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やすらぎの手
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いつの間にかショーは幕を閉じ、ステージの上にはもう誰の姿もなかった。私はぼんやりとその光景を見つめながらハンカチで体液を拭い、下着をつけ直してヴェールを被り直して個室から出ようとしたが、足元がふらついてうまく歩けない。
体に鈍い痛みが走り、立つことすら難しそうだった。このままでは歩ける自信がなく、ここから動くことすらも一苦労だと感じていた。
「ヴィクトル様、申し訳ありません。少し休憩を……」
私は小さく声を漏らして、休ませてもらおうとした。だが、その言葉が言い終わる前にヴィクトル様は私を抱き上げてくださった。突然のことに驚き、口を閉ざしてしまう。
「俺は忙しい」
仮面を付けたヴィクトル様は短く告げるとまるで時間に追われるように私を抱えたまま急ぎ足で馬車に向かって歩き出す。
そのたくましい腕に包み込まれながら私の心臓は急に音を立てて鼓動を速める。たぶんこれは恐怖だと思う。
周囲の視線を感じると恥ずかしさで身が縮こまり、肩をすぼめてしまう。確かに体は怠くて動きたくなかったけれど、こんな風にまでしていただく必要があるのだろうか?そう思いながらも私はヴィクトル様の腕の中で大人しくしていた。
「あ、あの、もう大丈夫です」
馬車内で私が座席に向かおうとした瞬間、ヴィクトル様が膝の上に座らせようとしていたのを見て、慌てて手を振って制止した。
急いでいるとはいえ、そこまでしていただかなくても……と思いながらも体が重くて言葉にする気力も湧かず、疲れてしまった。
だから静かに目を閉じた。馬車は走り出し、外の景色が流れ去っていく。
レーゲンブルク邸に到着し、ヴィクトル様は私を自室まで送り届けると、何も告げないですぐにどこかへと向かっていった。
その後、入れ替わるようにメイドがやってきて湯浴みの準備を始めてくれた。汗でべたついた肌、そして汚れてしまった下着に私は嫌悪する。
これを他人に体を見せるのはどうしても恥ずかしい。だから、一人で入りたいという私の願いをメイドは少し渋ったものの、理解をしてくれて出て行ってくれた。
お風呂にゆっくりと浸かり、汗を流しながら体を癒した後、部屋に戻る頃には深い眠気が襲ってきた。
体の重さに耐えきれず、私はベッドに倒れ込むように横たわり、夢も見ずにすぐに眠りに落ちた。
身体がどんどん変化していくことに恐怖を感じていたけれど今はただその疲れに身を委ねるしかなかった。
◆
ある日。私はメイドにしばらく見かけないメイド長のことを尋ねた。すると彼女の表情が曇り、困惑したような顔をして答える。
「それが……この前、急に辞めてしまわれたんです」
「辞めた?どうして?」
「旦那様と何かあったようで。最後に見かけた時は明らかに様子がおかしかったと……」
メイドがワンピースを私に着せながら答えたその声に私は驚きと共に不安を覚える。まさかジゼルが急に辞めるなんて……確かに彼女のアドバイスで痛い目をみたけど……
メイド長がいなくなったことで今後の運営に不安を感じる一方、自分の立場を考えれば何か言えることはない。
今日も部屋で静かに過ごす方が無難だ。また変な所に連れて行かれるよりはここでずっと閉じ込められた方がずっといいと最近はそう思えてきた。
施錠されて開かない窓から庭を眺めていると、見知らぬ豪華な馬車が邸宅に停まった。
メイド長がいなくなったから新しい使用人でも雇ったのだろうか?とぼんやり考えていると、馬車の中から降りてきた人物に私は驚愕した。
「皇帝陛下……?」
銀髪の男性。間違いなくそれは皇帝陛下。どうしてここに?なぜ?頭が混乱する中、陛下が私に気づき、手を振っているのを見て、私は恐る恐る手を振り返す。そして、陛下は屋敷の中へと足を踏み入れた。ヴィクトル様に何か用事でもあったのかな。確か今日はずっとここにいるって言ってたし……あ、誰か来る。
「陛下がお前に会いたがっている。すぐに準備をしろ」
ノックもせずに部屋に入ってきたヴィクトル様の声が響き、私はびっくりして振り返る。
「あ、あの、なぜ皇帝陛下が私に会いたいのですか?」
「さぁ……なんでも、直接お前に話したいことがあるそうだ。あまり待たせるな」
「は、はい」
戸惑う中、ヴィクトル様は不機嫌そうに私を見つめ、私は慌てて返事をする。
それにしてもあの皇帝陛下が私に用事があるなんてまたミーティアお姉様の話でも聞きたいのかな?
