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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに
79 餞別④ 愛
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私は一度咳払いをして、覚悟を決めて改めて真剣な表情浮かべて言葉を告げる。
「私は親子関係の根源にあるもの、柱となるものは『愛』だと考えています」
私は必死に内心の照れ臭い感情を隠して、大真面目に『愛』という言葉を口にした。
私には『愛』という言葉を口にするには多大なる勇気が必要だ。自分の中の照れ臭さと気恥ずかしさと気まずさを全力で押し殺してそれらを綺麗に隠し通さなければならない。
『愛』なんて言葉は言い慣れていない。普段使うことがないまるで異国の言葉を発音するかのような拙さを隠すために殊更私は大きな声で堂々と発言した。
全てはジルコニアスとマルグリットのためだ。
私の真剣さが通じたのか、周囲から馬鹿にするような空気や揶揄するような様子は感じられない。呆気に取られているような緩んだ空気も流れて来ない。
私の真意が分からず不思議そうに眺めていたり、私の言葉の続きを待ち望むように見つめていたり、この場にいる大半の人達は私の言葉を真剣に受け止めてくれている。
しかし、リース男爵夫妻だけは白けた表情を浮かべて私を馬鹿にするような目で見ている。先程の脅しが効いているようで口は閉じたままだ。
想像していたほど空気が緩むことがなかったことに安堵した私は少しだけ肩の力を抜いて言葉を続ける。
「私が考える親の『愛』とは親が子に対して抱く感情や祈りや願いです。親が子の存在を喜ぶ心。親が子の健康を願う心。親が子の幸せを祈る心。その心を持っている人がその子の親と呼べる存在です。私が知っている親は我が子に対して『あなたがこの世に産まれてきてくれただけで私は幸せになれた。今あなたが元気でいてくれるだけで私は嬉しい。あなたは生きているだけで私を喜ばしてくれる』と言いました」
私が知っている親とは前世の彼女の両親のことだ。
病弱で寝込んでばかりいる彼女が両親に迷惑ばかりかけていることを謝罪したとき、彼女の両親は我が子を優しく抱き締めながらそう伝えた。
子にとって親という存在とは血の繋がりのある相手、養って育てた相手、法的に親と認められている相手のことではない。
その子がこの世に存在することで幸せだと感じる人。
その子がただ生きているだけで喜べる人。
その子がただ元気でいるだけで嬉しくなれる人。
その子が幸せに過ごしていることを祈る人。
それがその子の親という存在だ。
そう自然と感じることができる人がその子の親という存在であり、そこに血の繋がりも育てた事実も法的な間柄も関係無い。
子にとって親を親足らしめるものはそれだけだ。
「普通、自分が生きているだけで喜んでくれる人なんていません。誰も自分の健康状態なんて気にかけてくれない。誰も他人の幸せなんて気にして暮らしていない。だからこそ、損得勘定抜きで自分の存在をただ純粋に喜ぶ人、自分が生きているだけで幸せになれる人、自分の健康を願ってくれる人、自分の幸せを祈っている人というのは自分にとって特別な存在になります。そして、そんな人は親として自分を愛してくれている存在以外にいません。自分にとってそんな特別な存在が子にとっての親という存在です」
親とは子を親として愛している存在の呼び名。
私にとってはシスターマリナとジュリアーナが私の親と呼べる存在だ。
シスターマリナは私の健康を願ってくれた。ジュリアーナは私の幸せを祈ってくれた。
その子の存在を、生きていることを、健康を、幸せをただ願うことができないなら、それは親として子を愛していない証拠。親として子を愛していない者は子にとっても親として認めることはできない。親として受け入れることはできない。
親として子を愛していない者は親とは呼べない。親と呼ばれる資格が無い。
