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ゲーム序盤

スチルラッシュで引きこもりたい②

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 改めて街を歩くと、人々に活気があるし良い街だなと思う。
 今から行くのは商業エリアを抜けて、住宅が立ち並ぶ居住エリアだ。
 様々なことを学ぶために集まってくる学生や、地方から出稼ぎにやってくる人が住む宿舎が沢山あって、休日ということもあり人の数も少なくのんびりと歩くことができた。

 途中、荷物が重くて困っているおばあさんを助けたり、泣いている赤ちゃんをあやしたりして、休みにLUK上げなんてしない!と宣言はしたものの、少しでもとLUKポイントを稼ぎながら歩いた。
 失言ひとつで大きく減るポイントなので、こっちは必死よね。とほほ。
 のんびりと歩いたこともあって、公園にたどり着いた頃にはちょうどお昼になっていた。
 まだ、ここにアメリアはいるのかな?

 公園はとにかく広く、芝生のあるエリアに腰を下ろしてウエンディを取り出すと、「誰がどこにいるか分かるMAP」を出してもらった。
 アメリアはもうこの公園には居ないみたい。そりゃそうよね、画材を買ってからすでに二時間くらいは経ってるもんね。

 おなかも良い感じに空いてきたし、どこかでお昼が食べられそうな場所がないか探してみる。
 公園全体が見渡せる公園中央エリアにある棟を登って、てっぺんからあたりを見回すと、公園どころか街全体も見渡すことができた。
 360度ぐるっと見回すと、街は高い塀に囲まれていて、門から郊外へ続く道が伸びている。
 西の方角にはどこまで続くのかわからないほどの大きな森があって、道が森に飲み込まれているのが見える。

 なるほど。あれが討伐に行く森かあ。実際に見ると迫力ある~!

 ピーカラではRPG要素もあるので、パーティを組んで討伐に行くこともある。
 討伐依頼が来るのは、主に西の森か北の鉱山にあるダンジョンだ。
 北を見ると切り立った山が空高く伸びている。
 東は牧草地帯、南には湖が広がっている。
 豊かなピーク王国の全貌を見ることができて、ちょっとだけテンションが上がった。

 棟の真下を見ると公園の配置はいつも見ていたMAPと同じだけれど、遊んだり絵を描いたり、園内に引き込まれている川で魚釣りを楽しんでいる人も居て、ゲームで挨拶やイベントを起こすためだけに来ていた公園は、実際とても活気のある場所だということが良く分かる。

 川辺ではピクニックのようにシートを敷いて遊んでいる人も多いので、お昼はそこで摂ることにした。

 棟を降り、川のあるエリアを目指す。
 川にかかった太鼓橋がとてもユニークな形をしていたので「スケッチもついでにしちゃおう!」と、太鼓橋が一番いい感じに見える場所に周りの人にならってレジャーシートを敷くと、作ってもらったサンドイッチをいただく。
 ちゃんとおしぼりも入れてくれていたのがありがたい。
 美味しいサンドイッチを頬張っていると、背後から声をかけられる。


「クロエお嬢様では……?」


 公園では誰にも合わないと安心しきっていた私は、驚きでのどを詰まらせる。
 ゲホゲホと咳き込む私の背中をさすってくれたのは、執事兼殺し屋のガイウスだった。
 なんでガイウスがここに?
 状況が飲み込めない。さっきMAPを確認したとき……あ。アメリアの事しか考えてなかったから、ガイウスが公園に向かっているのを見逃したのかもしれない。
 しまったなあ。
 お茶をゴクゴク飲んで一息つくと、ガイウスが笑顔でこう言った。


「お嬢様にこんな場所でお逢いできるとは思ってもいませんでした。今日はなんて素晴らしい日なのでしょうか。神のお導きに感謝をしなければ」

「殺し屋なのに神を信じているの?」


 半眼でガイウスを見る私を見て、ガイウスは更に続ける。


「はい。私ほど神の存在を信じている人間は居ないでしょう。人を暗殺する時ほど、生を実感できる瞬間ときはありませんから」


 にこやかな笑顔を浮かべているが、眼光が鋭く笑っているように見えない。
 背筋がゾッとするのを感じて、少しだけガイウスから距離を取る。


「そんな恐ろしい笑顔を浮かべるのはやめなさい! 私も暗殺対象になっていたりするのかしら?」


 笑えない冗談を言ってけん制しながら、話題を逸らすためにサンドイッチの入ったバスケットをガイウスに差し出す。


「あなたもどう?」

「ありがとうございます」


 また元の穏やかな笑顔に戻ったガイウスだったけど、私の横に跪いたまま動かないのでレジャーシートの隣に座るよう促す。


「お嬢様、よろしいのですか? あなたを殺そうとしているかもしれない暗殺者ですよ?」

「今日はお休みなんでしょう? それにそんなところにいられたら、私も食べにくいでしょう?」


「失礼致します」


 隣に座ったガイウスにもう一度サンドイッチの入ったバスケットを差し出した。
 ガイウスがそれをひとつつまんだ瞬間、スチルが発動した。


「お嬢様、どうぞ」


 ガイウスが私にサンドイッチを食べさせようとしてくる。
 これは、恋愛イベントとセットのスチル……私が食べさせてもらわないと終わらない時間。
 恥ずかしすぎる。こんなに人がたくさんの場所であーんとか無理~!
 でも、やらないとこの切り取られた時間が動くことはない……と思う。

 そういえば、ガイウスは一番親密度が高かった。
 もしかして恋愛対象となる親密度500超えてしまったかもしれない?

