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無才の義弟王子

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 行為が終わると「疲れただろう?ゆっくり寝るんだ」とグラッセに言われてベッドに横になったのだが、すぐには眠れなかった。
 隣には彼がいる。いつものように並んで寝ているのに今日はいつも以上に胸の高鳴りが止まらない。
 シエルはグラッセに背中を向けた状態でじっとしていた。先程までのことを思い出しているうちに恥ずかしくなってきたのだ。

(いっぱい好きって言っちゃった……)

 今までは果物が好きだとか本が好きだとか物に対しては好きだと伝えたことはあったが人に対して「好き」だと言ったのは彼が初めてだった。
 行為中に自然と好きだと呟いてしまった時にグラッセは黙っていたがちゃんとその言葉を聞いてくれていて、そのことがとても嬉しかった。

(明日、どんな顔をして会えばいいかな……)

 背中を向けているが、きっとグラッセは既に眠っているのだろうか?と考えながらお腹を撫でる。先ほど出してもらえた感覚が未だに残っていて幸せな気分に浸っていた。

 *

 城へ向かう途中の雪ソリに乗って冷たい風を全身に浴びる。真っ白に染まる景色の中を滑っていくのはとても気持ちが良いものだがグラッセは昨夜から今朝にかけてシエルに対して申し訳ない気持ちで一杯だった。
 自分は子をなさずに離縁をするつもりだったのにあんなにも健気に尽くしてくれる妻が愛おしくなり、大切にしたいと思うように変わっていった。

 自由か、シエルか。どちらを選ぶべきかの天秤がだんだんと彼女の方に傾いていき、比重が重くなっていった。シエルと一緒にいることで得られる幸福感がどんどん大きくなり、別れたくないという感情が勝っているような気がする。

「どうかなさいました?」

 ため息をつくと隣に座る執事のクリアが心配げに声をかけてくる。このところ毎日、こんな調子で悩んでいるため流石に見抜かれてしまう。

「愛だとか恋だとか、よくわからないんだよ」

 うっかり口に出してしまったことにハッとする。だが、もう遅い。

「シエル様以外に気になる女性ができたということですか」
「そんなわけないだろ」

 的外れな質問をしてくるクリアを睨むが彼の目つきはどこか冷めていた。浮気を疑われているのだろう。
 契約上ではグラッセが恋人や愛人を持つのは何も問題はないがそれはシエルの心を裏切ることになる。そもそも恋愛に興味のない彼にとってはどうでもいいことだったが。

「失礼しました。私も恋愛ごとには疎いものですので」

 つくづくクリアはグラッセに対して棘のある態度をとることが多い。何か嫌われるようなことをした覚えはないのにどうしてこうも敵意むき出しなのか。

 クリアはかなりの美形なので女受けはかなりいい。メイド達が噂をしているのを聞いたことがあるがその割には浮いた話がない。
 彼もグラッセと同じように恋愛に興味がない男なのだろうと勝手に解釈し、いつの間にか城の門の前に着いたため、考えることをやめることにした。

 *

 魔法騎士の仕事を二年間、休止することになったが王から呼び出しをされて命令を受ければ従うことになっている。
 コートを脱いでから魔法衣に身を包んで指定された場所に行く。今日は王子の魔法の訓練に付き合う日だ。

「遅い。いつまで待たせる気なんだグラッセ・ラッセル」

 約束の時間よりも早く着いたというのに既に待っていたらしい王子はグラッセが姿を見せると眉間にシワを寄せた。
 まだ幼さが残る顔立ちをした父親譲りのホワイトブロンドに母親譲りの茶色の目の少年。シグリッド・フローレシア。国王の息子であり、シエルの腹違いの弟。顔立ちは父親にも母親にも似ていないような気がしたがグラッセにとっては特に興味もないことだ。
 素直なシエルや自信の無いフローラとは正反対の性格をしており、傲慢で我が強い性格なのはしばらく訓練を共にしていてもわかるほどだった。

「すみません、少し考え事をしていたものですので」
「ふん、貴様のような軟弱な男が何を考えているのか知らんが、余計なことを考える暇があるなら少しでも鍛錬したらどうだ?」
「はい」

 いつもならシグリッドの方がかなり遅れて訓練所に悪びれる様子もなく現れるのだが、今回は先に来ていたため調子に乗っているようだ。
 グラッセは内心、かなり苛立っていたもののそれを表には出さず、冷静に対応する。

