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36 真情
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特別な出来事があって想いに到達したわけではない、唐突に気持ちを明かしてもよいものかと南方はためらう。
だが迷わず告げれば、大我の笑顔が見られるのではないか。
慣れない行為にためらいながらも、彼の反応に期待がつのり、南方は、口を開いた。
「僕が、白石のことを好きになったよって、言ったら」
異常に気が張り、一呼吸置く。
「きみは、……喜んでくれるかな」
言葉を絞り出してようやく、大我を見やった。
下唇をかみ目を見開いた大我は、しばらく無言だった。
目をしばたかせ、自分を見つめたまま慎重に、返す。
「みなちゃんは俺より、石越さんと付き合ったほうがいいよ」
思わぬ言葉に、だいぶ決死の覚悟をした南方は拍子抜けした。
喜ぶどころか、反発した和真の名を挙げるなんて。
「あの、さぁ。和真とはそういう関係じゃないし、白石は僕がきみを好きになればそれでいい感じじゃ、なかったのかな?」
付き合ってはならない決まりがあっても無視をしろと言ったし、先日は南方だけを好きになるから自分だけを好きになれと一方的に求めている。
大我は、目をふせる。
「石越さんがみなちゃんとこ好きなんだって思ったの、間違いじゃなかったからね」
今日和真の職場で話の場があったのだろうか。
このタイミングでなにを話したのかと、南方は和真をやや恨めしく思う。
気力のない様子で、大我が再びこちらをうかがう。
「石越さんはみなちゃんのこといろいろ考えて、助けてくれたりするんだよ、きっと。でも俺なんか」
そこで思いつめたような瞳を震わせ、顔をふせる。
涙を浮かべるときの、表情。
「みなちゃんに、迷惑かけることしかできないし」
みずからを否定する大我が、南方は微笑ましかった。
愛念を持てるようになりたいとほのかに願いはじめ、それを持つことがどうしてか難しいと感じると苦しさすらおぼえたというのに。
心がゆるやかに動かされようやく願いがかなうと思ったとき、最後にそれをさえぎったのは、以前より大人になった大我自身だった。
一方的に想いを強いず、相手の気持ちをくんだり、みずからをかえりみる。
「ねえ、和真が僕のことを好きだったのは聞いたけど、僕が和真にそう思ったことはないからね」
「でも俺より、あの人にしたほうがいいから」
あんなに反発していたのに、きっと自分同様和真を信頼しはじめたのだろう。
理解してくれたことに、安心する。
「確かに和真はなんでも解決してくれるけど、僕が和真に対してできることは、そんなにないから」
自分が和真ではなく大我を欲した理由はここなのだと、認識する。
「白石は和真と違って愛情をはっきり示して僕を必要としてくれるから。僕は必要とされることで満たされる部分があるからね。それに白石のその愛情がね、僕にとって心地のいいものだって、感じる」
顔を上げた大我は、どうにか涙をこらえているようだった。
「けどさ、俺がここに住んでたら、みなちゃん団地の人に悪く思われるかも知れない。それもわからないで俺、ここに居座ろうとして……」
和真に忠告でもされたのだろうか。
言われてはじめて、考える。
すぐに、心配するようなことはないと思いいたった。
「それはね、たぶん大丈夫。最近白石のおかげで、『さすが圭紀くんの生徒さん』ってね、白石と一緒に僕まで褒められるんだ。もしこの先悪く言われるようなことがあったなら、僕は悪く言うほうが間違っているって考える」
それでも、大我は納得しなかった。
「俺、子どもっぽいだろ。みなちゃんには、釣り合わない」
未熟な彼のどこがよいものか説明しないと、納得してもらえないようだ。
気恥ずかしいができる限り説明しようと、大我を見つめて浮かぶ想いを言葉にする。
