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7 当惑
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南方が明日のコンクール県大会についての連絡事項を伝えると、その日の部活動が終了した。
ラジオ番組部門とアナウンス部門の泉が予選を通過し、明日入賞すれば全国大会に出場できる。
社会科資料室で南方が明日の準備をしていると、ノックをして大我が姿を見せた。
話を聞くと言ったが、部活動後は泉と下校しているようで、父親の話を聞いてからこの部屋を訪ねてきたのは初めてだった。
「みなちゃん携帯番号教えて。泉が個人情報だから本人に聞けだって」
転部してきた大我以外の部員には既に教えてある。
明日は校外、市民会館に集合で、緊急時のために連絡先が必要であると泉が気づいたのだろう。
もしくは、大我と話ができるよう気を利かせたか。
デスクに置いたスマートフォンで自身の連絡先を開き隣のデスクに置くと、既に隣の椅子に座っていた大我が早速登録を始める。
すぐにスマートフォンから未登録の番号で呼出音が鳴り、ワンコールで切れた。
「放送部入ってよかった」
いたずらな表情を浮かべる大我に、南方もどこか安心する。
家でなにか不穏な事態が起きたとき、連絡を寄越してくれるのではないか。
南方は先日、大我の担任に大我の家庭について相談した。
母親は問題があるようには見えず、大我について注意すべき点も特に伝えられていないらしい。
泉にも、自分は父親の代わりを求められているようだと口実をつけて尋ねたが、父親とは会ったことがなく、母親は担任同様普通だと言う。
ただ、他の友人の家でゲームに興じていた際、乱入してきた友人の父親を酷く羨ましがったそうだ。
部活動の顧問である自分に口出しできる家庭の事情はない。
だが、触れてはいけない部分も見当たらない。
「最近、家ではどうなの?」
差し障りのないよう大まかに問うと、大我はつまらなさそうに椅子を回転させて後ろを向いた。
「なにも。諦めてるって言った」
機嫌を損ねたかと思ったが、大我はそのまま椅子を滑らせ、立って作業をしていた南方の横に移動して、その腰に抱きついた。
「でも、気にしてくれたのは嬉しい」
男子生徒が冗談で抱きついてくることは稀にあるのだが、大我は自分と恋人になりたいと言っている。
南方は気恥ずかしいような申し訳ないような気分で制止しようとしたが、この子は愛情を欲しているのだと思い直すと引き剥がすわけにはいかず、戸惑いながらそのまま立ち尽くした。
「僕さ、白石になにか特別優しくとかしたかな?」
授業の後で時折他愛のない会話をして、朗読の原稿を頼まれて読んだ。
その程度で告白などするだろうか。
白石は南方の脇腹に顔を埋めながら呟く。
「みなちゃん、授業するのだるそうだから」
質問の答えとはかけ離れたことを言う。
自分は生まれ持った性質なのか、普通にしていてもそのように見られてしまう。
生徒にそのように受け取られるのはまずいのではないかと、南方は行動を少しでも改めようと決意する。
「だるいわけじゃないんだけど、いつもやる気ないように見られるんだよね」
「俺もだるいからちょうどいい」
「え、そうなの?」
行動を改める必要はないのだろうか。
一生徒の意見では判断できない。
南方が逡巡すると、大我が自身を抱きしめる腕に力が込められた気がした。
「ん。あとね、だるそうなのに、みんなの話、全部優しい顔で聞いてるし」
南方は常々、威厳のある教師との上下関係も必要だが、横並びの関係があっても良いのではないかと考えていた。
威厳は他の教師に任せ、自分は対等を目指したい。
それを心地よく感じてもらえるなら、それは嬉しいことである。
しかし。
多少の甘えは許すつもりだが、さすがにこれは、教師と生徒の域を超えてはいないか。
大我の腕が解かれない。
「部活の原稿、読むの嫌そうだったのに、本気で読んでくれたし」
朗読は見本など見せる自信がなかったので、授業とは違って本当にやる気がなかった。
読まねば解放されないと感じて、仕方なく読んだだけなのだが。
「あのときのみなちゃんの声、すごく好き」
自分の身体に響く距離から気怠く届くその言葉に、南方は息を呑んだ。
