上 下
6 / 84
ゲーム序盤

執事がグイグイ来るので引きこもりたい

しおりを挟む
 はじめての(?)授業が終わり、帰宅時間。
 実は帝王学と歴史以外の学問は思っていたほど難しくなかった。
 歴史は知らないから分かるわけないのだけれど、帝王学は家に帰ってしっかり復習しておかないと、クロエに申し訳ない。
 というか、クロエの記憶カムバック!!!

 すぐになくなってしまうLUKを上げるために、あるだけのクッキーを配り尽くした私は、疲れ切ってグッタリしていた。
 迎えがくるまでもう少し時間があるので、中庭で残った最後の一袋のクッキーを食べながら待つことにした。

 サクッと甘いクッキーと、ふわっと香る紅茶の香り。

 今朝作った中では、紅茶クッキーが一番出来が良かったし、人気も断トツで高かった。
 甘いのが苦手な男性でも食べやすいんだそうで……いやー、十代男子なんて甘い物が大好きな物だと思っていたけど、この世界のハイティーンは大人びてるわ。

 どこかちょっとおばさんっぽい思考がよぎるのは、仕方ないと思ってほしい。
 だって私、本当は三十路だし!!!

 ふうとため息をつきながら、サクっと二枚目のクッキーを口に入れた時だった。
 クラスの男子の一人が声をかけてきた。


「クロエ様、今日はクッキーありがとうございました」

「え? 私あなたに配った記憶はありませんけれど?」

「ふふ、そうですね。確かに私は直接いただいておりません。他の生徒からひと口とご相伴しょうばんあずかったのです」

「そうでしたか。お口に合いまして?」

「はい、それはもう! 大変美味しくいただきました。それでお礼をと思い、こうしてクロエ様をお見掛けしたので馳せ参じました」

「それは良かったですわ。そんなに喜んでいただけるなんて、私も嬉しいですわ」


 年下の群衆モブ男子でも、結構さわやかよねー。でもキラキラオーラが無いから結構平気で話せるのが不思議。
 もしかしたら、ゲーム補正で攻略対象以外にドキドキしないようになっているのかもしれない。
 そうだとしたら余計なシステムだなあ。だって、推しへのドキドキは恋愛とは別じゃない?
 私は愛でたいだけなのよね、基本的に。
 常に第三者目線でありたい。そして妄想したい。アメリアと攻略対象の恋愛とか、あとBのLとか!!

 脳内で興奮しながらガッツポーズを作っていると、話しかけてきた男子生徒モブがまだこの場を去らないばかりか、私が腰かけているベンチの隣に座りたいと言ってきた。


「お好きになさったら? このベンチは私の物ではありませんし。私も執事が迎えに来るまでの時間しかここには居ませんし。」


 普通ならここは「この男子生徒は私のことが好きなのかしら?ドキドキ」みたいにトキメくシーンなはずなのに、心が微動だにしない。
 我ながら、鉄壁すぎるわ。
 でも、相手はそうじゃないみたいなのが困ったところで、ペラペラと聞いてどうするの?という質問を次々としてきて、挙句の果てに告白までしてきた。


「僕は、クロエ様のことを以前よりお慕いしておりました」

「はあ……それはありがとうございますわ。ですけれど、私にはクロム王子というれっきとした婚約者が居ますのよ」

「はい。存じております。僕が完璧なクロム王子には敵わないことも十分承知の上です」


 なんだか潤んだ瞳で私の方を見てくるんだけど、何の感情も湧いてこない。
 好きでもない男性に告白された時のとまどい……経験が無いわけじゃないし、なんだかとっても懐かしいけど全然甘酸っぱくない。
 十分年齢を重ねてきた私は、これくらいのことで心を動かされたりはしないのだ!
 しかし、断ったのに全然響いてないっぽい。恐るべしモブ。


「お嬢様、お迎えに上がりました」


 どこから忍び寄ったのか、ふと見ると執事が目の前に跪いていた。
 あれ? 全然気配を感じなかったけど?
 執事は私の手を取ると、立ち上がらせて隣の男子生徒モブへ華麗にお辞儀をした。


「ご学友の方、お嬢様をご自宅まで安全に戻っていただかなければなりませんので、これにて失礼致します」


 で、なぜかお姫様抱っこをされている私。
 は? 何で? 理解が追い付かない!!!
 お姫様抱っこで馬車までとか、恥ずかしすぎるんですけど!!!


「正直助かったけど、これは流石に恥ずかしいです。降ろしてください」


 震える声で言う私に、あろうことか執事は笑顔でこう言った。


「いいえ、お嬢様をお守りするのは私の仕事ですから」


 お決まりのごとく、背景に花がぶわーっと咲き乱れ一瞬だけ時間が止まる。
 これは、もうおなじみのスチル発動だ。

 はっ! そう言えばこの顔には見覚えが!

