上 下
2 / 102

1 幼馴染の憂鬱 (※幼馴染フランツ視点)

しおりを挟む
 子爵令息のフランツ・バッヘンベルグがティーセル領の友人宅に到着した時、お目当ての人物はあいにく外出中だった。

「ごめんね、私が熱を出したばかりに。ルイ―セは今、町の診療所へ薬を買いに行ってくれているんだよ」

 少し熱があるせいか、潤んだ瞳でベッドにいる線の細い男の名前はカール・ティーセル。
 ティーセル男爵の嫡男で非常に優秀な男だが、彼は虚弱体質で少しの気候変化でも熱を出す。
 だからこそ王都から遠く離れたカントリーハウスで静養の為に何年も過ごしていると聞いているが…。

「別に…俺はルイ―セだけに会いたくて来たわけじゃない。カールの体調も心配だったし、息抜きも兼ねて来ただけだ」

 本音はルイ―セに会いたかっただけだが、そんなことを正直に口に出せば、またカールに揶揄われるに決まっている。
 だから意地を張れば全てを見抜いた顔で「へ~え?そうなんだ」と笑われた。
 まあ、ほとんど毎週来ていれば俺の気持ちなんてバレていても当然だよな…。

 しばらく二人で談笑していると、階下が慌ただしくざわついている。

「どうやら君のお待ちかねの、ルイ―セが帰ってきたようだね」

 ニヤニヤしながら美貌の男は揶揄ってくる。
 …見た目は天使のように美しいが中身が腹黒で意地が悪い。

(…まったく、可愛いルイ―セとは大違いだ)

 扉が開いてカールと同じ顔がひょっこり顔を出した。
 ルイ―セはカールの双子の妹で、二人は二卵性双生児の兄妹なのだ。二卵性にもかかわらず二人は瓜二つで、今もカールそっくりの顔で微笑みかけてくる。

「あら、フランツいらっしゃい。…こんな田舎町にしょっちゅう来るなんて、忙しいっていう割には…貴方って本当は暇なんじゃないの?」

 前言を撤回する。…性格が悪いのはカールだけではない。妹のルイ―セも十分に口が悪いと思う。

「でも会いに来てくれて嬉しいわ。折角だから兄様に熱さましの薬を飲んでもらってから、一緒にお茶にしましょうよ」

 下げてから上げられるとはこのことか。…彼女に“会いたかった”と言われているようでフランツは勝手に気持ちが浮上して顔がにやけてしまう。これも惚れた弱みなのだろう。

 金の髪を腰まで伸ばし、後ろで纏めただけの簡素な髪形に、白いシャツ、トラウザーズを履いたその姿は貴族の美少年にしか見えない。
 だが、ルイ―セはれっきとした女性であり、フランツの初恋の人だ。
 …まあ、今現在も進行形で大好きなのだけれど。

 二人の父親であるティーセル男爵は、人は良いが領地経営は下手で計算も苦手だと聞く。
 そんな両親だから男爵家に金銭的余裕は無く、かなり慎ましい生活をしているという。
 その上、カールにかかる医療費が大きく、ルイ―セはドレスを買う金すら惜しんでいるとカールから聞かされた。まあ、本人は「窮屈なドレスなんて今さら着たくない」と言っているらしいが。

 本来なら貴婦人としての教養やマナーを学び、如何に高位貴族の男性から求愛されるかを考えていればいい身分なのに、ルイ―セは僅かな使用人と共に病弱なカールの世話をしながらこのティーセル領の経営まで行っているのだ。
 国境沿いにあるティーセル領は、隣国との境目であることから、本来なら他国からの侵略に怯える領民を守るために王宮から騎士団を派遣されていてもおかしくはない。
 しかし、ここ数十年もの間は戦争が起きることも、侵攻して来る軍勢に怯えることも無かったためか、農業の町としての姿しかフランツは知らなかった。
 侵略の歴史があったせいか、住民も屈強な男性が多く、農民というよりは騎士といった風情の者が多いのもティーセル領の特徴ではあった。

 フランツは、ゆくゆくはルイ―セと結婚したいと考えているし、カールにも彼女への想いは知られている。…と言うより周りの使用人や自分の家族にまで気持ちがバレて揶揄われているのに、肝心のルイ―セだけが気付かないのだ。

 今年は二人とも社交界デビュタントだし、ルイ―セに似合うドレスを贈って、自分のパートナーとして舞踏会に行きたい。ついでに長年の片思いも伝えて、そのまま婚約者として受け入れて貰えたら…と、フランツは暇さえ出来ればこの辺境の地へと通い続けていた。

 “一緒にお茶をしよう”とは言っていたが、カールには薬のせいか眠いからと断られた。
 ルイ―セと二人きりなんて、むしろ好都合だとウキウキしながら肘掛椅子にもたれると、早速、フランツは気になっていた話題を持ち出してみた。

「今年はルイ―セも社交界デビュタントだろう?両親からは何も言って来ないのか?」

 可愛い娘が社交界にデビューするとなれば、普通の貴族は勇み足でドレスやパートナーの選定に親が乗り出してきてもおかしくはない。五月蠅い親になるとダンスの順番にまで口を出すと聞いたこともある。だが、その質問にルイ―セは首を振った。

