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「自分の心も、相手を思う心も、どちらも消えることなくここにある。それがシェフテリィーとなり、シェフテリィーと結ばれる幸運を手にするという意味なんだよ。わかるかい?」
「……うん……。僕、ビルゲのことを思うっていうことならできる気がする」
「ぼ、僕もだ……! 自分の心と、レィチェを思う心、両方大事にするよ」
「そうだね。ここで学ぶことは以上だよ」
「それだけ?」
「ああ」
「なぁんだ……! じゃあ今までとなにも変わんないな」
僕はそう思ったけど、ビルゲは慎重な顔をしていた。村に戻って僕はドゥリーマン家に住むようになった。
シェルの言っていたことがわかり始めたのは、僕が十五、ビルゲが十七になるころだった。
そのころ僕はまだシェザムのことが好きだった。一緒に暮らすようになって、シェザムの明るい声や、料理のうまさ、それににこっと笑うと見える八重歯がより一層可愛くて素敵に思っていた。
ある日の夜、僕とビルゲはいつものように寝る前にどちらかの部屋に集まって話をしていた。
「今年の麦は出来がよさそうだな」
「うん、父さんもそう言ってた。明日は馬車の修理を手伝わなきゃ」
「じゃあ、シェザムに多めにパンを焼いてもらって持っていきなよ」
「うん! シェザムのパン、母さんのパンと同じくらいうまいって父さんも言ってるんだ。ほんと、シェザムがお嫁さんだったらな」
僕の一言はとても不用意だった。だけど僕にとっては本心だったし、そのころのビルゲは僕にとってまだ親友だった。ビルゲはそうじゃなかったのに、僕は全然気づいてなかった。
突然、ぐいっと強く腕を引っ張られて、僕はビルゲと今までにないくらいの近距離で向かい合っていた。
「ビルゲ、どうしたの……?」
「レィチェ……」
怒ったように眉をしかめたビルゲの顔だった。それなのに、見つめあっているとやがて涙を浮かべるようになっていた。
「ビルゲ、どうしたんだよ……」
「レィチェ……、君は……こんなに君のことを好きなのに、君はどうして……」
そのときになってようやく、僕はビルゲの心に気が付いた。ビルゲが僕のことを愛していると……。
「ビ、ビルゲ、ごめん、僕……」
「いや……、いいんだ……。僕は自分の心を大事にするのと同じように、君の心を大事にするって決めているから」
「ビルゲ……」
「おやすみ、レィチェ」
その晩以来、僕にとってのビルゲの存在が少しずつ変わり始めた。いつもさりげなく僕の仕事に気を回してくれ、仕事が長引くときは手を貸してくれたり迎えに来てくれる。今までそれは親友だからだと思っていたけれど、そうじゃなかった。シェフテリィーとイーサンシュラーだからだとようやく気が付いた。いつからか同年代の他の仲間が僕を見る目が変わって、僕は仲間外れにされたような気がして反発することしかできなかったけれど、ビルゲはそうとはいわずにいつも僕を守ってくれていた。食事のときだっていつも僕の皿を優先してくれたし、僕が畑仕事で汚れて帰ると湯あみを準備してくれるのもいつもビルゲだった。
ゆっくりと夕日で空が染まっていくように、ビルゲに愛されていることを僕は実感し始めた。
それからしばらくしたある晩、僕とビルゲはいつものように寝る前に一緒に過ごしていた。
「そうだ、ビルゲの靴の紐が古くなっていたろ? 代えてあげるよ」
「えっ、あ、本当だ。いいよ自分でやるよ」
「じゃあいっしょにやろう。ふたりでやればすぐ終わる」
ふたりで一足ずつ靴を取って、新しい靴ひもに取り換えた。
「できた!」
「僕もだ」
靴を手渡して、ビルゲが片方ずつ履いた。
「どう? きつい?」
「ううん、丁度いい。ありがとう、レィチェ」
