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99 全てを捨てる覚悟

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 世の中が全く思い通りにいかない事ぐらいは重々承知しているけれど、ここまで八方塞がりだと流石に心が折れそうになる。

 私が疲労に耐えかねて部屋へ戻るなりベッドに倒れ込んだのも無理からぬ話だろう。
 こんな有様を潔癖症の兄が見たら数日は『だらしない』とネチネチ嫌味を言われかねない…とボンヤリ思うとこの部屋の温度が更に冷え込んだ気がして、また溜息が零れた。

 忌み子 凶兆 私の傍こそが貴方の幸せ 

 ―――あんな儚げな表情の裏でエレノアが激しい悪意を抱いていた事にさえ気づけなかった己のマヌケさにはほとほと嫌気がさす。

 幼い頃から両親と離れ辺境の地で暮らしていたせいか、如何やら自分が心の機微に疎い事は薄々察していた。とはいえ喜怒哀楽に関しては何の問題も無いはずだ。
 殊更鈍いのが恋愛感情という今迄縁もゆかりもなかったものなのだから頭が痛い。大体恋心を抱こうにも近しい同年代が兄様と家族同然のフランツぐらいしか居なかったのだから、今更責められても困るのだが。
 そんな中、兄様の身代わりを務める為に訪れた王都で、初めて目にした恋愛小説に心を奪われた。それこそ寝る暇も惜しんで読み漁ったのだから、如何にのめり込んでいたのかが窺える。
 物語だからこそドラマチックに描かれたその恋愛模様に魅せられて、運命の出会いを果たすのはきっと特別な舞台 ―――今宵の王宮舞踏会に違いないと妄想しながら要らぬ行動力を発揮したのだから、今思えば巻き込まれたフランツが気の毒でしかない。

 期待に満ち溢れ、辿り着いた場所は煌々とした明りに照らされた白亜の城だった。
 その幻想的で華やかな場の空気に自分でも知らぬ間に吞まれていたのだろう。一人踊り終えればまた一人、次々に申し込まれるワルツの誘いを所詮田舎者風情が上手く躱せるはずもなく、言葉巧みに誘導されて気づけば全ての誘いを受けていたのだから。
 
 流石は王宮お抱えの宮廷楽団は腕がいいと演奏に聞き入る余裕さえ無く、相手を変えてはただ只管に踊り続けるのはいくら体力自慢の自分でも段々疲れが溜まってくる。
 周囲からは「初々しいカップルね」などと微笑ましく見守られているが、正直両手の数を超える令嬢と踊っていれば、そんなものどうでも良いから帰らせろという心境に陥りかけていた。
 つまり、精神的にも肉体的にも限界を迎えつつあった状況で、一人の令嬢から甘い微笑みを向けられた、のだけれど。

「今宵初めてお会いした貴方にこんな感情を抱くなんて、はしたない女だと軽蔑されるかしら。でも貴方の胸の温かさに触れるだけで、こんなにも胸が高鳴り、顔が火照ってしまうの。私をもっとお傍で抱きしめて…」

 社交デビュタントしたてとは思えない誘い文句で体を摺り寄せてくるその令嬢は色香に溢れ、何かを期待するように上目遣いで私を見詰めてくる。
 かなり明け透けな誘い文句だと今なら思えるが、生憎その時の私は初心で鈍感だった。その上、疲労婚倍した頭では言葉通りに受け止める以外の選択肢は無い。
 胸が高鳴る、顔が火照る、温かい胸で抱きしめて……これはつまり“風邪”で具合が悪いから倒れそうな体を支えて欲しいのだな、と受け取ったわけだ。

 そんな体調で舞踏会に顔を出すなよと思いつつも何とか顔に笑顔を張り付けると「貴女の御衣装は確かにとても美しく優雅ですが、夜の帳がおりてしまうと少々肌寒いかもしれませんね。無理はせず今宵はもうお帰りになるのが宜しいでしょう。いつかご縁がありましたら再会も出来ましょう」と呆然とする彼女を抱き上げて、待機していた令嬢の家の馬車に彼女を押し込んだ。
 私にしてみれば風邪ひきが薄着で遊び歩くなという親切心が高じた結果なのだが、理由も判らず馬車に押し込まれた方にしてみれば口説いて拒絶されたと受け止めてもおかしくはない話だろう。

