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#70、 ホレイシオのアドバイス

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 昨晩はいろいろとあったが、それでもグレナンデスのことについて進展があったのは嬉しい驚きだった。
 トラバットから情報を聞き出すという目論見は外れたが、かわりにシュトラスが朗報をもたらした。
 今朝の奈々江は上機嫌。
 朝食を済ませ、クレアとダンスと歌の練習をしたあと、セレンディアスとともに張り切ってアトラ棟へ向かっていた。

「グレナンデス殿下にわたしの意思が伝わったというのは大きな進歩よね」
「はい、きっと国に戻られた後、しかるべき手順で婚約を申し入れてくださるはずです」
「そうだといいと思うわ! そのときまでにはドミノを完成させておきたいわね。
 お金を融通してくださった伯父上様にちゃんと成果をお見せしたいし、この国で発売されれば利益はエレンデュラ王国のものになるわよね?
 国を出る前にひとつでも多くの利益を国に残したいわ。
 でなければ、お父様やお兄様が納得しないと思うの」

 ラリッサがにわかに首をかしげた。

「それよりも……、グランティア王国へ行ってもEボックスは製造しないというような約定などが必要になるのではないでしょうか?」
「グランティア王国にいっても、やはりEボックスはお蔵入りなのですね。
 弟たちに一度でいいからEボックスを見せてあげたかったですのに」

 メローナが残念そうに首をもたげる。
 もはや四人が四人とも、グレナンデスが奈々江を国に呼び寄せてくれるだろうということになんの疑いを持っていなかった。

 アトラ棟の研究室につくと、早速ドミノに取り掛かる。
 先日取り決めた内容を反映しながら、過不足に手を入れる。
 もはやこれが済めば、マーケティングと売り方以外はほぼ完了だ。

 今朝もブランシュから謝罪のスモークグラムが来ていたが、奈々江はどこが落としどころだろうかと考え始めていた。
 やはり、イルマラを頼る前にブランシュにひとこと声をかけるべきだろう。
 あとからまたストップをかけられるような二の舞には陥りたくない。
 そんなとき、部屋をノックする音がした。
 ホレイシオだった。

「ナナエ様、よろしいでしょうか。
 あ……、これは新しい魔法で作られたものですね?」
「あら、ホレイシオ様。そうだわ、いいところにいらしてくださいましたわ。
 どうぞご覧になってください。ご意見をお聞きしたいですわ」
「おや、僕の意見でいいのなら、ぜひ」

 早速、ホレイシオに音の鳴るドミノを実演して見せた。
 ツイファーのときと同じように感触はいい。

「単純ですが、単純がゆえに創造力を試される余地があり、なかなか面白いと思います。発売はいつですか?」
「実はその販売についてお知恵を借りたくて。
 エレンデュラ王国ではドミノ倒しの遊びはどの程度広まっているのでしょうか?」
「そうですね。ドミノ倒しといえば、まだドミノの本来の遊び方を知らない子どもたちの遊びという感じですね。
 ですから、ドミノ牌をこんなにたくさん持っている家はまずありません。
 牌も象牙一色ですから、色見もこんなにカラフルではありませんよ」
 (とすると、やっぱり大規模なドミノ倒し大会なんてないってことね)

 エレンデュラ王国におけるドミノ倒しの人気はさほど高いものではないことが分かった。
 となると、目が0~6のドミノ牌が入ったひと組28枚のダブル・シックス、あるいはひと組55枚のダブル・ナインが一般的だと仮定した場合、ドミノ倒しとしての規模はごく小規模だ。
 販売するにあたっては、おそらくドミノ倒しの概念からして変えて行かなくてはならないだろう。
 ホレイシオはすでに貴族らしく簡単なメロディを並べて作っては倒して遊んでいる。

「僕の妹や幼い従弟妹たちがよろこびそうな魔法玩具ですね。
 たくさんのドミノを使って、好きな楽曲を丸々並べることができますし、楽器それぞれの牌もあるとなれば。それこそ壮大なシンフォニーが作れます。
 根気はいりますが並べるだけという手軽さはまだ魔法を学ぶ前の子どもでも楽しめますし、色のバリエーションも選べるというのは女性受けしそうです。
 いっそ、この水上の音楽を作れるだけのドミノをセットにして売り出してはいかがですか?」
 (あっ、そうか!)

