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#3、 1人目の攻略キャラ、キュリオット師団長
しおりを挟む奈々江の叫びが草原に響き渡る。
その声もヒューゴの同じセリフに覆い尽くされるようにかき消される。
もうだめかもしれないと思っていたら、風が別の音を運んできた。
馬のひづめの音だ。
(あっ、援軍……! キュリオット師団長……!?)
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「た、助けて~!」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「ここよ~! 助けて~っ!」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
ダカカッと騎馬隊の進軍の音が止むと、草原にはグランディア王国の甲冑に身を包んだ兵士たちがずらりと並んだ。
その中央でひときわ立派な黒い甲冑の男が、これもまた他の馬より一回り大きな黒馬から降りてきた。
男は兜を外すと、端正な顔つきできびきびと頭を下げた。
「皇女様、御無事でしたか」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「キュリオット師団長! あなたが来てくれてよかった!」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「これは一体……?」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「ヒューゴが離してくれないの。あなたから離れるようにいってくれますか?」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
「そ、それは、なんたる無礼を……!」
「わたしたちの思いはひとつのはず!」
キュリオットは腰の剣柄に手をかけると、次の瞬間、けさがけに振り下ろした。
奈々江が息を吸う間もないくらいの早業だった。
ズシャ、と音を立てて、ヒューゴが崩れ落ちる。
「ひ、いっ!?」
「皇女様、さあこちらへ」
「……ど、どうして、ヒューゴを斬ったの……?」
「皇女様に不敬を働いたからです」
動かなくなったヒューゴの体を下に見て、キュリオットが奈々江を抱き寄せた。
なぜだろう。
その腕に抱かれると、嗅いだこともないのに色まで想像できそうな黒薔薇のような香りがする。
キュリオット師団長。
グランディア王国で名を馳せる若き軍師であり、天才的な剣士。
鍛え上げられた立派な体躯に、男らしい顎。
その一方で、黒の長い髪を風になびかせ、鋭くも流麗な目鼻立ち。
繊細さと強さを巧みに掛け合わせた美男。
人気イラストレーターが描いた”恋プレ”攻略キャラ、渾身の作。
その記念すべき一人目。
黒い薔薇を背負う美しき軍神、キュリオット師団長。
(う、うわあ……、スチルが生で見えるとは……。
でも、なんかキャラが違うような……。
隊律には厳しいけど、むやみに部下を切って捨てるなんてことはないはずなのに……)
恐る恐る上目に見上げると、突然キュリオットが顔をそむけた。
(え、なに……?)
「くっ、愛らしい……」
「え、なんて?」
「い、いえ……。失礼ながらこれを」
キュリオットが自分のマントを外す。
あれというまに奈々江は黒いマントに包まれ、当然のようにキュリオットの馬に乗せられた。
(あ、あれ? 確かシナリオでは兵士のひとりが馬を譲ってくれて、その兵士が馬を引いてくれて、城に帰るんだよね……)
「皇女様、私にしっかりと捕まっていてください」
「あ、はい……」
「皇女様が私のことをご存じだったとは、こんなにうれしいことはありません」
(……あ、そうか。シナリオでは主人公とキュリオットはこれが初対面なんだった。
あれ、でも、キュリオットは思慮深い性格で、簡単には相手に心を許さないキャラじゃなかった?
出会ったその日から、なんでこんなに距離が近いの?)
「私には古くから約束を交わした許嫁がおります」
(そういえば、そういう設定だったね)
「正式に婚約を解消します。暁には、私の求婚を受けてくださいますね?」
「は?」
思わず振り返って、キュリオットを仰ぎ見た。
すると、またもキュリオットが顔をそむける。
今気がついたが、キュリオットの耳が真っ赤に染まっているではないか。
(これ、まさか……?)
「くっ、なんと愛らしい……」
「えっ……!?」
(ちょっ、ちょっと待って? さっきからなに?
ヒューゴにしてもキュリオット師団長にしても、いきなりのデレ展開?
シナリオが完全に違うよ!?)
「求婚を受けてくださいますでしょうか?」
「ちょっと……、意味がわからない、っていうか、全然展開について行けないんですけど……」
怪訝な表情を隠さない奈々江に、キュリオットが満面の笑みで返す。
あたりに黒薔薇の香りとキラキラの光が散り舞う。
まさに乙女ゲームの世界。
それにしてもおかしい。
キュリオットのこんな笑顔は、好感度がそれなりに上がったルートの後半でしか出てこない。
いっていることも、序盤の展開にしてはありえなさすぎる。
とにかくおかしい。
(そ、そうだ! ラブゲージ!
これが”恋プレ”の夢なら、攻略キャラの好感度を示すラブゲージが見れるはずだよね……?
キュリオット師団長がこんな状態なら多分ゲージはマックスになっているはず。
でもどうやったら見られるの?)
包まれたマントの中で思いつく限り試してみる。
スマホの画面なら、コマンドボタンをタップすればいいが、今はそれがない。
あたりを見渡してみたり、呼びかけてみたり、指を鳴らしてみたり、手を叩いてみたりした。
しかし、まったくそれらしいものは現れない。
「ふふっ……、照れ隠しに拍手で応えるとは、なんともいじらしい……」
「えっ、えっ!? ち、違うから!」
「わかりました。婚約解消を急ぎます」
「わ、わかってない~っ!」
城までの帰路、奈々江とキュリオットの会話はかみ合わないまま続くのだった。
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