7 / 34
旦那様はアップルパイがお好き
しおりを挟む「グラッセさん、森に行くので護衛をお願いします」
朝食を終えるとアサヒが出来立てのアップルパイを彼の前に差し出しながら頼みごとをしてきた。目上の人間に対して失礼な言葉遣いだがグラッセは咎めない。アサヒの料理の腕は認めているからだ。替えが効かないほどに重宝しているので些細なことなら受け流すようにしている。
「森へ何をしに行かれるのですか?」
シエルがアップルパイを一口サイズに切り分けながら尋ねる。
「食材を探しに行くんですよ」
「買えばいいだろ」
グラッセが呆れた口調で反論をするとアサヒは首を横に振る。
「欲しい物はリンゴなんです。この国のリンゴはあまり美味しくないので調味料で誤魔化せるのですが、やはり素材そのものの甘さで勝負したいですから」
「……確かに甘すぎる」
その言葉を聞いてグラッセがアップルパイを一切れ口に運ぶと渋面を作る。
「そうでしょうか?」
シエルも一口食べてから疑問の声を上げるとアサヒが苦笑した。シエルからしてみれば十分美味なものだが舌が肥えたグラッセには不評だったようだ。
「グラッセさんはアップルパイが好きなんですがリンゴの形をできるだけ残して甘さも控えめな味付にして欲しいと言う人なので、好みの問題ですよ」
「旦那様、アップルパイが好きなんですね」
意外な一面を知ってシエルが目を丸くしながら呟くとグラッセは綺麗に完食した皿を眺めながら小さくため息をついた。
「それにしばらくは魔法騎士としての仕事が休みだって言ってましたし体が訛らないよう運動代わりになると思いますよ」
仕事がないと聞いた途端にグラッセの顔色が変わった。シエルとの子作りを優先させるために王から休暇を言い渡された彼はそれを受け入れたものの暇を持て余していたのだ。
雪しかない庭で魔法の訓練など体を鍛えることはできるのだがそれも毎日行うと飽きてしまう。
「わかった。森へ行こう……クリアも一緒に来い」
「失礼ですが私が行っても回復と浄化の魔法しか出来ませんよ?」
皿を下げようとする執事を引き留めると彼は無表情のまま聞き返す。
「いいから手伝え。命令だ」
「かしこまりました」
主の命令ならば従うだけだと言わんばかりの態度だった。アサヒ同様に戦闘経験の無いクリアを森まで連れて行くメリットは無いに等しいが、屋敷から離れる時は念のために彼を自分のそばに置いて置こうとグラッセは考えていた。
この屋敷で一番若い男はクリアだ。そして彼は容姿も整っている。シエルが托卵をするなら彼を選ぶのかもしれないのでその可能性を潰すためにクリアを連れて行くことにした。
そんな思惑があるとは知らず、シエルはグラッセ達を見送る為に玄関先へと向かう。
「旦那様、気を付けて下さいね」
「ああ……シエルにはこいつを渡そう」
心配そうな表情を浮かべるシエルにグラッセが気がつくと彼は魔法で作り出した白いウサギを足元に作り出した。
ただの小動物に見えるが実際は違う。高度な魔法により生み出された疑似生命体であり普通の生物のように餌を食べる必要も無いし魔力の供給さえあれば半永久的に活動が可能なグラッセの分身のようなもので主の命令と自分の意思で行動をし、絶対に裏切らない存在だ。
それでもシエルにとっては初めて見る生き物だったので興味津々といった様子で見つめていた。
「わぁ、可愛いですね。お名前は何というのでしょう?」
「名前は無いがスノウラビットと呼ばれる魔物を参考にして作ったものだ」
シエルがウサギと目を合わせながら尋ねるとグラッセは素っ気なく答える。何度か偵察や連絡用に使っていたが名前で呼んだことは一度として無かった。
「名前がないと不便……じゃあスノウとお呼びしますね」
シエルは勝手に名無しの白ウサギに可愛らしい名前を付けてしまった。こうなると思ったのかグラッセは何も言い返さずに諦めたように肩をすくめただけだった。
「行ってくる」
「はい、旦那様。旦那様達のご無事をお祈りしております」
シエルが笑顔で送り出すのを見てグラッセ達は森へと向かって行った。
彼らが見えなくなるのを確認するとシエルは自室に戻り、窓辺に座って外をぼんやりと見ながら考え事をしていた。雪一面の庭にはグラッセが魔法の訓練で作っていたアイスゴーレムと呼んでいた氷の人形が屋敷の周りをズシン、ズシンと重い足音を立てながら巡回警備をしている。
(やっぱり最後までしてない……)
シエルの悩みはそれである。グラッセは最後までしたと朝、情事の報告をしてくれたが昨日の記憶が曖昧な彼女はそれを鵜呑みにすることはできなかった。それでも言い争いになるのは避けたかったのでその時は信じるふりをしていたのだ。
(女性として魅力が足りないのかな?)