 いわれてみれば、まさにだ。
 組曲水上の音楽なら、今まさに人気に乗っている。
 組曲ともなれば相応の牌の数になるので、他の楽曲を作るとしても十分な量になるだろう。
 遊び方を浸透させるのにもうってつけだ。
 ひな型となる販売セットの第一弾として、組曲水上の音楽のドミノセットはいい形に思えた。

「それは良さそうな案ですわ、ホレイシオ様」

 ホレイシオがにこりと笑った。

「これを売るためにはデモンストレーションが必要ですね」
「デモンストレーション……」
「これをお披露目する機会をつくり、そこでぜひこのドミノの大演奏を行うべきです」
「確かにそうですわね! なにかまた行事などがあるときにお披露目できれば・・・…。
 そうですわね、百聞は一見に如かずですわ。
 このドミノで組曲水上の音楽をデモンストレーションして見せられたら、みんなにこのドミノ倒しの楽しさをわかってもらえる気がしますわ。
 ありがとうございます、ホレイシオ様。光明が見えてきた気がいたします」
「それはよかったです。
 でも、心配はいらないと思いますけどね。
 ドミノ倒しにさほど面白みを感じなくとも、今ナナエ様が売り出すものなら、誰もがこぞって欲しがりますよ」

 ホレイシオの言葉にはっとした。

(それは、わたしの魔力やその後に得られるだろう利権を期待していということ……?
 ……それでは困るわ。
 わたしに近づきたいがためにという動機で一時的にドミノが売れたとしても、その後わたしがグランディア王国にいってしまったら、ぱたりと売れなくなったというふうになったらまずいのに。
 このドミノはあくまでエレンデュラ王国のためになるものでなくては……。
 クレアやファスタンやブランシュが納得できるもの。
 ひいてはエレンデュラ王国の貴族や庶民が心から楽しいと受入れてもらえるものにならなくては)

 奈々江は急ぐように言った。

「あの、このドミノは売れるでしょうか?
 つまりその、わたしが作ったものだといわなくても」
「しかし、ナナエ様が作ったものとして売り出すのでは?」
「そう、なのですが……。
 その、つまり、わたしはこの音の鳴るドミノ倒し自体を多くの人に好きになってほしいのです。
 わたし個人とは関係なしに」

 ホレイシオが不思議そうに眉をあげ、しばらく考える格好をとった。

「デモンストレーション次第ですかね。
 基本的に貴族ならみな音楽は好きですから、たいていの貴族には好意的に受け入れられると思います。
 権威とは関わらないとすると……。
 あとは利権でしょうか。
 ドミノ牌の量産には、もうどこかの工房を押さえてあるのですか?」
「いえ、わたしにはつてがなくて」
「ブランシュ殿下にはお話されていないのですか?」
「そ、そうなんです。今はまだ……」

 ふうむと鼻を鳴らすと、ホレイシオはまた顎に手をやってしばし沈黙した。

「とすれば、ある意味では幸運ですね。
 王家直轄による販売となると、他の貴族たちはそれを買うしかできないわけですが、しかるべきものを仲間にいれれば、彼らが市場をうまく広げてくれるものです。
 つまり、誰を介して市場に流通させるかという問題ですね」
「誰、というのは、どなたか見当がついていらっしゃるのでしょうか?」

 じっとみつめていると、ホレイシオが意味ありげな笑みを浮かべた。

「でもどうしてナナエ様がそこまでのご心配をなされるのです?
 楽譜の時と同様に、ブランシュ殿下を経由して王家から販売なさればいいではありませんか。
 わざわざ商売根性を出さなくても、このドミノは売れるはずですよ」
「でも……、それはわたしという付加価値がついているからですよね?
 ドミノ倒しをするつもりのない方々にたくさん買ってもらっても意味がないんです。
 この国の人たちに広く楽しんでもらえるように物になってほしいんです。
 エレンデュラ王国から外国へ輸出できるような、そんな国益になるものになってほしいんですけど……」

 ホレイシオが再び眉をあげ、目を見開いた。

「輸出して外貨を得ようと? 
 そこまでお考えだったのですか?」
「誰に頼めばこのドミノをそういうものとして広めてもらえるでしょうか?」
「それには、このドミノに使われている魔法技術の隠匿魔法がどの程度のレベルかにもよりますね」
「えっと、ドミノの仕組み自体は単純なものなんです。
 ただの木でできた牌に魔法陣を書きこんだり、焼きつけたりすればいいだけなのです。
 魔法陣にはもちろん隠匿魔法も組み込むことができますが、とはいえ、魔法陣を見て書き写すことさえできればほとんど同じものが作れると思います。
 庶民の間にもこのドミノを広めるためには、逆に隠匿魔法はない方がいいのではと思っていたのですが……」
「それはさきほどのナナエ様の希望と矛盾しますね。
 ドミノの生産が容易であるならば、他国でも真似が簡単にできることになり、国益にはなりません。
 スモークグラムのことを考えてみて下さい。
 あれは極めて単純な魔法構造をしていますが、既得権益がしっかり保護されており、各国で製造が許されていますが、スモークグラムの開発者には多額のロイヤリティが入るようになっています」
「つまり、そういった契約を結ぶ必要があるのですね?」
「そういうことです。ときに、その魔法陣はどこに書かれているのですか?
 一見したところみあたりませんが」