 【ガイウス・ミッドナイト】アメリアのことを疎ましく思うクロエから依頼を受けて、アメリアの屋敷に執事として潜伏している殺し屋。
 ゲームではアメリアの家に潜伏しているはずの殺し屋がなぜ私の執事を!?
 うっかりというか、油断してた! 確かアメリアとクロエの仲が良くなってしまうと、暗殺対象がクロエに切り替わるんだっけ?
 ってことは、私今すごくピンチなのでは!!!?

 あわあわと急に青くなった私を見てガイウスは微笑むと、


「お嬢様、口元にクッキーが。失礼」


 と言って、あろうことか私の口元のクッキーかすを指で拭ってペロって、ペロって!!!
 私の緊張ゲージが振り切れたことをここに報告します。
 もう無理、何なのこの執事すんごくグイグイ来る……。
 私、暗殺対象になっちゃってるのかな?それならやっぱり引きこもってるほうが安全じゃない?
 ああ、引きこもりたい。


 そう思ったか思わないか。
 私は意識を保っていられず気絶した。

 気付いた時は、馬車の中であろうことかガイウスに膝枕をされていた。

 目が合った執事は、それは優雅に笑顔を浮かべて私を見ている。
 本当に殺し屋なのかな?というくらいの美しく優しい笑顔。

 ガイウスの設定は26歳。今までの学生とは違い大人の魅力と色気が漂っている。


「お嬢様、お目覚めでなによりです。間もなくお屋敷に到着致します。まだご気分が優れないようでしたら、僭越ながら私がお部屋までしっかりお届けさせていただきますが?」


 ひい、またお姫様抱っこするつもりだ!
 がばっと執事の膝から頭を上げると、私は丁重にお断りをした。


「けっこうです! ところでガイウス。あなたは私の命を狙っているのでは?」


 思っていることをそのまま口に出してしまって、しまったと口を閉じるも、もう遅い。
 ガイウスは一瞬ぽかんという顔をしたかと思うと、にやりと笑みをこぼす。


「お嬢様、それを誰から聞いたんですか? 私がガイウスという名だと何故ご存知なのですか?
 まさか最初から知っていらっしゃった……?」


 馬車の壁にドンされる格好で、執事に迫られている図の私。
 恐怖であわあわとしていると自宅に到着し馬車が止まった。


「チッ、もう着いたか」


 舌打ちをするガイウスを横目に、私は馬車を降りて自室に戻る。
 真っ青な顔のままでうつむきながら歩く私の後ろには、鞄を持って従う執事……改め殺し屋。
 自室の扉を開けるまではしっかり執事としての職務を果たしていたのに、私が部屋に入るといきなり豹変して殺されるのでは……とドキドキしていたけれど、そんなこともなくガイウスは普通に扉を閉めて部屋から出て行った。
 退室する前に、こっそり私に耳打ちをして。


『かならず奪ってやるから、覚悟しろよな、お嬢様?』


 ドアから出ていくガイウスを見て、私は呆然とその場に崩れ落ちた。
 そんな私の心を知ってか知らずかウエンディが話しかけてくる。


『クロエ様。ただいまのLUKポイントは先ほどのネガティブワードを差し引いても33です。良く頑張りましたね。明日もその調子でどんどん上げていきましょう。
 それから、攻略対象が一名増えました。ステータスを確認されますか?』


 うん、一人増えたのは知ってる。
 ステータスの確認は今日は疲れすぎてて無理なので、明日見ることにした。
 これから先、命の危機を感じながら生きていくなんて無理~! ひえーん!

 私やっぱり、引きこもってもいいですか?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

彼氏が親友と浮気して結婚したいというので、得意の氷魔法で冷徹な復讐をすることにした。

和泉鷹央
ファンタジー
 幼い頃に住んでいたボルダスの街に戻って来たアルフリーダ。  王都の魔法学院を卒業した彼女は、二級魔導師の資格を持つ氷の魔女だった。  二級以上の魔導師は貴族の最下位である準士の資格を与えられ辺境では名士の扱いを受ける。  ボルダスを管理するラーケム伯と教会の牧師様の来訪を受けた時、アルフリーダは親友のエリダと再会した。  彼女の薦めで、隣の城塞都市カルムの領主であるセナス公爵の息子、騎士ラルクを推薦されたアルフリーダ。  半年後、二人は婚約をすることになるが恋人と親友はお酒の勢いで関係を持ったという。  自宅のベッドで過ごす二人を発見したアルフリーダは優しい微笑みと共に、二人を転送魔法で郊外の川に叩き込んだ。  数日後、謝罪もなく婚約破棄をしたいと申し出る二人に、アルフリーダはとある贈り物をすることにした。  他の投稿サイトにも掲載しています。