そのまま私はメイドに急いで身支度を整えてもらい、陛下の待つ応接室へと向かった。ソファに座る陛下の前に立つと、陛下はにっこりと微笑み、手を差し出してきた。
「久しぶりだな、ユミルリア。体調はどうだ?」
その手を恐る恐る握りながら、私は陛下の優しさに胸を打たれる。陛下が心配してくださった。あの日のお茶会のことを覚えていてくれているなんてとても慈悲深い方。
「はい、もう大丈夫です」
「それはよかった。部屋に籠りがちだと聞いて心配していた」
「え……」
「妻は体が弱く、外に出ると体調を崩してしまうので」
私が何か言おうとすると隣で立って見ていたヴィクトル様は口を挟んで私を睨みつける。余計なことを言うなと目で言っている。私も知らない所で病弱な人扱いをされていたみたい。
後から怒られるのが嫌なのでとりあえず話を合わせようと口には出さず曖昧に微笑んでおいた。心配してくれるのは嬉しいのに、優しい陛下に噓を付いてしまったことに罪悪感を覚える。
「そうか、大事にするんだぞ」
「……はい」
「次の夜会にはユミルリアにも出てほしかったのだが無理そうか?」
「陛下、妻は……」
「ヴィクトルには聞いていない。ユミルリア、お前はどうしたい?」
陛下の問いにヴィクトル様は不服そうにしている。正直、人が多い所には行きたくない。でも皇帝陛下がわざわざ会いに来てくださったのだ。それを断ることなんてできないし、やっぱり陛下はミーティアお姉様の話を聞きたいのかもしれない。
「私でよければ……」
「おお、ありがとう。無理はするなよ?」
陛下は嬉しそうに微笑み、私の手を優しく握りしめる。その手は私の手をすっぽりと包めるぐらい大きいけれど、不思議とあまり嫌な感じはしない。その温かい手に包まれた時、不思議な安心感が胸を満たした。
体に鈍い痛みが走り、立つことすら難しそうだった。このままでは歩ける自信がなく、ここから動くことすらも一苦労だと感じていた。
「ヴィクトル様、申し訳ありません。少し休憩を……」
私は小さく声を漏らして、休ませてもらおうとした。だが、その言葉が言い終わる前にヴィクトル様は私を抱き上げてくださった。突然のことに驚き、口を閉ざしてしまう。
「俺は忙しい」
仮面を付けたヴィクトル様は短く告げるとまるで時間に追われるように私を抱えたまま急ぎ足で馬車に向かって歩き出す。
そのたくましい腕に包み込まれながら私の心臓は急に音を立てて鼓動を速める。たぶんこれは恐怖だと思う。
周囲の視線を感じると恥ずかしさで身が縮こまり、肩をすぼめてしまう。確かに体は怠くて動きたくなかったけれど、こんな風にまでしていただく必要があるのだろうか?そう思いながらも私はヴィクトル様の腕の中で大人しくしていた。
「あ、あの、もう大丈夫です」
馬車内で私が座席に向かおうとした瞬間、ヴィクトル様が膝の上に座らせようとしていたのを見て、慌てて手を振って制止した。
急いでいるとはいえ、そこまでしていただかなくても……と思いながらも体が重くて言葉にする気力も湧かず、疲れてしまった。
だから静かに目を閉じた。馬車は走り出し、外の景色が流れ去っていく。
レーゲンブルク邸に到着し、ヴィクトル様は私を自室まで送り届けると、何も告げないですぐにどこかへと向かっていった。
その後、入れ替わるようにメイドがやってきて湯浴みの準備を始めてくれた。汗でべたついた肌、そして汚れてしまった下着に私は嫌悪する。
これを他人に体を見せるのはどうしても恥ずかしい。だから、一人で入りたいという私の願いをメイドは少し渋ったものの、理解をしてくれて出て行ってくれた。
お風呂にゆっくりと浸かり、汗を流しながら体を癒した後、部屋に戻る頃には深い眠気が襲ってきた。
体の重さに耐えきれず、私はベッドに倒れ込むように横たわり、夢も見ずにすぐに眠りに落ちた。
身体がどんどん変化していくことに恐怖を感じていたけれど今はただその疲れに身を委ねるしかなかった。
