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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに
71 呪いの言葉
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リース男爵夫妻が騒ぐことなく沈黙しているのは私にとって予想外の反応だ。
すぐに被害者ぶって泣いて否定するか、逆切れして怒り狂いながら非難してくるかと思っていた。
それなのに2人揃って俯いたまま不気味な程に微動だにせずに黙り込んでいる。
私の罵詈雑言で受けたショックが強過ぎる余り何も出来なくなってしまったのだろうか?
いや、この2人はそんな繊細さなど持ち合わせてはいない。
何でも適当に都合よく脳内変換してしまうおめでたい頭と心の持ち主だ。
だからこそ、今の二人の態度が不可解で不気味だ。
このままでは私の後味が悪いので、2人の反応を引き出すために何か話しかけるべきか悩み始めたところで、やっとブリジットから声が聞こえた。
「……なければ良かった──」
「何か言いましたか?よく聞こえなかったのですが……」
私が聞き返すと、ブリジットは顔を上げて私を鬼の形相で睨みつけてきた。
「──『あんたなんか産まなければ良かった』って言ったのよ!!」
私はブリジットの言葉に二重の意味で驚いてしまう。
まず、ブリジットが発した言葉の残虐さと残酷さに心が抉られるような衝撃を受けた。
そして、あれだけ私はブリジットの産んだ娘ではないとはっきり証明されたのにそれが全く通じていないことに開いた口が塞がらなくなった。
ブリジットの中では私が自分が産んだ娘のマルグリットであることは確定事項で何があろうと覆ることがない。
ブリジットの思い込みの強さと思い込んだら絶対に間違いを認めない強情さと間違いを決して受け入れない頑なさに呆れを通り越してしまう。
ブリジットはそんな私の様子など全く意に介さず、私に噛み付かんばかりに食って掛かってくる。
「やっぱりあんたはマグダレーナ様そっくりだ!あたしを認めなかったあの婆に瓜二つだ。だからあの婆に似たあんたなんか産みたくなかったんだよ!あんたなんか生まれてこなければ良かったのに!あんたさえいなければあたしは幸せになれたはずなのに!?」
「──そうだ!お前は本当におばあ様そっくりだ。その目だけでなく、ジュリアーナと比較して僕を馬鹿にするところが全く同じだ。やはりお前なんて生まれてくるべきではなかった!!」
マルコシアスも私を禁忌の穢れた者でも見るかのように睨みつけながらブリジットと同じことを口にした。
2人ともその言葉を私に言うならば、まずは私がブリジットが産んだ娘だという証拠を持ってくるところから始めるべきだ。
自分の子どもという証拠を示さないのであれば、リース男爵夫妻は赤の他人に向かって「産まなければ良かった」「生まれてこなければ良かった」とあまりにも理不尽で非常識で無礼な暴言をぶつけている異常者か狂人でしかない。
だから、私は決して産みの親からの暴言に傷付ついた素振りを見せることはできない。
最初の驚きは突然の暴言にびっくりしただけであり、あとは異常者や狂人が変なことを喚いているだけと流さなければならない。
私は平静を装ってリース男爵夫妻が放つ呪いの言葉を必死に受け流す。
リース男爵夫妻が放つ「お前など産まなければよかった」「お前なんか生まれてこなければよかった」という言葉は親が子に使える呪いだ。
それらは赤の他人に言われても普通に傷つく言葉。でも、赤の他人の言葉なら抵抗できる。「あなたに言われる筋合いはない」「あなたに関係ない」と痛みを怒りに変換できる。
でも、それが産みの親相手だと上手く変換できない。怒りよりも哀しみが上回ってしまう。
親による子の存在の全否定は抗うことも否定することも難しく子を苛み苦しめる。
正に親だけが使える子への呪い。
防御困難、抵抗不可能、反撃無意味の強力で凶悪で最低最悪な呪い。
相手が産みの親であることが事実であれば、どうやっても事実を否定できない。過去を変えることはできない。
産みの親が子である自分の存在を否定している。その事実、その現実が子を毒のように蝕む。
全ての防御をすり抜けて、子にダメージを負わせる産みの親の必殺技。
