雨宿りはしない

リヴァイヴ

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私が住んでいるのは建造百年を超えた古い家屋だった

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 家の中は静まりかえっていた。今時引き戸タイプの一戸建など珍しいだろうが、この家は僕の曾祖父の代から引き継いだ筋金入りの古屋なのである。誰も僕を迎えるものはいないが、それは僕でこの家が潰えるからだ。親戚もおらず、両親が他界しているだけにこの家は適切な管理をされているといえず、僕はただ空いている家に寄生する空き巣のようにここで暮らしているのだ。そういう意味では、誰が入っていても構わないが、不思議と利用する者はいない。わかっているのだろう、不吉な家であると。この家に住む者は潰える。家の二階にある書斎の中には古い金庫があり、その中に保管されている書物には「この家に関わる者は潰える」との文言が書かれていた。僕は自身の境遇を嘆く日々を送っていたこともあったが、この書物を目にして以降、まるで正しい道に置き直されたマリオカートのように、ただただエンジンを回す日々に戻ったのだった。
 なんてことはない。もう僕一人で過ごして五年になる。生活に必要な術は最低限持ってはいるが、家の補修や手続きのことなど僕にはわからない。だからいつ役所の人間が来て、ここを退去しろと言われても、あぁそうなんだ、という言葉しかでてこない。僕の家、というには僕は自分が幼いことを自覚していた。学校での扱いなど僕からすれば心を洗う温水のようなものだ。この家に比べれば。この家は冷たい。まるで地球上から切り取られた地図のように、ここになにがあるか、みんなわからないだろう。文字通り、何もないのだから、理解のしようもない。
 そんな場所を館呼ばわりするこのモノクルはいったい何者なのだろう。館であるわけがないのだ。この五年間という月日を僕は確かに一人で過ごしたのだから。
「ううむ、お嬢様。鬱屈としていけませんぞ。すべてはここからでございます。お嬢様が戻ったからには、この館はかつての栄華を取り戻すことでしょう!!」
 おめでたモノクル。そのガラスをかち割ってやろうか。つい、本音が顔をもたげる。ここが外ではないからかも知れない。
「・・・・・・爺さん、ここは好きに使っていいから、僕には構わないでくれ。だけどいつ追い出されても文句は言わないでくれよ」
「なんと。お嬢様はこの館を売り払うおつもりか!?」
「そうじゃないよ。僕にはこの家がなんなのかわからないんだ。自分でも誰の所有なのか、ここを使っていていいのか、よくわからないんだ」
 どこから自信が湧いてくるのか、モノクルは歳に見合わずどんと拳で胸を叩き、背筋を伸ばした。
「心配ございません。ここは間違いなくお嬢様の館でございますから」
「へぇへぇ。そうだな。よかったよ」
 僕は返事もほどほどに玄関へと上がった。玄関からは左に通路、右に階段があり、左の通路をまっすぐいけばその先に居間や浴室がある。居間から先はおよそ十畳ほどの広い部屋が三つあり、すべて襖とガラス戸によって仕切られている。ちょうど居間に面するように部屋は並んでいるが、南東の方角には二十平米ほどの庭があり、軒下で休めるように出窓のようなものが居間に面した部屋からは飛び出た形をしている。きちんと手入れされていれば些か趣のある風景にもなっただろう。
「いいか、まっすぐいくとお風呂。その手前右側にある扉がトイレ、左は居間で奥に台所がある。食べ物はそこから自由にとっていい。二階は一番右奥が僕の部屋。残りの三つの空いている部屋は好きに使ってくれていい」
「やや。ありがとうございますお嬢様」
 なんだよ。ここに仕えていたんじゃないのかよ。
 僕は頭のとち狂った初老の男を玄関に残し、玄関右側の階段を上った。古い木材は建造百年を超える軋みを鳴らし、僕の身体を地上から離していく。何度か崩れた、という話を昔親から聞いたことがあったが、その度使える木材は繰り返し使われたそうだ。やけに家が現実離れしているのも、そんな木材を使っているからかも知れない。とにかく僕が使っている間は、崩れないでほしいものだ。壊れてしまえば、僕にはそれを直す術がない。
 僕は右奥、自分の部屋の扉を開け、ベッドの上にスクールバッグを放り投げ、そこに自分の身も投げた。

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