上 下
239 / 259
第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

78 餞別③ 詐欺師

しおりを挟む
 リース男爵夫妻との質疑応答の時間は終了した。
  
 予想していた通り、いや、それ以上に酷い回答ばかりで内心で驚いていた。

 私にとっては都合がよいので何の問題も無いが、こんな人達と親子として過ごしてきたジルコニアスとマルグリットへの同情心が増してしまった。

 「リース男爵夫妻が私の質問に答えていただいたおかげで私の中にずっとあった疑問が解消できました。ありがとうございます」

 私は笑顔を浮かべてリース男爵夫妻へ丁寧にお礼を述べる。

 リース男爵夫妻は自分たちが私を満足させられたことで罪が軽くなることが確定したと思って嬉しそうに安堵している。

 「……私が知っている『親』とリース男爵夫妻という『親』の姿があまりにも異なっていて私の中で『親』というものが何か分からなくなっていました。でも、やっと分かりました!リース男爵夫妻、あなた方は『親』ではない。子どもの『親』を名乗る資格が無い。ただ『親』を騙っているだけの詐欺師だ──」

 突然の私の言葉にリース男爵夫妻は目を丸くして驚いて必死に反論し始める。

 「な、何を言っているの!?あたし達が詐欺師?!あたし達は正真正銘あの子達の親よ!あたしがジルコニアスを産んであげたのよ!あたしがマルグリットを育ててあげたのよ!誰も騙してなんかいないわ!!」

 「僕達が詐欺師だとは酷い侮辱だ!何の根拠があってそんなことを言うのかな?ジルコニアスとマルグリットは戸籍にリース男爵家の子として登録されている。僕達の親子関係は正式に国に保証されているんだよ。いい加減なことは言わないでもらおうか」

 「……詐欺師は言い過ぎでしたね。失礼いたしました。でも、その資格も無いのにその資格がある人物だと自分で名乗って相手からモノを受け取ろうとしたり、渡すように強要する人間のことを詐欺師以外に言い表す言葉が見つかりません」

 私は謝罪を口にしながらも一切悪びれることなくリース男爵夫妻へ「困りました」とでも言うふうにおもむろに首を傾げてみせる。

 リース男爵夫妻はそんな私の態度に瞬時に頭に血を上らせて食って掛かってきた。

 「資格って何を言っているのよ!?親の資格なんてそんなもの他人に認めてもらう必要なんて無いわ!あたし達が親なのは事実なのだから!!」

 「そうだ!資格なんて訳の分からないことを言って僕達を詐欺師呼ばわりなど我慢ならない!!これ以上僕達を侮辱するなら名誉毀損で訴えるぞ!」

 私はまともに相手をする気が無いのでリース男爵夫妻の怒りを笑顔で受け流す。

 「訴えるのならどうぞご自由に。でも、今は質疑応答の時間ではありません。ただ私の感想を述べているだけで、単なる私の独り言にすぎません。これはあなた方への質問ではありませんし、あなた方の意見も求めていません。詐欺師と称したのは言葉のあやであって、あなた方を詐欺師として訴える気もありません。しかし、これ以上勝手なことをされるのならこちらにも考えがあります」

 私は言外に「邪魔をするな。黙っていろ」とリース男爵夫妻へ告げる。

 お前たちに許されているのは私の質問に答えることだけ。
 最初から好き勝手に喋っていいなんて約束は交わしていない。
 私はお前たちに自由に話す許可は出していない。
 これ以上勝手なことをしたら、先程の約束は破られたと見なす。
 取引は無かったことにして、お前たちから受けた暴行を訴える。
 そうなれば私が言った通りに罪が軽くなることはなく、逆に重くなる可能性が高くなるだろう。

 察しの悪いリース男爵夫妻だが、自分たちの損得には敏感に反応できるようだ。私の笑顔の裏に隠された言葉を正確に読み取り渋々と大人しく引き下がった。

 私がわざわざ感想を大きな声で語っているのはリース男爵夫妻へ聞かせるためではない。
 リース男爵夫妻の後ろに突っ立っているジルコニアスとマルグリットへ伝えるためだ。

 私は表向きはリース男爵夫妻へ聞かせているように見せかけながらも、ジルコニアスとマルグリットの心へ届くように慎重に言葉を選んで真剣な一人語りを開始する。

 「私が考える親子関係とは単なる事実関係によってだけ構築され維持できる関係ではありません。血縁関係、戸籍関係、法的関係、養育関係などの事実関係は親子関係を補強し補助してくれるでしょうが、それだけでは親子関係は成り立ちません」

 私にとって血縁上の親とは、正確に言えば精子提供者と卵子提供者兼母体提供者でしかない。単なる提供者は父親でも母親でも家族でもない。

 互いに肉親の情も親子の情も持っていない。愛情の欠片も彼らの中には存在していない。

 精子提供者も卵子提供者兼母体提供者も子の利用価値しか見ていない。自分たちのために利用することしか考えていない。自分たちのことしか考えていない。

 そして、血が繋がっていなくても子を引き取って育てた事実さえあればその子の親になれるものでもない。
 
 自分たちが利益を得るために生き物を育てる行為は牧場主が生業として家畜を育てる行為と同じことだ。

 リース男爵夫妻は道具をどのように利用して自分たちがどれだけの利益を得られるかを考えているだけ。
 道具の気持ちや道具の幸せなどは考えていない。
 道具に感情があるとすら考えていない。

 鶏や魚を絞めるときに一々同情しないように、彼らは子の気持ちを考えない。
 搾取することだけ、どれだけ利益を搾り取れるかだけしか頭にはない。

 そんな人間を親とは認められない。そんなものは親ではない。

 親としての最低ライン、最低条件は「子を自分と同じ人間と認識していること」だ。
 道具や家畜や愛玩動物ではなく、人間として見ていること。
 そして、子を家族の一員とみなして、家族として扱い、接していること。
 親子関係は家族関係の一つ。
 家族として、助け合う仲間として、守るべき存在として、親しくする間柄として、受け入れていること。

 これらが親の最低ラインで最低条件で、親を自称する上での前提条件となる。

 これすら満たしていないならそれは親ではない。

 親子関係とは客観的事実に基づく絶対的で不変的な関係ではない。
 人間関係は変わる。
 親子関係も主観的事実に基づく関係でしかない。

 親が子と認めない、子が親と認識しない、それだけで親子関係は成立しない。破綻してしまう。

 リース男爵家の親子関係はすでに破綻している。
 そのことに当事者たちだけが気付いていない。
 もしかしたら最初から成立していなかったのかもしれない。

 リース男爵夫妻はありもしないものをあるかのように装い親としての権利を濫用して子から搾取していた。
 親としての条件を満たしていない、親としての資格を持っていないのに自分たちを親と偽り親として振る舞って親としての利益を得ていた。

 このような人間を詐欺師と言わずに誰を詐欺師と言うのだろうか?

 本人が自分に資格が無いことに無自覚で騙す意識が無かったとしても自分の利益を求めて親としての立場を利用していたことに変わりはない。

 私はリース男爵夫妻を詐欺師と言い表すことは言い得て妙であり、的を射ていると心の中で自画自賛した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

処理中です...