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第7章『人形』

7話

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 部屋のドアが開く音がした後、ふと本から視線を動かしたイズミは、椅子に座ったまま怪訝そうな顔をする。外から戻ってきたタクヤが何も言わずに部屋に入り、そのままどすんとベッドにうつ伏せになってしまったからだ。思わず深く溜め息が出てしまう。分かりやすいというかなんというか。
「どうした? 何か悪いことでも言われたのか?」
 そしてイズミは掛けていた眼鏡をカチャリと机の上に置くと、うつ伏せになったままぴくりともしないタクヤに向かって呆れた顔で声を掛ける。
 午前中に見たという怪しげな建物、そして少女の話をタクヤから聞かされていた。午後になってから占ってもらいに行って帰ってきてこれである。どうせ何か言われたのだろうと思いながらも、レナに言われた言葉を思い出して声を掛けたのだった。
「何も」
 しかし、タクヤからの返事は一言だけ。うつ伏せのままぼそりと呟いた。声から不機嫌な様子が分かる。そんなタクヤにイズミは再び溜め息をつくと更に続けたのだった。
「だったら何で膨れてるんだよ」
「…………何? 心配してくれてんの? 珍しいじゃん。イズミこそどうしちゃったんだよ?」
 イズミとレナのやり取りのことなど知る由もないタクヤは、慌てて起き上がると意外そうな顔でイズミを見つめる。
 その顔とタクヤの言った言葉に、イズミはムッとした顔をする。
「は? 別にどうもしねぇよ。せっかく聞いてやってんのに、鬱陶しいヤツだな」
 そして本を閉じると不機嫌な顔で答える。
「だってっ。だってさ、イズミが俺の心配してくれんのなんて、すっげー珍しいじゃん? ある意味奇跡みたいなもんだしさ。だから、何かあったのかなぁって」
 タクヤはイズミの言葉を気にすることなく嬉しそうに声を大きくして言い返す。今までのイズミからは考えられないような反応だったのだ。思わず顔がにやけてしまう。
「奇跡ってどういう意味だよ。社交辞令に決まってんだろ。何でお前の心配なんかしなきゃなんねぇんだ。時間の無駄だったな」
 しかしイズミはタクヤの言葉に更に不機嫌な顔をすると、再び本を開き読書を再開してしまった。
「ちょっとっ! 何だよっ! いっつもいっつもっ。もうっ、嬉しかったのに……」
 喜んだと思ったら今度は真っ赤な顔で怒り出し、そして口を尖らせながら落ち込んでしまうタクヤ。珍しくイズミが心配してくれたと思ったのに、結局はいつも通りだった。
 そして再びイズミが大きく溜め息をつく。『まったくガキだな』と思いながら本を閉じてタクヤに向かって声を掛けた。
「ったく。聞いてやるから。ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと話せ。10秒しか待たないからな」
「だから何でいつもそうやって――」
 聞いてくれると言われたものの、なんか納得がいかないタクヤは顔を上げながらも口を尖らす。しかしすかさずイズミがそれを遮るように話す。
「あと5秒」
「だぁーもうっ、ムカつくっ!」
 淡々と話すイズミに向かって再び怒り出すタクヤ。しかし、
「はい終わり」
 10秒だけ待つと言われていたのに文句だけで終わってしまっていた。イズミに容赦なくぴしゃりと返される。
「わぁーっ! ちょっと待ったぁっ! もっかいチャンス頂戴っ!」
 タクヤは慌ててベッドの上で正座をしながら、イズミに向かって手を合わせ声を上げる。そしてちらりと窺うようにイズミを上目遣いで見たのだった。
「ったく。だから文句を言ってないでさっさと話せと言ってるだろうが」
 再び深く溜め息をつくと、仕方なさそうにイズミはタクヤを見つめ返した。
「だって……。聞いてくれんの?」
 手を合わせたままタクヤは口を尖らせ訴えるような目でじっとイズミを見る。
「でっかい図体して、そんな顔するな」
「…………」
 イズミに鬱陶しそうに睨まれ、タクヤは口を尖らせたまま黙り込んだ。
 そんなタクヤを見てイズミは再び溜め息をつく。
「いつまで不貞腐れてるんだ? 俺はそんなに気が長い方じゃないんだ」
「えっ、あ、ちょっ、ちょっと待って。あのさ…………」
 いつもならこのまま『もういい』とでも言われそうなところ、まさかイズミが聞こうとしてくれていることを感じたタクヤはひどく喜び、そして動揺した。しかし、言い掛けたものの再び黙り込んでしまった。話したくないわけではないのだが。
