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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

59 切り札

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 私は空腹を抱えながら夕食までの間中ずっと脱出計画を細部まで練り続けた。
 そして、夕食時にマルグリットは私がお願いした通りに頼んだ物を無事に持ってきてくれた。
 
 これで計画通りに事を運べそうだ。

 私はいつもと代わり映えのしない夕食を急いで食べて、マルグリットに大急ぎで更に細かな脱出計画を打ち明けて準備を頼む。

 マルグリットは真剣に脱出計画に耳を傾け、私の頼みを快く引き受けて部屋から出て行った。

 脱出計画の事前の下準備の全てが無事に済んだ今、ベッドに横になってやっと一息つける。

 マルグリットが何をどうやって持ってくることができたのかは分からないが、マルグリットが持ってきてくれた机の上の籠の方へ目を遣る。

 部屋の中は薄暗くてベッドの上からでは机の上の籠は見えない。
 それでも籠の中身に思いを馳せて私は脱出計画を思い浮かべる。

 私の脱出計画は単純だ。

 夜明け前に物置部屋の扉を壊して、物置部屋から脱出する。そこから屋敷内を歩いて一旦屋根裏部屋にあるマルグリットの部屋へ隠れる。その部屋の窓から屋敷の外へ飛んで脱出する。屋敷からの脱出後はこの領地の警備隊に南部辺境伯の娘と明かして保護を求める。

 誰もが思い付く簡単な計画に見えるが普通に考えたら実行不可能だろう。この計画の問題点はいくつもある。

 1つ目の問題点は「物置部屋の鍵」だ。物置部屋から出るためには普通は鍵を解錠しなければならない。
 しかし、私の場合はそれは問題にはならない。
 理術を使えばこの外から施錠された密室の部屋から出ることは難しくはない。
 この問題に関しては誰の協力も必要なく一人で解決できる。

 2つ目の問題点は「物置部屋から脱出後の屋敷内の移動」だ。
 物置部屋から出た後にこの屋敷から脱出するためには屋敷の中を歩かなくてはならない。そこを誰かに目撃されれば再び捕まる可能性が高い。
 この屋敷内にはリース男爵夫妻とその仲間たちしかいないのだから、誰かに私の姿を目撃されれば必ず捕まえようとするはずだ。
 逃げたり抵抗しても無理矢理押さえつけられる。ここには私の味方も無関係の第三者の目撃者も存在しないのだから、多少手荒なことをしても周囲を気にする必要がない。仲間を呼んで包囲してしまえばいい。

 物置部屋から脱出した後の屋敷内は完全なる私の敵地で危険地帯だ。
 絶対に見つかるわけにはいかない。

 しかし、この問題ばかりは理術では解決できない。だから、この問題点に関してマルグリットに協力を頼んだ。


 3つ目の問題点は「屋敷からの脱出」だ。
 屋敷の出入り口付近は常に人の目があるはずだ。屋敷への人の出入りを制限し、監視し、管理するために。
 私が屋敷から逃げ出さないように、私を助けに来る人間を入れないように、無関係の赤の他人に目撃されたり不審に思われないように出入り口に門番を置いていても不思議はない。
 屋敷の周囲は塀に囲まれていて基本的に出入り口からしか出入りできない。
 塀をよじ登って侵入したり、脱出したりするのはよほど運動神経が優れていて体格の良い人間にしかできない。
 
 でも、この問題も私なら理術を使えば簡単に解決できる。
 屋敷の塀よりも高い部屋の窓から理術で飛び出し、そのまま塀を飛び越えて脱出できる。

 4つ目の問題点は「助けを求めた相手が助けてくれるか」ということだ。
 この領地の警備隊に助けを求めても、この領地の領主が私を誘拐したリース男爵夫妻と北部辺境伯家へおもねった場合、私はリース男爵夫妻達に身柄を渡されて再び捕まることになる。
 私はこの領地の民ではないから領主は私を守る義務は無い。この領地に税を納めてもいない何の利益も齎さない人間を保護も庇護もする価値はない。
 領主は自分の領地の治安維持のために自領での犯罪行為を取り締まる必要性はあるが、自領の民でもない被害者をわざわざ助ける義務は無い。

