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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

17 手紙

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 私は緊張と困惑でその手紙を持つ手が震える。

 なんとかその震えを抑え込みながら、封筒を開封して折り畳まれている手紙を開く。

 手紙にはとても達筆で立派な見本のような貴族文字が描かれている。
 文面も貴族表現のお手本のような無駄に長い装飾語が用いられていて解読に少し時間を要した。

 それでも一般的な貴族文字と貴族表現だけが使われていて、あまり珍しい文字や表現は無かったので助かった。

 時々、流行で古代のマイナーな貴族文字が復活して一時だけあちこちで使用されたり、教養の高い一部の貴族しか理解できないような古典の表現が貴族の間で用いられることがある。

 貴族文字が並ぶ手紙を見て一瞬「解読できなかったらどうしよう」と不安に思ったがそれは杞憂で済んだ。

 しかし、無事に解読できたから安心できるかというとそうではない。
 今度は解読した手紙の内容に頭を悩ませることになった。

 解読した手紙の内容はとてもシンプルだ。

 「明日会って話がしたい。学園都市にある南部辺境伯の別邸に招待する。この手紙のことはジュリアーナには内密にして一人で来るように。明日の昼に迎えの馬車を送るのでそれに乗って来てほしい」

 頭が痛い。
 この手紙を見なかったことにしたい。
 はっきり言ってこの手紙は脅迫状で召喚状だ。
 こちらの意思は無視されている。
 期日指定で迎えまで用意されている。
 拒否権はない。無視もできない。逃亡も不可能。
 完全に強制連行だ。
 南部辺境伯からの直々の呼び出しを周囲に漏らすなと脅迫めいたことまでわざわざ書いてある。
 ジュリアーナのことを名指しだが、他人の耳に入ればどこからジュリアーナに漏れるか分かったものではない。

 結論としてこの手紙の内容は誰にも話せない。
 
 でも、心配そうに私を見守っているライラにだけは手紙の内容を伝えた。私が留守の間のフォローを頼まなければならないのだから事情の説明をせずに黙っておくことはできない。

 「ど、どういうことですか!?こんな無理矢理にルリエラ様を自邸に呼びつけるなんて!いくら南部辺境伯でもあまりにも非常識です!!」

 ライラは心配と怒りを綯い交ぜにして叫んでいる。

 私は手紙の内容を特に非常識だと思わなかったから手紙を解読したときに怒りは湧かなかったが、言われてみれば結構非常識で失礼だと気付いた。

 これまであまりにも非常識な人間と接し過ぎていたせいで感覚が麻痺してしまってたようだ。

 アポ無しでいきなり突然押し掛けてくるのではなく、わざわざ前日に手紙を送り自宅に招待してくれた。
 自称両親と騙り、遠慮なしに馴れ馴れしく図々しい内容の手紙ではなく、体裁が整っている礼儀正しい手紙を送ってくれた。
 相手からの招待だからこちらがお茶や菓子の用意をしなくても済むから助かる。
 
 そんなことを思ったから南部辺境伯のちゃんと他人として礼儀正しく節度ある対応に感動していた。

 でも、普通は招待の前日に手紙を送らない。
 相手の都合を考慮して最低でも3日前には連絡する。
 相手からの了承の手紙無しに迎えの馬車を手配はしない。
 そもそも相手の意向を尋ねずに自邸への訪問を強制している。
 この手紙はあまりにも非常識で失礼だ。

 でも、私はどうしてもこの手紙の差出人をそこまで非常識で失礼な人だとは思えない。

 この手紙は本当に形式に則った丁寧で礼儀正しい見本のような手紙だ。

 私はこんな貴族が貴族に送るような立派な手紙をこれまで受け取ったことはない。

 こんなに形式張った手紙は私からジュリアーナへ正式にお礼を述べるために出した御礼状くらいだ。

 普段のジュリアーナとの手紙のやり取りでは貴族文字ではなく一般文字を使用している。
 最初こそ文面も堅苦しかったが、今では砕けて気軽なやり取りをしている。
 だから、ジュリアーナからもこのような手紙はもらったことがない。


 内容は確かに非常識だが、嫌がらせで小難しい貴族文字や貴族表現を用いてはいない。読みやすい文字や表現にはこちらへの配慮が感じられる礼儀正しい手紙だ。

 だから、逆に内容がこれだけ非常識で失礼なのは何か理由があるようにも思える。

 何だかとっても焦っているように感じる。

 一体、南部辺境伯は何をそこまで焦っているのだろう?