「そうだね、子どもっぽいところは、僕はいいなって思うよ。白石の人を好きになる気持ちは子どものように無邪気で、僕もきみに純粋に想われていることが、嬉しいんだ」
華やかな容姿をしているのに、過去に一度感じた悪ずれした印象は今は微塵もなく、白い肌に端正な顔立ちが今は愛おしく見える。
「それと白石は、僕の期待にこたえてくれるから」
次に浮かんだ想いを素直に述べると、静かに大我が聞いてくる。
「なんかしたっけ?」
思い当たることはないのだろうか。
自分が大我によって与えられたものは、いくつもあるというのに。
「きみが高校のときに、やる気のない生徒がやる気を出してくれるようにって僕は苦手なことを無理してやっていたんだけどね。白石は僕のテスト、いつも九十点以上取ってくれていたよ」
やる気を出してくれた生徒は大我だけではなかったが、大我は成果をあげた上で、自分の存在を評価してくれた。
「あとはね、生徒に情を持って接する方法を学びたいって言ったでしょう。白石と過ごして、経験や知識から助言するんじゃなくて、相手を把握してから相手の立場で考えればいいのかなって、わかったし」
生徒に対して一般的な助言をすることを、南方は即座にやめた。
言葉を探そうとすると意欲的に相手を知ろうという意思が生まれ、以前よりも適切な指導ができるようになった気がする。
「それと、僕は人を愛することができない人間だったのにね。きみを見ていたら、純粋に自分の気持ちに気づいて伝えるだけでいいんだって、思えた」
結果、南方が素直な思いで自分に好意を持ってくれたのだと、大我は理解することはできたが、感情がすぐには動かなかった。
「なんかね、信じられない気分なんだよね。みなちゃんいつもと、かわんないんだもん」
呆然と思ったままを口にすると、南方は少し困ったように笑って、席を立ち、歩み寄ってきた。
手を差し伸べられ、その手を取り立ち上がると、間近で見つめられる。
身長はほぼ同じだと思っていたが、わずかに南方のほうが高い。
「説明が長かったかな。白石を待たせすぎた気もするしね」
南方は向き合ったまま、自分の背中に両手を回し、身体を寄せる。
「喜んではもらえないのかな? 白石ががんばったから、僕は白石になびいたんだよ」
南方は緊張気味に優しく微笑むと、自分に柔らかく唇を重ねた。
以前の口づけより、少し長く感じた。
ゆっくりと唇が離れると、南方は緊張が解けた表情で静かにこちらを見すえる。
おだやかな眼差し、心地よい響きをつむぐ愛しい口もと。
接する胸部と腕の温もり。
これは自分を元気づけたいという優しさからの抱擁とは違う、高校の時分からずっとずっと欲しかったもの。
そう理解すると、やっと感激が胸にせまった。
「俺ここに来てから、なにもがんばってない。みなちゃんに優しくしてもらっただけ」
抱きしめてももう、困られることはないのだろうか。
南方の首に腕を回し、彼の肩口に頭部を預け、まだはき出し足りない弱音をはいた。
「ならここに来る前かな。小さなころから、たくさんがんばったんだろうね」
身体に響く南方の声は、やはり優しく心地よかった。
今までのすべてが、無駄ではないのだと思いたかった。
最後の気兼ねを、口にする。
「そんなにがんばってない。悪いことも、たくさんした」
がんばりよりも、裏切りの比率が大きい。
それでも南方は、自分を抱きしめ、背中をなでてくれた。
「人間なんだから間違いもあるでしょう。これからは間違っていたら、僕が白石に説教するよ、きみに立派な人になって欲しいから」
間違っても、嫌う前に説教をしてくれるということ。
不安に思うことは、ないのかも知れない。
これからもきっと、南方はこうやって自分を安心させてくれる。
南方が、言葉を継ぐ。
「かわりに僕の間違いも正して欲しい。一緒に、立派になれたらいいね」
一緒という言葉に、いっそう安らぐ。
一方的ではない。
自分も南方の、力になれる。
たくさんの言葉をくれた南方に、なんと言葉を返せばよいだろう。
考えようとしたが、ただただ大きく深い単純な気持ちが胸を占めている。
