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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

14 賽は投げられた⑦ 依頼

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 互いの目はまだ赤いが涙は完全に乾いている。

 互いに完全に落ち着きを取り戻したところで、私はジュリアーナに私の現状を全て打ち明けた。

 自称両親連中との騒動、共食い作戦という企み、リース男爵家とのやりとり、天涯教団という黒幕、私の仮説や不安などを洗いざらい全てジュリアーナへぶちまけた。

 「……そういう訳で、リース男爵家の言う親切な人が北部辺境伯である場合は一刻の猶予もありません。このままでは私は天涯教団に飼い殺しにされる危険が高いです。私はその最悪の事態を避けるために、ジュリアーナにお願いがあります。厚かましいお願いなのですが、私の養子先を紹介していただけないでしょうか?」

 図々しい願いだということは百も承知の上だ。
 それでもリース男爵夫妻との親子関係が確実だと判明した以上、本当に私には一刻の猶予も無い。
 ここで対策を講じなければ、私はこのままリース男爵夫妻の元に連れ去られ、利用され、搾取され、奪われるだけの人生を歩むことになる。
 今の私の幸せな生活が壊されて、私の夢と誓いは永遠に叶わないものになってしまう。

 「………養子先の紹介ですか?ルリエラが心配するように貴女を取り込むには実の親として貴女の親権を正式に手に入れるのが最も手っ取り早く確実な方法でしょう。その手段を潰すために別の人間と養子縁組をしてしまえば実の親であったとしても簡単には貴女の親権を手に入れることはできなくなります。それならわたくしが貴女と養子縁組をするという方法も取れるのに、わたくし以外の相手との養子縁組を望む理由はなぜかしら?」

 「……この騒動と北部辺境伯が無関係とは思えないからです。天涯教団は北部辺境伯と深い関わりがあります。私が他の人と養子縁組をして簡単には手に入れられなくなったからとすぐに諦めてくれれば良いのですが、そうでない場合は北部辺境伯という大貴族とやりあうことになります。北部辺境伯でも簡単には手が出せない人と養子縁組をしなければなりません。そうではない人ではその人まで危険な目に遭わせることになります。もし、養子縁組できる相手が見つからない場合は私は旅に出ます」

 養子縁組という解決手段が取れない場合は、次点の手段として逃亡を選択するしかない。

 リース男爵から正式に実子としての照会と戸籍の復縁要請を私が育った領地の領主にされたら、領主にも私にも拒否することができない。
 私の戸籍であるマルグリット・リースの戸籍は既に登録されているので、リース男爵夫妻には養子縁組の必要はない。
 私が孤児院で育った理由が育児放棄や虐待ではなく、誘拐という両親の過失や罪ではない以上、親子関係が認められたら誘拐された子を親元へ返還することを拒否することは領主にもできない。
 そして、親子関係が正式に認められて領主がリース男爵夫妻の元へ戸籍を戻すことを認可したら、子である私に親を拒否する権利は存在しない。
 私がリース男爵夫妻との親子関係を否定する証拠を示すか、リース男爵家によほどの問題がない限り領主はリース男爵夫妻の要求を認めるしかない。
 リース男爵家が借金だらけで生活に困窮している程度の問題であれば、実の親子関係の前では問題にはならない。
 リース男爵家に子を育てることができないほど明確な失態や汚点、親として失格と見なされる程の過失や罪がなければ実の親子関係が認められ、子を誘拐された被害者であるリース男爵夫妻の実の娘との親子関係を拒否することは難しい。
 それこそ、犯罪者として牢に入れられているという状態か、子の誘拐に親が何らかの関与があったと証明されない限りは。

 私ではリース男爵夫妻との親子関係を否定する証拠も誘拐に関与していたという証拠も犯罪を犯しているという証拠も手に入れられない。

 だから、リース男爵夫妻から逃げるためには物理的に逃亡するしか方法がない。

 研究のためとして成人までの2年間行方をくらませる。

 行方不明者とは何の手続きもできない。

 これは本当に最後の最悪な最終手段だ。

 行方をくらませたら私は認定理術師としての力を失うことになる。

 学園内での権力や基盤や影響力などは全て消えてしまう。
 学園内での私の居場所は無くなる。
 逃亡しながらでは研究も滞る。
 下手をしたら認定理術師の資格を剥奪される可能性もある。
 私の夢も希望も遠ざかることになる。
 
