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3 幼馴染の距離感

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 王宮舞踏会に一緒に行くことになったフランツは、先ほどまでの不機嫌さを忘れたかのように饒舌で笑顔を見せた。

「お前は俺の大事な…幼馴染、だからな。王宮でも隣でお前の事を必ず守ってやるよ。まあお前たち双子は瓜二つだし、見た目だけなら十分カールで通ると思う。後は…舞踏会でボロが出ないように男性パートのワルツの練習は必要じゃないか?」

 フランツの言葉にルイ―セも成程と感心する。
 確かに王宮舞踏会でデビュタントの貴族令息がワルツの一曲ぐらいは踊れないと不味いだろう。
 ルイ―セだって貴族の端くれとしてワルツぐらいは嗜み程度には踊れるが、それはあくまでも女性パートの話であり、男性パートなんて全く経験がない。

「今から正式なワルツの講師を探すのは期間的にも難しいわよね?」

 ここは王都では無く辺境の片田舎なのだ。ダンス講師を探すよりも山の獣を探す方が楽な場所では、とても一か月以内に講師を見つける余裕などない。

「だから、俺が時間の取れる限り教えに来てやるよ。…お前みたいなじゃじゃ馬なら淑やかな女性パートよりも男性パートの方が似合っているしな」

 フランツは、口は悪いが言葉の端々に私たちを思いやる気持ちがにじみ出ている。
 いつだってこの幼馴染は、自分の体を労わるよりも私たち双子の事を優先してしまう処があるのだ。

(天性のお人好しなんだろうな…いくらカール兄様と親友でも無理はして欲しくないのに…)

「フランツ本当にありがとう。でもね、そんなに無理をして貴方が体を壊す方が心配だわ。少しは自分の為に時間を使って頂戴」

 顔を赤く染めるフランツの頬にそっと触れると、驚くほど熱い。
 瞳まで潤んでいるし、これはもしかしたら――。

「ルイ―セ…俺は…その、お前に会える方が嬉しいから…。本当は毎日でも会いに来たいと思っているんだ」

 身を乗り出すようにしてフランツが腕を伸ばしてくる。
 ルイ―セは彼の背中に手を回して彼を抱きしめた。

「…ルイ―セ…俺は…」
「言わなくても貴方の気持ちは判っているわ」

 そう言いながら肘掛椅子にもう一度フランツを座らせると、ゆっくり自分の顔を近づける。
 そっと目を閉じるフランツの額に自分の額を付けるとやはり微熱があるようだ。

「やっぱり微熱があるわ。もしかしてカール兄様の風邪がうつったのかも知れないわね。直ぐに熱さましと水を持って来るから。貴方はゆっくり休んでいてね」

 ルイ―セはスルリとフランツの腕から抜け出して、さっさと部屋を後にした。

 扉が閉まる直前に「あああ…もう本当に…期待させるのは止めてくれ…心臓に悪い…」という絶叫が聞こえた所をみると、フランツも相当に疲れているのだろう。
 …今日は早めに帰ってもらった方が良さそうだ…そう判断してルイ―セは熱さましを取るために駆けだしたのだった。



「…そんな理由で、私がカール兄様のフリをして王宮の舞踏会に行ってきますから」

 目覚めたカールに事情を説明すると、兄様は少しだけ困った顔で首を傾げる。

「…ルイ―セは本当にそれで良いの?君だって今回は社交界にデビュタントなんだよ?ドレス姿で踊る令嬢をデビュタントで見初める貴族も多いのに、私のフリで男装すれば、その機会も失ってしまうことになるよ」

「私は特に社交界にも舞踏会にも興味が無いもの。それに王命として書簡が届いた以上はカール兄様が行かない方が大問題になるわ。見ていて頂戴‼頑張ってカール兄様になりきってみせるから」
「ええ~…ルイ―セがドレスを着て微笑めば大抵の貴族令息は君の虜になると思うけどな…。ああそうか、むしろ令嬢姿を披露されない方がフランツも安心だよね」

 フランツの慌てた様子にクスリと笑うと、カールはベッド脇のルイ―セを引き寄せた。

「ウフフ。私がドレスを着るなんて想像もできないわ。いつも通りに男装している方が性に合っているし、余裕があったらカール兄様の未来の奥方でも探して来ようかしら」
「アハハ 今回の王宮舞踏会で私の婚姻相手まで探してくれるつもりなの?」
「私の演技力次第ね。見た目だけなら兄様にソックリだってフランツも太鼓判を押してくれたけれど、どれだけ男性的な魅力を出せるかは判らないもの」
「無理はしないでおくれ。こんなに可愛いらしい令息姿を披露したら、むしろ男色家に見初められないかの方が心配なくらいだよ」
「私にはカール兄様みたいな色気が無いから大丈夫よ。それにフランツが助けてくれるって言っていたし」
「そう?逆にフランツから襲われないように気を付けてね」

 カールの軽口にルイ―セはクスクスと笑みをこぼすけれど、引き合いに出されたフランツは憮然とした表情になる。

「…馬鹿な事言っていないで、さっさとワルツの男性パート練習をするぞ⁈ 俺だって暇じゃないんだからな」

 “微熱があるなら無理をせず休んで欲しい”とフランツに伝えたものの、彼は「もう大丈夫だから。なんなら触って確かめてみるか?」と強引に額をくっつけて来た。

 あまりに近い距離に彼と視線が合って、少しだけ動揺したものの確かに熱は無いようだ。
 折角のフランツの申し出を無下にも出来ず、結局ゴリ押される形で今日もワルツのレッスンをすることとなってしまった。

「ええ、そうよね。しっかりと学ぶから、本日もよろしくお願いします。フランツ先生」

 カールに手を振って部屋を出ると、何故かフランツが深いため息を吐いている。

「カールって本当に性格が悪いよな。さっきのアレだって絶対にワザとだぞ?俺をけん制しているんだ」

 彼の言う“アレ”も“牽制している”意味も分からないけれど、フランツが精神的に疲れていることだけは理解した。
 だからこそ、少しでも早くワルツをマスターしようと、ルイ―セは真剣に頑張ったのだ。

 心地よい疲れを感じながら「これなら大丈夫だろう。本当に呑み込みが早くて嫌になるよ」とフランツから太鼓判を貰えた時には誇らしい気持ちと、彼を早く休ませなくてはという不安感で複雑だった。

「無理をさせてごめんなさいね。後は自分でも練習してみるから、貴方はもう帰った方が良いわ」
「うん…あとちょっとだけ手を握っていても良いか?…ルイ―セもこれだけ上手にワルツで令嬢をリードできれば、後は口説き方を学べば本当にカールの未来の奥方候補ぐらいは探せそうだな」
「令嬢の口説き方…そうよね、甘い言葉で口説くことも必用かもしれないわね」
「おいおい。本気にしないでくれよ?社交デビューしたばかりのご令嬢は男慣れしていないから確かに口説きやすいとは聞くけどさ」

 “アハハ”と笑いながら、フランツが冗談で口にした言葉がルイ―セの行動力に火をつけたことに、この時の彼は気が付いていなかった。
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