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1 幼馴染の憂鬱 (※幼馴染フランツ視点)
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子爵令息のフランツ・バッヘンベルグがティーセル領の友人宅に到着した時、お目当ての人物はあいにく外出中だった。
「ごめんね、私が熱を出したばかりに。ルイ―セは今、町の診療所へ薬を買いに行ってくれているんだよ」
少し熱があるせいか、潤んだ瞳でベッドにいる線の細い男の名前はカール・ティーセル。
ティーセル男爵の嫡男で非常に優秀な男だが、彼は虚弱体質で少しの気候変化でも熱を出す。
だからこそ王都から遠く離れたカントリーハウスで静養の為に何年も過ごしていると聞いているが…。
「別に…俺はルイ―セだけに会いたくて来たわけじゃない。カールの体調も心配だったし、息抜きも兼ねて来ただけだ」
本音はルイ―セに会いたかっただけだが、そんなことを正直に口に出せば、またカールに揶揄われるに決まっている。
だから意地を張れば全てを見抜いた顔で「へ~え?そうなんだ」と笑われた。
まあ、ほとんど毎週来ていれば俺の気持ちなんてバレていても当然だよな…。
しばらく二人で談笑していると、階下が慌ただしくざわついている。
「どうやら君のお待ちかねの、ルイ―セが帰ってきたようだね」
ニヤニヤしながら美貌の男は揶揄ってくる。
…見た目は天使のように美しいが中身が腹黒で意地が悪い。
(…まったく、可愛いルイ―セとは大違いだ)
扉が開いてカールと同じ顔がひょっこり顔を出した。
ルイ―セはカールの双子の妹で、二人は二卵性双生児の兄妹なのだ。二卵性にもかかわらず二人は瓜二つで、今もカールそっくりの顔で微笑みかけてくる。
「あら、フランツいらっしゃい。…こんな田舎町にしょっちゅう来るなんて、忙しいっていう割には…貴方って本当は暇なんじゃないの?」
前言を撤回する。…性格が悪いのはカールだけではない。妹のルイ―セも十分に口が悪いと思う。
「でも会いに来てくれて嬉しいわ。折角だから兄様に熱さましの薬を飲んでもらってから、一緒にお茶にしましょうよ」
下げてから上げられるとはこのことか。…彼女に“会いたかった”と言われているようでフランツは勝手に気持ちが浮上して顔がにやけてしまう。これも惚れた弱みなのだろう。
金の髪を腰まで伸ばし、後ろで纏めただけの簡素な髪形に、白いシャツ、トラウザーズを履いたその姿は貴族の美少年にしか見えない。
だが、ルイ―セはれっきとした女性であり、フランツの初恋の人だ。
…まあ、今現在も進行形で大好きなのだけれど。
二人の父親であるティーセル男爵は、人は良いが領地経営は下手で計算も苦手だと聞く。
そんな両親だから男爵家に金銭的余裕は無く、かなり慎ましい生活をしているという。
その上、カールにかかる医療費が大きく、ルイ―セはドレスを買う金すら惜しんでいるとカールから聞かされた。まあ、本人は「窮屈なドレスなんて今さら着たくない」と言っているらしいが。
本来なら貴婦人としての教養やマナーを学び、如何に高位貴族の男性から求愛されるかを考えていればいい身分なのに、ルイ―セは僅かな使用人と共に病弱なカールの世話をしながらこのティーセル領の経営まで行っているのだ。
国境沿いにあるティーセル領は、隣国との境目であることから、本来なら他国からの侵略に怯える領民を守るために王宮から騎士団を派遣されていてもおかしくはない。
しかし、ここ数十年もの間は戦争が起きることも、侵攻して来る軍勢に怯えることも無かったためか、農業の町としての姿しかフランツは知らなかった。
侵略の歴史があったせいか、住民も屈強な男性が多く、農民というよりは騎士といった風情の者が多いのもティーセル領の特徴ではあった。
フランツは、ゆくゆくはルイ―セと結婚したいと考えているし、カールにも彼女への想いは知られている。…と言うより周りの使用人や自分の家族にまで気持ちがバレて揶揄われているのに、肝心のルイ―セだけが気付かないのだ。