 そのまま会場に戻り、何食わぬ顔で次のご令嬢と踊り始めた私は彼女の屈辱にも気付かないままだったのだが、事の顛末をフランツに話すと「お前……口説かれていた事にも気付かないとは、お相手の令嬢が気の毒すぎる」とそれはもうネチネチ、クドクドと嫌味を言われた苦い記憶が蘇った。

 あれで“脈無し”だと感じたのか、それ以来くだんの令嬢から接触は無いものの、その強かさはエレノアと共通するところがある。………そして私はあの日から何一つ成長していないという事なのだろう。
 情けなさに溜息を一つ零すと、それに呼応するようにベッドがギシリと軋むのが静かな部屋にやけに響いて、それがまた虚しさを誘ったのだった。




 日が経ち、少しずつ落ち着きを取り戻せば見えてくるものがある。

 エレノアは邪魔なマリアーナを排除する為にたった一人で全てを企てたと口にしていたが、恐らくは父親 ―――ルマール侯爵の入れ知恵だろう。

 その目的は“国土防衛術指南書”を手に入れる為だと思えば全てが繋がる。いくらエレノアが私の傍で過ごすマリアーナを邪魔者扱いしたとしても、聖女であり王家と同等の立場を有する彼女を排する手立ては通常ならあり得ない。だからこそルマール侯爵家と懇意にしていたバルディーノ教皇の婚姻相手にマリアーナを推挙したのだとしても、果たしてバルディーノ教皇が年若いエレノアの口車に乗るだろうか。

 しかし教皇の好みを熟知しているルマール侯爵から焚きつけられたのだとすれば納得がいく。
 マリアーナの婚姻の見返りに相当の恩恵が齎されるうえ、国土防衛術指南書を手に入れる事が出来るとなれば、利害追及の鬼が動いたのも当然の事だ。その上、愛娘の我が儘も叶えられるとなれば多少の道理ぐらい捻じ曲げかねないのがルマール侯爵家だ。

 しかも厭らしいことに宗教上の不可侵条約により、正式な表敬訪問を謳われてしまえばアーデルハイド王国にはバルディーノ教皇庁の暴挙を止める手立てがない。
 本来の目的がマリアーナだと判っていても、俯瞰する以外手立てがないのだから国王両陛下は相当歯噛みしている事だろう。だからこそ、教皇の情に訴える目的で兄様まで王宮に召喚したのだとすれば全てのつじつまが合う。
 ………ただ、これだけ長引いているところを見ると一筋縄ではいかない相手なのだろうが。

 ―――それが他人事ではないと知ったのは、その数日後の事だった。




 散々な目に遭い無い知恵を絞って考えた結果、ふと簡単な解決方法に気付いた。
 別に特別な手段を講じなくとも、ルマール侯爵家が私的文治力強化を目論んでいることは事実なのだから、それが法を犯していることを王宮内に知らせてしまえば、全ての目論見は無に帰すことが出来る。あまりの簡単さにまさか何か見落としでもあるのかと頭を悩ませたものの、だからこそバルディーノ教皇の表敬訪問で妃殿下たちの足止めを仕組んだのかと思えば、納得できた。

(フフフ……でも残念な事に此処には貴方達の知らない間諜がいるのよね~)

 ディートハルト先生が間諜であることをルマール侯爵家は知らないのだろう。
 彼の伝手を使い、王宮内に連絡さえ付けて貰えれば、後はどうとでもなる ―――そう信じて、医務室へと足を向けた、のだけれど。