絶対に子へ傷を与えられる回避不能、防御不可の必殺必中の攻撃。
リース男爵夫妻は子が痛みを顔に出さなくても、子が傷つくことを確信している。
子に言い放った後、勝ち誇ったような、優越感に満ちたような顔をしている。
親は本能的に理解している。
その言葉が禁句であることを。
子どもにとって呪いの言葉になることを。
だから子は親の顔色を窺い良い子を演じる。
好かれるために。愛されるために。嫌われないために。呪われないために。
子は親に弱みを握られている。
親はいつでも子を呪える力がある。
子はそれに抗える力や避ける力、逃げる力が無い。
だから、必死に親に好かれようとして親の機嫌を取り、親のいいなりになってしまう。
普通の親子関係が成立している親と子であれば、それは呪いとして子を縛り萎縮させるだけの強い力を持つ言葉だろう。
しかし、私とリース男爵夫妻との間に親子関係は一切構築されていないから、親子関係が壊れる心配をする必要が無い。
私はリース男爵夫妻の愛情や関心を一切求めていないのでそれらを失う恐怖を感じることも無い。
そのため、全くの無傷とまではいかないが、私が受けたダメージは微々たるものだ。
呪いの言葉に彼等が望むような効果は発揮されなかったのだが、彼等の得意気な表情からそのことに気付いてはいないようだ。
少し傷つきはしたが、しかしそれ以上にスッキリした。
やっとリース男爵夫妻の本音が聞けた。
これまでの自己保身や責任転嫁や現実逃避のための偽りの言葉ではなく、二人の心からの言葉をやっと聞くことができた。
私がジュリアーナと比較した罵詈雑言を浴びせたことで、2人のトラウマが刺激されて劣等感を煽られたことで化けの皮が完全に剥がれた。
そのおかげで私の中に刺さって残っていた数本の棘を抜くことができた。
これで一切の悔いなく産みの親を断ち切れる。
なぜ私は産みの親に捨てられたのか疑問だった。
自分に責任があるのかと不安だった。
産みの親から捨てられるような自分は自分が何か悪いことでもしたのか、自分にどんな罪があるのかと罪悪感に苛まれた。
それらが全て解消された。
彼等の私に対する態度に感じた違和感。
私の中の彼等への生理的な嫌悪感や拒否感。
彼等への言いようのない恐怖心。
それらの原因がやっと判明した。
要は単にリース男爵夫妻はマグダレーナに似ている私のことが嫌いだったということだ。
私自身の問題ではなく、彼等が勝手に私にマグダレーナを投影して、劣等感や屈辱や憎悪や悔しさや辛さをぶつけていただけで、単なる八つ当たりでしかない。
彼等が私を嫌うのは私のせいではなく彼等の器の小ささと弱さのせいだった。
彼等はとても上手に私への憎悪と嫌悪を隠していたと思う。
それはある意味彼等の意地だったのかもしれない。
私の親として態度を取り繕い、親として私から利用し搾取し虐げ絞りつくすことで自分たちを認めなかったマグダレーナへの意趣返しをしたかった。
マグダレーナに似ている私を不幸にし苦しめることで、八つ当たりで間接的な復讐を達成してマグダレーナに傷つけられた自尊心を取り戻したかった。
だから、私の防衛本能が無意識の内に働いていた。
自分を憎悪し嫌悪して危害を加えようとする相手が私へ向ける負の感情を無意識に察知して、危険を回避しようとしていた。
反射的に危ない人間から距離を取ろうとしていた。
無意識のうちに自分が自分に危機を伝えるために、危険人物に対しての拒否感、拒絶反応が出ていた。
どうして自分がこんなにもリース男爵夫妻に対して苦手意識、生理的拒否感、反射的に逃げたくなるかがやっと分かった。
敵意を向ける相手から逃げたくなるのは普通のことだ。
わざわざ危険に飛び込む必要も近づく理由も無い。無駄に自分の身を危険に晒すだけで何の意味も無い。
自分で自分を守るために事前に危険を避けるのは賢い選択だ。
私は自分の無意識の警告を無視した結果、本当に危険な目に遭った。
彼等の本当の目的は私を利用して自分たちが利益を得ることではなかった。
まんまと騙されていた。
本当の目的は私を苦しめて不幸にすることによってマグダレーナへ復讐することだった。
私を不幸にしてもマグダレーナへ復讐することなど出来はしないのに、そこは理屈ではなく感情の問題なのだろう。
私が幸せになることが許せない。
私が何不自由のない生活を送っているのが許せない。