「お前な、いい加減にしろよ……殺すぞ」
 レナにちゃんと話をしろと言われて少しだけ自分の性格を改めようと考えていたイズミだったが、タクヤの態度にいい加減苛ついてきていた。『気持ちに嘘ばかりついてって俺はいつだって正直だ』と思いながら眉間に皺を寄せ、タクヤを睨み付ける。
「ごめっ……その、何も、分からなかったんだ……。師匠のことを占ってもらったんだけど、何も分からないって。生きてるのかどうかも分からなかった……」
 イズミに睨まれ、慌てて謝ろうとするタクヤ。そして俯きながら暗い表情でぼそりと話した。
「そんなもの、仕方ねぇだろ。だいたい、そんなものに頼るのが間違ってるんだよ。自分の力で何とかしろよ」
 タクヤの話を聞いて、イズミは慰めることなく呆れた顔をしながら厳しく言い返した。
「そうだけど。……でも、もし分かったらって思って……。生きてることだけでも確認できたらって思ったんだよ。……俺、もう一度、師匠に会いたいんだ……」
 タクヤは俯いたまま悲しげにぼそりぼそりと話す。泣きそうになりながらも悔しそうに唇をぐっと噛み締める。今までだって分からなかったのだから前に戻っただけと言えばそれまでなのだが、『もしかしたら』といった期待があっただけにタクヤは酷く落胆していたのだった。
 じっとタクヤを見ていたイズミはふぅっと深く溜め息をついた。そしてぼそりと一言話す。
「……まぁ、分からないこともないと思うが……」
「えっ!?」
 イズミの言葉に驚いて顔を上げるタクヤ。暗かった顔色に再び血色が戻る。思わず期待の目でイズミを見つめたのだった。
「分かるかもしれないが、俺は頼むのは嫌だからな」
 しかしイズミは嫌そうな顔でタクヤから目を逸らす。
「え?……頼むって、誰か分かる人がいるってこと?」
 一体どうやって分かるのだろうとは思ったが、誰か分かる人がいるというのか? とタクヤは不思議そうに首を傾げる。しかし、一体どこに?
「まぁな」
「じゃあさ、俺が頼むから、その人に会わせてよっ!」
 疑問は残るものの、希望の光が見えたとタクヤは気にすることなく目を輝かせながら身を乗り出す。
 しかし、イズミはちらりとタクヤを見ると、無表情に淡々と答えるのだった。
「構わないが、俺は会いたくないからお前1人で行けよ。……ただ、教えてくれるかどうか保証はできんな」
「ええっ! 何それっ。どういうこと?」
 イズミの話にぎょっとして声を上げる。期待できないということだろうか? せっかく光が見えたと思ったのに、とタクヤは再び不安になる。
「気紛れなヤツだから、気が向いたら教えてくれるかもしれないが、面倒臭がって教えてくれないかもしれん」
「えーっ、イズミみたいな奴だな」
「ああっ?」
 タクヤが思わず言ってしまった一言に、イズミは物凄い形相で睨み付ける。
「あーいや、えっと、なんだ?」
 思ったことを言ってしまったとはいえ、タクヤは慌てて横を向いて適当に誤魔化す。
「ふんっ、まぁいい。……で、どうするんだ? 見込みはないが、行くのか?」
「うーん……。でも、もしかしたら教えてくれるかもしれないし……。行くだけ行って頼んでみる」
「そうか……」
 悩みはしたものの、すっかりいつものタクヤに戻っていた。そんなタクヤを見つめながらイズミは複雑そうな顔をして何か考え込んでいた。しかし、イズミの様子に気が付くことなく、タクヤは再び不安な気持ちを尋ねる。
「…………なぁ、その人って、どんな人なんだ? 何でその人なら師匠のこと分かるんだ?」
「知りたきゃ本人に聞けばいいだろ」
 何かを考え込んでいたイズミだったが、今度はタクヤの言葉に鬱陶しそうに答える。
「なんだよっ。教えてくれたっていいじゃんかっ。ほんとにいっつもいっつも面倒臭いだの秘密だのって、何にも教えてくれないんだもんなっ。もうっ、イズミのけちんぼっ」
「うるせぇ」
 タクヤは頬を膨らませながら反論するがイズミに睨まれるだけであった。
「ちぇー……。じゃあさ、その人って男? 女? 特徴くらい教えてよ。俺1人で行くんだから、それくらい教えてよ。心の準備ってもんがあるんだからさ」
「知らん」
「ちょっと待てっ! イズミの知り合いだろっ。知らんってことないだろっ?」
 イズミの答えにタクヤは顔を真っ赤にして怒鳴る。いくら面倒臭くてもこれはないだろうと。
「そいつは人の形をしていても人間じゃない。そいつの意思でどんなものにでもなれる」
 タクヤに怒鳴られても全く動じることなくイズミは無表情に答えた。
「何それ? 一体何者なんだ?」
 タクヤはイズミの話を聞いて不安そうな顔でじっと見つめる。人間じゃないとは?
