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45 シナリオに沿った未来

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 王家の秘匿能力――“精神領域干渉能力”

 もしこれが社交界で噂として出回れば、いくら荒唐無稽な話であろうとも面白おかしく吹聴し、尾ひれを付けて回る貴族だっているだろう。
 話が大きくなれば、噂の出どころを探ろうと王家の諜報部が動き出し、やがて突き止められる…。

 その時にはマリアーナのみならず、彼女の生家であるアウレイア男爵家も同時に断罪される事は火を見るよりも明らかだろう。
 漸くそこに思考が追いついたのか、私の話を聞いたマリアーナは真っ青な顔をしてガタガタと震え出した。

「…わ、私…ここはゲームの世界だから…いくら自分勝手なことをしたって…ヒロインだから…絶対に守られると…信じていたの。今の…か、家族にまで…害が及ぶなんて考えてもみなかった…」

 ポロポロと涙を零す姿は、年相応のか弱い少女にしか見えない。
 しかし、話を聞く限りでは、どうやら彼女こそが本物の聖女様なのだ。

「この話を…学術院の友人に話したり…家族にも話したりした事はあった?」

 口止めはどうしようと不安になる私の心配を他所に、彼女は力なく首を振った。

「両親には虚言壁があると言われて煙たがれていたし、学術院でも何だか遠巻きにされていたから…誰にも言ってない…」

 王立学術院の入学式で、悪目立ちしてしまったマリアーナは、王太子殿下の不興を買った人物として遠巻きにされ、級友からまで距離を置かれているのだと、力なく言う。
 どうやら、友人のいない彼女は自分の立場を守るために虚勢を張り、敢えて尊大な態度で過ごしていたらしい――それが余計に反感を買っていたのだから、気の毒ではあるけれど…。

 私だって確かにマリアーナから受けた仕打ちに対し、思うところが無い訳では無い。
 それでも、王家から断罪されて欲しくないと――彼女を守ってあげたいと思う程度には、マリアーナに絆されてしまっていた。
 もしかしたら、この感情さえもがこの世界を統べる力――彼女自身が選ばれしヒロインだという事に起因している可能性さえあるのだけれど。

「先ほどの王家の秘匿能力については、私達だけの秘密にしよう。マリアーナが望むのなら、私も絶対に人には話さないから…良いね?」
「…でも貴方が約束を守るとは限らないじゃない。貴方がカール様の偽物をやっている説明もして貰っていないわ」

 怯えながらも、彼女はかなり冷静に現状を捕らえる事が出来ているようだ。
 短絡的で、軽率…でも愛嬌があり、憎めないご令嬢だと内心で“クスリ”と笑う。

「…じゃあ、私の秘密を話すから。その代わりにマリアーナも絶対に人には言わないと約束してもらうよ?」

 頷く彼女の右手を取り、その甲に口づける。

「…私の本名はルイ―セ・ティーセル。男装し、兄の名前を騙っておりますが、実際はカールの双子の妹でございます。ご理解いただけましたか、マイ・フェア・レディ?」

 暫し呆然と私を見つめていたマリアーナは、漸く理解が追いついたのか『嘘…』と呟いた。

「嘘ではありませんよ。此処でお見せする訳には参りませんが、秘めた箇所には女性の体が隠されております。貴女がお望みでしたら、二人きりでお見せするのもやぶさかではございません」
「ゲームのシナリオでは、カール様のルートに確かに妹が存在すると書かれていたけれど…。それがまさか双子の男女で、入れ替わりまでしているなんて…信じられない…」

 余りにも疑うマリアーナに、入れ替わりになった発端の、王宮舞踏会の話や、本来の攻略対象である兄は、今現在ルイスを名乗っている事などを簡潔に説明した。

「これが私の秘密だよ。…私達には誰にも知られたくない共有の秘密が出来た事だし、今後は友人として、ゆっくり親睦を深められたら嬉しいな」

 微笑みを浮かべて手を差し出すと、恥ずかしそうにソッポを向きながら「良いわ‼友達になってあげるわよ」と耳まで赤く染めるマリアーナが可愛らしい。

「盛り上がっている処、大変恐縮ではありますが、ボクの話を聞いて貰っても良ろしいですかな?」

 エリクはニヤニヤ笑いを浮かべると、マリアーナの肩の上に勢いをつけてポンっと飛び乗った。

「どうやら、お探しの人物が見つかったみたいだよ。こんなに身近にいたとはさすがのボクも気づかなかったけどね☆」

 そう言うと、エリクは私を指さす。

「彼…じゃなかった、彼女こそが最後の攻略対象者である“ルイ―セ・ティーセル男爵令嬢”だよ。フランツ、カール・ルイ―セのグループがこれで全員揃ったことになるね」

 “おめでとう”とゲラゲラ笑い声をあげるエリクに、マリアーナは先ほどまで赤かった顔を真っ青に染める。

(まさか私が攻略対象者の一人だとは夢にも思わなかったわ…)

 全てを理解したマリアーナの「ああああああ⁈酷すぎるわ…そんなの判る訳無いじゃないのーっ?!」という大絶叫が、中庭で木霊した。

「…つまり、王立学術院に通うルイ―セとフランツの好感度を一定まで上げてから、ルイ―セにカントリーハウスに誘われるイベントが発生する。領地で出会ったカールの好感度を上げろって事なの⁈…ハァっ⁈面倒くさっ‼…それにゲームの女生徒は、顔の描かれていない“モブ”しか出て来ないんだから“モブ令嬢”と友情を育む必要があるなんて、普通は考えるわけないじゃないのー‼」