私が自由にやりたいことをやっているのが許せない。
私が惨めで辛く苦しく不幸に生きていないことが許せない。
私を不幸にすることで甘美な密の味を味わいたい。
自分たちがマグダレーナへの復讐の達成という満足感を得たい。
でも、会ったことも無い曾祖母への恨みや憎しみをぶつけられても私にはどうにもできない。
私は何も悪くない。私は関係ない。そんな人間に構っていられない。
リース男爵夫妻は他人から奪い、他人を不幸にし、他人を傷つけ、他人を痛めつけることでしか自分たちの心を満たすことができない人たち。
同情はしないがなんて可哀想な人達だと呆れる。
絶対にこんな哀れで惨めで卑しくて恥ずかしくてせこくて小さい人間にはなりたくない。
私に呪いの言葉を吐くその顔には品性も知性も理性の欠片も無い。
獣のように獰猛に獲物を嬲るように嗜虐心を露にして力の限りに罵倒しているだけ。
醜い欲望に塗れた顔をしている。
飢えた獣が餌を前にして食欲を隠さずに涎を垂らしているような顔だ。
取り繕うことをせずに己の欲望にだけ忠実に行動していて、完全に欲望に囚われている。
人としての理性や品性を捨てている。いや、捨てるどころか最初から持っていない。
己の欲望を満たすことしか考えられない、そのためにしか行動できない、人としての尊厳やプライドなんて持っていない、ただただ己の欲に忠実なだけの獣だ。
その姿を見ていると可哀想とか哀れとかいう気持ちも失くなってきた。
情けないという虚しさだけが残る。
こんな人間から産まれたのかと思うと情けなさ過ぎて泣けてくる。
全くの赤の他人ならここまで思うことは無かっただろう。
もっと無関心でいられたはずだ。
しかし、血縁関係があるせいでリース男爵夫妻の存在を無視できない。
こんな人間と血が繋がっているという事実に自分自身を哀れんでしまう。
相手を哀れには思わないが、彼等との血縁関係のせいで自分を哀れに思ってしまう。
自分自身ではどうすることもできない現実に嘆くことしかできない。
産みの親の人間性など子にはどうすることもできない。
だから、必要以上に辛辣に彼等を非難して貶してしまう。
これは八つ当たりだ。
産みの親が真面ではなかったことに対して本人達へ八つ当たりしている。
これ以上は自分がもっと惨めになるだけだから、もう何も考えないでおこう。
私は心を無にしてただただリース男爵夫妻の呪いの言葉を聞き流した。
すぐに被害者ぶって泣いて否定するか、逆切れして怒り狂いながら非難してくるかと思っていた。
それなのに2人揃って俯いたまま不気味な程に微動だにせずに黙り込んでいる。
私の罵詈雑言で受けたショックが強過ぎる余り何も出来なくなってしまったのだろうか?
いや、この2人はそんな繊細さなど持ち合わせてはいない。
何でも適当に都合よく脳内変換してしまうおめでたい頭と心の持ち主だ。
だからこそ、今の二人の態度が不可解で不気味だ。
このままでは私の後味が悪いので、2人の反応を引き出すために何か話しかけるべきか悩み始めたところで、やっとブリジットから声が聞こえた。
「……なければ良かった──」
「何か言いましたか?よく聞こえなかったのですが……」
私が聞き返すと、ブリジットは顔を上げて私を鬼の形相で睨みつけてきた。
「──『あんたなんか産まなければ良かった』って言ったのよ!!」
私はブリジットの言葉に二重の意味で驚いてしまう。
まず、ブリジットが発した言葉の残虐さと残酷さに心が抉られるような衝撃を受けた。
そして、あれだけ私はブリジットの産んだ娘ではないとはっきり証明されたのにそれが全く通じていないことに開いた口が塞がらなくなった。
ブリジットの中では私が自分が産んだ娘のマルグリットであることは確定事項で何があろうと覆ることがない。
ブリジットの思い込みの強さと思い込んだら絶対に間違いを認めない強情さと間違いを決して受け入れない頑なさに呆れを通り越してしまう。
ブリジットはそんな私の様子など全く意に介さず、私に噛み付かんばかりに食って掛かってくる。
「やっぱりあんたはマグダレーナ様そっくりだ!あたしを認めなかったあの婆に瓜二つだ。だからあの婆に似たあんたなんか産みたくなかったんだよ!あんたなんか生まれてこなければ良かったのに!あんたさえいなければあたしは幸せになれたはずなのに!?」