 会ったこともない南部辺境伯の思惑も心情も私には分からない。

 だが、この手紙は私にとっては渡りに船でしかない。

 南部辺境伯には尋ねたいことが山程ある。
 でも、私から南部辺境伯に面会依頼を出して会うには敷居が高すぎる。それに、貴族でもない私の申し出にまともに応えてもらえると期待できない。
 だから、自分から南部辺境伯に聞きに行くことは考えていなかった。

 これは千載一遇のチャンスだ。
 
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 私は不安よりもやる気が勝ってきた。

 ライラは私が行く気満々の様子を見て怒りは収まってきたが心配は消えていない。

 ライラには南部辺境伯が私を誘拐(保護)したことは伝えていない。
 分からないことがあり過ぎてジュリアーナと話した内容はまだライラには何も話していない。
 唯一ライラに伝えたことは私の養子先を探していることだけだ。

 ライラは南部辺境伯がジュリアーナの父親ということは知っている。
 それでもライラは手紙の内容から相手に不信感を募らせて警戒心から私を心配している。

 あまりにも心配するライラは自分も絶対に一緒に行くと言ったが私は断った。

 一人というのは逆に私には都合が良い。
 自分1人だけならいざとなれば武力行使、ではなく理術行使で逃げ出せる。
 
 他人がいては一緒に飛んで逃げることはまだ難しい。
 足手まといだからと遠回しに言うとライラは渋々諦めてくれた。

 「……でも、日が暮れるまでにルリエラ様が帰ってこなければジュリアーナ様に助けを求めに行きますから!」とライラに断言されて、私はそれを渋々了承した。

 それからは大急ぎで明日の準備に取り掛かった。

 まずは明日の予定のキャンセルをしなければならない。アヤタへ急用ができたので明日は休みだと連絡する。
 それから明日の衣装と髪型などをライラと相談する。

 仮にも南部辺境伯という高位貴族からの招待。こちらから失礼があってはならない。
 貴族の邸宅に招かれるに相応しい装いをして行かなければこちらの品位と常識と礼儀が疑われてしまう。

 ジュリアーナの屋敷でいろいろ学んでいるライラのおかげで装いに関しては問題ないようだ。ライラがとっても張り切っているのでそこは全てお任せして大丈夫そうだ。

 だから、私はジュリアーナから教わった礼儀作法をまとめた紙を引っ張り出して必死に復習している。

 外側が問題無くても中身に問題があれば全て台無しになる。高位貴族の前で失態を犯さないようにしなければならない。

 それと、これまでの情報をまとめて南部辺境伯から最低限聞き出すことのリストを作成する。

 このリスト通りに聞き出せるかは分からないが、尋ねたい事柄の優先順位だけでも決めておかなければいざという時に何も訊けなかったら困る。

 そんなことをしていたらあっという間に時間は過ぎ、翌日となり、ライラの手で準備を終えた私は南部辺境伯の紋章が付いた立派な馬車に一人で乗り込み心配そうに見送るライラを残して馬車は出発した。
 
 不安はある。
 でも、それ以上に期待がある。
 
 南部辺境伯から何が得られるのかという期待が。

 それでも流石に期待に胸躍る程ではない。
 私は大人しく馬車に揺られながら、不安を胸の奥に押し隠し、期待を胸に強く抱いて馬車が停まるのをただ静かに待った。

 

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