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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

21 提案④ 報告書 後半

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 婚約破棄騒動から狂言誘拐未遂事件までが報告書の前半部分だ。

 これだけでももう十分過ぎるほどに衝撃を受けたが、後半部分はもっと酷かった。

 狂言誘拐に失敗したリース男爵夫妻はその後に何食わぬ顔で愛娘が誘拐されたと大騒ぎして悲劇の主人公を演じた。
 しかし、ただ嘆き悲しむだけで、捜査に協力的ではなく実際に娘を探そうとは動かないリース男爵夫妻への周囲からの視線は冷たかった。

 本当に探す気があるなら人を雇って捜索するか、懸賞金をかけるなどするが二人は口先で悲しむだけで何もしない。

 リース男爵夫妻は娘が見つかり、誘拐犯のならず者が捕まって自分達の狂言誘拐の計画が知られることを恐れて、内心では娘が発見されることを望んではいなかったのだから何もしなかったのも当然だ。
 
 婚約破棄騒動を知っている人たちはリース男爵夫妻がどこかで同じようなことをして恨みを買ったせいにちがいないと自業自得だと思われたり、侯爵家から勘当されているマルコシアスと関わり合いになりたくないと自己保身を考える人たちからは表面上だけの最低限の同情しか買えなかった。
 結局、被害者のフリをしたリース男爵夫妻は誰からも手を差し伸べられることはなく冷たく突き放されて厳しい現実を改めて突きつけられ、苦しい生活は何も変わらないままだった。

 現状に焦ったリース男爵夫妻は何をとち狂ったのか、周囲からの同情を買うために、誘拐された娘と同じ年齢の女児を孤児院から養女として引き取り娘と同じ名前を付けて育て始めた。

 その養女はブリジットと同じ黒髪黒瞳であり、自分に似ている養女を殊の外可愛がって育てたそうだが、そんなことでは周囲からの評判も環境も何も変わらなかった。

 ところが、誘拐事件の1年後にリース男爵夫妻とは直接関係のないところから事態は好転する。

 マルコシアスとブリジットを目の敵にしていた侯爵家の重鎮であったマグダレーナが寿命により亡くなった。
 その後にも立て続けに侯爵家は不幸に見舞われる。
 マグダレーナの死から一ヶ月後に、侯爵家の跡継ぎである長男とその妻が事故によって亡くなる。
 その半年後、侯爵家の新しい跡継ぎとなった次男が突然の病によって死去する。

 こうして、あっという間にイスラ侯爵家には長男夫妻の一人娘しか直系の子孫がいなくなってしまった。

 そのことに危機感を抱いたマルコシアスの父親であるイスラ侯爵は三男のマルコシアスの勘当を解いて関係性を修復することにした。

 そのおかげでマルコシアスは実家からの金銭的援助と就職先の口利きを受け、貧しい生活から脱却することができた。
 豊かな暮らしだけではなく、侯爵家との関係改善により周囲からの扱いは格段に良くなり、リース男爵夫妻は当初思い描いていた理想的な幸せな生活を送ることができるようになる。

 本当にリース男爵夫妻は悪運だけは強かったようだ。
 自分たちは何の努力もせず、他人の死や不幸によって自分たちにとって都合の良い状況になったのだから。

 しかし、何もかも全てがリース男爵夫妻にとって都合良くいったわけではない。

 イスラ侯爵は跡継ぎを長男が残した孫娘と決めて、マルコシアスを跡継ぎにはしなかった。
 マルコシアスには叔父の立場で跡継ぎの孫娘を手助けしてもらうことを目的に勘当が解かれただけだった。

 リース男爵家に入れられたマルコシアスは侯爵家の籍から抹消されている。
 勘当までされているマルコシアスはそのままではイスラ侯爵家に関わること、近づくことは許されなかった。
 勘当が解かれたことで侯爵家との繋がりは戻り、正式に親族として関わることができるようになる。

 マルコシアスに侯爵家を継がせるためにはもう一度マルコシアスの籍をイスラ侯爵家に戻さなければならない。リース男爵を他の誰かに継がせてマルコシアスを侯爵家の籍に再び入れ戻すという方法などもあるが、侯爵はその方法は取らなかった。
 
 万が一、孫娘の身に何かあったとしてもマルコシアスには侯爵家を継がせず、遠縁の親戚の者に継がせると遺言書まで書いている。

 それ程までにマルコシアスには侯爵家を継がせないというイスラ侯爵の強い意思を感じる。

 マルコシアスに侯爵家を継がせたら侯爵家が潰れて断絶してしまうと侯爵は考えたのだろう。
 それだけジュリアーナとの婚約破棄というマルコシアスの愚行は侯爵家の人間としてはあり得ない暴挙だった。

