くからご苦労様でございます」

 指定された家に着くと、葬儀屋さんが出迎えてくれた。

「亡くなられた方は 日向(ひなた) 権(ごん)三郎(さぶろう)さん、80歳です」廊下を歩きながら、ご臨終された方の説明を簡単に受ける。その点もこの葬儀屋さんは手慣れている。
「死因は?」聞く私に「心筋梗塞と死亡診断書には書かれています。最近不安定でソワソワしていたと奥様も仰っておられましたし、心因性のストレスが原因かと」と答える。

 そして到着したご遺体のある和室はかなりシュールな光景だった。
 ご遺体は布団に寝かされて顔に布を被せられているため表情は見えない。
 しかし、その枕元にはやんちゃ坊主がむくれた顔でドスンと座っているのだ。

「…魂の子供がえり現象…?」呟く私に葬儀屋さんが頷いた。

「ええ、私どもでこちらに伺った際にはすでにこの状態でした。魂にもご臨終印を押印してありますので、肉体と魂とはすでに切れている状態なのですが、ご本人が市役所に行くのを強固に拒まれて…。このままここにいては生まれ変わることも出来ず、腐敗すれば悪霊になる可能性もお伝えしたのですが…」

 葬儀屋さんも手は尽くしたようだが、困り果ててこちらへ連絡をくれたようだ。
【魂】が肉体と切れた時に過去の自分に戻りたいと思うあまり、魂が若返ることは意外と多いらしい。
 私はさっそく日向権三郎さんの魂とコンタクトを取ることにした。

「おはようございます。日向権三郎さんですよね?初めまして、私は狭間田(はざまだ)市役所戸籍課の東雲(しののめ)理来(りく)と申します」

 にこやかに挨拶をしたが無視された。

「…日向さんは本日付でお亡くなりになられています。このままここにいると生まれ変わることも出来ずに悪霊になる危険もございますし、一緒に市役所へお越しいただけませんか?」

 また無視…である。本当にムカつく爺さんだな(怒)

「あの…?日向権三郎さん⁈聞こえていますか?!」私は相手が老人なので耳が遠いことも想定して少し声を張り上げた。

「うるさい!聞こえているわ‼この小娘が」

 いきなり見た目が小学生ぐらいの子供に小娘呼ばわりされる私。

「ああ、良かったです聞こえていないのかなと思ったもので」

 私もシレッと返すが内心はムカついていた。聞こえているんだったら返事ぐらいしろよと言いたい。

「それで、先ほどのご説明をもう一度…」言いかける私に日向権三郎少年は振り払うように手をヒラヒラさせると「聞いていたから要らん。ワシはここから動かないからお前たちは帰れ。もう用はないだろう」と言い捨てソッポを向いた。
 
 やっぱりムカつくわ…この爺さん。話をしようにも取り付く島もないのではやりようもない。どうすればいいか…
 途方に暮れる我々の元に「失礼いたします」と声がかけられた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

処理中です...