今年は二人とも社交界デビュタントだし、ルイ―セに似合うドレスを贈って、自分のパートナーとして舞踏会に行きたい。ついでに長年の片思いも伝えて、そのまま婚約者として受け入れて貰えたら…と、フランツは暇さえ出来ればこの辺境の地へと通い続けていた。
“一緒にお茶をしよう”とは言っていたが、カールには薬のせいか眠いからと断られた。
ルイ―セと二人きりなんて、むしろ好都合だとウキウキしながら肘掛椅子にもたれると、早速、フランツは気になっていた話題を持ち出してみた。
「今年はルイ―セも社交界デビュタントだろう?両親からは何も言って来ないのか?」
可愛い娘が社交界にデビューするとなれば、普通の貴族は勇み足でドレスやパートナーの選定に親が乗り出してきてもおかしくはない。五月蠅い親になるとダンスの順番にまで口を出すと聞いたこともある。だが、その質問にルイ―セは首を振った。
「特に何も。…まあ、私は今さら窮屈なドレスを着たいとも思わないし、社交界にも興味は無いから今回の王宮舞踏会には不参加でいいわ」
ルイ―セの言葉に思わず焦る。
(…それじゃ、俺が困るんだよ‼)
「でも王宮舞踏会で見初められないと、良い縁談も来ないし。将来、カールが結婚したらルイ―セはどうするんだ?…やっぱり貴族令嬢なら、見合った家格に嫁ぐのが幸せだと思うんだけど…」
“出来れば俺と”…その言葉は飲み込んでルイ―セの顔を盗み見ると、彼女は平然とした様子で口を開いた。
「我が家は満足に持参金も用意できないし、私と結婚しても爵位以外に何のメリットも無いわ。いっその事、市井に降りて平民として働こうかしら」
ルイ―セは穏やかに微笑むが、フランツは背中を冷たい汗が流れるのを感じていた。
まさか彼女に結婚願望が無いだけではなく、市井に降りることまで考えていたとは思わなかった。…これは早急に婚約を持ち掛けないと不味いことになるかもしれない…。
「無理に持参金を用意しなくても、ルイ―セさえ良ければ婚姻したいと思う奴はいるだろう?…もちろん俺だって…」
もしかして、今が告白のチャンスでは無いか⁈ 持参金も我が家には必要ないし、俺がお前と結婚する。ずっと好きだったのだと今なら言える‼
フランツはルイ―セの方にグイッと身を乗り出して彼女を見つめた
――しかし、一瞬ののち、その希望は打ち砕かれることとなった。
「ごめんね、私が熱を出したばかりに。ルイ―セは今、町の診療所へ薬を買いに行ってくれているんだよ」
少し熱があるせいか、潤んだ瞳でベッドにいる線の細い男の名前はカール・ティーセル。
ティーセル男爵の嫡男で非常に優秀な男だが、彼は虚弱体質で少しの気候変化でも熱を出す。
だからこそ王都から遠く離れたカントリーハウスで静養の為に何年も過ごしていると聞いているが…。
「別に…俺はルイ―セだけに会いたくて来たわけじゃない。カールの体調も心配だったし、息抜きも兼ねて来ただけだ」
本音はルイ―セに会いたかっただけだが、そんなことを正直に口に出せば、またカールに揶揄われるに決まっている。
だから意地を張れば全てを見抜いた顔で「へ~え?そうなんだ」と笑われた。
まあ、ほとんど毎週来ていれば俺の気持ちなんてバレていても当然だよな…。
しばらく二人で談笑していると、階下が慌ただしくざわついている。
「どうやら君のお待ちかねの、ルイ―セが帰ってきたようだね」
ニヤニヤしながら美貌の男は揶揄ってくる。
…見た目は天使のように美しいが中身が腹黒で意地が悪い。
(…まったく、可愛いルイ―セとは大違いだ)
扉が開いてカールと同じ顔がひょっこり顔を出した。
ルイ―セはカールの双子の妹で、二人は二卵性双生児の兄妹なのだ。二卵性にもかかわらず二人は瓜二つで、今もカールそっくりの顔で微笑みかけてくる。
「あら、フランツいらっしゃい。…こんな田舎町にしょっちゅう来るなんて、忙しいっていう割には…貴方って本当は暇なんじゃないの?」
前言を撤回する。…性格が悪いのはカールだけではない。妹のルイ―セも十分に口が悪いと思う。
「でも会いに来てくれて嬉しいわ。折角だから兄様に熱さましの薬を飲んでもらってから、一緒にお茶にしましょうよ」
下げてから上げられるとはこのことか。…彼女に“会いたかった”と言われているようでフランツは勝手に気持ちが浮上して顔がにやけてしまう。これも惚れた弱みなのだろう。