 それでも親子の情により、マルコシアスを頼る気持ちと助けたい気持ちと信じたい気持ちによって勘当を解いてしまっている。

 そんな侯爵の気持ちを知ってか知らずか、リース男爵夫妻は長男を連れて頻繁に侯爵家へ通っている。

 現在は跡継ぎの孫娘と自分達の息子を結婚させて侯爵家の権力を得ようと画策して、表面上は友好的に動いている。

 その甲斐があってか、イスラ侯爵家に保管されていたマグダレーナの肖像画を持ち出すことができたようだ。

 私の情報はやはり北部辺境伯家から得ていた。

 ジュリアーナとの婚約破棄にも協力していたマルコシアスの学友である北部辺境伯家の次男は今でもマルコシアスと付き合いがある。
 リース男爵夫妻の誘拐された娘と同じ年頃でリース男爵夫妻に似た女性を学園の発表会で見かけたと北部辺境伯家の次男がリース男爵夫妻に伝えた。

 ところが、今の生活にそれなりに満足している二人はすっかり誘拐された娘のことなど忘れていて特に何の興味も示さなかった。
 しかし、北部辺境伯の次男はリース男爵夫妻の実の娘と自分の息子との結婚を提案し、結納金として多額の金銭を支払うことを仄めかした。結婚して親戚になったら、リース男爵家の長男と侯爵家の跡継ぎの孫娘との婚約を後押しすることも約束した。

 北部辺境伯家の次男の提案に目がくらんだリース男爵夫妻は北部辺境伯の次男に唆されるがままに動き、私に会いに来た。

 そんな面倒なことを画策した北部辺境伯家の次男の目的は北部辺境伯家の当主の座だ。

 最初に私の飛行術に目を付けたのは長男の方だった。
 長男は北部辺境伯家が天涯教団への影響力を高めて完全に掌握するために私を利用しようと考えた。
 しかし、その計画は教団内にも漏れてしまい、教団幹部連中も私の身柄を確保しようと考えた。
 それで私の身柄を確保するために最初の自称両親連中達が現れることになった。

 それを利用して長男よりも優位に立ち、教団での影響力を得るために私の身柄を自分が確保しようと考えた次男が私のことを調べてリース男爵夫妻を利用することを考えた。


 これで私に会いに来た自称両親連中とリース男爵夫妻の目的が分かった。
 リース男爵夫妻は天涯教団とは直接の関係は無く、単に北部辺境伯家の次男に都合良く使われているだけだった。

 報告書にはリース男爵家の他の家族のことも簡単に記載されている。

 リース男爵家の長男は両親に従順な良い子として育ったようだ。
 勉学に励み、貴族の学院ではそれなりに優秀な成績を収めている。
 侯爵家の親戚ということで上位貴族と同じ扱いを受け、第二王子の側近として選ばている。
 その第二王子の側近として第二王子と共に学園にも通っている。
 
 問題は養女として引き取られた女の子の方だ。

 ブリジットは養女を溺愛して可愛がって育てていた。
 まるで犬猫のような愛玩動物を可愛がるかのように。
 相手のことを何も考えず、ただただ一方的に可愛がり甘やかした。

 貴族子女として必要な教育や躾などは一切せず、猫可愛がりし続けた。

 そして、貴族の学園に行く年齢になった時、ブリジットは彼女へ言った。
 「あなたは学院になんか行かなくて良いの。結婚しないあなたには行く必要なんて無いんだから。あなたはずーっとあたしたちと一緒にいるのよ!」

 基本的に貴族として対外的に認知されるためには貴族学院へ通い卒業しなくてはならない。
 貴族学院へ子女を入学させることは貴族の義務の一つだ。
 これは養女として戸籍上その貴族の一員になっている場合も当て嵌まる。

 貴族学院を卒業していない者は貴族社会では他の貴族から後ろ指を指されて何かと差別されて不利益を被り、理不尽な目に遭う。

 しかし、リース男爵夫妻は養女を病弱で学院には通わせられないと虚偽の申告を届け出て学院の入学免除を受けた。

 今現在、リース男爵夫妻の養女はブリジットの侍女のような扱いをされている。

 数年前、大きく育ってかわいい子どもではなくなった養女に「あなたを引き取ってここまで育てた恩を働いて返しなさい」とブリジットは言い放ち、ブリジットに扱き使われるようになった。

 リース男爵夫妻は養女のことを家族扱いしていない。同じ人間として見ていない。
 ペットや人形や玩具や道具として扱っている。

 私はそんなリース男爵夫妻に育てられた養女に心底同情し、そんなリース男爵夫妻に育てられなかった自分の幸運に感謝した。

 そして、まるで私の身代わりになってそんな目に遭ってしまった養女に罪悪感を覚えた。

 
 
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