 ホレイシオがドミノのひとつをつまみ上げた。
 奈々江は別のドミノをつまみあげ、ペンを走らせるとライトオンと唱えた。
 すると、ドミノはスライスされたように二つに分かれた。
 薄べったいふたつの牌の内側の両側面に、細かな魔法陣が書きこまれていた。

「このように魔法陣は中に書き込み、二つの木ピースをつなぎ合わせることでひとつの牌にしています。
 始めは魔法陣で音階などを見分けていたのですが、牌の種類が増えてきたので見分けずらくなったのと、また誰もが魔法陣を見てすぐに何の音かなんの記号かと判断できるとも限らないので。
 それで、魔法陣は中に埋め込むことにして、音階や記号は表面描くようにしました」

 真っ二つにわかれた牌に架かれた魔法陣を見たホレイシオが、ぎょっと目を見開いた。

「こ、こんな緻密な魔法陣が書きこまれていたのですか?」
「あの、仕組みは単純なのですが、倒れるときの音を消すですとか、音をクリアに響かせるですとか、音の響きに関してはかなり細かく設定して魔法陣を組み立てています。
 貴族の方々はみな耳が肥えていらっしゃるので、そこは妥協できないところだと思いまして」
「そういえば……。
 言われてみるまで気がつきませんでしたが、ドミノ自体が倒れる音がしませんね。
 これは消音魔法、それもかなり高度な……。
 それに、ドミノが倒れる速さと音楽のテンポも同じだ……。
 普通のドミノではこうはならないはずですよね。
 魔力の供給はどのようになっているのですか?」
「それは、この焼き付けインクです。
 インクに魔石の粒子を混ぜ込んでつくっています。
 このように牌を壊さなければ、半永久的に魔力が持続するようにしました。
 そもそも牌ひとつでは遊べませんから、一つ当たりの魔力はとても少なくて済むのです。
 これらを立体魔法陣として並べたり組み立てたりすることで、魔力が発動します。
 セレンディアスがいろいろと試行錯誤してくれたおかげでこのような安定した危険性のない魔法インクができました」
「あ、新しい、魔法インクまでも……?
 それにしても……」

 木ピースを目に近づけて、ホレイシオがため息をついた。

「これは……、真似して書き写そうというにはちょっと骨が折れますね。
 しかも、ひとつやふたつならまだしも、何百というドミノを真似しようというのはよほどのことです。
 ちなみの値段はどのようにお考えですか?」
「具体的な価格はまだ……。
 でも大規模なドミノを組み立てるにはそれ相応の数が必要なので、一つあたりの値段はあまり高くはできないと思っています。
 それに、貴族だけでなく庶民にもこの遊びを浸透させたいので・・・…」
「これだけの魔法陣や魔法インクをそなえた魔法玩具を庶民に? 考えられませんね。
 このような魔法陣はアカデミークラスの魔導士でなければつくれません。
 とても庶民の手の届くものでは」
「でも、スモークグラムは庶民も使っていますよね?
 庶民たちは無臭のスモークグラムに自分たちで好きな香りをつけるとか。
 このオセロも、庶民用にマイナーチェンジしたものを安く売りだすというのはできないでしょうか?」
「それは確かにそうですが……。
 むう……、確かに魔法陣を焼きつけるための印判と魔法インクがあれば、構造としてはいたって単純ですから製造は容易。
 となると庶民用の廉価版は、そうですね、たとえばこのようなカラフルな色をつけずに販売するとか……。
 あるいは、貴族のドミノには音だけでなく光線や粒子のような目に見えるものが発生するといった違いがあれば……」
「なるほど、なるほどですわ、ホレイシオ様!
 ドミノにそういった光のアクションをつけ足すというのはまったく考えていませんでした。
 ある特定の並べ方をしたときにだけ、特定のアクションが現れるようにしたらどうかしら?
 セレンディアス、どう思う?」
「いいお考えだと思います……!
 だとすれば、そうですね、例えばフォルテのときは光の噴水、ピアノのときには流線形の光、リピート記号を使用した際にはのときには虹の架橋なんていうのはどうでしょうか?」
「すてきだわ! 早速試してみましょう」