公爵家御令嬢に転生?転生先の努力が報われる世界で可愛いもののために本気出します「えっ?私悪役令嬢なんですか?」

へたまろ
ファンタジー
ここは、とある恋愛ゲームの舞台……かもしれない場所。 主人公は、まったく情報を持たない前世の知識を持っただけの女性。 王子様との婚約、学園での青春、多くの苦難の末に……婚約破棄されて修道院に送られる女の子に転生したただの女性。 修道院に送られる途中で闇に屠られる、可哀そうな……やってたことを考えればさほど可哀そうでも……いや、罰が重すぎる程度の悪役令嬢に転生。 しかし、この女性はそういった予備知識を全く持ってなかった。 だから、そんな筋書きは全く関係なし。 レベルもスキルも魔法もある世界に転生したからにはやることは、一つ! やれば結果が数字や能力で確実に出せる世界。 そんな世界に生まれ変わったら? レベル上げ、やらいでか! 持って生まれたスキル? 全言語理解と、鑑定のみですが? 三種の神器? 初心者パック? 肝心の、空間収納が無いなんて……無いなら、努力でどうにかしてやろうじゃないか! そう、その女性は恋愛ゲームより、王道派ファンタジー。 転生恋愛小説よりも、やりこみチートラノベの愛読者だった! 子供達大好き、みんな友達精神で周りを巻き込むお転婆お嬢様がここに爆誕。 この国の王子の婚約者で、悪役令嬢……らしい? かもしれない? 周囲の反応をよそに、今日もお嬢様は好き勝手やらかす。 周囲を混乱を巻き起こすお嬢様は、平穏無事に王妃になれるのか! 死亡フラグを回避できるのか! そんなの関係ない! 私は、私の道を行く! 王子に恋しない悪役令嬢は、可愛いものを愛でつつやりたいことをする。 コメディエンヌな彼女の、生涯を綴った物語です。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎
ファンタジー
【小説家になろう日間1位!】 悪役令嬢オリヴィア。それはスマホ向け乙女ゲーム「魔法学園のイケメン王子様」のラスボスにして冥界の神をその身に降臨させ、アンデッドを操って世界を滅ぼそうとした屍(かばね)の女王。そんなオリヴィアに転生したのは生まれついての重い病気でずっと入院生活を送り、必死に生きたものの天国へと旅立った高校生の少女だった。念願の「健康で丈夫な体」に生まれ変わった彼女だったが、黒目黒髪という自分自身ではどうしようもないことで父親に疎まれ、八歳のときに魔の森の中にある見放された開拓村へと追放されてしまう。だが彼女はへこたれず、領民たちのために闇の神聖魔法を駆使してスケルトンを作り、領地を発展させていく。そんな彼女のスケルトンは産業革命とも称されるようになり、その評判は内外に轟いていく。だが、一方で彼女を追放した実家は徐々にその評判を落とし……? 小説家になろう様にて日間ハイファンタジーランキング1位! 更新予定:毎日二回(12:00、18:00) ※本作品は他サイトでも連載中です。

【完結】ガラクタゴミしか召喚出来ないへっぽこ聖女、ゴミを糧にする大精霊達とのんびりスローライフを送る〜追放した王族なんて知らんぷりです!〜

櫛田こころ
ファンタジー
お前なんか、ガラクタ当然だ。 はじめの頃は……依頼者の望み通りのものを召喚出来た、召喚魔法を得意とする聖女・ミラジェーンは……ついに王族から追放を命じられた。 役立たずの聖女の代わりなど、いくらでもいると。 ミラジェーンの召喚魔法では、いつからか依頼の品どころか本当にガラクタもだが『ゴミ』しか召喚出来なくなってしまった。 なので、大人しく城から立ち去る時に……一匹の精霊と出会った。餌を与えようにも、相変わらずゴミしか召喚出来ずに泣いてしまうと……その精霊は、なんとゴミを『食べて』しまった。 美味しい美味しいと絶賛してくれた精霊は……ただの精霊ではなく、精霊王に次ぐ強力な大精霊だとわかり。ミラジェーンを精霊の里に来て欲しいと頼んできたのだ。 追放された聖女の召喚魔法は、実は精霊達には美味しい美味しいご飯だとわかり、のんびり楽しく過ごしていくスローライフストーリーを目指します!!

処理中です...