それを伝えるだけで精一杯であるし十分だろうと、大我は彼の肩口から、耳打ちした。
「俺、みなちゃんのこと、ホント好きだよ」
だが迷わず告げれば、大我の笑顔が見られるのではないか。
慣れない行為にためらいながらも、彼の反応に期待がつのり、南方は、口を開いた。
「僕が、白石のことを好きになったよって、言ったら」
異常に気が張り、一呼吸置く。
「きみは、……喜んでくれるかな」
言葉を絞り出してようやく、大我を見やった。
下唇をかみ目を見開いた大我は、しばらく無言だった。
目をしばたかせ、自分を見つめたまま慎重に、返す。
「みなちゃんは俺より、石越さんと付き合ったほうがいいよ」
思わぬ言葉に、だいぶ決死の覚悟をした南方は拍子抜けした。
喜ぶどころか、反発した和真の名を挙げるなんて。
「あの、さぁ。和真とはそういう関係じゃないし、白石は僕がきみを好きになればそれでいい感じじゃ、なかったのかな?」
付き合ってはならない決まりがあっても無視をしろと言ったし、先日は南方だけを好きになるから自分だけを好きになれと一方的に求めている。
大我は、目をふせる。
「石越さんがみなちゃんとこ好きなんだって思ったの、間違いじゃなかったからね」
今日和真の職場で話の場があったのだろうか。
このタイミングでなにを話したのかと、南方は和真をやや恨めしく思う。
気力のない様子で、大我が再びこちらをうかがう。
「石越さんはみなちゃんのこといろいろ考えて、助けてくれたりするんだよ、きっと。でも俺なんか」
そこで思いつめたような瞳を震わせ、顔をふせる。
涙を浮かべるときの、表情。
「みなちゃんに、迷惑かけることしかできないし」
みずからを否定する大我が、南方は微笑ましかった。
愛念を持てるようになりたいとほのかに願いはじめ、それを持つことがどうしてか難しいと感じると苦しさすらおぼえたというのに。
心がゆるやかに動かされようやく願いがかなうと思ったとき、最後にそれをさえぎったのは、以前より大人になった大我自身だった。
一方的に想いを強いず、相手の気持ちをくんだり、みずからをかえりみる。
「ねえ、和真が僕のことを好きだったのは聞いたけど、僕が和真にそう思ったことはないからね」
「でも俺より、あの人にしたほうがいいから」
あんなに反発していたのに、きっと自分同様和真を信頼しはじめたのだろう。
理解してくれたことに、安心する。
「確かに和真はなんでも解決してくれるけど、僕が和真に対してできることは、そんなにないから」
自分が和真ではなく大我を欲した理由はここなのだと、認識する。
「白石は和真と違って愛情をはっきり示して僕を必要としてくれるから。僕は必要とされることで満たされる部分があるからね。それに白石のその愛情がね、僕にとって心地のいいものだって、感じる」
顔を上げた大我は、どうにか涙をこらえているようだった。
「けどさ、俺がここに住んでたら、みなちゃん団地の人に悪く思われるかも知れない。それもわからないで俺、ここに居座ろうとして……」
和真に忠告でもされたのだろうか。
言われてはじめて、考える。
すぐに、心配するようなことはないと思いいたった。
「それはね、たぶん大丈夫。最近白石のおかげで、『さすが圭紀くんの生徒さん』ってね、白石と一緒に僕まで褒められるんだ。もしこの先悪く言われるようなことがあったなら、僕は悪く言うほうが間違っているって考える」
それでも、大我は納得しなかった。
「俺、子どもっぽいだろ。みなちゃんには、釣り合わない」
未熟な彼のどこがよいものか説明しないと、納得してもらえないようだ。
気恥ずかしいができる限り説明しようと、大我を見つめて浮かぶ想いを言葉にする。
「そうだね、子どもっぽいところは、僕はいいなって思うよ。白石の人を好きになる気持ちは子どものように無邪気で、僕もきみに純粋に想われていることが、嬉しいんだ」
華やかな容姿をしているのに、過去に一度感じた悪ずれした印象は今は微塵もなく、白い肌に端正な顔立ちが今は愛おしく見える。
