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「よいしょ~っと、これで本日業務はほぼ終わりですかね?」

 本日最後のクール便配送手続きを終えた私は、隣の席に座る北条先輩に声を掛ける。

「あ…後は、うん。こっちの書類も決裁希望付けて課長の席に置いておいてくれ」

 スッと一枚の書類を渡される。見るともなしにその書類を見ると…
『初期化のコスト削減に係る機材整備について』のお知らせだった。

 …ああ、また来たよ…。
 定期的に初期化をするためのコストが掛かりすぎるとお上からはクレームが来る。
 確かに税金で賄っている以上は、こちらだって安く安全に初期化を図りたいと思っているのだ‼でも、現代は魂も凶悪化したり、論破しようとしたりする迷惑な生き方をするなど多様化している。

 昔の様に「はい、貴方はご臨終しました。これから魂を初期化及び、戸籍の没記録のために市役所へ向かってください」などと葬儀社に言われたからと真面目に来る魂も少なくなった。
 課長に言わせると「世知辛い世の中になったもんだなぁ~」だそうだが、こちとら、市役所に就職してからそんな魂に振り回されてばかりですよ。

「また来たんですね…今度はなんの機材を購入しろっていうんですか?」

 ムカつきながら聞くと先輩はこちらをチラッとだけ見てすぐに書類に目を落とした。

「今度は魂の吸引力抜群!大量確保を実現した夢の魂掃除機スイトルンだそうだ」

 …センスないネーミングだな、おい。

「おいくらなんですか?」「1台につき300万、充電機能付きなら500万だってさ」

「高っ‼…たしかに楽そうですけど…」二人でモグモグ言ってコッソリ笑いあう。
 
 うん、機能は悪くなさそうだけれど、如何せん高い!多分公費では買ってもらえないんだろうなーとも思う。
 そこへ会議を終えた田中課長が帰って来ると、案の定「買う訳ないじゃん」と即却下された。ソウデスヨネー…。

「君たちは公務員として給料貰っているでしょ?公僕でしょ?お高い機械を税金で買うなんてムダムダ。足を使って一人ずつ確保すればいい話なんだから、頑張って」

 にこやかに言うけれど、結構きついんですよ…筋肉痛にもなるし…。
 グッタリしながらも、あと少しで終業時間…という頃、戸籍窓口の職員が飛び込んできた。…嫌な予感…

「た、大変です‼ 先ほど例のはやり病で病死した魂の集団が…脱走しました―‼」

 やっぱりー‼ はい!本日の私、残業決定ですよー(涙)今日は美容院に行くつもりだったのに…予約もしたのに…。

「それでは、魂初期課は全員で、集団脱走した魂を確保せよ」

 課長がニッコリ笑いながら捕獲専用網と捕縛袋を押し付けてきた。
 はいはい…行けばいいんでしょ、行けば…。

 あ、説明が遅れました。
 私は東雲理来(しののめ りく)、今年狭間田市役所(はざまだしやくしょ)に就職したばかりのピッチピチの21歳、もちろん彼氏なしの新入職員です。

 私が当初配属された課は【戸籍課】でした。
 何も知らない私は『戸籍課なら、出生証明とか転入出とかを戸籍簿に記載したり、パソコン入力だけの事務業務じゃん!残業も無いし楽勝!』とまで思っていたのです。

 いざ、【戸籍課】に行き辞令を見せると、女性の先輩から『ああ、東雲さんは【裏】戸籍課だから、奥の、書庫の傍にある部屋へ向かってくれる?』と何故かよそよそしい感じで言われました。
 しかも周りからもヒソヒソと『あの娘…大変だね…』とか「カワイソー…」とか聞き捨てならない呟きが聞こえてきたんだから不安にならない新人などいるのでしょうか?
 …自分は一体何をさせられるのか? …大体【裏戸籍課】ってなんだ?

 …書庫の真横に【初期課(裏戸籍課)】と張られたプレートが見えますが、ここってどう見ても書庫の続き部屋ですよね?え…?もしかしたら窓際部署に勤務初日から配属されたの…?と動揺する私に、現在の上司である田中忠国課長は「ようこそ!選ばれし初期課へ」とニッコリ笑いました。…嬉しくないです。

 外聞には秘匿されている【初期課】という課は、実は相当古くから存在していた課であり、文字通り〈亡くなった人の魂をまっさらな状態に戻すことを目的とする〉課…つまり初期化…で【初期課】…ダジャレかよ!と思ったそこの貴方!…私も思いました。

 人は亡くなると医師から死亡診断書が出されます。すると葬儀社がその方の肉体と魂を切り離す手続きをし、魂に〈ご臨終〉印をペタリと押印します。
 これは特殊なインクで出来ているため、一般の方には見ることは出来ません。
 体から切り離された魂はそのままだと腐敗の恐れがあるため、葬儀社が特殊な防腐加工をします。…24時間ぐらいは持つでしょうか。
 魂はその後、市役所にて戸籍記録を死亡と申請します。受理されれば、これで生前の戸籍手続きは完了となります、お疲れ様でした。

 そしてしばらく魂は【裏戸籍課】で保管され、初期化後に異世界である通称〈閻魔庁〉へデータと共に送られるの です。
 真っ新になった魂も、現世で行った所業で次回の転生先が決まります。
 皆さんもそれを忘れずに清く正しく、精一杯生きましょう!後が大変ですから。

 お役所業務と言うのは、昔から地域住民のために戸籍、税金、水道、教育など多種多様で雑多な業務を住民の生活に密着させるために機能しております。
 でも、まさか魂の管理までしているとはこれっぽっちも知らなかった私は最初、こう説明してくれる田中課長にドン引きしていたのです。
 頭のちょっとおかし…ゲフンゲフン…変わった方だなって。

 それが本当で、大人しく市役所に来ない魂を私たちが捕縛しなくてはならないと知った時は絶望しました。この暑いのに外を走り回れっていうんだからひどい話です。
 特に今回は突然のはやり病で、残念ですが大勢の方が亡くなりました。
 多くの魂は市役所で自分が生まれ変わる準備をするために行儀よく並んで待ってくれます。しかし、大勢いれば横入りする魂や、脱走した魂が出てもおかしくはありません。

「今日は残業確定だな。外で待っているから早く準備して来いよ」

 北条先輩に肩を叩かれ「はい…」ガックリと項垂れた金曜日。
 頭の上では終業時刻を知らせるチャイムが私をあざ笑うように鳴り響きました…。
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