それを疑問に思ってもシエルに相談ができる相手はいない。シエルは精霊の加護を受けているおかげで外敵からの攻撃をシエルの意思関係なく防いでくれるのだがそれを恐れて使用人達は必要以上に近寄ろうとしない。
初めてシエルを恐れない、嫌悪しなかったのはグラッセだった。政略結婚で結ばれた仲とはいえ彼の優しさに惹かれて今ではほんのりと恋心すら抱いている。
「でも、子供ができないとお別れ……」
まだ新婚中、時間は二年も残っているはずなのに焦りを覚えてしまう。子供ができなければ今の夫とは離縁をして別の男と再婚をして子供を産むことになるだろう。それは嫌だと思った。産むならグラッセとの間の子供を産みたいと思う気持ちが強い。
そもそもシエルの体は子を宿せるのだろうかと疑問を覚える。精霊の加護を持つ人間は子供が出来にくいという噂もあるし、シエルの父親の場合は特にその傾向が強くて子供は三人しかできなかった。
そして事前に契約に入っていたのはグラッセに愛人、または恋人がいても寛容に受け入れることだった。これはシエルに幸せになってほしくない父親からの嫌がらせの契約なのだろう。
だからグラッセが他の女を抱いてもシエルは我慢をしなければと思っているのだが、やはり実際に目の当たりにしたくはない。自分以外の女性がグラッセの隣に立つ姿を見たくなかった。
「魅力が……」
シエルは自分の体を触って確かめる。グラッセと暮らすようになってからは肉づきが良くなり、肌艶も良くなった。それに胸も大きくなっているような気がする。最近は食事が楽しめて美味しいものを食べることが増えた。
この体が彼にとって魅力的かどうかはわからない。彼が向けてくれる感情は全て優しく温かいもの。だけど時々寂しげに見える時があるのは何を意味しているのかシエルには理解できない。ただ一つだけ言えることがあるとすればグラッセが与えてくれたものを少しでも返したいということだけだ。
ふう、とため息をつくとシエルは足元で待機をしている名前をつけたばかりのウサギのスノウの頭をしゃがんで撫でるとスノウはシエルの手に頬ずりする。その仕草が可愛くて彼女の顔には自然と笑みが浮かんだ。
「スノウの絵でも描きましょうか」
ウサギをひと撫でしてから立ち上がると画材を持ってくるよう、侍女に頼むことにした。
15
お気に入りに追加
878
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
騎士団長の欲望に今日も犯される
シェルビビ
恋愛
ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。
就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。
ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。
しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。
無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。
文章を付け足しています。すいません
絶倫騎士さまが離してくれません!
浅岸 久
恋愛
旧題:拝啓お父さま わたし、奴隷騎士を婿にします!
幼いときからずっと憧れていた騎士さまが、奴隷堕ちしていた。
〈結び〉の魔法使いであるシェリルの実家は商家で、初恋の相手を配偶者にすることを推奨した恋愛結婚至上主義の家だ。当然、シェリルも初恋の彼を探し続け、何年もかけてようやく見つけたのだ。
奴隷堕ちした彼のもとへ辿り着いたシェリルは、9年ぶりに彼と再会する。
下心満載で彼を解放した――はいいけれど、次の瞬間、今度はシェリルの方が抱き込まれ、文字通り、彼にひっついたまま離してもらえなくなってしまった!
憧れの元騎士さまを掴まえるつもりで、自分の方が(物理的に)がっつり掴まえられてしまうおはなし。
※軽いRシーンには[*]を、濃いRシーンには[**]をつけています。
*第14回恋愛小説大賞にて優秀賞をいただきました*
*2021年12月10日 ノーチェブックスより改題のうえ書籍化しました*
*2024年4月22日 ノーチェ文庫より文庫化いたしました*
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった
ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。
あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。
細かいことは気にしないでください!
他サイトにも掲載しています。
注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる