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#35、 一人目の女友達*

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(そう、パズルの世界はわたしの逃げ場だった……)

 長い廊下を駆け抜けて、奈々江はいつの間にか庭にでていた。
 重力に逆らえず零れた涙を手の甲で拭う。

 記憶がよみがえる。
 従兄弟たちが共に暮らすようになってから、奈々江は学校でも家でも、ふたりの騒々しさに巻き込まれるようになった。
 それまでのふたりは、母親が体が弱いこともあって、学校にもきちんと通っていなかった。
 まずそこからが問題だった。
 奈々江と同じ小学校に転校したふたりのうち、和左は粗暴な態度と勝気な性格で、登校初日に同級生とけんかをしてしまった。
 それが承服しかねたのか、次の日からは学校へは行かないといい出し、須山日夏は通わせるために毎朝な時間をかけて説得し、途中まで車でつれていき、あげく教室から逃げ出した和左を探しに出たりと、さまざまに骨を折った。
 右今は比較的順応に教室になじんでいったが、兄の悪いうわさが小学校中に広まると、当然のように兄を擁護した。
 それがトラブルの発端になって、同級生ともめたことが何度もあった。
 奈々江はといえば、和左がどうしてそこまで素直に環境になじめないのか、まずそれが理解不能だった。
 当たり前にできることがどうしてできないのだろう。
 面と向かってぶつけたことはないが、奈々江には本当に全くわからなかった。

「奈々江ちゃんの従兄のせいで、うちのお兄ちゃんのクラス、またケンカ」
「この前、奈々江ちゃんの従兄のお兄さんに石投げられたんだよ、怖かったぁ」
「昨日の帰り、僕の弟が須山さんの従兄弟のふたりに鞄で殴られたんだ。やめてくれっていってよ」
「須山さん、あいつとほんとに従兄妹なの? 全然似てないじゃん」

 本人には不満や講義をぶつけられなかったのだろう。
 まるで、奈々江はふたりのクレーム受付窓口になったようだった。
 初めは擁護したり、代わりに謝ったりしていた奈々江だった。
 しかし、奈々江が謝ったところで、実際に石や鞄をぶつけられた子どもたちの気が済むわけでもなく、ナナエが擁護したからといって和左たちが態度を改めるということもなかった。
 次第に、あのふたりと一緒に暮らしているというだけで、奈々江も敬遠されるようになった。

「奈々ちゃん、あんまり和左君と右今君をかばうのやめた方がいいよ……」

 いつだったか、幼馴染の早稲田ライルが奈々江を見かねていった。
 奈々江は言い返せなかった。
 次第にふたりを擁護できなくなっていく自分を認めていくしかなかった。

 家に戻れば家でもふたりはトラブルの中心だった。
 どうにか普通の子どもの生活を送らせ、精神的にも安定して欲しいと望んでいた母、須山日夏。
 そしてたまにしかふたりの教育に参加できない父、須山真。
 両親は両親なりに、そのときできることを一生懸命やったはずだ。
 しかし、ふたりの子どもたちは、食べ物の好き嫌いやこの味は嫌いだ、この服は着たくない靴下は履きたくないとなどという嗜好についてから始まり、歯磨きはしたくない早く寝る意味がわからないなど言い張り、基本的な生活習慣ができない。
 いちいち靴をそろえるのもトイレのドアを閉めるもめんどくさい、金ももらえないのに家の手伝いなんかする意味がない、と躾けについても拒否をする。
 いうことも聞かず、やることもやらないくせに、要求だけは大きく、自分の部屋にもテレビが欲しいパソコンが欲しいゲームが欲しいなどという。
 さらには、勉強なんかしなくても金は稼げる、学校なんか行かなくても俺は大丈夫、別に一緒に暮らしたいなんて俺は一度もいってないと、平気でのたまう。
 彼らのつたない意見と頑なな態度と尊大な要求とで、須山夫婦、とりわけ須山日夏は毎日怒鳴ったり、なだめてみたり、泣いてみたりと忙しく、心身共に休む暇がなかった。
 奈々江からみても、このままでは母のほうが参ってしまうのではないかと不安を覚えるほどだった。
 このままでは家がめちゃくちゃになる。
 幼心に怖かった。
 母と従兄弟たちが互いに感情をぶつけ合う日常。
 あんなに怒ったり泣いたり、頭を抱えて悩んだりする母を、奈々江はそれまで見たことがなかった。
 しかし、人間とは不思議なもので、次第にその環境に順応していくらしい。
 奈々江はいつごろからか、そうした騒がしさや苦しさ、恐怖から自分を切り離す術を身につけるようになった。
 それが、奈々江の持つ驚異的な集中力の高さのゆえんだった。

(集中さえしていれば、ふたりのことを考えずに済んだ。
 ふたりのことで悲しんだり苦しんだりしているお母さんのことも、見ずに済んだ……。
 わたしは、逃げたんだ)

 また涙がこぼれる。
 かといって、だったら自分はどうしたらよかったのだろう。
 未だにその答えは見つからない。
 見つからないまま大人になった奈々江は、極力他者とのトラブルを避けるようになった。
 対人関係のことでトラブルになりそうだったら、身を引く。
 それでも巻き込まれてしまったら、集中の世界に入ってやり過ごす。
 奈々江の処世術だった。
 だから、奈々江は人と深くかかわらない。
 彼氏ができないのも、男性に興味が持てないのも、きっとそのせいの気がする。
 改めて認識するのも嫌で、ずっと気づかないふりをしてきた。
 でも多分、元凶は和左と右今にある。
 そうだとわかったところで、今更どうしろというのか。
 ふたりを責めてなんとかなるものならそうしている。
 だが、心の中でふたりを責めてみたところで奈々江の心の反射筋肉はもはや同じ動きを繰り返すだけだった。
 大人になった今は、ふたりが心細い状況と大きく様変わりした環境の中で、自分たちを守るためにどれほど必死に大人たちを突っぱねていたのかということも理解できるつもりだ。
 彼らだって好き好んで須山家に来たわけではない。
 親に守ってもらえなかった彼らは、いわば被害者なのだ。
 それを責めるにはあまりにも残酷すぎる。
 結局、そこで思考が停止するのはわかっていた。
 だから、考えないようにしてきたのだ。

(こんなこと、夢の中でも突きつけられたくなかったよ……)

 溢れ出てれ出てくる涙を奈々江は両の手の甲で拭った。

(考えても仕方のないことなのに……)

 心の奥底に封印した行き場のない想い。
 開けてしまえば心がひどくかき乱されるのがわかっているから、普段の思考には決して浮上しないところへ閉じ込めておいたのだ。
 きっと生きている人間ならば、そうした封印の一つや二つ誰にでもあるだろう。
 そう思うことで奈々江はこの封印と共存してきた。
 これからもきっとそうするだろう。
 奈々江にとっては、今こそパズルが必要だったが、あいにくツイファーの部屋を飛び出してきてしまった。
 心が落ち着くのを耐えて待つしかない。

(落ち着け……、落ち着け、わたし……)
「もし……?」

 突然、背後から声を掛けられた。
 奈々江はびくっと肩を揺らし、素早く目を走らせた。
 そこには、白いベールをかぶった、黄色い三つ編みを肩に下げた大柄な女性が立っていた。
 年齢は二十代半ばぐらいだろうか、顔は整っているがずいぶんと肩幅が広く筋肉質のようだ。
 その女性は、白いハンカチを奈々江に向かって差し出していた。

「申し訳ありません、突然お声がけをして。
 なにやら、ままならない状況とお見受けしましたので。どうぞ」
「……あ、ありがとうございます……」

 奈々江は素直にハンカチを受け取り、頬に当てた。
 ハンカチからほのかになにかか香ったが、涙で鼻の詰まった奈々江にははっきりわからなかった。

「差し出がましく存じますが、この庭はもうすぐ午後の休憩で生徒たちで溢れます。
 高貴なお嬢様が人前に涙をさらすのは、よからぬ噂を招きませんわ。
 よろしければ、わたくしが人目につかぬ落ち着ける場所をご案内いたしましょう」
(そういえば、わたし何も考えずに駆け出してきてしまったけれど、そうだよね、ここ、学校だもんね……)
「お願いします……」

 女性に案内されるがままに、奈々江は敷地内の端にやってきた。
 校舎からかなり離れたが、確かに人目はなく、木陰の涼しさが熱っぽい頬を心地よく冷ましてくれた。

「あの、御親切にありがとうございました。わたしはナナエといいます。
 お名前を伺ってもよろしいですか?」
「わたくしのことはティアラとお呼びくださいませ」
「ティアラ様は、こちらの教師でいらっしゃいますか?」
「いいえ、本日は用事があってこちらに参りました。もう済みましたので、帰るところでしたの」
「お帰りの足を止めてしまったのですね。申し訳ありません。
 でも、お声がけいただいて助かりました。
 何も考えずに飛び出てきてしまったので……」
「ナナエ様は魔法学校へお通いに?」
「いえ、わたしはすでに卒業しておりまして、今日はツイファー教授に会いに来ただけなのです」
「では、今日は特別に外に出られていらっしゃるのですね?」
「はい、城外に出るのも今日がはじめてで……」

 奈々江は、ふと気がついた。
 この人はどうして自分がめったに外に出ることがないと知っているのだろう。
 貴族のお嬢様なら当然かもしれないが、特別という言い回しはなにか違和感があった。
 そのとき、遠くからセレンディアスの声が聞こえた。

「ナナエ様!」

 庭の中ほどからこちらに向かって手を振りながら駆けてくる。
 心配をして追いかけてきてくれたのだろう。
 奈々江は、慌ててもう一度頬をハンカチでぬぐった。

「あの、ティアラ様、御親切にありがとうございました。
 わたし、もう戻らなくては。
 ハンカチ、ありがとうございました」

 ハンカチを差し出すと、ティアラが微笑んだ。
 ハンカチを受けるように伸ばした手が、ハンカチではなく、奈々江の手首をつかんだ。

(えっ……)

 驚いて顔を向けると、ティアラはこにっと笑って見せた。

「ナナエ様、逃げてください!
 そいつはトラバットです!」

 セレンディアスの声が響いた。
 それと同時に、ティアラがベールと黄色い三つ編みをむしり取って投げ捨てた。
 目の前に現れたのは黄色い髪、猫のような目を輝かせたトラバットだった。
 こうしてみれば、背格好や髪の色はいつか見たトラバットそのものだ。
 女性の姿をしているというだけで、奈々江はすっかり別人だと思い込んでしまったのだ。
 特徴的な目が白いベールではっきり見えなかったせいもあるだろう。
 奈々江は手を引っ込めようとしたが、無駄だった。

「探したぞ、ナナエ!」
「トラバット、は、離して!」
「だめだ」

 トラバットが強い力で奈々江を胸に引き込んだ。
 今度ははっきりわかった。
 ビャクダンの香り、トラバットの香りだった。

「いやっ、離して! セレンディアス様、助けて!」
「ナナエ様!」

 駆け寄るセレンディアスに、トラバットがロープを投げた。
 それはいつものロープに見えたが、なにやらキラと光を放っているようにも見える。
 ロープはまるで自ら意志があるかのようにセレンディアスの両すねに巻き付き、あっという間にセレンディアスの足を封じてしまった。

「これはっ……、魔法アイテムか!」
「さすがは犬の呪いをかけられていただけあって、鼻が利くなセレンディアス!」
「貴様、ナナエ様を離せ! 
 呼び手あり 盟印のもと ここに出でよ ホワイト……」
「魔獣召喚を待ってやるほど俺がお人よしに見えるか」

 トラバットがパチンと指を鳴らすと、ロープが蔦のように伸びて、セレンディアスの口を覆った。
 セレンディアスが苦しそうにもがく。
 あれでは呪文を唱えられない。
 そのすきにトラバットがピュイと口笛を吹いた。
 それを合図に木の陰から馬が走り出してくる。

「さあ、行くぞ、ナナエ!」
「きゃあっ!」

 強引に馬に乗せられ、腕を封じられた奈々江はなす術がない。
 トラバットはすばやく馬の脇腹を蹴った。
 馬が勢い良く駆け出す。

「トラバット、離して! 離してってば!」
「ナナエ、舌を噛むぞ、口を閉じていろ!」
「セレンディアス様、セレンディアス様あ!」

 見る間にセレンディアスの姿が遠くなっていく。
 トラバットの操る馬は学校の門の前まであっという間に距離を詰めていく。
 それに気づいたふたりの門番が門の前に立ちはだかった。

「なに奴、とまれ! とまらぬか!」

 トラバットが再び手をかざし、門のほうに向かってパチッと指を鳴らした。
 すると、なにもないと思われた地面の中から勢いよく板がせり出してきた。
 どうやら土をかぶせて仕掛けを隠してあったらしい。
 馬は瞬く間にその板を駆けあがり、門番たちをはるか下にして、まるで飛ぶがごとく壁を越えていった。
 奈々江は息をつめてその空中遊泳に目を凝らした。

(なにこれ、うそでしょ……)
「ナナエ、しっかり捕まっていろよ!」

 トラバットがいい終わるのとほぼ同時に馬が着地し、奈々江の体も飛び跳ねた。
 トラバットがしかと掴んでいてくれなかったら、奈々江の体は放り出されていたに違いなかった。

「急拵えにしてはうまくいったな!」
(……つまり、計画していたの!?)

 なんということだろう。
 エレンデュラ王国は安全だと思っていたが、それは城の中だけだったらしい。
 思えば、ライスがいつもより多くの人出を連れていたのは、こうした心配のためだったのかもしれない。
 揺れる馬上で奈々江が思っている間に、馬は大通りから目立たぬ小道へ入り込んだ。
 その道の先には、幌付きの大型馬車と何人かの男たちが待ち構えていた。

「統領、うまくいったんですね!」
「ああ、長居は無用だ、いくぞ!」
「ちょっと、トラバット!」

 奈々江は非難の声を上げだが、問答無用で馬車の中に押し込まれた。
 見ると、馬車の中はどことなくアラビア風の調度品がくつろげるように置かれているではないか。
 いよいよトラバットが奈々江を攫うために用意周到の準備をしていたのがはっきりした。
 入り口の付近でとどまっていると、後ろからトラバットが乗り込んできた。

「さあ、ナナエ、こっちへ来い」
「さ、触らないで!」

 強気に身をひるがえしたつもりだったが、馬車が動き出したタイミングに重なり、よろめいた。

「おっと」

 腰を掬うようにして支えてくれたおかげで、奈々江は転ばずに済んだ。
 だが、それをありがたがってはいられない。

「トラバット、こんなの酷い! お願いだから、学校へわたしを還して!」
「苦労してお前を見つけ出し、ようやく攫ったってのに、簡単に返してたまるか」
(今日午前中に魔法薬は飲んだから、太陽のエレスチャルの効果は減退しているはずなのに)

 奈々江はこめかみを叩いてトラバットのゲージを確認した。

(えっ!? 八割もある……。トラバットとは数回会っただけなのに)
「それより、なぜひとりで泣いていたんだ。
 俺がお前と出会うとき、お前いつもかなにかに思い悩んでいるようだ」
「そ、それは……」
「俺は女の涙に弱いんだ。惚れた女のことならなおさら放っては置けない」
(そ、そうか……、トラバットはもともと愛情深い性格なんだった。
 だけど、こんなふうに連れ去られたら困るよ……!)

 奈々江は言葉を探すようにトラバットを見つめた。
 トラバットの瞳はまっすぐに奈々江を見つめ返してくる。
 やることは強引だが、奈々江のことを案じているというのは本当のようだった。

「……トラバット、心配してくれるのはうれしい。
 だけど、困るの……。
 わたしは学校に戻らなきゃ。
 セレンディアス様やみんなに心配を掛けたくない。
 お願いだからわたしを還して」

 トラバットはふうと小さく息をついた。
 奈々江の手を取ると奈々江を見つめながら、その甲にそっとキスをする。

(わあっ!? ふ、不意打ちはやめてよ……っ!)

 どぎまぎしている間に、トラバットが奥のアラビア風のソファまで案内をした。
 思わず、それに従って、トラバットの隣に腰を掛けてしまった。

「わかった、ナナエがそこまでいうのなら、返してやる」
(よ、よかった……。やっぱり、トラバットはいい人なんだわ)
「ただし、今日は俺とデートだ」
「えっ……」
「ナナエは俺と一緒にいた方が幸せになれる。
 きっと、今夜は帰りたくないと、その口にいわせてみせるからな」

 トラバットが奈々江の唇をじっと見つめて、にやっと笑った。

(わ、わ……っ!)

 キスを狙われているようで、たじろいでしまう。
 思わず、手で口元を隠してしまった。
 トラバットがくすっと笑った。

「早速だが、ナナエに見せたいものがある」

 ソファの脇の大きな装飾箱をトラバットが開いた。
 中には、まばゆいばかりの金銀財宝が詰め込まれていた。
 そこから、トラバットが手にし差し出したのは、きらきらと揺れるイヤリングとプラチナの台に光り輝く宝石のついたティアラだった。

(こ、これ、トラバットのイベントアイテム……)
「これは天使の涙と呼ばれている有名なイヤリング。
 こっちは採掘量が極めて少ない幻のサンライトグラスのティアラ。
 お前に似合うと思って、盗んできた」
「盗品なんてもらえない。
 第一身につけていたら捕まっちゃうでしょ……」
「ああ……。それもそうか。だったらこれだ」
(あっ、それは、最終イベントのアイテム……!)
「グロウ大帝の秘宝、ゴールドゴブレットだ。まずはこれで一杯やろう。
 グランディア王国の倉庫からグランディアロイヤルをしこたま盗んできたからな」

 トラバットが黄金に輝くゴブレットをふたつ掲げ、別の箱からワインボトルを取り出した。
 しかも、その箱は氷まで入って保冷仕様になっている。 

(トラバットったら、グレナンデスのイベントアイテムであるワインまで盗んできちゃったの!?
 シナリオっていうか、ルール無用でめちゃくちゃなんだけど……!)
「ほら、ナナエ」
「わ、わたし、お酒が得意じゃないの……。
 一杯飲んだだけで眠くなってしまうし、それにこれも盗品なら口にできない」
「固いことをいうな。
 ワインは果実で割ればいい、さあ!」

 トラバットがジュースの入っているらしい瓶を箱から取り出し、ワインを割って、ずいとゴブレットを差し出した。
 受け取ったはいいものの、奈々江は手にしたまま困って固まってしまった。
 これは夢なのだからお酒を飲んでも酔ったりはしないのかもしれないが、この状況で進んで飲みたいとも思えない。
 隣では勢いよくゴブレットを空けるトラバットがいる。

「ナナエ、飲まないのか? 
 飲まないのなら、俺が口移しで飲ませるぞ」
(い、いやいやいや!)

 さすがにそれはない。
 奈々江は慌ててゴブレットに口を付けた。

(……あ、冷たくておいしい……)

 思ったよりも進んでしまった。
 トラバットはそれを見ながら満足そうな猫のような顔をしている。

「気に入ったようだな。マヌカ大陸までいってわざわざシトリンピーチを取ってきたかいがあった」
(シトリンピーチって、トラバットの三つ目のイベントアイテム……!
 それがこのジュースってこと?)

 奈々江が目を丸くしてトラバットを見ると、ははっと軽やかに笑った。

「俺は世界一の盗賊だ。
 この世の至宝という至宝、秘宝という秘法は、いかなる場所隠されていようとも、俺に探し出せないものはない。
 どんな困難な障害が立ちはだかろうとも、俺に盗み出せないものはない。
 どうだ、五番目の嫁になりたくなってきただろう?」
(それはそれですごいと思うけど……。
 今はトラバットルートを攻略するなんて考えられないよ。だってわたしは……)

 奈々江の頭上にひとりの人物が浮かんでいた。
 奈々江自身、自分でも驚いてしまうが、心が勝手にその人を思い浮かべてしまうのだから、どうしようも止められない。

(グレナンデス……)

 自分でもわからない。
 イルマラにまだ直接いわれたわけでもないのに、イルマラが代わりの皇太子妃候補になるかもしれないと聞いただけで、奈々江の胸は動揺した。
 このシナリオ無視の補正だらけの、とんでも展開ばかりの"恋プレ"の夢の中で、唯一もう一度会わなくてはと思うのは、グレナンデスだけだった。
 正直、恋といい切るには、疑いをまだ晴らしきず、このまま進んでいいという確信が臆病な奈々江はまだ持てない。
 でも、さまざまな攻略キャラが押し寄せてくる中、彼らがそれぞれのルートを示す中で、グレナンデスにだけは、奈々江はなにかを感じていた。
 はっきりと言葉にもできない、なにか。

(わたし、学校に戻って、お城に戻って、太陽のエレスチャルを外さなければ……。
 このゲームをクリアするためには)
「ナナエ、なにを考えている?」
「えっ……」
「また悩み事か?」
「ううん……、今のは別に……」
「それじゃあ、さっきはなぜ泣いていたんだ」

 話しが振出しに戻った。
 トラバットが包むような優しいまなざしを向けている。
 その瞳に見つめられると、自然と心のうちを打ち明けたくなってくる。
 自身でさえ持て余してしまう感情のはけ口に、誰かに聞いてほしいと願うのは当然のことだった。

(だけど、どういったらいいのか……。
 現実のことをトラバットに話しても、この世界での設定と違うからつじつまが合わない。
 気持ちだけでも話せたら楽になりそうだと思うけど、うまく話せる気がしない。
 いっそ、シュトラスみたいにむこうから気持ちを読み取ってくれればすっかり伝わるのに……。
 そんなの無理な話だけど……)

 奈々江はいろいろと考えながら、ぽつぽつと話し出した。

「トラバットは……、その、昔あった辛いこと……から、立ち直るにはどうしてるの?」
「うん?」
「えっと……、トラバットもひとつくらいは、人にいえない悲しい思い出ってあるでしょう? 
 それともない……?」

 トラバットが少し眉を上げて、考えるように斜め上を見た。

「いや、あるな」
「その思い出が、なんていうか……、今も自分を苦しめるときってない?」
「……そうだなあ、そういうこともまれにあるかもしれん」
「それって、あの、なんていうか……」

 奈々江が言葉を探すのを、トラバットはじっと見つめて待ってくれている。

「思い出したとき、一時的に記憶がよみがえってまたつらくなって、でもそれを何とかやり過ごして、忘れて……。
 でも、また思い出して、また悲しくなって……。
 そうやって、繰り返してしまうのを、辞めたいの……。
 根本的に解決をしたいと思うんだけど、だけど、自分ではどうしていいのかわからない。
 過去に戻ってやり直せたらいいのにと思うけど、そんなの無理だし、例え過去に戻ったところで、なにが正解なのか、今もわたしにはわからなくて……」

 トラバットが一言いった。

「それは悩んだところで、なにもなりはしないぞ」

 真剣に悩みを打ち明けたのに、あまりにあっさりとした返答に肩透かしを食らう。

(……あ……、うん……、それは、そうだよね……)

 それはわかっているつもりだ。
 だから、心の奥に悲しみの記憶は封印して、悩みとして現れてこないようにしておくのがいいのだ。
 奈々江にもよくわかっている。

「そう、だよね……」

 奈々江が静かにうつむいた。
 所詮、ゲームのキャラクターにこんな打ち明け話をしても無駄なのだ。
 悩んだところでなにもなりはしないのはわかっている。
 悩んで解決するならもうとっくにしているはずだ。
 奈々江がぷつりと黙り込んでしまったので、トラバットがワインを手酌する音だけがする。

「ナナエがなにに悩んでいるのか俺にはわからんが、俺の知っている人生の法則はこうだ」

 奈々江がそっと目を上げた。
 それを確認して、トラバットが続ける。

「人生は上書きでしか変えられない」

 トラバットが遠いものを見るように視線を移した。

「命あるものは、生まれた姿かたち、国や環境、状況や境遇を自分では選べない。
 そればかりか、所以もなくつまらない理由すらないような、自分の落ち度がひとつもないのに降りかかってくるアクシデントがある。
 理不尽でまったく承服できない出来事、天災や突発的な事件や事故、病や避けられない老いと死の苦しみ。
 生きていれば必ず起こる。
 その度に、傷ついたり、なにかを失ったり、苦しみもがいたりする。
 時には、自分だけがなぜこんなにも不幸なのかと嘆きたくなるほどにな。
 それを占い師や魔術士は運命とか宿命とかなんとかいって、忌避除けの術だなんだといって金をふんだくろうとする。
 だが、いかに占いで先読みしたところで、対策魔法を施したところで、人生にアクシデントは起こるのだ。
 アクシデントは起こる。
 これが人生のデフォルトだ。
 誰ひとりのもれもなく、寸分の互いもなく、ひとつの悲しみも苦しみも受けない者などいない。
 苦し紛れに人と比べてみたところで、他者に成り代われない以上意味はない。
 自分の人生において、過去に起こってしまった出来事は、ほじくり返したところで、変えられない。
 無理に忘れようとしたって、頭でも打って記憶喪失にでもならない無理だろう。
 ある意味、これは平等な自然界の理だ。
 重要なのは、ただひとつ。
 この悲しみや苦しみを別のよい記憶で上書きをしていくということだ。
 不思議なもので、生きてさえいれば人生には機会というものが何度でも訪れる。
 その機会が訪れたときに、前回とは違う道を取ればいい。
 それでまた失敗したところで、気に病むことはない。
 次の機会に、また別のやり方で挑んでみればいいのだ。
 そうして何度も何度も上書きをしていく。
 そうすれば、いつか必ず人生は自分の想い描いたように書き変わる」

 いつの間にか、トラバットが奈々江のほうを見ていた。
 トラバットの言葉に引き込まれていた。

(いい記憶で上書きする……)
「俺がどんな宝でも盗み出せるのはなぜだかわかるか? 
 失敗をしても、成功するまで何度でも何度でも挑み続けるからだ」
(何度でも、何度でも……)

 どこか腑に落ちる感覚があった。
 そうだ。
 自分は、この思いに対して、上書きしようと考えたことがあっただろうか。
 心の奥に隠して、見ないふりをしてきただけで、トラバットのように機会に乗じて挑戦しようと行動したことなど、一度だってなかったはずだ。
 悲しみは悲しみのまま、苦しみは苦しみのまま、まるで大事な宝物かなにかのように心に残しておくことしかできないと思っていた。
 けれど、人生は書き変わる。
 書き変わるまで、何度でもトライアンドエラーすればいい。
 なぜなら、人生は変わるから。

 奈々江はゴブレットを置いて、トラバットに向きなおった。

「ありがとう、トラバット。わたし、行かなくちゃ」
「なに?」 
「トラバット、わたしを学校に返して」
「ちょっと待て、今日はデートするといっただろう」
「あなたが勝手にいっただけ。わたしはするなんていってない。
 それより、わたし、帰らなきゃ。帰ってやらなきゃいけないことがあるの」
「ちょっと待て、ナナエ、話が違うぞ」
「ごめんね、トラバット。でもあなたが今いったのよ。
 人生は上書きでしか変わらない。
 わたし、行かなきゃいけないの、お願い」
「……こんなことなら、下手に語るんじゃなかったな。
 お前の悲しみは俺が書き換えてやるというべきだった……」

 トラバットが弱ったように眉と口をへの字に曲げている。
 奈々江は思わず笑ってしまった。

「あなたのお陰でたった今書き変わったの。
 わたしも、あなたのように挑んでみる。きっと書き変えてみせる」
「……そこまでいうなら、仕方ない……。
 おい、カポック、馬車を止めろ!」