 “運営の鬼畜っ‼馬鹿野郎‼”とのたうち回る姿は、先ほどまでの萎れた様子は微塵も感じられない。でもマリアーナはこの方が彼女らしいと思える。

「じゃあ、これで念願のフランツ攻略が出来るわけだね、おめでとう」

 そう言う私に、マリアーナは先ほどまでの怒り狂っていた表情をサッと替えると、剥れた顔をして『もう無理よ…』と呟いた。

「えっ…?だって、これから全員の好感度を上げれば良いんだろう?今はまだ夏季休暇に入ったばかりだから…」
「ハァ…フランツ様の場合は、噴水のスチルイベを攻略するのが最低条件なのよ。あそこで嫌われた以上、もう彼のルートに入るのは絶対に無理。…それと、アンタは自分が“碧の姫君”って呼ばれていることを知ってる?」
「ああ…直接聞いたことは無いけれど、誰かに噂されているとは聞いたことがあるよ」
「…実は、これもゲームの好感度を指し示す表示の一つなのよ。ディミトリ、シャルル、ジョゼルの三人の好感度が初期の時点でかなり高い場合に、瞳の色になぞらえて “緋の姫君”と周囲から讃えられるイベントがあるの。つまり、アンタは既にあの三人から一定以上の好感度を得ていて、私の付け入る隙が無いって事なの‼本っっ当にどうしてくれるのよ⁈」

 …そう言われても――どうすれば良いのだろう…?

「それに、ディミトリ様との出会いイベントも、本来だったら社交デビュタントの日に、王宮舞踏会の大広間で発生しているはずなのよ。ヒロインが人混みに疲れて、バルコニーに一人で佇んでいるところに、ディミトリ王子が現れて『貴女のような可愛らしいご令嬢が、お一人で寂しそうな顔をして…どうされたのですか?貴女には笑顔が似合いますよ。…私と一曲踊って頂けませんか?』って手を取られて、月夜のバルコニーで二人だけのワルツを踊るのよ~‼その場では宰相に殿下が呼ばれたせいで、結局名乗らずに別れるんだけれど、王立学術院の入学式で私を抱きとめてくれたディミトリ王子が『何故だろう…貴女とは初めて会った気がしないな』って、私を意識して甘い恋が始まる予定だったのに~‼」

(…それで入学式の日に、ディミトリ殿下に無理やり抱き付いたのか。あれは傍から見ていても中々の衝撃だった…)

 社交デビュタントの日もマリアーナは、舞踏会が始まってすぐにバルコニーで待機し続け、ディミトリ殿下が来るのを待ち続けて…風邪を引いたそうだ。

 しかも最後までバルコニーには誰一人来なかったというのだから目も当てられない。

「最初の出会いイベントで躓いた時点で、王太子殿下ルートは厳しかったのよね。三人の好感度上げをしようと、入学式の日も張り切ってディミトリ様に抱き付いたのに、思い切り嫌そうな顔をされるし」

 “あと攻略対象で可能性があるのはカール様だけ…”と大きくため息を吐いて項垂れるマリアーナに、自分の利己的な考えを話しても良いものか躊躇ってしまう。

「マリアーナさえ良ければ…兄の…ルイスの事を好きになって貰えないかな?勿論、無理にとは言わないんだけれど…」

 “聖魔力欠乏症”に侵された兄は、今は注射剤の使用で、何とか日常生活を送っている事を簡潔に説明すると、マリアーナは訳知り顔で頷いた。

「それで、本来なら此処にいないはずのカールが、ルイスとして学術院に通っていたのね。このままヒロインと結ばれなければ、何れ、彼は死に至るはずだし…」

 マリアーナのポツリと漏らした不穏な響きに喉の奥で悲鳴が漏れそうになる。

「兄は――死ぬの…?」

 顔色を失った私の様子に暫く逡巡した彼女は、躊躇った後で大きく頷いた。

「ゲームのシナリオでは、彼はティーセル領に籠っていたから、内容の変わっているこの世界で確実だとは言えない。でも、作中ではヒロインが進級して間もなく、カールの容体が悪化したと、訃報を受け取ったフランツが苦しむイベントがあったの」

 進級して間もなくという事は――後、半年足らずで、兄は命を失うという事だ。

「私は最後まで攻略できなかったけれど、どうやらヒロインと心を通わせれば、カールは死の間際に聖女として目覚めたヒロインに救われるらしいのよ」

 今のルイスを生き永らえさせているのは治療に有効な注射剤だけで、いつ容体が悪化するのか判らない毎日を過ごすのは、一体どれ程の恐怖だろう。

 神を気取り、兄の寿命をいとも簡単に奪い去る、そんな物語を描く奴らが憎くて堪らない。
 彼女さえ…マリアーナさえ、兄を愛してくれたらルイスは助かるのかもしれない。
 そんな、身勝手な希望に縋るしかない私は、気が付くと涙を流しながら彼女に懇願していた。

「兄を――ルイスを愛して欲しい。お願いだから…彼の命を救って下さい」

 私に出来る事なら何でもするから、どうか私の半身を――私の魂の半分を奪わないでと。
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