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友人

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このことばかりが気になって、昨日も仕事に集中することができなかった。
私は、智樹が大好きなんだ。
「ちょっと、泣くことないじゃない」
「え」
陽子の言葉で、自分が泣いていることに気がついた。
「冗談に決まってるでしょ、馬鹿ね。ほらハンカチ」
そう言って、猫の刺繍の施されたハンカチを差し出す陽子。
「はぁ、もう。泣かせちゃったお詫びに、今日は好きなだけ話聞いてあげる」
「ありがとう」
陽子は優しい。
やはり今日会った人が陽子でよかったと、さっきと正反対のことを思う。
その時、携帯から着信音が流れた。智樹からだ。
身体がかっと熱くなるのを感じて、受信するかどうか迷っているうちに、切れてしまった。
丸二日間音沙汰なしだったため戸惑ったが、これが謝れるチャンスだと思った。たとえ愛想を尽かされていだとしても、申し訳ないと思っている気持ちだけでも伝えたかったのだ。
「ちょ、ちょっと外に、電話」
そう言い残して店を出ると、意を決して折り返しの電話をかける。
智樹はワンコールで出てくれた。
「もしもし」
幸か不幸か、計算より出るのが早すぎたため一瞬頭が真っ白になり、言うべきことをわすれてしまう。
「あ、え、えっと、ごめんなさい」
もう少し段取りがあってから伝えるつもりだったことだったが、真っ先に飛び出してきた。
吃りながらも、謝罪の言葉は伝えられた。と、取り敢えずほっとする。
伝わっているかどうかは別だったが、それでもいい。
半分諦めモードに入った明日菜。しばらく応答がなかったため、もう二人の関係は終わったものだと思ってしまっていた。
しかし、智樹は違うようだ。
「あの、二日間連絡できなくてごめん。色々考えてたんだ。明日菜とのことで・・・
け、結論から言うと、君が好きだ!
だから2週、いや、1週間待ってくれ、いや待ってほしい。お願いします」
それっきりで、電話は切れてしまった。
明日菜はしばし呆然とした。
今起こった出来事が、現実なのか白昼夢か何かなのか区別がつかなかったから。
その調子のまま席に戻る。
「智樹くんから?」
「うん、そうなんだけど」
「歯切れが悪いわね、振られたの?」
「いや、逆。好きだって言われた」
「まあ」
カチャーン
甲高い金属音が鳴り響いた。陽子が、ティースプーンを落としてしまったようだ。
「大丈夫?」
「ええ、驚いただけよ。それで?」
「1週間、待ってほしいって」
「ふーん」
陽子は、意味深長に微笑みだす。
「何よ、なんで笑うの!」
「なんでもない。ちゃんと謝ったんでしょうね」
「もちろん」
「いい子ね」
そう言って、陽子は明日菜の頭をポンポンと撫でる。妹を褒める姉のように。
「もう、子供扱いしないでよ」
その後も、別れ際まで微笑みを絶やさなかった陽子を、不思議に思う明日菜だった。
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