◆
ある日。私はメイドにしばらく見かけないメイド長のことを尋ねた。すると彼女の表情が曇り、困惑したような顔をして答える。
「それが……この前、急に辞めてしまわれたんです」
「辞めた?どうして?」
「旦那様と何かあったようで。最後に見かけた時は明らかに様子がおかしかったと……」
メイドがワンピースを私に着せながら答えたその声に私は驚きと共に不安を覚える。まさかジゼルが急に辞めるなんて……確かに彼女のアドバイスで痛い目をみたけど……
メイド長がいなくなったことで今後の運営に不安を感じる一方、自分の立場を考えれば何か言えることはない。
今日も部屋で静かに過ごす方が無難だ。また変な所に連れて行かれるよりはここでずっと閉じ込められた方がずっといいと最近はそう思えてきた。
施錠されて開かない窓から庭を眺めていると、見知らぬ豪華な馬車が邸宅に停まった。
メイド長がいなくなったから新しい使用人でも雇ったのだろうか?とぼんやり考えていると、馬車の中から降りてきた人物に私は驚愕した。
「皇帝陛下……?」
銀髪の男性。間違いなくそれは皇帝陛下。どうしてここに?なぜ?頭が混乱する中、陛下が私に気づき、手を振っているのを見て、私は恐る恐る手を振り返す。そして、陛下は屋敷の中へと足を踏み入れた。ヴィクトル様に何か用事でもあったのかな。確か今日はずっとここにいるって言ってたし……あ、誰か来る。
「陛下がお前に会いたがっている。すぐに準備をしろ」
ノックもせずに部屋に入ってきたヴィクトル様の声が響き、私はびっくりして振り返る。
「あ、あの、なぜ皇帝陛下が私に会いたいのですか?」
「さぁ……なんでも、直接お前に話したいことがあるそうだ。あまり待たせるな」
「は、はい」
戸惑う中、ヴィクトル様は不機嫌そうに私を見つめ、私は慌てて返事をする。
それにしてもあの皇帝陛下が私に用事があるなんてまたミーティアお姉様の話でも聞きたいのかな?
そのまま私はメイドに急いで身支度を整えてもらい、陛下の待つ応接室へと向かった。ソファに座る陛下の前に立つと、陛下はにっこりと微笑み、手を差し出してきた。
「久しぶりだな、ユミルリア。体調はどうだ?」
その手を恐る恐る握りながら、私は陛下の優しさに胸を打たれる。陛下が心配してくださった。あの日のお茶会のことを覚えていてくれているなんてとても慈悲深い方。
「はい、もう大丈夫です」
「それはよかった。部屋に籠りがちだと聞いて心配していた」
「え……」
「妻は体が弱く、外に出ると体調を崩してしまうので」
私が何か言おうとすると隣で立って見ていたヴィクトル様は口を挟んで私を睨みつける。余計なことを言うなと目で言っている。私も知らない所で病弱な人扱いをされていたみたい。
後から怒られるのが嫌なのでとりあえず話を合わせようと口には出さず曖昧に微笑んでおいた。心配してくれるのは嬉しいのに、優しい陛下に噓を付いてしまったことに罪悪感を覚える。
「そうか、大事にするんだぞ」
「……はい」
「次の夜会にはユミルリアにも出てほしかったのだが無理そうか?」
「陛下、妻は……」
「ヴィクトルには聞いていない。ユミルリア、お前はどうしたい?」
陛下の問いにヴィクトル様は不服そうにしている。正直、人が多い所には行きたくない。でも皇帝陛下がわざわざ会いに来てくださったのだ。それを断ることなんてできないし、やっぱり陛下はミーティアお姉様の話を聞きたいのかもしれない。
「私でよければ……」
「おお、ありがとう。無理はするなよ?」
陛下は嬉しそうに微笑み、私の手を優しく握りしめる。その手は私の手をすっぽりと包めるぐらい大きいけれど、不思議とあまり嫌な感じはしない。その温かい手に包まれた時、不思議な安心感が胸を満たした。
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