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11あの日 〜ルナ視点〜

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    光の中で、私は再び生まれた。手首を強く押すと、脈は次第にテンポを速め、やがて本来の速さに戻ったのが分かる。お腹を抑えながら空気を鼻から吸うと、お腹が膨らむのが分かる。口から息を吐くと、お腹はゆっくりとへこんでいく。
    光が私の眼を眩ませ、私の身体に入り込み、やがて血液に溶け込んでいくのを感じる。それと同時に、私は団を守れなかったことを知る。
    守れなかった。罪を償うって決めていたのに。あの日、私は団長の留守を任されたのに。前団長は、ちゃんと守ったのに。光の中で、初代団長の笑顔の敬礼、前団長の笑顔の涙、イアンの震えた拳を思い出す。
    あの日の団長のように、私は守れなかった。
 
    それは、戦争が始まってから、約二年が経過していた頃だった。とうとう、初代団長が出征してから一年が過ぎてしまった。団員皆、その頃には自分で自分を管理できるようになっていた。いや、出来るフリをしていたのかもしれない。皆何らかのぼろが出ていたが、団長を継いだリュアは意外にも、人一倍それが下手だった。団員の前では自然に振舞っているが、みんなが寝静まったころ、一人教会で泣いているのを、私は何度か目撃していた。リュアは泣くときは思い切り泣く人だから、彼がいなくなったことへの寂しさ、急に団長になったことの責任の重さ、終わる気配のない戦争へのやるせなさが痛いほど伝わってきた。ただでさえリュアは彼のことを大切に思っていたから、私たちにはわかり知れない辛い感情がふとした時に込み上げてしまうのだろう。リュアの嗚咽に、私はよく耳を塞いだ。

 前団長は、大した人だった。

 その日、施設の本館にはリュアと私、何体かの悪天使がいた。ローシャは悪天使が出没するという村に出向き、イアンは施設内の教会に新入りの悪天使を連れて行っていた。
「今日って、午後から雨が降るらしいよー」
「ローシャとイアン、それまでに帰ってくるといいね」
 そんな会話をしながら、二人で窓の外を眺めていた。
 しかし、それは叶わなかった。黒い雲からはレーザーのような雨がどうどうと地面を突き刺した。雨は勢いを増し、遂には雷まで鳴り始めた。その時私は、願えば願うほど神様は聞いてくれないし、想えば想うほど、人は遠ざかっていくことを淡々と感じた。危機感など、もはやなかった。それほど、私たちは最悪な状況にいたのだと思う。
 ドン!

    突然の爆音に、少し地面が揺れる。雷が落ちたのだと思った。そうであってほしかった。
    その音の正体は、今のご時世最も危険だといえる、戦場で最強の名を轟かせているプロデスト軍の登場を知らせるものだった。
    施設の門を打ち破ったプロデスト兵はあっという間に施設内に入ってしまった。
「悪天使保護団に次ぐ!直ちに、悪天使を我がプロデスト軍に引き渡せ!さもなければ、団員を皆殺しにする!」
 若い女性の声だった。
 男がいない保護団で、私たちはどうしたらいいのか。施設に裏口があることを、冷静さを欠いて見落としていたわけではない。何体かの悪天使を置いて逃げることができなかったのだ。その時は特別、新入りの悪天使と感情をまだコントロールできない天使が多かった。無理に連れ出そうとすれば、暴走する悪天使が出ることは避けられないだろう。完全に、間が悪いとしか言いようがなかった。
    考えを巡らせている間に、足音は近づいてくる。私たちが見つかるのも、時間の問題だろう。
「リュア、どうしよう」
 私は、すがるようにリュアの手を握った。その時のリュアは、何とも言えない表情をしていた。とんでもない絶望の淵に立たされた時、人はそんな顔をするしかないのだと思った。リュアは、口の端を震わせて笑っていた。私は、そんなリュアが少し怖くなって手を放そうとしたが、リュアがそれを許さなかった。もう一つの震える手は、私の手にすがって離れなかった。
    少し間が開いて、震えをごまかすように、リュアは握る力を強めた。そして、先ほどまでの笑い方とは違う、優しい微笑み方をした。今思えば、あれは彼のだったんだと思う。リュアの思いを汲み取って、私は心が痛くなった。
「ルナ、一回しか言わないからよく聞いて」
 リュアは、少しだけ整ってきた私の呼吸を邪魔しないよう、細心の注意を払ってこの後することを説明した。
「いい?今から私がプロデスト軍のところに行って、悪天使を引き渡す。そして、私も悪天使と一緒にプロデスト軍の捕虜にしてもらう。ルナはここで、プロデスト軍が引くのを待ってて」
    唖然とした。震えでうまく動かない口をぎこちなく動かして、リュアに訴えた。
「そんなの、安全の保障がないじゃない!もうすぐ、ローシャとイアンが帰ってくるから!そしたら、二人が戦ってくれ…」
   そこまで言って、リュアは私の口を目で塞いだ。
「それではダメなの。二人でこの人数の敵を倒せるとは思えない。二人とも、殺されてしまう。私は、心から皆を守りたいと思っているの」
 私は何も言えなくなった。
「大丈夫。私が必ず、団長として、責任をもって帰ってくるから。一人も欠けずに、保護団に帰ってくるから。そうすれば、また皆で笑える日が来る」
    リュアは、そう言いながら団長の証拠である胸の勲章を私の手に握らせた。
    その間、私は微動だに出来なかった。どうしたらリュアを止められるのか分からなかった。その勲章の凹凸が、彼の、リュアの思いを継いで、団長の証が私の手にわたってしまったことを教えた。この勲章を手放したものは、帰ってこない。そんな気がした。そう思うと、恐ろしくてそれを取り落とすことができなかった。
     私が勲章を受け取ったのを確認すると、リュアは私の肩を叩いた。

「団長の留守をよろしく」
 
   そう言ってリュアは、勢いよく部屋を飛び出した。私は、その背中に続くことができなかった。足がすくんで、震えて、もつれて、その場に崩れ落ちた。息が、呼吸ができなかった。
    全く同じ顔をして、同じ台詞を言って、彼もいなくなったのだ。私の瞳に最後に映ったリュアは、彼に追いつきたくて必死な、健気な少女そのものだった。
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