 私が単なる平民でしかなければ、損得勘定や貴族の自己保身や貴族同士の馴れ合いなどから貴族である領主が自分とは無関係の平民を犠牲にして自領の安寧を優先することを選ぶこともあるだろう。

 しかし、私が南部辺境伯家の娘であればこの領地の領主は見捨てることも見て見ぬふりもできなくなる。

 南部辺境伯家の娘が自領で監禁されているのを放置し容認すれば南部辺境伯家との揉め事になる。貴族同士の揉め事が大きくなれば国が介入してくる可能性がある。そうなれば国に痛くもない腹を探られることにもなりかねない。
 
 自分の領地に国からの介入をされることを歓迎する領主はいない。
 
 何の問題もなく領地を納めて国へ税を納めることが領主の責務だ。
 国に領地へ介入されるということは、その領主の責務が満足に果たせていないことを全国に曝されることになる。
 国の介入は自分が無能な領主だという烙印を押されるような恥ずかしいことだ。だから、国の介入は領主であるならば誰もが回避したいと考える。
 
 だから、貴族同士、領地同士の揉め事はなるべく避けようとする。

 今回の場合なら、南部辺境伯家の娘と称している私を保護して南部辺境伯家へ引き渡すことで自分達は誘拐にも監禁にも無関係だと身の潔白を主張して巻き込まれないようにするのが最も領地や領主の被害が少ないだろう。

 そういうわけで私がマルグリットに協力を頼んだのは2つ目の問題点に関してだけだ。
 
 当初、マルグリットの協力が無い場合は真夜中の暗闇に乗じて逃げようと考えていた。それでも屋敷内で誰かに見つかる可能性は0ではない。

 私は屋敷内で誰かに見られた時に捕まる危険性を低くするためにマルグリットに協力を依頼した。

 籠の中身はマルグリットの予備のメイド服だ。これが私の切り札となる。

 私はマルグリットに変装して屋敷内を歩いてマルグリットの部屋まで移動する。そして、マルグリットの部屋で町中を歩いても目立たない服に着替えてマルグリットの部屋の窓から飛んで脱出する。

 マルグリットのふりをすれば屋敷内で誰かに見られたりすれ違ってもすぐには不審には思われない。
 姿を見られたら即座に捕まるという危険性は変装することでかなり低くすることができる。

 この屋敷内でマルグリットのことを詳しく知っている人間はリース男爵夫妻しかいない。それ以外の人間はほぼ初対面の赤の他人だ。
 マルグリットはこの屋敷に来てから必要最低限の仕事をするだけでまだ個人的に親しくする人も会話を交わす人もいないそうだ。
 だから、リース男爵夫妻と出会わない限りはマルグリットに変装した私がマルグリットではないとばれる可能性は低い。

 脱出は夜明け前だから、リース男爵夫妻はほぼ確実にまだ寝ているはずだ。貴族の起床時間はかなり遅い。完全に日が昇ってからでないとベッドから出ては来ない。

 だから、ほぼリース男爵夫妻と鉢合わせする可能性は無い。

 脱出時間を真夜中ではなく明け方にしたのは明かりの問題だ。

 真夜中だと屋敷の中だけでなく、町中も真っ暗だ。
 普通に真夜中の人通りの無い夜の町は危険だ。
 警備隊の詰め所の位置なども全く分からない。土地勘の無い場所では脱出した後にどこにも行けずに途方に暮れるしかない。
 
 それでもマルグリットの協力が得られなければ屋敷の外の危険を承知で真夜中に脱出するしかなかった。
 
 マルグリットのおかげで屋敷の外での危険を減らすことができた。

 私はマルグリットに感謝しながら、夜明けまでの短い時間を少しでも回復に充てるために目を瞑った。
 
 
 
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