 それだけの犠牲を払っても、私はあの二人の元へは行きたくない。あの二人の娘にはなりたくない。

 これは感情的な問題ではない。危機回避の問題だ。

 あの二人は信用できない。
 あの二人のことが生理的に信用できない。
 生理的に嫌悪するのとは違い、嫌いだから、苦手だからという理由であの二人が実の両親であっても関わりたくないと言っているのではない。

 正直に言って、リース男爵夫妻のことは個人的にお近づきになりたくはない人種だとは思うが今のところはまだ特に嫌いというわけでもない。
 好きも嫌いも無い。ただ信用できない。
 
 言葉では説明できない。
 直接何かをされたわけでもない。何か根拠があるわけでもない。
 だけど、直感的になぜかどうしても信用できない。信用してはいけない相手だと反射的に思ってしまった。
 生理的に信用できないとしか言えない。



 「確かに、わたくしでは北部辺境伯には太刀打ちできないでしょう。今のわたくしは貴族ではなく一介の商人でしかありません。貴族としての力は無いに等しい状態です。この国で商売をしている限りは北部辺境伯の影響も無視することはできないでしょう」

 言外にジュリアーナの立場と身分では力が足りないと言ってしまったが、ジュリアーナはそれを認めてくれた。
 しかし、私としてはジュリアーナを巻き込みたくないからジュリアーナとだけは養子縁組をしたくないというのが本心だ。

 「──分かりました。貴女の養子先を探しましょう。条件に合う相手を見つけるのは難しいでしょうが、急いで探します。わたくしも貴女を見失いたくはないですからね」

 ジュリアーナは寂しそうに笑って、私の依頼を承ってくれた。

 これは速さの問題だ。
 リース男爵夫妻が正式に私を実子として照会して戸籍の復縁要請を領主に申し立てするまでに私がリース男爵夫妻以外の人と養子縁組することができるかどうかに私の今後が懸かっている。

 リース男爵夫妻がわざわざ私のところへ来た理由は私を丸め込んで私からの証言と希望を添えて領主へ申請をするためだろう。
 本人が誘拐の事実と両親の無過失を認め、両親の元へ帰ることを希望したならば、領主の調査は最低限のものとなる。
 提出書類の不備が無く、簡単な事実確認が済めば申請は受理される。

 しかし、私からの証言と希望が無ければ、徹底的に事件や主張の真偽の調査が行われることになる。
 それこそ誘拐当時の様子から現在の経済状況まで。
 実の親であっても領主による面接もきっちり行われることになるだろう。
 最終的に親子関係が認められて申請が受理されるとしても数ヶ月は時間がかかることになる。

 リース男爵夫妻には探られると困ることがあるのかもしれない。
 
 それでも私の懐柔が不可能だと諦めてしまえば、多少の不利益や不都合には目をつむり領主への申請を強行してしまう可能性は高い。



 私とジュリアーナは養子縁組相手について話し合った。

 私の希望は「天涯孤独の独身の船乗り」か「この国に戸籍はあるが国外で暮らしている人」だ。
 貴族との関わりを持たず、貴族からの影響を受けない立場の人が養子先に望ましい。そして、私自身に関心を持たず、理術に興味の無い人間でなけれならない。

 養子縁組の対価として養子縁組中の2年間は養育費という名目である程度のお金を渡す。成人後は養子縁組を解消し、養子縁組解消後の10年間は生活費の名目でお金を渡す。
 戸籍だけを貸してもらい、互いに家族としての交流はしない。相手の生活に口を出さない。戸籍上だけの関係。
 そういう金銭による対価で養子縁組の契約を交わせる相手がいい。

 そのような相手との養子縁組を領主が許可してくれるかという不安はあるが、孤児院長のシスターマリナに事前に事情を説明して領主に口添えしてもらえば拒否はされないだろう。


 ジュリアーナは外国との取引もあり、貿易船も持っているので私の希望に合う相手を見つけられるかもしれないと言ってくれた。

 本当にジュリアーナの好意や愛情に甘えて、厚意に縋ることしかできない私は情けなくて恥ずかしい。それでも背に腹は代えられない。
 私は厚顔無恥な人間ではないことを示し、ジュリアーナへの感謝を伝えるために「よろしくお願いします」と神妙な口調で述べてジュリアーナへ深く頭を下げた。




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