できる限りの平常心を装って、大我の肩に、手をかける。
「うん、そろそろ離れようか。コーヒー飲む?」
単に朗読を褒められただけだというのに、なぜ自分は動揺しているのか。
「飲む」
ようやく大我が眠たげに身体を離したので、南方は部屋の片隅のシンクに向かった。
大我の言葉は多少要領を得なかったが、過去の言葉を受けて南方は漠然と解釈した。
大我の父親は、『父親』という任務を放棄している。
南方は『日本史教師』や『顧問』の任務を、やる気がないからといって放棄せず、相手のために尽力する。
慢心だが、そこに惚れたと言いたいのではないか。
ふと、泉の言葉を思い出す。
大我には、人を見る目がある。
いや、最も蘇った言葉は。
大我を好きになりそうで、困っている。
なぜ今、この言葉を思い出すのか。
自分には全く、関係がない。
使い捨てのカップでコーヒーを出すと、大我は砂糖一つととミルク二つを投入して、冷ますようにしばらくマドラーで掻き回す。
南方は大我が打算して会話しているのではないかと、わずかに考える。
泉に対しても嫉妬させようとして、あえて彼の目の前で他人に告白しているのではないか。
しかしこれが大我の純粋な行動だとしたら、そう思うことは申し訳が立たない。
判断に迷うが、それでも大我は、自分を理解してくれている。
深く考えずに彼の言葉を受け取って、感謝はするべきではないか。
「授業で面白いこと言うのは、あまり得意じゃないんだよ。だるいフリして、照れ隠しはしてるかも知れない」
南方は自分のデスクに掛けて、ブラックのコーヒーを口にする。
大我もコーヒーに口をつける。
「そーなの? だるいから好きでどーでもいい話してんだと思った」
「え、どうでもいい?」
「でも好きだよ」
南方はその言葉がなにを指してのことなのか考えあぐねて、わずかに当惑する。
それを隠すように、苦笑した。
大我は周囲を観察した上で身勝手をする、どうにもたちの悪い生徒のようだ。
観察できるのなら、自分の父親の良心的な部分を見抜くことはできないのだろうか。
彼の目で見た上で、見限ったのか。
期待が大き過ぎて、見えなくなっているのか。
教師としての情を、大我は受け止めてくれている。
それだけでは、やはり足りないのだろうか。
ラジオ番組部門とアナウンス部門の泉が予選を通過し、明日入賞すれば全国大会に出場できる。
社会科資料室で南方が明日の準備をしていると、ノックをして大我が姿を見せた。
話を聞くと言ったが、部活動後は泉と下校しているようで、父親の話を聞いてからこの部屋を訪ねてきたのは初めてだった。
「みなちゃん携帯番号教えて。泉が個人情報だから本人に聞けだって」
転部してきた大我以外の部員には既に教えてある。
明日は校外、市民会館に集合で、緊急時のために連絡先が必要であると泉が気づいたのだろう。
もしくは、大我と話ができるよう気を利かせたか。
デスクに置いたスマートフォンで自身の連絡先を開き隣のデスクに置くと、既に隣の椅子に座っていた大我が早速登録を始める。
すぐにスマートフォンから未登録の番号で呼出音が鳴り、ワンコールで切れた。
「放送部入ってよかった」
いたずらな表情を浮かべる大我に、南方もどこか安心する。
家でなにか不穏な事態が起きたとき、連絡を寄越してくれるのではないか。
南方は先日、大我の担任に大我の家庭について相談した。
母親は問題があるようには見えず、大我について注意すべき点も特に伝えられていないらしい。
泉にも、自分は父親の代わりを求められているようだと口実をつけて尋ねたが、父親とは会ったことがなく、母親は担任同様普通だと言う。
ただ、他の友人の家でゲームに興じていた際、乱入してきた友人の父親を酷く羨ましがったそうだ。
部活動の顧問である自分に口出しできる家庭の事情はない。
だが、触れてはいけない部分も見当たらない。
「最近、家ではどうなの?」
差し障りのないよう大まかに問うと、大我はつまらなさそうに椅子を回転させて後ろを向いた。
「なにも。諦めてるって言った」
機嫌を損ねたかと思ったが、大我はそのまま椅子を滑らせ、立って作業をしていた南方の横に移動して、その腰に抱きついた。
「でも、気にしてくれたのは嬉しい」
男子生徒が冗談で抱きついてくることは稀にあるのだが、大我は自分と恋人になりたいと言っている。