金の髪を腰まで伸ばし、後ろで纏めただけの簡素な髪形に、白いシャツ、トラウザーズを履いたその姿は貴族の美少年にしか見えない。
だが、ルイ―セはれっきとした女性であり、フランツの初恋の人だ。
…まあ、今現在も進行形で大好きなのだけれど。
二人の父親であるティーセル男爵は、人は良いが領地経営は下手で計算も苦手だと聞く。
そんな両親だから男爵家に金銭的余裕は無く、かなり慎ましい生活をしているという。
その上、カールにかかる医療費が大きく、ルイ―セはドレスを買う金すら惜しんでいるとカールから聞かされた。まあ、本人は「窮屈なドレスなんて今さら着たくない」と言っているらしいが。
本来なら貴婦人としての教養やマナーを学び、如何に高位貴族の男性から求愛されるかを考えていればいい身分なのに、ルイ―セは僅かな使用人と共に病弱なカールの世話をしながらこのティーセル領の経営まで行っているのだ。
国境沿いにあるティーセル領は、隣国との境目であることから、本来なら他国からの侵略に怯える領民を守るために王宮から騎士団を派遣されていてもおかしくはない。
しかし、ここ数十年もの間は戦争が起きることも、侵攻して来る軍勢に怯えることも無かったためか、農業の町としての姿しかフランツは知らなかった。
侵略の歴史があったせいか、住民も屈強な男性が多く、農民というよりは騎士といった風情の者が多いのもティーセル領の特徴ではあった。
フランツは、ゆくゆくはルイ―セと結婚したいと考えているし、カールにも彼女への想いは知られている。…と言うより周りの使用人や自分の家族にまで気持ちがバレて揶揄われているのに、肝心のルイ―セだけが気付かないのだ。
今年は二人とも社交界デビュタントだし、ルイ―セに似合うドレスを贈って、自分のパートナーとして舞踏会に行きたい。ついでに長年の片思いも伝えて、そのまま婚約者として受け入れて貰えたら…と、フランツは暇さえ出来ればこの辺境の地へと通い続けていた。
“一緒にお茶をしよう”とは言っていたが、カールには薬のせいか眠いからと断られた。
ルイ―セと二人きりなんて、むしろ好都合だとウキウキしながら肘掛椅子にもたれると、早速、フランツは気になっていた話題を持ち出してみた。
「今年はルイ―セも社交界デビュタントだろう?両親からは何も言って来ないのか?」
可愛い娘が社交界にデビューするとなれば、普通の貴族は勇み足でドレスやパートナーの選定に親が乗り出してきてもおかしくはない。五月蠅い親になるとダンスの順番にまで口を出すと聞いたこともある。だが、その質問にルイ―セは首を振った。
「特に何も。…まあ、私は今さら窮屈なドレスを着たいとも思わないし、社交界にも興味は無いから今回の王宮舞踏会には不参加でいいわ」
ルイ―セの言葉に思わず焦る。
(…それじゃ、俺が困るんだよ‼)
「でも王宮舞踏会で見初められないと、良い縁談も来ないし。将来、カールが結婚したらルイ―セはどうするんだ?…やっぱり貴族令嬢なら、見合った家格に嫁ぐのが幸せだと思うんだけど…」
“出来れば俺と”…その言葉は飲み込んでルイ―セの顔を盗み見ると、彼女は平然とした様子で口を開いた。
「我が家は満足に持参金も用意できないし、私と結婚しても爵位以外に何のメリットも無いわ。いっその事、市井に降りて平民として働こうかしら」
ルイ―セは穏やかに微笑むが、フランツは背中を冷たい汗が流れるのを感じていた。
まさか彼女に結婚願望が無いだけではなく、市井に降りることまで考えていたとは思わなかった。…これは早急に婚約を持ち掛けないと不味いことになるかもしれない…。
「無理に持参金を用意しなくても、ルイ―セさえ良ければ婚姻したいと思う奴はいるだろう?…もちろん俺だって…」
もしかして、今が告白のチャンスでは無いか⁈ 持参金も我が家には必要ないし、俺がお前と結婚する。ずっと好きだったのだと今なら言える‼
フランツはルイ―セの方にグイッと身を乗り出して彼女を見つめた
――しかし、一瞬ののち、その希望は打ち砕かれることとなった。
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