「では今日の訓練は……」

 こうしてグラッセは義弟に魔法の手解きをした。最近になってやっと初級レベルの攻撃呪文を覚えたがまだ魔力が不安定のため、発動しても大したものにはならない。
 シグリッドは残念なことに父親と違って魔法の才能が無かった。
 しかしそれでも努力すればいつかは使えるようになるかもしれないので丁寧に教えている。

「僕が精霊の加護を譲り受けていればこんな苦労をしなくても済んだのに……」

 恨み言のように呟くとシグリッドは杖を握りしめてグラッセを睨みつける。まるで当てつけのように。

「シエルが生まれてこなければ僕が加護を貰えたはずなのに……あいつのせいで僕は……!」

 本来なら王妃の子供である姉のフローラかシグリッドが氷の精霊の加護を受けられていたが愛人の娘であるシエルが生まれてきたことで全て台無しになってしまったので彼はシエルを恨んでいる。
 そんなシエルは氷の精霊の加護なんて望んでいなかった。普通の家庭で家族に愛情を注がれながら暮らすことの方がずっと望んでいただろう。
 それを知っているグラッセとしては複雑で腹立たしい気持ちになった。

 *

 その頃、シエルは料理長のアサヒに頼んでキッチンに立って料理を教わっていた。
 ホワイトブロンドの長い髪は後ろできっちりと結われていて、白いエプロンを身につけている姿は意外にも様になって見える。
 今回作るのはアップルパイ。今までお菓子作りなどしたことがなかったが、グラッセが好きなものを自分で作れたら喜んでくれるのではないかと思ったのだ。

「それじゃあアップルパイの生地を一緒に作りましょう」
「はい」

 シエルはアサヒの指示に従いながら慎重にパイ生地を作っていく。材料を混ぜ合わせて生地を伸ばしている所で、ふとアサヒがとあることに気がついた。

「姫様は手が冷たいからパイ生地を上手く作れてますね」

 彼の言うようにパイ生地が手の体温で溶けずに程よい硬さを保ってまとまっている。アサヒの手は普通の人間に比べて温かいのでパン作りには有利なのだが、パイ生地を作る時は氷水で冷やしてから作っていたのでシエルの体質はありがたかった。

 だが、シエルとしてはアサヒの温かい手が羨ましい。温かい手なら素手でグラッセに触ることができる。グラッセは気にしないと言ってくれるがやはり手袋越しだと申し訳ない気分になった。
 それにいつか子供が生まれて冷えた手で触ると風邪を引いてしまうのではないかと心配になる。

 子供が欲しい、グラッセとの愛の証を残したいという欲は日に日に高まる。それは女としての本能的なものなのか、それとも恋というものなのかはまだわからない。わからないのはシエルは今まで恋愛感情を抱いたことがないからだ。


 そうこうしているうちにアップルパイが完成した。甘い香りが漂ってくる。さっそく、試食をしてみることに。

「わぁ、すごくおいしいです!」
「よかったですね」

 サクッとした食感に甘酸っぱいリンゴの味も美味しくて理想に近い味に思わず笑みがこぼれる。

「アサヒのお陰ですよ」
「いえ、僕はちょっとアドバイスをしただけですから」
「そんなことはありません。ありがとうございます」

 謙遜するアサヒにシエルは首を横に振る。このアップルパイはほとんどアサヒが作ったようなものだ。彼が居なかったらこんな美味しく完成しなかったので彼に感謝をした。
 そしてまたアップルパイの作り方を教えて欲しいと頼むと彼はもちろんと快諾してくれた。
「自分で作った」と言えるぐらいの物を作りたいと意気込むシエルを見て、アサヒは微笑ましく思うと同時に彼女は誰かのために一生懸命になれる優しい子なのだなと感じた。

 *

 夕方になり、グラッセが屋敷に戻るとシエルが出迎えてくれた。夫の姿を見ると嬉しげな表情を浮かべて駆け寄ってくる。

「おかえりなさいませ」

 幸せそうな笑みを浮かべるシエルに抱きつかれてグラッセはその身体を抱き締め返した。柔らかな温もりを感じていると安心感を覚えると同時に罪悪感が増していく。シエルを騙し続けているのに彼女を陰で悪く言うシグリッドに対して怒りを覚える資格が自分には無いのだと改めて思い知らされるようだ。

「お体が冷えてますね。すぐにお風呂の準備をさせます」
「ああ、頼むよ」

 パッと離れるとシエルはメイド達を呼びつけて準備に取りかからせた。その様子を見届けてからグラッセはコートを脱ぎながら、ふうと息をつく。
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