 驚いたようにホレイシオが尋ねる。

「ま、まってください、こんなに書きこまれた魔法陣の上にさらに光の仕組みまで書き足せるのですか?
 それでなくとも、ドミノ牌はこんなに小さいのに」
「簡単ですわ。魔法陣を書くのはわたしの得意技なんですの」

 言うが早いか、奈々江はペンをとると、新しい木のピースにさらさらと魔法陣を書きつけていく。
 それをもう一つのピースと重ね合わせて、ライトオンと唱える。
 あっという間に、光の噴水を出すメッゾフォルテ(やや強く)、フォルテ(強く)、フォルテッシモ(とても強く)のドミノ牌、流線形の光をだすピアニッシモ(とても弱く)、ピアノ(弱く)メッゾピアノ(やや弱く)のドミノ牌、リピートのドミノ牌が作られた。

「セレンディアス、ひとまずこれを並べてみましょう」
「はい」

 ラリッサとメローナもが手伝って、花歌の冒頭を並べてみる。
 テーブルの上にドミノがきれいに整列したところで、奈々江が回りをみわたした。

「いくわよ」

 トンと一つ目のドミノが倒れると、ピアノの音が花歌を奏で出す。
 光の噴水は強いほどに噴水の高さが変わり、流線系の光は弱いほどに横への広がりが小さくなる。
 リピートはリピート牌が開いてある場所と場所をつなぐように橋が架かった。

「きれいですわ! 音と光のシンフォニーですわ!」
「まあ、耳にも目にも楽しいなんて! これは大きな作品を作ったらさぞ見ごたえがございますね!」

 ラリッサとメローナがきゃっきゃっと喜んだ。
 ホレイシオは目を丸くしている。

「す、すごい……。ナナエ様が特殊な魔力をお持ちというのは、本当だったのですね……。
 このような高度な魔法陣をいとも簡単につくりあげてしまうとは……」

 ところが、ナナエとセレンディアスは全く違っていた。

「もっと音と光の親和性を高めたいわ。セレンディアス、どう思う?」
「僕もそう思いました。
 光の噴水を例にとっても、単純な高い低いだけではなく、最も上の高さまでの速度や噴水の広がり方も検討が必要かと」
「そうよね。リピート牌の置き方によって虹の幅や高さが変わってもいいし、広がり方や消え方ももっとバリエーションがあってもいいと思うわ」
「それから、さきほどナナエ様がおっしゃっぃたある特定の並べ方をしたときにだけ、特定のアクションが現れるというお話ですが……」

 セレンディアスがテーブルのドミノを三角形、四角形、円形に並べる。

「例えばですが、このように三角形に並べたときには星、四角形に並べたときにはクロスの光、円形に並べたときにはシャボン玉のような光が現れるというのはいかがでしょうか?」
「それはわかりやすくていいわね!」
「さらに、これも例えばですが図形の中にフォルテを二つ以上入れることで光の色が多色になるですとか、ピアノが三つ以上で光が旋回するといったアクションもいいのでは」
「面白いと思うわ。それらのアクションはすべてを公開しないで、どんなアクションが現れるのかやってみながら見つけてもらうのはどう?」
「なるほど! それは楽しいですね!」
「だから、魔法陣はこのように組み立てて……。つまり、単発的なアクションを組み込むのではなく、牌と牌の組み合わせによってアクションがおこる様にするのよ。連鎖反応が起こる組み合わせというのも面白いわ」
「連鎖反応、それはますますいいですね!」
「まってね、今組み合わせ表を作るわ」

 ホレイシオのアイデアからあっという間に、アイデアが広がっていく。
 ナナエとセレンディアスは頭を突き合わせ、紙に書いた表にあらゆる光のバリエーションを書きこんでいく。
 ラリッサとメローナは見慣れた様子でそのふたりを眺めていたが、ホレイシオは驚きながらふたりの作業を見ていた。
 ドミノ作りにおいて、ふたりはまさに右手と左手のように、互いの力を引き出し合っている。
 ながらく魔法研究所に勤めているホレイシオにはその相乗効果のすばらしさがよくわかった。
 ひととおり組み合わせ表ができると、奈々江はくるりとホレイシオを振り返った。