 馬車がとまると、トラバットは手下に馬を用意させた。
 トラバットが馬の前に奈々江を呼びせた。

「さあ、行くぞ」
「でも、トラバット、一緒に戻ったらあなたが捕まってしまうんじゃ……」
「俺以外の誰にもお前を触らせる気はない。お前は俺の妻候補なんだから」
「それもあなたが勝手にいっているだけ」

 ふっと笑い顔を見せて、トラバットが奈々江を馬に乗せた。

「お前の元気になった顔が見られたのだ、今回はこれでよしとするか」

 奈々江も笑顔を返した。
 トラバットの掛け声で馬が駆け出す。
 町並みが後ろへ流されて行く。
 どこをどう通ったのか奈々江にはさっぱり見当もつかないが、いつの間にか魔法学校の裏門のそばへたどり着いた。

「ありがとう、トラバット、ここでいいわ」

 首だけで振り返ると同時、後ろからぎゅっと抱きしめられた。
 強くビャクダンが香った。

「もしまた辛いことがあったら、いつでも俺の元に来い。
 五番目の妻の席はお前のために空けておく」
「トラバット……」

 大きな腕と体温に、思わずどきっとする。
 けれど、トラバットには応えられない。
 でも、乙女ゲームでなかったら、トラバットとはきっといい友達になれるのに、と考えてしまう。
 できることなら、別の機会にまたいつか話をしてみたい。
 奈々江はそっとトラバットの腕に手をやった。

「あなたはとってもいい人よ。だから、四人の奥さんを大事にしてあげてね」
「ナナエ……」

 苦笑を浮かべた後、トラバットが馬から降ろしてくれた。

「さよなら、トラバット。本当にありがとう」
「成功の秘訣はなにかわかるか、ナナエ」
「えっ?」
「あきらめないことだ」
「トラバット……」
「じゃあな、ナナエ、また会おう」
「そんな、えっと、あの、もう、誘拐はやめて! 会いに来るなら、普通に会いに来て」
「普通とは?」
「え、えっと……、友達として」
「友達? 俺に女友達はいない。俺のそばにいる女は妻とその使用人だけだからな」
「そ、そう……」

 盗賊相手にお友達とは土台無理な話だ。
 奈々江も無理とわかっていて、いってみただけなのだ。
 奈々江がにわかに下を向いた。
 すると、トラバットが奈々江顎を掬い、くいっと上を向けた。

「でも、お前を俺の一人目の女友達にしてやってもいい。
 いいだろう、今度は友達として会いに行く」
「トラバット!」

 奈々江の顔が明るくなる。
 トラバットもにっと笑みを見せた。
 その後、トラバットは手近なところにいた町人の女を捉まえ、金を握らせた。
 トラバットが奈々江にこの婦人を授けた。

「この女がお前の評判を保証する。一緒に連れていけ」

 いわれた通りに平民女を連れて魔法学校へ戻ると、学校中は奈々江の捜索に大騒ぎとなっていた。
 魔法学校の教員たちもが駆り出され、大規模な捜索隊が放たれていた。
 そこへひょっこりと奈々江本人がが帰って来たので、またも騒然となる。
 捜索に向かっていたライスたちが急いで呼び戻された。

「ナナエ、無事だったのか!」
「ナナエ様!」
「ライスお兄様、セレンディアス様、御心配をおかけしました」
「一体どうやって戻ってきたのだ!?」

 トラバットにいわれた通りに女が説明した。

「このお嬢様が馬車から逃げ出そうとなさっていたんで、あたしがかくまって差し上げたんですよ!」

 この証言により、奈々江はトラバットとふたりきりで過ごしたことを公にしないで済んだ。
 謝礼を貰うと、女はほくほく顔でさっさと帰っていった。

(なるほど。ひとりで戻っていたら、今までなにをしていたか、どうやって解放されたのか、痛くもないお腹を探られる羽目になったのね……。
 正直に話したって、世間は信じてくれるとも限らない。
 評判を保証するってそういう意味だったのね。
 トラバットって、やっぱりいい人)


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