「──そうだ!お前は本当におばあ様そっくりだ。その目だけでなく、ジュリアーナと比較して僕を馬鹿にするところが全く同じだ。やはりお前なんて生まれてくるべきではなかった!!」
マルコシアスも私を禁忌の穢れた者でも見るかのように睨みつけながらブリジットと同じことを口にした。
2人ともその言葉を私に言うならば、まずは私がブリジットが産んだ娘だという証拠を持ってくるところから始めるべきだ。
自分の子どもという証拠を示さないのであれば、リース男爵夫妻は赤の他人に向かって「産まなければ良かった」「生まれてこなければ良かった」とあまりにも理不尽で非常識で無礼な暴言をぶつけている異常者か狂人でしかない。
だから、私は決して産みの親からの暴言に傷付ついた素振りを見せることはできない。
最初の驚きは突然の暴言にびっくりしただけであり、あとは異常者や狂人が変なことを喚いているだけと流さなければならない。
私は平静を装ってリース男爵夫妻が放つ呪いの言葉を必死に受け流す。
リース男爵夫妻が放つ「お前など産まなければよかった」「お前なんか生まれてこなければよかった」という言葉は親が子に使える呪いだ。
それらは赤の他人に言われても普通に傷つく言葉。でも、赤の他人の言葉なら抵抗できる。「あなたに言われる筋合いはない」「あなたに関係ない」と痛みを怒りに変換できる。
でも、それが産みの親相手だと上手く変換できない。怒りよりも哀しみが上回ってしまう。
親による子の存在の全否定は抗うことも否定することも難しく子を苛み苦しめる。
正に親だけが使える子への呪い。
防御困難、抵抗不可能、反撃無意味の強力で凶悪で最低最悪な呪い。
相手が産みの親であることが事実であれば、どうやっても事実を否定できない。過去を変えることはできない。
産みの親が子である自分の存在を否定している。その事実、その現実が子を毒のように蝕む。
全ての防御をすり抜けて、子にダメージを負わせる産みの親の必殺技。
絶対に子へ傷を与えられる回避不能、防御不可の必殺必中の攻撃。
リース男爵夫妻は子が痛みを顔に出さなくても、子が傷つくことを確信している。
子に言い放った後、勝ち誇ったような、優越感に満ちたような顔をしている。
親は本能的に理解している。
その言葉が禁句であることを。
子どもにとって呪いの言葉になることを。
だから子は親の顔色を窺い良い子を演じる。
好かれるために。愛されるために。嫌われないために。呪われないために。
子は親に弱みを握られている。
親はいつでも子を呪える力がある。
子はそれに抗える力や避ける力、逃げる力が無い。
だから、必死に親に好かれようとして親の機嫌を取り、親のいいなりになってしまう。
普通の親子関係が成立している親と子であれば、それは呪いとして子を縛り萎縮させるだけの強い力を持つ言葉だろう。
しかし、私とリース男爵夫妻との間に親子関係は一切構築されていないから、親子関係が壊れる心配をする必要が無い。
私はリース男爵夫妻の愛情や関心を一切求めていないのでそれらを失う恐怖を感じることも無い。
そのため、全くの無傷とまではいかないが、私が受けたダメージは微々たるものだ。
呪いの言葉に彼等が望むような効果は発揮されなかったのだが、彼等の得意気な表情からそのことに気付いてはいないようだ。
少し傷つきはしたが、しかしそれ以上にスッキリした。
やっとリース男爵夫妻の本音が聞けた。
これまでの自己保身や責任転嫁や現実逃避のための偽りの言葉ではなく、二人の心からの言葉をやっと聞くことができた。
私がジュリアーナと比較した罵詈雑言を浴びせたことで、2人のトラウマが刺激されて劣等感を煽られたことで化けの皮が完全に剥がれた。
そのおかげで私の中に刺さって残っていた数本の棘を抜くことができた。
これで一切の悔いなく産みの親を断ち切れる。
なぜ私は産みの親に捨てられたのか疑問だった。
自分に責任があるのかと不安だった。
産みの親から捨てられるような自分は自分が何か悪いことでもしたのか、自分にどんな罪があるのかと罪悪感に苛まれた。
それらが全て解消された。
彼等の私に対する態度に感じた違和感。
私の中の彼等への生理的な嫌悪感や拒否感。
彼等への言いようのない恐怖心。
それらの原因がやっと判明した。
要は単にリース男爵夫妻はマグダレーナに似ている私のことが嫌いだったということだ。