「特に何も。…まあ、私は今さら窮屈なドレスを着たいとも思わないし、社交界にも興味は無いから今回の王宮舞踏会には不参加でいいわ」

 ルイ―セの言葉に思わず焦る。

(…それじゃ、俺が困るんだよ‼)

「でも王宮舞踏会で見初められないと、良い縁談も来ないし。将来、カールが結婚したらルイ―セはどうするんだ?…やっぱり貴族令嬢なら、見合った家格に嫁ぐのが幸せだと思うんだけど…」

 “出来れば俺と”…その言葉は飲み込んでルイ―セの顔を盗み見ると、彼女は平然とした様子で口を開いた。

「我が家は満足に持参金も用意できないし、私と結婚しても爵位以外に何のメリットも無いわ。いっその事、市井に降りて平民として働こうかしら」

 ルイ―セは穏やかに微笑むが、フランツは背中を冷たい汗が流れるのを感じていた。

 まさか彼女に結婚願望が無いだけではなく、市井に降りることまで考えていたとは思わなかった。…これは早急に婚約を持ち掛けないと不味いことになるかもしれない…。

「無理に持参金を用意しなくても、ルイ―セさえ良ければ婚姻したいと思う奴はいるだろう?…もちろん俺だって…」

 もしかして、今が告白のチャンスでは無いか⁈ 持参金も我が家には必要ないし、俺がお前と結婚する。ずっと好きだったのだと今なら言える‼

 フランツはルイ―セの方にグイッと身を乗り出して彼女を見つめた
 ――しかし、一瞬ののち、その希望は打ち砕かれることとなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

魔力がないと追放された私が、隣国の次期国王である聖竜の教育係に任命されました!?

夕立悠理
恋愛
「お前をハーデス家から追放する」   第二王子との婚約も決まり、幸せの絶頂にあった15才の誕生日。貴族でありながら、神の祝福である魔力を全く持たずして、生まれてしまったことがわかったリリカ。リリカは、生家であるハーデス侯爵家から追放される。追放先は、隣国との国境である魔物の森だった!魔物に襲われそうになったとき、助けてくれたのは、大きなトカゲ。そのトカゲはただのトカゲではなく、隣国の次期王である聖竜であることがわかり……。 ※小説家になろう様でも連載しており、そちらが一番早いです。 ※隣国で、聖竜の守り手始めました!のリメイクです。

宮廷料理官は溺れるほど愛される~落ちこぼれ料理令嬢は敵国に売られて大嫌いな公爵に引き取られました~

山夜みい
恋愛
「お前は姉と比べて本当に愚図だね」 天才の姉と比べられて両親から冷遇を受けてきたシェラ。 戦争で故国を失った彼女は敵国の宮殿に売られ虐められていた。 「紅い髪が気持ち悪い」「可愛げがない」「愛想がない」 食事は一日に二回しかないし、腐ったパンと水ばかり。 上司は仕事しない、同僚はサボる、雑用で手のひらも痛い。 そんなある日、彼女はついに脱走を決意するが、あえなく失敗する。 脱走者として処刑されかけた時、『黄獣将軍』と呼ばれる公爵が助けてくれた。 「強気なところがいいな。紅い髪が綺麗だ」 「君ほど優しい女性は見たことがない」 大嫌いなのにぐいぐい溺愛してくる公爵の優しさにだんだんと惹かれていくシェラ。 同時に彼女は自身のある才能を開花させていく。 「君ほどの逸材、この国にはもったいないな」 だが、公爵は一年前、シェラの姉を殺した男だった。 「なんでお姉ちゃんを殺したの……?」 どうやら彼には秘密があるようで── 一方、シェラを虐げていた宮殿では破滅が近づいていた……。

もういいです、離婚しましょう。

杉本凪咲
恋愛
愛する夫は、私ではない女性を抱いていた。 どうやら二人は半年前から関係を結んでいるらしい。 夫に愛想が尽きた私は離婚を告げる。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

派手好きで高慢な悪役令嬢に転生しましたが、バッドエンドは嫌なので地味に謙虚に生きていきたい。

木山楽斗
恋愛
私は、恋愛シミュレーションゲーム『Magical stories』の悪役令嬢アルフィアに生まれ変わった。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。その性格故に、ゲームの主人公を虐めて、最終的には罪を暴かれ罰を受けるのが、彼女という人間だ。 当然のことながら、私はそんな悲惨な末路を迎えたくはない。 私は、ゲームの中でアルフィアが取った行動を取らなければ、そういう末路を迎えないのではないかと考えた。 だが、それを実行するには一つ問題がある。それは、私が『Magical stories』の一つのルートしかプレイしていないということだ。 そのため、アルフィアがどういう行動を取って、罰を受けることになるのか、完全に理解している訳ではなかった。プレイしていたルートはわかるが、それ以外はよくわからない。それが、私の今の状態だったのだ。 だが、ただ一つわかっていることはあった。それは、アルフィアの性格だ。 彼女は、派手好きで高慢な公爵令嬢である。それならば、彼女のような性格にならなければいいのではないだろうか。 そう考えた私は、地味に謙虚に生きていくことにした。そうすることで、悲惨な末路が避けられると思ったからだ。

処理中です...