上 下
240 / 259
第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

79 餞別④ 愛

しおりを挟む
 私は一度咳払いをして、覚悟を決めて改めて真剣な表情浮かべて言葉を告げる。

 「私は親子関係の根源にあるもの、柱となるものは『愛』だと考えています」

 私は必死に内心の照れ臭い感情を隠して、大真面目に『愛』という言葉を口にした。

 私には『愛』という言葉を口にするには多大なる勇気が必要だ。自分の中の照れ臭さと気恥ずかしさと気まずさを全力で押し殺してそれらを綺麗に隠し通さなければならない。

 『愛』なんて言葉は言い慣れていない。普段使うことがないまるで異国の言葉を発音するかのような拙さを隠すために殊更私は大きな声で堂々と発言した。

 全てはジルコニアスとマルグリットのためだ。

 私の真剣さが通じたのか、周囲から馬鹿にするような空気や揶揄するような様子は感じられない。呆気に取られているような緩んだ空気も流れて来ない。

 私の真意が分からず不思議そうに眺めていたり、私の言葉の続きを待ち望むように見つめていたり、この場にいる大半の人達は私の言葉を真剣に受け止めてくれている。
 
 しかし、リース男爵夫妻だけは白けた表情を浮かべて私を馬鹿にするような目で見ている。先程の脅しが効いているようで口は閉じたままだ。

 想像していたほど空気が緩むことがなかったことに安堵した私は少しだけ肩の力を抜いて言葉を続ける。

 「私が考える親の『愛』とは親が子に対して抱く感情や祈りや願いです。親が子の存在を喜ぶ心。親が子の健康を願う心。親が子の幸せを祈る心。その心を持っている人がその子の親と呼べる存在です。私が知っている親は我が子に対して『あなたがこの世に産まれてきてくれただけで私は幸せになれた。今あなたが元気でいてくれるだけで私は嬉しい。あなたは生きているだけで私を喜ばしてくれる』と言いました」

 私が知っている親とは前世の彼女の両親のことだ。

 病弱で寝込んでばかりいる彼女が両親に迷惑ばかりかけていることを謝罪したとき、彼女の両親は我が子を優しく抱き締めながらそう伝えた。

 子にとって親という存在とは血の繋がりのある相手、養って育てた相手、法的に親と認められている相手のことではない。

 その子がこの世に存在することで幸せだと感じる人。
 その子がただ生きているだけで喜べる人。
 その子がただ元気でいるだけで嬉しくなれる人。
 その子が幸せに過ごしていることを祈る人。

 それがその子の親という存在だ。
 そう自然と感じることができる人がその子の親という存在であり、そこに血の繋がりも育てた事実も法的な間柄も関係無い。
 子にとって親を親足らしめるものはそれだけだ。

 「普通、自分が生きているだけで喜んでくれる人なんていません。誰も自分の健康状態なんて気にかけてくれない。誰も他人の幸せなんて気にして暮らしていない。だからこそ、損得勘定抜きで自分の存在をただ純粋に喜ぶ人、自分が生きているだけで幸せになれる人、自分の健康を願ってくれる人、自分の幸せを祈っている人というのは自分にとって特別な存在になります。そして、そんな人は親として自分を愛してくれている存在以外にいません。自分にとってそんな特別な存在が子にとっての親という存在です」

 親とは子を親として愛している存在の呼び名。

 私にとってはシスターマリナとジュリアーナが私の親と呼べる存在だ。
 シスターマリナは私の健康を願ってくれた。ジュリアーナは私の幸せを祈ってくれた。

 その子の存在を、生きていることを、健康を、幸せをただ願うことができないなら、それは親として子を愛していない証拠。親として子を愛していない者は子にとっても親として認めることはできない。親として受け入れることはできない。 
 親として子を愛していない者は親とは呼べない。親と呼ばれる資格が無い。
 
 子を愛していないのに子に社会的な親としての立場を振りかざして子から搾取して利益を得ようとしている人間は親という皮を被った詐欺師でしかない。

 私の『愛』という発言に嘲りを浮かべていたリース男爵夫妻は一転して焦りの表情を浮かべている。

 私の質疑応答のときの自分達の回答を思い出して自分達が親失格だと気付いたみたいだ。

 「──ちょっと待って!そんな綺麗事を並べてあたし達を責めるなんて酷いわ⁉親だって人間よ!出産や子育てで大変な思いをしたのに、その苦労が報われたいと望むことが親失格なの?!」

 「そんなものは親になったことのない人間の戯言だ!当然のように親は子の犠牲になることを求められるのに、親が子に恩返しを望んだらそれだけで親失格の烙印を押されるなんてあまりに不公平だ⁉」
 
 リース男爵夫妻は焦りのあまりに我慢できずに再び勝手に発言している。

 私は別に当然のように親が子の犠牲になることや無償の愛を注ぐことを強要しているのではない。

 親だって一人の人間だ。
 自分の幸せを犠牲にして子に尽くすことが当然だなんて言わない。
 自分が幸せになりたい気持ちも理解できる。
 自分の幸せよりも子の幸せを優先するべきだなんて傲慢なことは考えていない。
 
 それでも親ならば、子を犠牲にして親である自分だけ幸せになりたいだなんて望まない。
 親ならば、子を利用して親である自分だけが利益を得ることを考えない。
 親ならば、子に強要して親である自分に全てを捧げて尽くすことを当然のことだと思わない。
 親ならば、子を脅して親である自分が与えたものを全て返せと求めない。

 親として子を愛しているならば、そんなことはしない。できるはずが無い。

 「そうですね。親も一人の人間です。でも、親として産んだ子や引き取った子を育てる責任と義務があります。社会的な責任と義務を果たしただけで相手に見返りを要求するのはあまりに的外れではありませんか?社会的な親として最低限の義務を果たしただけならば、子も親への最低限の義務だけを果たせば済む話です」

 私は言いたいことの大半を呑み込んで、笑顔を浮かべて必要最低限の言葉だけでリース男爵夫妻の反論を斬って捨てた。
 
 私はリース男爵夫妻へこれ以上労力と時間を掛ける気も心を割く気も無い。
 
 私の残りの気力と体力と時間の全てはジルコニアスとマルグリットのために使う。

 

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お后たちの宮廷革命

章槻雅希
ファンタジー
今は亡き前皇帝・現皇帝、そして現皇太子。 帝国では3代続けて夜会での婚約破棄劇場が開催された。 勿論、ピンク頭(物理的にも中身的にも)の毒婦とそれに誑かされた盆暗男たちによる、冤罪の断罪茶番劇はすぐに破綻する。 そして、3代続いた茶番劇に憂いを抱いた帝国上層部は思い切った政策転換を行なうことを決めたのだ。 盆暗男にゃ任せておけねぇ! 先代皇帝・現皇帝・現皇太子の代わりに政務に携わる皇太后・皇后・皇太子妃候補はついに宮廷革命に乗り出したのである。 勢いで書いたので、設定にも全体的にも甘いところがかなりあります。歴史や政治を調べてもいません。真面目に書こうとすれば色々ツッコミどころは満載だと思いますので、軽い気持ちでお読みください。 完結予約投稿済み、全8話。毎日2回更新。 小説家になろう・pixivにも投稿。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

処理中です...