私自身の問題ではなく、彼等が勝手に私にマグダレーナを投影して、劣等感や屈辱や憎悪や悔しさや辛さをぶつけていただけで、単なる八つ当たりでしかない。
彼等が私を嫌うのは私のせいではなく彼等の器の小ささと弱さのせいだった。
彼等はとても上手に私への憎悪と嫌悪を隠していたと思う。
それはある意味彼等の意地だったのかもしれない。
私の親として態度を取り繕い、親として私から利用し搾取し虐げ絞りつくすことで自分たちを認めなかったマグダレーナへの意趣返しをしたかった。
マグダレーナに似ている私を不幸にし苦しめることで、八つ当たりで間接的な復讐を達成してマグダレーナに傷つけられた自尊心を取り戻したかった。
だから、私の防衛本能が無意識の内に働いていた。
自分を憎悪し嫌悪して危害を加えようとする相手が私へ向ける負の感情を無意識に察知して、危険を回避しようとしていた。
反射的に危ない人間から距離を取ろうとしていた。
無意識のうちに自分が自分に危機を伝えるために、危険人物に対しての拒否感、拒絶反応が出ていた。
どうして自分がこんなにもリース男爵夫妻に対して苦手意識、生理的拒否感、反射的に逃げたくなるかがやっと分かった。
敵意を向ける相手から逃げたくなるのは普通のことだ。
わざわざ危険に飛び込む必要も近づく理由も無い。無駄に自分の身を危険に晒すだけで何の意味も無い。
自分で自分を守るために事前に危険を避けるのは賢い選択だ。
私は自分の無意識の警告を無視した結果、本当に危険な目に遭った。
彼等の本当の目的は私を利用して自分たちが利益を得ることではなかった。
まんまと騙されていた。
本当の目的は私を苦しめて不幸にすることによってマグダレーナへ復讐することだった。
私を不幸にしてもマグダレーナへ復讐することなど出来はしないのに、そこは理屈ではなく感情の問題なのだろう。
私が幸せになることが許せない。
私が何不自由のない生活を送っているのが許せない。
私が自由にやりたいことをやっているのが許せない。
私が惨めで辛く苦しく不幸に生きていないことが許せない。
私を不幸にすることで甘美な密の味を味わいたい。
自分たちがマグダレーナへの復讐の達成という満足感を得たい。
でも、会ったことも無い曾祖母への恨みや憎しみをぶつけられても私にはどうにもできない。
私は何も悪くない。私は関係ない。そんな人間に構っていられない。
リース男爵夫妻は他人から奪い、他人を不幸にし、他人を傷つけ、他人を痛めつけることでしか自分たちの心を満たすことができない人たち。
同情はしないがなんて可哀想な人達だと呆れる。
絶対にこんな哀れで惨めで卑しくて恥ずかしくてせこくて小さい人間にはなりたくない。
私に呪いの言葉を吐くその顔には品性も知性も理性の欠片も無い。
獣のように獰猛に獲物を嬲るように嗜虐心を露にして力の限りに罵倒しているだけ。
醜い欲望に塗れた顔をしている。
飢えた獣が餌を前にして食欲を隠さずに涎を垂らしているような顔だ。
取り繕うことをせずに己の欲望にだけ忠実に行動していて、完全に欲望に囚われている。
人としての理性や品性を捨てている。いや、捨てるどころか最初から持っていない。
己の欲望を満たすことしか考えられない、そのためにしか行動できない、人としての尊厳やプライドなんて持っていない、ただただ己の欲に忠実なだけの獣だ。
その姿を見ていると可哀想とか哀れとかいう気持ちも失くなってきた。
情けないという虚しさだけが残る。
こんな人間から産まれたのかと思うと情けなさ過ぎて泣けてくる。
全くの赤の他人ならここまで思うことは無かっただろう。
もっと無関心でいられたはずだ。
しかし、血縁関係があるせいでリース男爵夫妻の存在を無視できない。
こんな人間と血が繋がっているという事実に自分自身を哀れんでしまう。
相手を哀れには思わないが、彼等との血縁関係のせいで自分を哀れに思ってしまう。
自分自身ではどうすることもできない現実に嘆くことしかできない。
産みの親の人間性など子にはどうすることもできない。
だから、必要以上に辛辣に彼等を非難して貶してしまう。
これは八つ当たりだ。
産みの親が真面ではなかったことに対して本人達へ八つ当たりしている。
これ以上は自分がもっと惨めになるだけだから、もう何も考えないでおこう。
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