子を愛していないのに子に社会的な親としての立場を振りかざして子から搾取して利益を得ようとしている人間は親という皮を被った詐欺師でしかない。
私の『愛』という発言に嘲りを浮かべていたリース男爵夫妻は一転して焦りの表情を浮かべている。
私の質疑応答のときの自分達の回答を思い出して自分達が親失格だと気付いたみたいだ。
「──ちょっと待って!そんな綺麗事を並べてあたし達を責めるなんて酷いわ⁉親だって人間よ!出産や子育てで大変な思いをしたのに、その苦労が報われたいと望むことが親失格なの?!」
「そんなものは親になったことのない人間の戯言だ!当然のように親は子の犠牲になることを求められるのに、親が子に恩返しを望んだらそれだけで親失格の烙印を押されるなんてあまりに不公平だ⁉」
リース男爵夫妻は焦りのあまりに我慢できずに再び勝手に発言している。
私は別に当然のように親が子の犠牲になることや無償の愛を注ぐことを強要しているのではない。
親だって一人の人間だ。
自分の幸せを犠牲にして子に尽くすことが当然だなんて言わない。
自分が幸せになりたい気持ちも理解できる。
自分の幸せよりも子の幸せを優先するべきだなんて傲慢なことは考えていない。
それでも親ならば、子を犠牲にして親である自分だけ幸せになりたいだなんて望まない。
親ならば、子を利用して親である自分だけが利益を得ることを考えない。
親ならば、子に強要して親である自分に全てを捧げて尽くすことを当然のことだと思わない。
親ならば、子を脅して親である自分が与えたものを全て返せと求めない。
親として子を愛しているならば、そんなことはしない。できるはずが無い。
「そうですね。親も一人の人間です。でも、親として産んだ子や引き取った子を育てる責任と義務があります。社会的な責任と義務を果たしただけで相手に見返りを要求するのはあまりに的外れではありませんか?社会的な親として最低限の義務を果たしただけならば、子も親への最低限の義務だけを果たせば済む話です」
私は言いたいことの大半を呑み込んで、笑顔を浮かべて必要最低限の言葉だけでリース男爵夫妻の反論を斬って捨てた。
私はリース男爵夫妻へこれ以上労力と時間を掛ける気も心を割く気も無い。
私の残りの気力と体力と時間の全てはジルコニアスとマルグリットのために使う。
「私は親子関係の根源にあるもの、柱となるものは『愛』だと考えています」
私は必死に内心の照れ臭い感情を隠して、大真面目に『愛』という言葉を口にした。
私には『愛』という言葉を口にするには多大なる勇気が必要だ。自分の中の照れ臭さと気恥ずかしさと気まずさを全力で押し殺してそれらを綺麗に隠し通さなければならない。
『愛』なんて言葉は言い慣れていない。普段使うことがないまるで異国の言葉を発音するかのような拙さを隠すために殊更私は大きな声で堂々と発言した。
全てはジルコニアスとマルグリットのためだ。
私の真剣さが通じたのか、周囲から馬鹿にするような空気や揶揄するような様子は感じられない。呆気に取られているような緩んだ空気も流れて来ない。
私の真意が分からず不思議そうに眺めていたり、私の言葉の続きを待ち望むように見つめていたり、この場にいる大半の人達は私の言葉を真剣に受け止めてくれている。
しかし、リース男爵夫妻だけは白けた表情を浮かべて私を馬鹿にするような目で見ている。先程の脅しが効いているようで口は閉じたままだ。
想像していたほど空気が緩むことがなかったことに安堵した私は少しだけ肩の力を抜いて言葉を続ける。
「私が考える親の『愛』とは親が子に対して抱く感情や祈りや願いです。親が子の存在を喜ぶ心。親が子の健康を願う心。親が子の幸せを祈る心。その心を持っている人がその子の親と呼べる存在です。私が知っている親は我が子に対して『あなたがこの世に産まれてきてくれただけで私は幸せになれた。今あなたが元気でいてくれるだけで私は嬉しい。あなたは生きているだけで私を喜ばしてくれる』と言いました」
私が知っている親とは前世の彼女の両親のことだ。
病弱で寝込んでばかりいる彼女が両親に迷惑ばかりかけていることを謝罪したとき、彼女の両親は我が子を優しく抱き締めながらそう伝えた。