ふたりで靴をのぞき込み、そして顔を上げたとき、僕とビルゲの顔は間近にあった。僕は初めてドキッと胸が鳴るのがわかった。
「ビ、ビルゲ……」
「レィチェ……」
ビルゲの顔にもぱっと朱が走った。僕は確信した。僕たちはキスをする。
だけど、ビルゲはパッとすぐ顔を向こう側に背けてしまった。
「え……」
「レィチェ、明日仕事が終わったあと付き合って欲しいんだ」
「う、うん……」
「じゃあおやすみ」
ビルゲがあまりにも素早く立ち上がって部屋を出て行ってしまったので、僕は胸がざわざわとしてその晩はうまく寝付けなかった。まさか、ビルゲは僕のことが嫌いになったのかな……? まさか、いや、そんな……。相手の気持ちがわからない。それがこんなにもやもやして苦しいなんて。僕はそのときはじめて知った。
その次の日、仕事を終えた僕とビルゲは近く丘に登った。ちょうど日がさしかかった頃。この丘は村で一番きれいな夕日が見える場所だ。
「レィチェ、ごらんよ」
「わぁ、きれいなピンクと青と赤と……、色がたくさんだ」
「ああ、きれいだ……」
僕たちは並んで夕日を眺めた。気づくと、ビルゲが僕を見ていた。
「レィチェのあの夕日みたいにきれいだよ」
「ビルゲ……」
そっと遠慮がちにビルゲが僕の手に触れた。胸がきゅうっとなって、そのぬくもりがうれしかった。きゅっと握り返すと、ビルゲは今度はしっかりと僕の手を握った。
「好きだよ、レィチェ……」
「僕も……」
互いに身を寄せて、うっとりと唇の位置を確かめて、そっと目を閉じた……。初めての感触が、夕日に染まるみたいに、全身を染めていった。胸に小鳥でも飼っているみたいに、コトンコトンと鳴って、うれしくて、ぎゅっと手を握ったら、ビルゲがぎゅっと握り返してくれた。ずっとこのままでいたくて、でも、ずっとこのままではいられない妙な焦りみたいなものが胸の奥をついて、僕はそっと目を開けた。ビルゲが目を閉じて僕の唇を感じていた。美しい景色だと思った。
「……うん……。僕、ビルゲのことを思うっていうことならできる気がする」
「ぼ、僕もだ……! 自分の心と、レィチェを思う心、両方大事にするよ」
「そうだね。ここで学ぶことは以上だよ」
「それだけ?」
「ああ」
「なぁんだ……! じゃあ今までとなにも変わんないな」
僕はそう思ったけど、ビルゲは慎重な顔をしていた。村に戻って僕はドゥリーマン家に住むようになった。
シェルの言っていたことがわかり始めたのは、僕が十五、ビルゲが十七になるころだった。
そのころ僕はまだシェザムのことが好きだった。一緒に暮らすようになって、シェザムの明るい声や、料理のうまさ、それににこっと笑うと見える八重歯がより一層可愛くて素敵に思っていた。
ある日の夜、僕とビルゲはいつものように寝る前にどちらかの部屋に集まって話をしていた。
「今年の麦は出来がよさそうだな」
「うん、父さんもそう言ってた。明日は馬車の修理を手伝わなきゃ」
「じゃあ、シェザムに多めにパンを焼いてもらって持っていきなよ」
「うん! シェザムのパン、母さんのパンと同じくらいうまいって父さんも言ってるんだ。ほんと、シェザムがお嫁さんだったらな」
僕の一言はとても不用意だった。だけど僕にとっては本心だったし、そのころのビルゲは僕にとってまだ親友だった。ビルゲはそうじゃなかったのに、僕は全然気づいてなかった。
突然、ぐいっと強く腕を引っ張られて、僕はビルゲと今までにないくらいの近距離で向かい合っていた。
「ビルゲ、どうしたの……?」
「レィチェ……」
怒ったように眉をしかめたビルゲの顔だった。それなのに、見つめあっているとやがて涙を浮かべるようになっていた。
「ビルゲ、どうしたんだよ……」
「レィチェ……、君は……こんなに君のことを好きなのに、君はどうして……」
そのときになってようやく、僕はビルゲの心に気が付いた。ビルゲが僕のことを愛していると……。
「ビ、ビルゲ、ごめん、僕……」
「いや……、いいんだ……。僕は自分の心を大事にするのと同じように、君の心を大事にするって決めているから」
「ビルゲ……」
「おやすみ、レィチェ」
その晩以来、僕にとってのビルゲの存在が少しずつ変わり始めた。いつもさりげなく僕の仕事に気を回してくれ、仕事が長引くときは手を貸してくれたり迎えに来てくれる。今までそれは親友だからだと思っていたけれど、そうじゃなかった。シェフテリィーとイーサンシュラーだからだとようやく気が付いた。いつからか同年代の他の仲間が僕を見る目が変わって、僕は仲間外れにされたような気がして反発することしかできなかったけれど、ビルゲはそうとはいわずにいつも僕を守ってくれていた。食事のときだっていつも僕の皿を優先してくれたし、僕が畑仕事で汚れて帰ると湯あみを準備してくれるのもいつもビルゲだった。
ゆっくりと夕日で空が染まっていくように、ビルゲに愛されていることを僕は実感し始めた。
それからしばらくしたある晩、僕とビルゲはいつものように寝る前に一緒に過ごしていた。
「そうだ、ビルゲの靴の紐が古くなっていたろ? 代えてあげるよ」
「えっ、あ、本当だ。いいよ自分でやるよ」
「じゃあいっしょにやろう。ふたりでやればすぐ終わる」
ふたりで一足ずつ靴を取って、新しい靴ひもに取り換えた。
「できた!」
「僕もだ」
靴を手渡して、ビルゲが片方ずつ履いた。
「どう? きつい?」
「ううん、丁度いい。ありがとう、レィチェ」
ふたりで靴をのぞき込み、そして顔を上げたとき、僕とビルゲの顔は間近にあった。僕は初めてドキッと胸が鳴るのがわかった。
「ビ、ビルゲ……」
「レィチェ……」
ビルゲの顔にもぱっと朱が走った。僕は確信した。僕たちはキスをする。
だけど、ビルゲはパッとすぐ顔を向こう側に背けてしまった。
「え……」
「レィチェ、明日仕事が終わったあと付き合って欲しいんだ」
「う、うん……」
「じゃあおやすみ」
ビルゲがあまりにも素早く立ち上がって部屋を出て行ってしまったので、僕は胸がざわざわとしてその晩はうまく寝付けなかった。まさか、ビルゲは僕のことが嫌いになったのかな……? まさか、いや、そんな……。相手の気持ちがわからない。それがこんなにもやもやして苦しいなんて。僕はそのときはじめて知った。
その次の日、仕事を終えた僕とビルゲは近く丘に登った。ちょうど日がさしかかった頃。この丘は村で一番きれいな夕日が見える場所だ。
「レィチェ、ごらんよ」
「わぁ、きれいなピンクと青と赤と……、色がたくさんだ」
「ああ、きれいだ……」
僕たちは並んで夕日を眺めた。気づくと、ビルゲが僕を見ていた。
「レィチェのあの夕日みたいにきれいだよ」
「ビルゲ……」
そっと遠慮がちにビルゲが僕の手に触れた。胸がきゅうっとなって、そのぬくもりがうれしかった。きゅっと握り返すと、ビルゲは今度はしっかりと僕の手を握った。
「好きだよ、レィチェ……」
「僕も……」
互いに身を寄せて、うっとりと唇の位置を確かめて、そっと目を閉じた……。初めての感触が、夕日に染まるみたいに、全身を染めていった。胸に小鳥でも飼っているみたいに、コトンコトンと鳴って、うれしくて、ぎゅっと手を握ったら、ビルゲがぎゅっと握り返してくれた。ずっとこのままでいたくて、でも、ずっとこのままではいられない妙な焦りみたいなものが胸の奥をついて、僕はそっと目を開けた。ビルゲが目を閉じて僕の唇を感じていた。美しい景色だと思った。
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