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しおりを挟む「お前は俺の恋人だ」
記憶の無い包帯まみれの私に目の眼帯を付けた大男は腕を組んでベッドの隣に立っていた。
この人は何者なのだろうか? そう思いながら私は自分の事を語る彼の言葉に耳を傾けるしかなかった。
彼の名前はラスティ、この国の将軍であり、私は彼直属の部下であると教えてくれた。
しかし私にはそんな事実は微塵も覚えがない。
戦争の最中に私は記憶を失ったのだろうというのが医師の見解だそうだ。その戦争は無事に我が国が勝利を納めたと。
ラスティは褐色肌に黒い髪、赤い瞳。そして高い身長と屈強な肉体が印象的だ。
確かに私はこの人の事を知っているような気がする……強い感情を感じる。これが恋愛感情……なのだろうか?
彼の姿や声を聞く度に私の中に何かが刺さるような感覚だ。
私の名前は『クリエ』だそうだ。白い肌に髪は白金で瞳の色も水色、この国では珍しい風貌だという事も教えてくれた。
記憶が戻るまでしばらく休養が必要だろうと言われて私は自分のベッドに横たわるしか無いようだ。
「どうぞ」
ガシャンっと雑に料理の皿を私の前に置いたのは褐色肌の若い侍女だった。何故か彼女達は私に対して当たりが強い。
記憶を失う前に何か嫌われるようなことをしたのかもしれない。と思いつつも黙って与えられた料理をいただく事にした。
相変わらず美味しいとも思えないが、贅沢は言えないだろう。料理人の腕の問題なのかと思ったけどラスティは美味いと言って一緒に食事をしていたので多分味の問題では無いのだろう。私の口には合わないだけ、わざわざ不味いと言う必要もないので私は黙って出された料理を口に運んでいる。
今の私はラスティの屋敷で世話になっている。孤児の出身で身内がいない為、療養という体で滞在させてもらっているのだ。主であるラスティも多忙な身らしく、屋敷にいることが滅多に無い。
将軍なだけあってラスティはそれなりの身分を持っているらしく、私の世話をする為にと与えられた部屋はとても豪華なものだった。ベッドも大きくてふかふかだし、正直自分の為だけに用意されたものだとは思えない。
私の世話をしてくれる侍女はとても可愛い子達だけど、態度はどこか冷たい。記憶の無い私に嫌気がさしているのか仕事だから仕方なくなのかわからないけど、彼女達とは最低限の会話しか出来ていない。記憶が戻るまでは大人しくするしかないだろう。今はただ怪我の治療に専念するしかないか。
ラスティが医者を連れて来てくれて私の怪我を診察してくれたのは厳しそうなおじさんだ。目覚めた時の私の怪我は本当に酷かった。全身包帯でぐるぐる巻きだったし、目を開けるのも辛いほどの重傷だった。
それをラスティの看病と侍女達の献身的な世話のおかげで私は順調に回復している。後遺症もなく完治するでしょうと言われたけど、記憶はいつになったら戻るのだろうか?
「…………」
「ラスティ?どうかしましたか?」
医者が帰っても私の部屋に居座り続けるラスティ。心配かけてしまって申し訳ない気持ちはある。だけどもう傷は痛くないし、身体を動かすのも大丈夫だからそんなに心配をしなくてもいいのに。
「怪我をした時のことは思い出せそうか?」
「いいえ、全然」
あれから私は思い出そうと必死だった。だけど、どうしても何も思い出せない。ただ自分が悲惨な目にあったのは傷を見ればわかる。傷の中には治らないだろうと言われた傷はいくつかあったから。
「本当に治りが早い。流石……俺が見込んだ女だ」
私の腕を取るとじっくりと見つめ、残った傷を親指で撫でる。私は彼の事が好き……なのだと思う。だって彼に触れられると体が熱くなるのだから。
「私、何か大切な事を忘れている気がします……」
具体的には何なのかはわからないけど時々不安になる。自分は何故ここにいるのか、本当に私という存在はこの世界にいるのか、ラスティに恋愛感情を抱いているのは本当の自分なのか……そう考えてしまう度に胸がざわつく。
「俺のことか?」
冗談めかして笑うラスティ。口数の少ない彼でもたまに私を和ませてくれる。その気遣いが嬉しい反面、モヤモヤもする。私は上司であり、恋人のラスティを守るために戦って怪我を負ったのだと思うのだけれど、どうしてもそれが自分の事とは思えずにいる。
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