 スチルが解除されないので、仕方なく差し出されたサンドイッチをひとくち食べると、周りが色付き動き出した。
 満足そうなガイウスが、私のけん制を今頃になって返してくる。


「そのサンドイッチに毒が入っていたら、どうするんだ? お嬢様」


 ガイウスの言葉遣いが暗殺者のそれになっている。
 さっきのは恋愛イベントだし、それで毒殺エンドってありえなくない?
 親密度から考えても私を暗殺するとは考えにくい。


「え? まあ、その時はそれまでですわよね。ガイウス(との親密度)を信じて食べたの。悪いかしら?」

「ふふ、流石お嬢様。そういう肝が据わったところが最高だ」


 ガイウスはニヤっと笑って、私が口を付けたサンドイッチをそれはワイルドに平らげた。
 それを見て真っ赤になる私をからかうように、今度は自分に食べさせろという風に口を開けてくる。


「もう! ご自分で召し上がってください! 暗殺者以前に、あなたは私の執事でしょう!」


 サンドイッチをガイウスの口にねじ込んで、私はこのやり取りが転生前に働いていた会社の後輩とのやり取りに似ている気がした。
 目の前にいる仕事の出来るイケメンとは全然違うけれど、面倒をみてあげないと危なっかしい子だった。
 転生前のことを思い出してクスクス笑う私を見て、ガイウスは自分が笑われたと勘違いしたみたい。


「お嬢様、サンドイッチをねじ込むのは流石に色気が無さ過ぎます」


 拗ねる横顔が少し可愛くみえて、また笑う私にガイウスが本気の色気を出して迫ってくる。


「私はお嬢様の執事です。ですが今は時間外。仕事を離れれば私も一人の男なのですよ?」


 そんなガイウスを真っ直ぐ見て、私は自分の考え……というより、基本設定の「真面目」という性格を知っていたのでそれを伝えた。


「いいえ、ガイウスは意外と真面目だと思っています。ですから、何も心配はありませんわ。そうそう、あなたにプレゼントがありますの」

「お嬢様が私に?」

「ええ、先ほど朝市で手に入れましたの。気に入っていただけると嬉しいのですけれど」


 プレゼントの包みをガイウスに渡すと、ガイウスは信じられないと言う顔で包みを開ける。
 フォーマル用の白手袋を見て、目を丸くするガイウス。


「この前、私の口元を拭いたせいで手袋を汚してしまったでしょう? お詫びと言ってはなんですけれど、使ってくださるかしら」


 この前というのは、この前のあれだ。男子生徒モブが言い寄った時にされたクッキーペロリ事件。
 ガイウスは執事の白手袋をしていたのだけど、あのとき手袋に口紅がちょっとついてしまったのを私は見逃していなかった。
 自分が意図したわけではないけど、汚してしまったことには変わりがないのでお詫びに手袋を買ってみた。
 実はこの手袋も、ガイウス攻略対象アイテムとして公式サイトにも掲載されている。

 攻略対象あなたたちの好きなものは、すべて私の脳内データに記憶されているのよ! おーっほっほっほ! チョロいわ!

 悪役令嬢っぽく脳内で高笑いをする私の心を知ってか知らずか、ガイウスは手袋をはめて満面の笑みを浮かべる。


「お嬢様、ありがとうございます。大切に……ええ、それはもう。大切にします!」


 キラキラと花や光が舞い、切り取られた空間が目の前に現れる。
 またスチル!? さっきのはイベント用だったけど、こっちは普通のスチルみたい。
 そういえば、ガイウスのスチルはまだ一枚しか見ていない。親密度が高かったことを考えれば、二枚目まではそこそこ簡単に見れても不思議ではないのかも。

 スチルに見とれていると、ガイウスが急に立ち上がり失礼しますと帰って行った。
 イベント発生後の淡泊な感じが、非常にゲームっぽい。
 私としては、迫られるようなイベントが起きなかったことに内心安堵して、目的の眼鏡橋のスケッチを済ませ公園を後にした。

 本当に今日はスチルラッシュだ。
 こんなはずじゃなかったのに。私の心は乱されてしまって、せっかくの休日なのに心臓がゆっくりする暇がない。

 おかげでだいぶ慣れたけど、つっ……疲れた。
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