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弟子と母親編

お母さんのお母さん

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「お母さんのお母さんはどこにいるの?」

 ステラはたまに自分の祖母のことを聞いてくるのだ。アステルの母親は彼女が幼い頃に何処かに消えてしまい、今は消息不明だ。
 だから、ステラは祖母のことが知りたいのだろう。祖父のことも聞いてくるがその話題になると言葉を濁していた。
 いつかは本当のことを話すつもりだがアステルはそんなステラには「同じ空の下にいるよ」答えていた。

 ◆

「お父さんのお父さんはどこにいるの?」

 ある日の昼下がり、ステラはシリウスにそんな質問をぶつけていた。
 ステラはアステルの祖父母のことが知りたいのだがアステルがはぐらかすのでそれはとうとうシリウスにも矛先を向けたのだ。それをハラハラとしながらアステルは食器の水滴を拭っていた。

「亡くなったよ」
「え?」

 シリウスの答えにアステルは食器を取り落としそうになっていた。しかし、慌ててそれを握り直しながらそれを見守っている。

「なくなる……?」
「亡くなる、は死んだという意味だ。俺が子供の頃に死んだんだ」
「ごめんなさい……」

 ステラは謝っていた。自分の不用意な一言が父に悲しい思いをさせてしまったと思ったのだろう。

「謝らなくてもいい」

 シリウスは何でもないことのように答えると、ステラの頭を撫でていた。

「寂しくないの?」
「今はステラやアステルがいるからいいんだ」

 ステラの問い掛けにシリウスはそう答えるが、その後はずっと父と一緒に遊んでいる間もステラの表情は晴れずにいた。

 ◆

 その日の夜、ステラが寝静まった後にアステルはシリウスに語り掛けていた。

「私……ステラに私のお母さんとお父さんの話をしていない……そろそろ言った方がいいのかな」

 シリウスが正直にありのままの事実を語っていたのを見てアステルは考え込んでいたのだ。

「アステルが話したいなら話せばいい。複雑な事情だからもう少し大人になってからでも……このまま黙ったままでもいいんだ」
「うん……」

 シリウスの言葉にアステルは頷くがそれでもステラに事実を伝えるべきなのではないかと考えていた。
 父は人間の女性を愛して妻子を捨ててラティーナの父親になった。アステルの母は病んでしまい、いつの間にか姿を消してしまった。
 このような事実はステラが大人になってから彼女が尋ねてきたら答えればいいのだろうか?それとも黙ったまま綺麗な嘘で包み込んでしまうのか?家族なら本当のことを曝け出すべきなのか?アステルは思考の泥沼にはまっていたのだった。

 ◆

 アステル達は現在、新しく建てたばかりの前よりも大きな家に住んでいる。別に大きくなくても……とは最初は思っていたが薬を作る為の部屋や設備を充実させたり、薬草を作る為の温室も建てている内に大きくなってしまったのだ。
 使わない部屋も何個かあったが、いつかは有効活用するのかもしれない。
 簡単な掃除はアステルがやるが週に一度は人を雇って掃除を頼んでいた。お金に困ってはいないので必要な時は人を雇うと決めていたのだがステラは他人が家の中にいるのを快く思わないので人を雇うのは週に一度ぐらいの頻度である。

「これが契約書になります」
「はい」

 本当はここの何処かの道具屋で薬を売ってもらおうと考えていたのだがエルフであるアステルの作る薬は評判が良く、効果も高いのでしっかりした所で管理をした方がいいとシリウスに説得され、騎士団と流通している薬屋に薬を卸すことにしたのだ。
 今日は契約書の取り交わしの為にアステルは契約先の店に来ていた。取り引き相手は人間の女性のアリサだ。
 短く切り揃えた赤い髪にメガネを掛けた知的な印象の人で年の頃は二十代中盤ぐらいに見える。

「高いですね。前の村ではもっと安く売ってました」
「このぐらいが妥当な値段ですよ。あまり安くしすぎるとこの薬しか売れませんから。それに旅商人の横流しでもっと高い金額でやり取りされていたんです」
「そうなんですか……」

 自分の知らない所でそんな価値がついていたとはアステルは思ってもみなかった。エルフの集落とあの小さな村の世界しか知らなかったのだから。
 それから回復薬以外にも毒消しや麻痺直しに睡眠薬などの薬の値段も付けてもらうとやはりラティーナの店に比べて高い単価がつけられていたのを見て、あの時の品薄が続いていた理由をようやくここで理解することができた。

「回復薬はできれば多く商品を作ってほしいのですが可能ですか?」

 渡された依頼の紙を見て提示された期限と量にアステルは目を丸くする。
 ラティーナは母子家庭のアステルを気遣って自分のペースでいいと言ってくれていた。しかし今回は短い期間と大量の注文である。

「……頑張ります」

 だが、これでかなりの収入が増えることだろう。夫の方が圧倒的に稼ぎが多いとはいえシリウスにだけ負担を強いる訳にはいけない。苦笑しつつもアステルはそう答えるしかなかった。

 ◆ 

 大量に作るとなると育てた薬草では生産が追いつかないので回復薬用の薬草や容器は道具屋の方で買うことにした。今は作業をする場所が広く、道具や設備はエルフの集落や前の村にいた時よりも揃っているのでかなり楽な作業になっていた。

「それでは失礼します」
「ええ、ありがとう。気をつけてね」

 アステルが薬を作るようになってから家のことは真っ白い兎の獣人族のキャロラインが手伝ってくれていた。
 彼女はメイドを目指しているのだが、獣人が人間のお世話をすることは歓迎されていない為、今だにメイドの修行中なのだそうだ。
 この国の獣人の貴族は数が少ないのでどうしても人間優先で他の種族は見下されている面があるらしい。
 しかし彼女はそれを気にする様子もなく、日々元気に働いているのでアステルは好ましく思っていた。

「お手伝いさん帰ったの?」
「うん、もう帰るって」

 ステラが自分の部屋からひょっこり顔を出して尋ねてくるとアステルはステラの頭を撫でた。キャロラインが掃除をしたり料理を作っている間、ステラは隠れるように部屋の中にいる。他人が家にいると落ち着かないらしいのだ。

「ご飯食べる?」

 アステルはテーブルの上にすでに作られた料理に目をやる。ニンジンを使った料理を得意とするキャロラインが作ってくれたものだ。しかしステラは首を横に振るとアステルの服の裾を掴んでくる。

「お母さんが作ったご飯が食べたいの」
「ダメよ。キャロラインに作ってもらったんだから。お母さんのは今度ね」
「うー……うん……」

 アステルは宥めると、ステラは渋々と頷いていた。

「明日、お父さんが帰ってくるからね」
「本当!?」

 ステラはその言葉に満面の笑顔を浮かべていた。そして待ちきれないという風に鼻唄を歌っている。
 少し前まではシリウスの事を受け入れない様子だったが今ではすっかりと父親として慕っている様子でアステルはそのことにホッとしていた。
 シリウスは騎士の仕事が忙しいので基本は家にいない。しかし帰ってくる時はなるべく早く仕事を切り上げて家に帰ってくるのだ。
 それがわかっているからステラはシリウスの帰りを心待ちにしている。勿論アステルもそれは同じだったのでステラの気持ちはよくわかった。
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