「ホレイシオ様からご覧になって、どこかまずいところはありますか?
 たとえば、このドミノの性能や、この光のバリエーションなどに相応しくないものはありますか?」
「ええと……、つまりどういうことでしょうか?」
「前回つくったEボックスという魔法アイテムは、その性能の一部に兵器に転用できそうな技術が含まれていたので破棄したのです。
 このドミノにはそういう技術を使わないように気を付けて作ってはいるのですが、音だけでなく、視覚的な光ともなると、そうした懸念が出てくるのではないかと。
 たとえば、国や地域によっては、光の形や現象に特定の意味を持っていたりすることがあるのではありませんか?
 あるいは、バリエーションの中に戦争や兵器を連想させてしまうものはないでしょうか?」
「ナナエ様はそのようなことまでお考えになっているのですか……」
「このドミノは人々の楽しみのために作るものですから、決して人々に苦しみや悲しみを引き起こすようなものにはなってほしくないんです」

 しばらく考えたあと、ホレイシオはうなづいた。

「そういうことなら、僕よりもふさわしい人物がいますので近いうちにご紹介しましょう。
 正直を申しまして、驚きました。
 ナナエ様は僕なんかよりはるかに魔法研究に向いておられる」
「そんなまさか」
「それから、販売に関してですが、これは僕の父ならばふさわしいつてを持っています。
 こちらも近いうちにお引き合わせいたしましょう」
「まあ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「でも、よろしいのですか?」

 ホレイシオがにわかに苦笑した。

「ブランシュ殿下を差し置いて、ナナエ様に商人を紹介したとあっては、王家への覚えが悪くなりそうなのですが……」
「あ……」

 言われてみればその通りだ。
 ブランシュ抜きでドミノの販売を進めるのはナナエにとっては悪くないが、やはりブランシュやファスタンがどう思うかを考えると、ホレイシオにとってはあまり好ましいこととはいえそうにない。

「とはいえ、我が家にとってこのような機会はめったにないのも事実。
 今ナナエ様にご恩を売っておけば、今後どれほどの利益が望めましょうか。
 貴族の中で立場を強くするには絶好の機会。
 どのようにふるまうべきか悩ましいですね……」
「ホレイシオ様、あの……」

 ホレイシオが賢明なまなざしをくれた。
 奈々江もようやくブランシュに対する折り合いをつける区切りがついた。
 どのみち王家や貴族間の立場や利権のあれこれを知らなすぎるナナエには、うまく立ち回ることなど無理だろう。
 無理を通して厄介の種を増やすのはまずい。

 目下の目的としては、ドミノ製造と販売の成功、そしてエレンデュラ王国にとって利になることを証明すること。
 そうした一連がまず穏便にいかなければ、グレナンデスからのアプローチがエレンデュラ王国に来たとしても、うまくいかないだろう。
 もはやなんの見所も力もない一介の姫君ではない。
 太陽のエレスチャルにせよ、音楽家にせよ、魔力にせよ、奈々江という存在がどういう存在でなにができるのかを明らかにしなければ、国家間の交渉などできるはずがない。
 むろん、奈々江を手ばなしたくないエレンデュラ王国と交渉するのは骨折りだろうが、グレナンデスはきっと動いてくれるはずだ。
 その兄を後押ししてくれるシュトラスもいる。

 それならば、奈々江に今できることといえば、その交渉ができるだけ円滑にいくように準備をし、心構えをしておくことだ。
 王家の面々と良好な関係をきずいておくこと。
 グランディア王国へ行った後も、ドミノの利益はエレンデュラ王国のものになると示しておくこと。
 実際のところはどう転ぶかわからないが、できるかぎり自分の優位や正当性は保っておくべきだろう。

「そうですわね、いったんブランシュお兄様に相談してみますわ」
「さようですね。もしそれでも必要とあらば、僕はいつでもお力になりますよ」

 そういうとホレイシオが部屋を出て行こうとするので、思い出したように奈々江は引き留めた。

「あの、そういえば、ホレイシオ様のご用件はなんでございましたか?」

 再びホレイシオが苦笑した。

「今はドミノに集中されたいでしょうから、いずれまた」
「あ、はい……。あの、ありがとうございました」

 ホレイシオが去った後に、奈々江ははっとした。

(そっか、きっとブレスレットの件だったんだわ……。
 ドミノのことに気をとられて、わたしすっかり忘れていた)

 振り返ると、ラリッサとメローナが、でしょうね、というように首をかしげて見せた。
 セレンディアスは気付いていないようなそぶりでいる。
 奈々江も今は、ドミノの事だけを考えるようにした。

「さあ、セレンディアス、つづきをやりましょう!
 形にして今度こそブランシュお兄様にお見せしなくては」
「はい、ナナエ様!」

 

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