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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

80 餞別⑤ 常識

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 私がリース男爵夫妻の発言を咎めることも制止することもしなかったことで、リース男爵夫妻は私から発言を許されたと都合よく解釈してしまったようだ。

 「あたし達だってあの子達を愛してる!愛しているからここまで育ててきたのよ‼それとは別に子が親へ恩返しするのは社会的に当然のことでしょ!?あたしたちは何も間違ったことは言っていないわ!」

 「僕達にも我が子への愛情はもちろんあるさ!それでも、愛されているからと言って恩返しの必要が無くなるわけではない。僕達はただ子に対して最低限の義務を果たすように求めているだけだ。恩返しに『愛』なんて関係無い!」

 リース男爵夫妻は必死になって私の言葉を否定し、自分たちの正当性を主張する。
 親失格の烙印を押されてしまえば、親という立場を利用してジルコニアスとマルグリットからこれ以上搾取できなくなってしまうからなりふり構っていられないようだ。

 約束した相手が約束を破って好き勝手に振る舞っているので、これはもう先ほどの取引は破棄されたと見なしていいだろう。
 感情的に暴走し始めてしまったので、取引をちらつかせてももう黙らせることは難しそうだ。

 「そのように我が子に恩返しを要求する思考はまるで奴隷商人か奴隷の主人のようですね」

 私はリース男爵夫妻を利用することに決めて煽ることにした。

 「詐欺師の次は奴隷商人や奴隷の主人だなんて酷いわ!!その上あの子達まで奴隷扱いするの!?」

 「僕達を侮辱するのはいい加減やめてもらおうか!我が子まで奴隷と言われては黙ってはいられないぞ!!」

 リース男爵夫妻はさらに感情的になりながらも、自分達に不利な論点をすり替えて自分達に有利になるように的外れな批判をしてきた。

 「自分の子を奴隷扱いしているのは私ではなくあなた達です。私はあなた達が自分の子を奴隷扱いしていると言っているのですよ。子どもから恩返しと称して親である自分達が利益を得ようとうする考え方は、奴隷を育てて売却したり奴隷を買って使役することで自分がかけた労力や費用の元を取った上で利益を得ようとする奴隷商人や奴隷の主人と同じ考え方です。そこに愛はありません。あるのは損をしたくないという恐怖心、せめて元だけでも取りたいという意地汚さ、利益を得たいという欲望だけです。自分の子を人間ではなく道具や商品や家畜のように見て扱っているのはあなた達です」

 「──そ、そんなことはしていないわ!ちゃんと自分の子どもとして愛して育ててきたのよ。あんなに立派に大きくなれたのはあたし達のおかげでしょう?!あたしが産んであげたのだから、産んでもらったことに感謝するのは当然のことよ!あそこまで育ててあげたのだから、それに感謝するのも当然のことよ!!何も感謝しないなんてそれこそ恩知らずじゃないの!?」

 「僕達は我が子を奴隷として見たことも扱ったことも無い!何も知らないのに分かったような口をきかないでもらおうか。僕達がジルコニアスの父と母であることもあの子達を育ててきたことも事実だ。そのことに恩を感じるのなら親に何も言われなくても自分から恩を返すのが子として当然のことだろう?」

 リース男爵夫妻は絶対に自分達の過ちを認めることはない。自分達の正しさだけを主張して私を貫こうとしてくる。

 私はそれに真っ向から対峙して、弾き返す。

 「『育ててあげた恩』とは親の立場にいる人間の単なる義務です。親は子を愛する愛していないに関わらず親としての義務を果たさなければなりません。だから、それは恩返しを要求できる行為ではありません。子が親のために犠牲になる義務はどこにも存在しません。子は親へ利益をもたらすために存在している道具ではありません。そして、『産んであげた恩』なんてものは存在しません。子ができたのはあなた方の行為の結果であって、子が自ら望んだことではありません。子が産まれたのは子の意思が全く関係していないあなた方の行為の結果のその果てです。自分達の行為の結果の責任を本人が取るのは当然のことです。親が子に恩を売っていると考えること自体が根本的に間違っています」 

 私は冷静に淡々とリース男爵夫妻の主張を叩き斬って打ち返した。

 その態度と言葉はリース男爵夫妻の感情の火に油を注いでしまったようだ。

 「──あなたには分からないのよ!孤児院で育った親のいないあなたに親子の何が分かると言うの!?子は親に従うべきなのよ。当たり前でしょう?!あたしが産んであげなければこの世に存在しなかったのだから!親は子にとっては神にも等しい存在として敬われるべきなのよ!!」

 「そうだ!親を敬うのは子として当たり前のことだ。親を大切にするのも、親を愛するのも、親の役に立つのも、親の手伝いをするのも、親の為に生きるのも子の役目だ。それが常識だ。孤児院なんかで育ったからそんな常識も知らない人間に育ってしまったんだな。かわいそうに」

 「今度は常識ときましたか……。常識の無い人間に常識知らずと言われるのは屈辱ですね。親が子を大切にするのも、親が子を愛するのも、親が子を育てるのも常識ですよ。それらの常識を知らない人間に常識を説かれたくはありません。
 それに、子どもをつくって産むだけなら犬猫だってしています。でもそれを恩に着せてはいない。あなたは神ではなく犬猫以下の恩着せがましい人間でしかない。あなた達が犬猫以下なのは、子どもに産んだことを恩に着せて恩を返せと強要し、自分の所有物のように自分の都合のいいように子どもを扱おうとするところです。恩を感じる感じないは本人次第であって、他人が強要するものではありません。相手があなたに恩を感じれば勝手に自然と返ってくるものです。これも常識ですよ。
 あと、私はあなた達に育てられるよりはよっぽどまともな育てられ方を孤児院でされましたよ。あなた達は子を育てたのではなく自分達にとって都合の悪いことに対して暴力や虐待を加えて自分の思い通りに子どもを支配しようとしていただけでしょう?それって躾や教育という名の洗脳ですよ。そんなことも分からないなんて、あなた達こそどんな育て方をされたのでしょうね?かわいそうに」

 自分を神と自称したり、私を孤児院育ちで常識知らずだと同情する振りをして馬鹿にしてきたりするリース男爵夫妻に対して私もつい感情的に言い返してしまった。

 このままではリース男爵夫妻と私の主張は永遠に平行線をたどり続けるだけの不毛な言い合いになってしまう。

 私の目的はリース男爵夫妻の説得ではない。私の主張をリース男爵夫妻に納得させて受け入れさせる必要は無い。
 全てはジルコニアスとマルグリットの目を覚まさせるためだ。

 私はちらりと二人の様子を盗み見る。

 二人は恐ろしいほど真剣な眼差しでリース男爵夫妻を見つめている。しかし、その表情はどこか悲しげだ。自分達が愛されていなかったと気付いたからだろう。

 私は最後の仕上げに入る前に深呼吸をして自分の気持ちを整えた。

 



 
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