「それと白石は、僕の期待にこたえてくれるから」
次に浮かんだ想いを素直に述べると、静かに大我が聞いてくる。
「なんかしたっけ?」
思い当たることはないのだろうか。
自分が大我によって与えられたものは、いくつもあるというのに。
「きみが高校のときに、やる気のない生徒がやる気を出してくれるようにって僕は苦手なことを無理してやっていたんだけどね。白石は僕のテスト、いつも九十点以上取ってくれていたよ」
やる気を出してくれた生徒は大我だけではなかったが、大我は成果をあげた上で、自分の存在を評価してくれた。
「あとはね、生徒に情を持って接する方法を学びたいって言ったでしょう。白石と過ごして、経験や知識から助言するんじゃなくて、相手を把握してから相手の立場で考えればいいのかなって、わかったし」
生徒に対して一般的な助言をすることを、南方は即座にやめた。
言葉を探そうとすると意欲的に相手を知ろうという意思が生まれ、以前よりも適切な指導ができるようになった気がする。
「それと、僕は人を愛することができない人間だったのにね。きみを見ていたら、純粋に自分の気持ちに気づいて伝えるだけでいいんだって、思えた」
結果、南方が素直な思いで自分に好意を持ってくれたのだと、大我は理解することはできたが、感情がすぐには動かなかった。
「なんかね、信じられない気分なんだよね。みなちゃんいつもと、かわんないんだもん」
呆然と思ったままを口にすると、南方は少し困ったように笑って、席を立ち、歩み寄ってきた。
手を差し伸べられ、その手を取り立ち上がると、間近で見つめられる。
身長はほぼ同じだと思っていたが、わずかに南方のほうが高い。
「説明が長かったかな。白石を待たせすぎた気もするしね」
南方は向き合ったまま、自分の背中に両手を回し、身体を寄せる。
「喜んではもらえないのかな? 白石ががんばったから、僕は白石になびいたんだよ」
南方は緊張気味に優しく微笑むと、自分に柔らかく唇を重ねた。
以前の口づけより、少し長く感じた。
ゆっくりと唇が離れると、南方は緊張が解けた表情で静かにこちらを見すえる。
おだやかな眼差し、心地よい響きをつむぐ愛しい口もと。
接する胸部と腕の温もり。
これは自分を元気づけたいという優しさからの抱擁とは違う、高校の時分からずっとずっと欲しかったもの。
そう理解すると、やっと感激が胸にせまった。
「俺ここに来てから、なにもがんばってない。みなちゃんに優しくしてもらっただけ」
抱きしめてももう、困られることはないのだろうか。
南方の首に腕を回し、彼の肩口に頭部を預け、まだはき出し足りない弱音をはいた。
「ならここに来る前かな。小さなころから、たくさんがんばったんだろうね」
身体に響く南方の声は、やはり優しく心地よかった。
今までのすべてが、無駄ではないのだと思いたかった。
最後の気兼ねを、口にする。
「そんなにがんばってない。悪いことも、たくさんした」
がんばりよりも、裏切りの比率が大きい。
それでも南方は、自分を抱きしめ、背中をなでてくれた。
「人間なんだから間違いもあるでしょう。これからは間違っていたら、僕が白石に説教するよ、きみに立派な人になって欲しいから」
間違っても、嫌う前に説教をしてくれるということ。
不安に思うことは、ないのかも知れない。
これからもきっと、南方はこうやって自分を安心させてくれる。
南方が、言葉を継ぐ。
「かわりに僕の間違いも正して欲しい。一緒に、立派になれたらいいね」
一緒という言葉に、いっそう安らぐ。
一方的ではない。
自分も南方の、力になれる。
たくさんの言葉をくれた南方に、なんと言葉を返せばよいだろう。
考えようとしたが、ただただ大きく深い単純な気持ちが胸を占めている。
それを伝えるだけで精一杯であるし十分だろうと、大我は彼の肩口から、耳打ちした。
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