「会えば分かる」
「もうっ! そればっかりっ。行くのは俺なんだぞっ。そんな訳の分からんもんに会いに行くのなんて、俺はやだぞっ!」
「じゃあやめれば?」
「…………」
 イズミの答えに怒鳴り散らすタクヤであったが、イズミにさらりと返され言葉に詰まる。
「お前の思いはそんなもんか」
 イズミは冷めた目でじっとタクヤを見ている。
「っ! 行くよっ! 絶対に行くっ! どんな奴か知らないけど、行って何が何でも聞き出してやるっ。だからっ、だから教えてっ。どこに行けばそいつに会えるんだ?」
 タクヤはハッとすると、ムキになって、しかし力強くイズミに詰め寄った。不安がっている場合ではない。
「…………1つだけ言っておく。そいつには実体がない。居場所なんてものもない。だから会えるかどうか分からないが。……そうだな、この村の外れに小さい森がある。その中に池がある。あいつは人を嫌うから、そこならなんとかなるかもしれない。そこで――」
「えっ、ちょっと待って。じゃあさ、どうやって呼び出すんだ? そこにいる訳じゃないんだろ?」
 イズミが溜め息をつき、静かに話し始めたのを黙って聞いていたタクヤであったが、話の途中で訝しげな顔で口を挟んだ。
「話は最後まで聞け。呼び出す方法はある。ただ、呼び出したからといって、姿を現すかどうかは分からん。そこまで責任は持てない。それでも行くか?」
 イズミはタクヤを睨み付けた後、すぐにまた落ち着いた表情で話す。
「行く。…………それで、あのさ、やっぱついてきてっていうのはダメ?」
 タクヤは覚悟を決めた表情でハッキリと言い切ったのだが、少し間を置いて、甘えた口調でイズミをじっと見つめながら話した。
「嫌だ」
 しかしハッキリと断られてしまった。
「やっぱダメ? 別に怖いとかじゃなくて、イズミの知ってる奴ならイズミがいてくれた方がスムーズにいくかなぁって」
 イズミに断られてもまだ縋るようにじっと見つめる。
「お前な、何を甘えたこと言ってんだよ。自分のことだろ。楽なことばっか考えてないで、少しは自分で何とかしろ。ここまで協力してやったんだ」
 しかしイズミはタクヤを睨みつけ、厳しく言い返した。
「そうだけど……。じゃあさ、一緒にいたいからっていうのはダメ? だって、何かここに来てからずっと別行動してるじゃんか。だからぁー」
 タクヤはなんとかしてイズミに来て貰えるように必死になる。もうこれ以上イズミと離れたくはない。
「だから何だ? 結局甘えてるだけだろ? この前だって力貸してやったんだ。もう俺は知らん。お前勇者なんだから、これくらい1人でなんとかしろ」
 やはりあっさりと断られてしまった。そしてイズミは無表情に横を向いてしまった。
「分かってるよ。分かってるけど、俺はただっ、俺はイズミと一緒にいたいんだ。だから、自分でちゃんとやるから、一緒に来てよ。……離れてると不安になるんだ。……なんか、最近自信なくなっちゃったし。帰ってきてイズミがいなかったらどうしようとか、もう会えなくなったらどうしようかって……」
 タクヤは俯き、段々泣き出しそうな表情になっていった。
 ちらりとイズミがタクヤを見る。すると、
「……別にどこにも行かねぇよ。いいから1人で行ってこい。…………待っててやるから」
 溜め息をつくと落ち着いた声で答え、そして間を置いて、タクヤに聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそりと呟くように話したのだった。
「っ!?……分かった。待ってて。俺、ちゃんと帰ってくるから」
 タクヤは一瞬自分の耳を疑った。聞き間違いじゃないかと。
 しかし、すぐに真剣な表情になるとイズミをじっと見つめ、はっきりと答えたのだが――、
「約束はできんな」
 すぐにイズミは再び目を逸らすと白々しくぼそりと呟いたのだった。
「ちょっとっ! 自分で待ってるって言ったくせにっ!」
 そして、タクヤはイズミに人差し指を向けながら顔を真っ赤にしながら怒鳴っていた。やはりいつも通りであった。
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