【完結】「お前が死ねばよかった」と言われた夜

白滝春菊

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ヴィクトルサイド4

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 ミーティアには護衛が数人ついていたはずだが、彼女を人質に取られ、数に押されて手も足も出ず、殺されたと生き残ったメイドはそう証言をする。

 陛下からはこの事件を念入りに調査するよう命じられ、戦後処理と並行して業務が増えてしまった。
 屋敷を開ける時間が増え、屋敷の護衛を増やして監視をさせ、ユミルは屋敷から出れないようしている。不安な日々が続いたある日のことだった。

「お前の妻を連れてきてほしい」

 シオンハルト皇帝陛下から呼ばれたのかと思えば妻を連れて茶会に参加しろとのこと。陛下がユミルを気にかける理由はわからないが、聞けば顔を合わせて話してみたかったらしい。

 できるだけユミルを外に出したくなかった。理由を付けて何度も断ってきたが苛立った様子の陛下を見るにそろそろ限界かもしれない。
 俺自身も本当は行きたくなかったが皇帝陛下の命令は絶対だ。面倒だと思いつつも従うしかなかった。

 茶会当日、ユミルは地味なドレスを着て現れた。それだけでなく、化粧も控えめだった。普段ならそれでいいが社交の場ではしっかりと美しく装うべきだろう。
 貧相な恰好で他の貴族たちに下手な印象を与えないため、ユミルにもう少し華やかな装いをするよう指示した。

 地味な装いを好むようになったのは恐らくミーティアの入れ知恵だ。姉に比べて地味な妹を隣に置いて恥をかかせたかったのかもしれない。出会った時の姿はまさに地味を絵に書いたようなドレスで俯いていた。アレでは一生、この世界で馬鹿にされるだけだっただろう。

 今やユミルはドレスを見事に着こなし、化粧もした姿は様になっている。周りの多くの男共を虜にするかと思うほどに綺麗だと思ったが、こうやって着飾らせるとミーティアが危機感を覚えるのも今なら理解ができる。

 社交の場や茶会などは面倒だが貴族としての義務を果たさなければならないと自分に言い聞かせ、最低限の参加を続けていた。
 貴族同士で媚を売って何が面白い。そんなものより戦場で剣や銃を交えた方が楽しいとここにいる人間は思わないのだろうか。

 今回の茶会ではやはりユミルが貴族たちに馬鹿にされているのを感じた。ユミルも無理に愛想笑いで切り抜けようとしているように見える。まともな会話もできず、無力さを痛感しているのだろう。

 様子を見れば今すぐ帰りたいと顔に書いてある。力のないユミルには堪えられるのだろうか?ここで折れてしまえば公爵夫人として相応しくないと判断される可能性もある。
 理由を付けて屋敷に返してやるべきかと考えていると、茶会の主役である陛下が登場し、挨拶を始めた。最近沈んでいた陛下だが今日は楽しそうに見える。

「……ミーティアの妹か?」

 それから陛下がユミルだけを連れて会場を離れてから、俺の胸には言いようのない不安が広がっていった。あの男が俺の妻に何かしていないか、そればかりが頭を占めている。
 貴族たちは茶会を再開しているものの俺はただただその場に居ることが苦痛で仕方がなかった。何故、こんなにも居心地が悪いのか。こんなにも耐えがたいのか。

 陛下はユミルに何度も会いたがっていた。その理由がわからない。直接会ったことがなくても遠くからでもどこかでユミルを見かけたことがあるかもしれない。
 ユミルは容姿を除けば特に何の取り柄もない。ただの女に過ぎない。それなのにいや、理由などどうでもいい。ただ、俺は気分が悪いだけだ。

 懐中時計が壊れていなければ陛下とユミルが戻ってくるのはもっと早かったはずだ。俺にはその時間が異常に長く感じられた。

 戻ってきた二人が戻ってきた時の空気がどこかおかしかった。陛下と部下の妻の関係とは思えないような、不自然な近さを感じている。
 あの短時間で何かがあった。

 親しげに声をかける陛下にユミルは安心しきったように微笑む。その笑顔が何故か俺の胸に違和感を残す。

 なんだこれは。そんな顔、俺には一切見せたことがないだろ。

 いつも怯えてばかりで弱々しいのがユミルだというのに。この女は誰だ。俺はこんな女知らない。
 何故、他の男にその笑顔を見せるんだ。

 ◆

 帰りの馬車の中でユミル表情は幸せそうだった。あの暗い顔をしていた時とは真逆の心から楽しんでいるような笑顔。その姿がどうにも気に入らなかった。
 あんなにも静かに抑え込んだような表情をしていたのに今ではまるで自由を手に入れたかのように輝いている。その光景が俺には何とも不快で胸の奥に不穏なものが湧き上がっていった。

 「陛下とは何を話していたんだ?」と問いかけるとユミルは少しばかり顔をそらし、いつになく当たり障りのない返答ばかりが返ってきた。
 その態度に隠し事があるのではないかという疑念が強まった。まるで何かを隠しているように見えた。

 まさか、陛下と関係を持ったのか……?それならば、あの幸せそうな顔にも合点がいく。考えれば考えるほど、疑念は膨れ上がるばかりだった。

 そう考えてユミルの体を隅々まで調べた。
 しかし、痕跡は何も見当たらなかった。それでも安心することはできなかった。
 だがいつ誰かに純潔を散らされているかわからない。ミーティアのように本人の意思とは無関係に……その可能性が脳裏に浮かぶたびに胸が焼けるように痛んだ。
 もしも本当に誰かに触れられていたとしたら、その男を殺しても殺し切れないくらいの怒りで満たされてしまうかもしれない。想像しただけで脳が揺さぶられて吐き気がした。

 その感情に押し流されるように今度こそユミルを抱いてみようと試みた。しかし、どうしても彼女を抱くことができなかった。
 ユミルを抱こうとすればミーティアの死顔が幻覚のように浮ぶからだ。あの無惨で冷たくも儚げな表情。無理に身体を繋げようとしても、あの死に様を思い出して身体がそれを拒絶する。何もできずその試みは終わってしまった。

 無様な姿を晒して、ただただ虚しさだけが残った。これはきっとミーティアからの最初で最後の呪いだ。
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