子にとって親という存在とは血の繋がりのある相手、養って育てた相手、法的に親と認められている相手のことではない。
その子がこの世に存在することで幸せだと感じる人。
その子がただ生きているだけで喜べる人。
その子がただ元気でいるだけで嬉しくなれる人。
その子が幸せに過ごしていることを祈る人。
それがその子の親という存在だ。
そう自然と感じることができる人がその子の親という存在であり、そこに血の繋がりも育てた事実も法的な間柄も関係無い。
子にとって親を親足らしめるものはそれだけだ。
「普通、自分が生きているだけで喜んでくれる人なんていません。誰も自分の健康状態なんて気にかけてくれない。誰も他人の幸せなんて気にして暮らしていない。だからこそ、損得勘定抜きで自分の存在をただ純粋に喜ぶ人、自分が生きているだけで幸せになれる人、自分の健康を願ってくれる人、自分の幸せを祈っている人というのは自分にとって特別な存在になります。そして、そんな人は親として自分を愛してくれている存在以外にいません。自分にとってそんな特別な存在が子にとっての親という存在です」
親とは子を親として愛している存在の呼び名。
私にとってはシスターマリナとジュリアーナが私の親と呼べる存在だ。
シスターマリナは私の健康を願ってくれた。ジュリアーナは私の幸せを祈ってくれた。
その子の存在を、生きていることを、健康を、幸せをただ願うことができないなら、それは親として子を愛していない証拠。親として子を愛していない者は子にとっても親として認めることはできない。親として受け入れることはできない。
親として子を愛していない者は親とは呼べない。親と呼ばれる資格が無い。
子を愛していないのに子に社会的な親としての立場を振りかざして子から搾取して利益を得ようとしている人間は親という皮を被った詐欺師でしかない。
私の『愛』という発言に嘲りを浮かべていたリース男爵夫妻は一転して焦りの表情を浮かべている。
私の質疑応答のときの自分達の回答を思い出して自分達が親失格だと気付いたみたいだ。
「──ちょっと待って!そんな綺麗事を並べてあたし達を責めるなんて酷いわ⁉親だって人間よ!出産や子育てで大変な思いをしたのに、その苦労が報われたいと望むことが親失格なの?!」
「そんなものは親になったことのない人間の戯言だ!当然のように親は子の犠牲になることを求められるのに、親が子に恩返しを望んだらそれだけで親失格の烙印を押されるなんてあまりに不公平だ⁉」
リース男爵夫妻は焦りのあまりに我慢できずに再び勝手に発言している。
私は別に当然のように親が子の犠牲になることや無償の愛を注ぐことを強要しているのではない。
親だって一人の人間だ。
自分の幸せを犠牲にして子に尽くすことが当然だなんて言わない。
自分が幸せになりたい気持ちも理解できる。
自分の幸せよりも子の幸せを優先するべきだなんて傲慢なことは考えていない。
それでも親ならば、子を犠牲にして親である自分だけ幸せになりたいだなんて望まない。
親ならば、子を利用して親である自分だけが利益を得ることを考えない。
親ならば、子に強要して親である自分に全てを捧げて尽くすことを当然のことだと思わない。
親ならば、子を脅して親である自分が与えたものを全て返せと求めない。
親として子を愛しているならば、そんなことはしない。できるはずが無い。
「そうですね。親も一人の人間です。でも、親として産んだ子や引き取った子を育てる責任と義務があります。社会的な責任と義務を果たしただけで相手に見返りを要求するのはあまりに的外れではありませんか?社会的な親として最低限の義務を果たしただけならば、子も親への最低限の義務だけを果たせば済む話です」
私は言いたいことの大半を呑み込んで、笑顔を浮かべて必要最低限の言葉だけでリース男爵夫妻の反論を斬って捨てた。
私はリース男爵夫妻へこれ以上労力と時間を掛ける気も心を割く気も無い。
私の残りの気力と体力と時間の全てはジルコニアスとマルグリットのために使う。
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