南方は気恥ずかしいような申し訳ないような気分で制止しようとしたが、この子は愛情を欲しているのだと思い直すと引き剥がすわけにはいかず、戸惑いながらそのまま立ち尽くした。
「僕さ、白石になにか特別優しくとかしたかな?」
授業の後で時折他愛のない会話をして、朗読の原稿を頼まれて読んだ。
その程度で告白などするだろうか。
白石は南方の脇腹に顔を埋めながら呟く。
「みなちゃん、授業するのだるそうだから」
質問の答えとはかけ離れたことを言う。
自分は生まれ持った性質なのか、普通にしていてもそのように見られてしまう。
生徒にそのように受け取られるのはまずいのではないかと、南方は行動を少しでも改めようと決意する。
「だるいわけじゃないんだけど、いつもやる気ないように見られるんだよね」
「俺もだるいからちょうどいい」
「え、そうなの?」
行動を改める必要はないのだろうか。
一生徒の意見では判断できない。
南方が逡巡すると、大我が自身を抱きしめる腕に力が込められた気がした。
「ん。あとね、だるそうなのに、みんなの話、全部優しい顔で聞いてるし」
南方は常々、威厳のある教師との上下関係も必要だが、横並びの関係があっても良いのではないかと考えていた。
威厳は他の教師に任せ、自分は対等を目指したい。
それを心地よく感じてもらえるなら、それは嬉しいことである。
しかし。
多少の甘えは許すつもりだが、さすがにこれは、教師と生徒の域を超えてはいないか。
大我の腕が解かれない。
「部活の原稿、読むの嫌そうだったのに、本気で読んでくれたし」
朗読は見本など見せる自信がなかったので、授業とは違って本当にやる気がなかった。
読まねば解放されないと感じて、仕方なく読んだだけなのだが。
「あのときのみなちゃんの声、すごく好き」
自分の身体に響く距離から気怠く届くその言葉に、南方は息を呑んだ。
できる限りの平常心を装って、大我の肩に、手をかける。
「うん、そろそろ離れようか。コーヒー飲む?」
単に朗読を褒められただけだというのに、なぜ自分は動揺しているのか。
「飲む」
ようやく大我が眠たげに身体を離したので、南方は部屋の片隅のシンクに向かった。
大我の言葉は多少要領を得なかったが、過去の言葉を受けて南方は漠然と解釈した。
大我の父親は、『父親』という任務を放棄している。
南方は『日本史教師』や『顧問』の任務を、やる気がないからといって放棄せず、相手のために尽力する。
慢心だが、そこに惚れたと言いたいのではないか。
ふと、泉の言葉を思い出す。
大我には、人を見る目がある。
いや、最も蘇った言葉は。
大我を好きになりそうで、困っている。
なぜ今、この言葉を思い出すのか。
自分には全く、関係がない。
使い捨てのカップでコーヒーを出すと、大我は砂糖一つととミルク二つを投入して、冷ますようにしばらくマドラーで掻き回す。
南方は大我が打算して会話しているのではないかと、わずかに考える。
泉に対しても嫉妬させようとして、あえて彼の目の前で他人に告白しているのではないか。
しかしこれが大我の純粋な行動だとしたら、そう思うことは申し訳が立たない。
判断に迷うが、それでも大我は、自分を理解してくれている。
深く考えずに彼の言葉を受け取って、感謝はするべきではないか。
「授業で面白いこと言うのは、あまり得意じゃないんだよ。だるいフリして、照れ隠しはしてるかも知れない」
南方は自分のデスクに掛けて、ブラックのコーヒーを口にする。
大我もコーヒーに口をつける。
「そーなの? だるいから好きでどーでもいい話してんだと思った」
「え、どうでもいい?」
「でも好きだよ」
南方はその言葉がなにを指してのことなのか考えあぐねて、わずかに当惑する。
それを隠すように、苦笑した。
大我は周囲を観察した上で身勝手をする、どうにもたちの悪い生徒のようだ。
観察できるのなら、自分の父親の良心的な部分を見抜くことはできないのだろうか。
彼の目で見た上で、見限ったのか。
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教師としての情を、大我は受け止めてくれている。
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