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グラッセ・ラッセルの目的

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 グラッセ・ラッセル。公爵家の五男として生まれた彼は五男ゆえに幼い頃からずっと期待をされずに育ってきた。
 両親は兄姉達にばかり愛情を注いでいた。家を継ぐための教養やら婚約者やらを与えられずに生きていけるのは正直、気楽だったが、それも今日で終わりである。

『シエル姫と結婚し、子供を作れ』

 それが両親に与えられた初めてであり、唯一の命令だ。彼が花婿に選ばれた理由は優秀な魔法の使い手であり、公爵家の人間だからだそうだ。

 氷の精霊の加護は子供が産まれることで次世代に引き継がれる。そしてその子供は強大な魔力を受け入れる器になるので優秀な魔法使いを親にした方がいいらしい。

 普通なら名誉なものなのだがグラッセとしてはこの結婚は不服である。彼は恋愛には興味がなく、これまで何人もの女性からのアプローチを避けてきた。そのせいで女嫌いの氷の魔法使いなどと呼ばれるようになったが気にしていない。

 生涯独身のまま魔法騎士として生きていくつもりだったのだ。実力をひたすら伸ばして誰よりも優秀な魔法の使い手になるために努力を重ねていたが……今回はそれが仇になった。
 親から頼まれた縁談なら断っていただろう、今回は王命だ。逆らうことは許されない。

 仕方なく結婚をしたが、この結婚には前もって条件を付けられていた。
 それは二年経っても子供が出来なければ離縁するというもの。
 二年間、夫としての務めを果たしても子供が出来なければ種無しの烙印を押され、晴れて自由の身になれる。
 つまり独身に戻りたいなら二年間シエルに子を産ませず、避妊を徹底すればいい。

 しかし、想定外の事が起こった。今まで社交界に出てこなかった妻になる女性は透き通るように白い肌にホワイトブロンドの髪、宝石のように綺麗な瞳、そしてまだ幼さの残るが美しい容姿。
 彼女の見た目はグラッセが想像していた以上に可憐だった。その姿を目にした瞬間、決心が揺らぎそうになったぐらいだ。
 だが、彼は負けたりはしない。絶対に離縁をして老後まで独身を貫くと決めたから。

 *

 グラッセは決意を更に固めるとずるり、と柔らかくなった自身を引き抜く。その穴からは血と混ざった白濁色の液体が出てくるのを見守っていた神父や周りの人間が息を飲む音がしたが気に留めることも無くグラッセは自分の身なりを涼しい顔で整え始める。

「姫が目覚めるまで休ませよう。教会のどこかに部屋はないか?」
「失礼します。シエル様を起こし、屋敷へ戻られた方がいいかと」

 神父にそう尋ねると、後ろで控えていた眼鏡をかけた執事の男がそう進言した。黒い髪に黒い瞳、年齢はグラッセよりも少し年上に見える。

「貴様は?」
「シエル様にお仕えする執事のクリアです。旦那様のお世話も任されております。どうぞ、よろしくお願い致します」

 クリアと名乗る執事は深々と頭を下げた後、グラッセと目を合わせた。その目は冷たく鋭かったのだが気にせずに話を続けることにする。

「クリア、少しだけでも休ませてもいいだろ。俺も彼女ほどでは無いが疲れているんだ。それとも屋敷で誰か待っているのか?」
「シエル様が外に出るのは陛下があまり気をよく思われていないので。早く屋敷に戻るように言われております」

 無表情で淡々と話すクリアに対してグラッセは苛立ちを覚えながら納得できない様子でシエルを抱き抱える。その体は思ったよりも軽く華奢であった。成人したばかりの女性とはこんなにも軽いものなのかと少し驚いた。

「責任は俺が取る。早く休める部屋を案内してくれ」

 初の性行為を終えたばかりのシエルを無理やり起こして雪ソリに乗せるなど彼には出来なかったのだ。そんな彼女を大事に抱えながらグラッセは神父に教会内で一番良い客室を案内させた。

 *

 メイドにウエディングドレスを脱がさせて、ここで借りた寝間着に着替えさせ、彼女をベッドに寝かせると今は安らかそうな顔をしていた。
 その姿を愛おしいと思えたのは彼女が自分の妻となったからだろうか?と疑問に思いながらもグラッセはベッドの端に腰掛けて頭を撫でる。化粧を落としたのにその美しさは変わらない。むしろ素顔の方が魅力的だと思えるくらいだ。

(俺は本当に結婚をしたのか……)

 まだ実感がわかない。そもそもグラッセは恋愛に興味が無い、異性を好きになったのは……と記憶の中に一枚の絵が浮かぶがすぐに頭の中から追い出すことにする。どのみち二年後には離縁する予定なのだからそれまでは種無しの良い夫を演じればいい。
 パチパチと暖炉の中で燃える薪の音を聞きながらグラッセはシエルの様子を観察をしているとまだ部屋の中が寒いのか体を震わせていた。困った。このままでは風邪を引いてしまう。何かあればこちらの責任になる。

「……仕方ないな……夫婦だ。別にいいだろ」

 部屋には聞いているものが誰もいないので自分に言い訳をしながら礼服の上着を脱ぐとシエルの隣に入り込み、その細い体を抱きしめる。シエルが起きる気配はないことに安心をしながら彼女の体温を、柔らかさと匂いを感じ、トクントクンという心臓の鼓動を聞く。

 この愛情のない結婚の行く末は、まだ誰にもわからない。

 *

 シエルが薄っすらと目を覚ました時、目の前には端正な顔立ちの男の顔があった。先程、夫になったばかりの男が何故か一緒のベッドの中で眠っているのだ。

「……ひぇ……」

 驚いて離れようとするがガッチリとした腕で抱き寄せられているため身動きが取れない。どうしてこんな状況になっているのかわからず混乱しているとグラッセは起きてしまった。

「…………」
「…………」

 無言で顔を見合わす二人。しばらくしてグラッセがシエルから離れてベッドから抜け出し、礼服を身に纏う。シエルも体を起こして辺りを見回すと見知らぬ部屋にいることに気がついた。

「ここはどこですか?」
「教会の客室です。姫が……私が疲れていたので少し休憩をさせていただきました」

 シエルの問いにグラッセは答えながら扉を少し開けて部屋の外で控えているメイドに声を掛けていた。
 先に疲れ果てて気を失ったのはシエルだったのにグラッセは彼女を気遣って自分が体調を崩したということにしたのだ。
 なんて優しい人なんだろう。シエルはそう思いながら侍女に着替を手伝ってもらい、淡い水色のドレスの上に温かいベージュ色のコートも着せてもらって準備を終える。

「グラッセ様、そろそろ戻りましょう。ソリの準備ができております」

 執事のクリアの呼びかけに自分の藍色のコートを羽織るグラッセはシエルの肩を抱いてゆっくり廊下を歩き出す。そして最後に教会を出る前にもう一度だけ振り返るとステンドグラスに描かれた天使の姿を見つめる。

(綺麗……)

 それはフローレシア王国に伝わる伝説を描いたもので、真っ白い翼を持つ氷の精霊がこの国を守っていると言われている。とても美しく強い力を持った存在であるとか、フローレシア王国の守り神だと崇められている存在でもあるらしい。
 そんな精霊の加護をシエルが受け継いでいる。それを次世代に繋ぐために自分は子を産まなければならない。それが自分の役目なのだ。
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