「はっ⁈ ………ディートハルト先生が居ない………?」

 呆然とする私に医務室の代理教諭を名乗る女性は気の毒そうにこちらを見やると小さく頷いた。

「渡り廊下の掲示板にはその旨が記載されていると思うんだけれど、ディートハルト先生は他国の薬学師専門の学校を視察する為に一週間ほど前からお留守なのよ。随分な僻地にあるらしくて、暫くはお戻りになられないわ」
「な、なんでこんな時期に⁈ あと少しで卒業式典があるのに先生が留守にしていても良いんですか⁈」
「それが、今迄は頑なに視察を拒否していた学校側が態度を変えたらしいの。この時期以外は薬草の採取に時間を取られるからと、急遽訪問が決まったというから仕方ないわねぇ」
「い、いつまで……いつ先生は帰って来るんです?」
「そこまでは流石に………。でも僻地だというし、移動時間が掛かるからまだまだお戻りにはならないと思うわよ」

 目の前が真っ暗になるとはこの事だろうか。
 私の狼狽えぶりが顔色にも表れていたのか、代理教諭の女性に「ねえ、貴方顔色が真っ青だわ。担任の先生には連絡しておくから、此処で少し休んでいきなさい」と有無を言わせずベッドに押し込まれた。
 扉が閉まり、消毒薬の香りが漂うベッドに潜り込むと、益々途方に暮れてしまう。

(妃殿下も殿下も居ない状況で、ディートハルト先生まで不在になるなんて考えられない…)

 ここまで私が途方に暮れるのには当然理由がある。いつもならば万人に開かれている王宮の門戸がバルディーノ教皇の長期滞在のせいで閉ざされているのがその元凶なのだが。

 他国の王族や重鎮が王宮に滞在する場合、万が一の事態に備え厳戒態勢が敷かれる。
 権力者が暴力主義者の標的になるのは世の理だからこそ、人の出入りは勿論のこと爆発物や毒物が持ち込まれる可能性も考慮し、滞在期間は全ての荷物や書簡が検閲対象となるわけだ。つまり私が妃殿下に宛てて書簡を送ったところで、それは勝手に開封され中身を厳しく検められるという事……。 流石に公爵家だの他国の王族だのから送られた書簡は封蝋の紋章で選別されるのだろうが、私如きが書いたものなら何の躊躇もせず開封されるに違いない。そんな状況下でルマール侯爵家
の謀を気軽に記せるはずもなく、更には当てにしていたディートハルト先生も異国の地でいつ戻るやもしれぬとあっては、途方に暮れない訳がない。

 こんなタイミングで先生が不在になるのなら、ディミトリ殿下から何らかの連絡があるはずだ。
 それもないままに全員が不在という状況なのだから、どう考えてもルマール侯爵が仕組んだのだとしか思えない。……つまり、ディートハルト先生が間諜だと彼らは始めから知っていて私を泳がせていたのだ。

(やられたわ……こうやって私の希望の芽を一つずつ潰して心を折っていくつもりなのね……)

 悔しいが、これは相当効いた。
 殿下不在の今、当てにしていた最後の砦までもが奪われて、私は今や孤軍奮闘せざるを得ない状況へと追い込まれているのだから。

(何か……何かまだ方法があるはずよ)

 今はまだ思いつかないけれど。




 どれだけ問題を抱えようとも、時間だけは誰にも平等に過ぎ去っていく。

 もう卒業祝賀舞踏会まで残り一か月となった今では浮足立つ周囲の空気とは対照的に、私の心はどんよりと曇っていた。
 王宮からはなしのつぶてだし、ディートハルト先生も音沙汰さえない。ジリジリと心がすり減っていくものの、何事もない顔で接しているせいかエレノアは頗る上機嫌で、毎日のように「私達の婚姻式の際にはバルディーノ教皇もご夫妻でご参列頂けるようお願いしてみましょうね」だの「婚姻式の署名用に魔術誓約書を他国から取り寄せておりますの。少々時間が掛かるとはいえ、その方が安心ですもの」だのと不安感を煽ってくるから胃に穴が開きそうになる。

 私だって簡単に諦める訳にはいかないと必死で頭を悩ませたのだ。王家の“精神領域干渉能力”をもってすればエレノアから私に関する記憶だけゴッソリ消せないかとか、何とか学術院を逃げ出して行方をくらませれば証拠不十分により妃殿下の罪を問えないんじゃなかろうかとか。
 ………でも案は全て却下せざるを得なかった。

 そもそも精神干渉能力を行使できる人物が学術院に居ない以上、最初の案は考えるだけ無駄でしかない。それに、仮にエレノアの記憶を消せたとしても、既にルマール侯爵に情報共有が成されている時点で何の意味も成さないだろう。それどころかエレノアの態度に不審を抱いた公爵が王家の秘匿能力を暴きでもすれば一大事だ。
 逃げ出すにも、あのエレノアの執着ぶりを見ると前途多難としか言いようがない。
 むしろ怒りに塗れ、王宮議会に妃殿下の稟議書を送り付けた上で、なりふり構わず追いかけられる未来が見える。それに会話に出た“魔術誓約書”は本来国同士の調印に使われる書状で、決して一貴族が婚姻に使うような代物ではない。かつてディミトリ殿下にもそれを盾に婚約を迫られた事を思い出すが、高位貴族はどこか感覚がおかしいのだろう。

 万策尽きたとボンヤリ机に突っ伏していると、最後のつもりで引き受けたリバディー公用語の書籍翻訳原稿がカサリと音を立てて目の前に落ちてくる。これも数日中には終わらせないと…と思った時、突如オルビナ…もといアステリアの姿が脳裏を過ぎり、慌てて身を起こした。

「そうよ……リバディー王国ならアステリア先生が居るじゃない。彼女なら私を匿ってくれるはず………!」

 あまりにも遠い記憶ですっかり忘れかけていたが、元々ディミトリ殿下から逃れる為に書籍翻訳の仕事を始めたのだ。その縁で知り合ったアステリアにリバディー国通貨で資産運用を頼んであるので、金の出所から行方を追われる心配もない。しかも数年にわたりコツコツと貯めて来ただけあって、女一人で細々と暮らしていくなら暫くは隠れ住むことも出来そうなぐらいには金がある。
 その派生で日常会話程度なら難なくこなせるし、親戚縁者もいない国に私が逃亡を図るとは流石のルマール侯爵家でも気付かないのではあるまいかっ⁈

 そう思ったら矢も楯もたまらず、急いで事の顛末を記した書簡をアステリアに宛てて認めた。
 きっと彼女なら私を助けてくれると ―――その時は未来を信じて疑わなかった。




 アステリアからの返信が届いたのはそれから僅か一週間後の事だった。
 恐らく私の手紙が着くなり慌てて認めてくれたのであろうその書簡は、彼女らしくもなく少しだけ署名が歪んでいる。
 彼女は頼みを聞いてくれたのだろうかと柄にもなくドキドキしながら手紙を開くと【どうしていつも貴女は急を要する手紙しか寄越さないのよっ⁈】と文字が躍っていて、なぜだかじんわりと涙が混み上がる。そしてどれだけ自分がこんな何気ないやり取りに飢えていたのかと気づかされた。

【事情は分かったけれど、エレノア・ルマール侯爵令嬢の執着を見る限り、逃亡を図ったところで連れ戻されないという保証は無いわ。ルマール侯爵家ともなれば優秀な間諜をお持ちでしょうし、一度でも足取りを掴まれればお終いよ。貴女は永久にルマール侯爵家に囚われの身となり、貴女が逃げた責を負わされティーセル家も取り潰されかねない。一生を怯えて過ごすつもり?それぐらいなら、貴女は全てを捨てる覚悟を持ちなさい】 

 ――― 一枚目の手紙はそう締めくくられていた。

 確かにその可能性があることを失念していた。忌み子の私は何処までもお荷物なのかとまた微かに胸が痛む。

【貴女がカール・ティーセル男爵令息を名乗ってしまった以上、既にアーデルハイド王国ではその名が浸透してしまったと思った方が良いわ。狭い社交界ではたとえ一時凌げたとしても、いつかは貴女が本当は令嬢だと露呈してしまう。そうなる前に自ら秘密を暴露して、死をもって罪を贖うのが最善だと思うの。もはやアーデルハイド王国に貴女の居場所はない。もうルイーセ・ティーセルとして戻る場所は無いと自覚しなさい】

