上 下
31 / 34

姉妹のわだかまり

しおりを挟む
 それからグラッセは何日も寝込んでしまい、魔力が回復するまでベッドの上で過ごすことになった。その間、シエルは彼の看病をして身の回りのお世話をしたり、見舞いに来た人が来た時に相手をしたりした。
 そんな中にはある人物もいた。

 シエルの姉。フローラ・フローレシアだ。
 メイドを二人引き連れている彼女は今日の妹のドレスは自分が今まで着たことのない、フリルがふんだんにあしらわれている淡い水色のドレスに気がつくと顔を逸らして口を開く。

「シエル、お話があるのだけど……いいかしら?」
「ええ。いいですよ」

 応接室へと移動をすると、紅茶を用意してもらいテーブルに置く。椅子に座って向かい合わせになるとフローラは何か言い辛そうな表情を浮かべている。

「グラッセ様の具合はいかがですか?」
「とてもよくなりました。そろそろお仕事にも戻れるそうです」
「そうですか……」

 グラッセの話題を出すと少しだけだが空気がピリついた気がする。

「……お父様の具合はどうですか?」

 今度はシエルの方から父親のことを訊ねると、フローラは眉間にしわを寄せて苦々しい顔になる。

「ずっと塞ぎ込んでいるの……もう私とシグリッドの声も聞こえていないかも……」

 今まではシエルが無視をされていた側だったが今度は父親が心を閉ざしてしまったようだ。

「どうしたらいいのかしら……お母様は居なくなって、お父様はあんな状態だし……」

 まるで何かを察して助言をして欲しいかのようにシエルに視線を向ける。
 それは過保護な二人の父親が作ったフローラの悪い癖だ。
 シエルはしばらく何も言わずに黙っていたが、このままではこの重苦しい空気に耐えられないと思ったので仕方なく口を開いた。

「私が女王になります。お姉様とシグリッド様はそのお手伝いをお願いします」

 もうずっと頼まれ続けていた。いつまでも皆が諦めようとしないので、とうとうシエルは折れて自ら引き受けるしかない。
 シエルが王位を継ぐと言ったのはこれが生まれて初めてだった。
 今まではどんなに説得しても首を縦に振らなかった彼女がようやく決意してくれたことにフローラは驚いたように目を見開く。

「旦那様が王様になりますし、きっと上手くいきますよ」

 自分が頑張るのはもちろんだが、グラッセならなんとかしてくれるだろうと信頼していた。シエルも国も救ってくれた英雄なのだから。

「……あの……」
「はい?なんでしょう」
「わたくしがグラッセ様のことをずっと……ずっと、好きなのを貴女は……知っていたの?」
(急に話題が変わった……)

 せっかくに決意をしたというのに突然の質問にシエルは戸惑いながらも、チラチラとこちらの様子を窺っている姉の問いに答えていく。

「知りませんでした。お姉様と最後にお話をしたのはずっと前でしたし」
「そっ……そうよね……そうよね……」

 小さく呟くと、フローラはそっと自分の胸元に手を当てて目を閉じて黙り込んでしまった。
 それにしてもフローラがグラッセに恋愛感情を抱いていたなんて結婚当時は知らなかったが、仮面舞踏会でエスコートを頼んで薬を盛ったと聞いた時は流石に怪しんだ。
 だが、例えそうだったとしても、譲って欲しいと頼まれても、絶対に渡さない。
 もしも力づくで奪おうものならば誰であろうとこちらも相応の手段を取るつもりだ。

「ずっと、シエルに奪われていた人生だと思っていたの」
「どういうことですか?」
「ドレスもアクセサリーも……グラッセ様もシエルが横取りをしていたと」

 確かにシエルの私物のほとんどはフローラのお下がりばかりだ。何も知らないフローラからしてみれば 奪い続けていると見られても不思議ではない。

「それは違いますドレスやアクセサリーは望んでいませんでしたし、旦那様も氷の精霊の為の政略結婚です。だからお姉様には勘違いをしないで欲しかったのです」
「わ……わかっているわ……!そんな……」

 フローラから奪う趣味があるわけではないので誤解を解こうと必死に弁解すると彼女は泣いて真っ赤になった目でキッとシエルを睨むと、置いてあったティーカップを持つ。だが、手に力が入らなかったのか簡単にするりと落として割ってしまった。
 あの気弱なフローラは誰かに怒りをぶつけたことなどなかった。彼女は引っ込み思案で自分の意見を言うことができず、いつも誰かに振り回されてきたが一度も癇癪を起こしたことなどなかった。

「わかって……わかったの……でも、それでも先にあの人を好きになったのはわたくしなのに……どうしてって……ずるい……」
「お姉様……」

 まるで吐き出すかのように自分の胸の内に秘めていた思いを打ち明けていた。
 自分は彼女の想い人を奪ったわけではないが、タイミングが悪かったのだろう。もしもっと早く彼女がグラッセに恋心を抱いていたと知っていたら……違う結果になっていただろうか?

(変わらなかったかも……)

 シエルは出会ってすぐに優しく、時には厳しいグラッセを慕っていた。氷の精霊のことを抜きにしても、この人の側に居たいと思ってしまったのだ。
 彼女の想いをもっと早く知っていても、グラッセを手放したくないという気持ちは変わらなかったかもしれない。
もしかすると、フローラの夫となったグラッセを好きになった可能性もあり得るとシエルは思っていた。

 フローラは城へ帰る前にシエルに向き直ると、目に涙を溜めていた。酷く気弱で自信なさげに見える。

「わたくし……シエルが羨ましいわ……」
「どうしてですか?」
「だって……わたくし……グラッセ様と結婚したかった……」

 この場合、なんて返せばいいのかわからないが、考える時間を稼ぐためにレースのハンカチを姉に手渡す。
 すると彼女はそれを受け取ると涙を拭いた。

「ごめんなさい……今日はそれを言いに来たのではなくて……」
「ゆっくりでいいですよ」

 シエルが優しく微笑むとフローラは安心して息をつく。そして意を決すると真剣な眼差しを向けた。

「……おめでとう……幸せになって……」

 フローラは涙ぐんでそう言い残すと城へ帰っていった。
 交流の少なかった血の繋がりない姉妹がお互いにお互いがどう思っているか、何を考えているか、理解をするようになれるのはもう少し先かもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

絶倫騎士さまが離してくれません!

浅岸 久
恋愛
旧題:拝啓お父さま わたし、奴隷騎士を婿にします! 幼いときからずっと憧れていた騎士さまが、奴隷堕ちしていた。 〈結び〉の魔法使いであるシェリルの実家は商家で、初恋の相手を配偶者にすることを推奨した恋愛結婚至上主義の家だ。当然、シェリルも初恋の彼を探し続け、何年もかけてようやく見つけたのだ。 奴隷堕ちした彼のもとへ辿り着いたシェリルは、9年ぶりに彼と再会する。 下心満載で彼を解放した――はいいけれど、次の瞬間、今度はシェリルの方が抱き込まれ、文字通り、彼にひっついたまま離してもらえなくなってしまった! 憧れの元騎士さまを掴まえるつもりで、自分の方が(物理的に)がっつり掴まえられてしまうおはなし。 ※軽いRシーンには[*]を、濃いRシーンには[**]をつけています。 *第14回恋愛小説大賞にて優秀賞をいただきました* *2021年12月10日 ノーチェブックスより改題のうえ書籍化しました* *2024年4月22日 ノーチェ文庫より文庫化いたしました*

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

処理中です...