 辛辣な言葉の羅列にギュッと下唇を噛む。確かにそう、だ。
 王立学術院が貴族で構成されている以上、私は兄様のカール・ティーセル男爵令息の名で浸透してしまっている。しかも入学当時は体格も殆ど差が無かった私達双子も、既に男女の体格差で入れ替わりは不可能だろう。
 今更ルイ―セにも戻れず、カールとして過ごせば跡目問題や婚姻の問題でまた両親を悩ませることになる。………つまり、この国に居る限り私は厄介者のお荷物でしかない訳だ。

 突き付けられた現実は辛いものではあったけれど、全ては安易に身代わりを申し出た己の身から出た錆でしかない。
 溜息を吐きながら読み進めると、アステリアは如何やら私が己の不徳を恥じて底なし谷で自死を選んだように見せかけ、そのままリバディー王国に永住してはどうかと考えてくれたのが見て取れた。

 その方法ならばエレノアの呪縛からは永遠に解き放たれ、妃殿下も咎人が自死している以上、強く咎められる事は無いだろう。そして本来なら咎人の家族だと誹りを受けかねない両親や兄様も流石に娘を亡くした状況ならば社交界から爪はじきにされることも無さそうだ。全てはめでたしめでたし、だと判っているのに。

 そこに居場所が無いのを寂しいと―――悲しいと思ってしまうのは私の我が儘でしかないのだろう。自分が始めた嘘なのだから、自分が全ての責を負い消え去るのが尤もだと判っているのに、どうしても………どうしても忘れて欲しくないと願ってしまう。

 私が死んだら……彼の目の前から消えたらディミトリ殿下はどれだけ悲しむのだろう。
 彼に触れ、その心も唇も深く味わってしまったからこそ溺れてしまった私はどうしても捨てる決断が出来ない。

(ああ、これが全てを捨てる覚悟、なのね…。ルイーセ・ティーセルにはもう戻る場所がない………つまりそう言う事、なんだわ……)

 ポロリと頬を伝った温かな雫がポタポタと床に染みを作っていくのも拭わず、声を出さずに流れるままにする。これが約束を破り、愛する人を捨てていく私に与えられた罰なのだと思えばこの胸の痛みさえも耐えなければいけないと……そう思ったから。

【もう時間が無いから返信は要らないわ。詳細は次に記したから、天文学で土砂降りの予報が出ている一週間後の朝、裏門からオルビナ名義の身分証明を使ってそこを出なさい。裏手の林に黒塗りの二頭立て馬車を止めておくわ。死に向かう人間が大荷物を持ちだすのはおかしいから、持ってくる物も最小限の手荷物に纏めること。ああ、貴女が愛する人に手紙を残したい気持ちも判るけれど、どこでボロが出るか判らない以上、それも禁止よ。この手紙も、リバディー王国に関する痕跡も全て消して】

 ――― 二枚目の手紙はそこで終わっていた。
 パラリと捲ると三枚目には準備すべき品や、私がすべきことが詳細に記されていてアステリアが如何に私の為に心を砕いてくれたのかが伝わってくるから、余計に涙が止まらなくなる。

 追伸と書かれていた一言には【貴女は忌まれるべき存在ではなく、愛されてしかるべき存在よ。心を縛られたまま生きるのなら、自由を謳歌してみるのも良いんじゃない?】と態とお道化たように書かれていて、それ以外の道は無いのだと暗に示された事にも気付いた。

 自由。………あんなに欲し、焦がれたはずの自由にはディミトリ殿下は居ない。

 でもアーデルハイド王国に私の居場所がない以上、もう彼と一緒には居られないのも確かで。
 こんなに愛しているのに、手を放すしか愛する人を守ることが出来ないのだと、現実を突きつけられた。

 声を殺し、その場でただ涙を流し続けたのは私の愛への弔いでもあり、彼への贖罪でもあった。

 こうして私は ―――ルイーセ・ティーセルはアーデルハイド王国から姿を消すことになったのだった。


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