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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

8 賽は投げられた①

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 約束した時間通りにジュリアーナの屋敷に着くと中庭に案内される。

 応接室では仕事の話、中庭やダイニングルームではお茶やお菓子や食事を楽しみながらプライベートな話をする。

 それが私とジュリアーナの間にいつの間にかできていたルールだ。

 今回はただ「話したいことがある」とだけ伝えて会う約束をした。
 仕事ならその用件も伝えるが、用件がなくただ会って話がしたいということでプライベートだと判断されたようだ。

 話の内容は確かにプライベートなことだ。それは間違い無い。
 でも、この中庭で話す話題として相応しいかと問われると相応しくは無い。

 この中庭はジュリアーナの私的な特別な空間だ。
 単なる外部からの客をここに通すことはしない。
 この中庭はジュリアーナが心安らぐ場所であり、他人を入れて歓待する社交的な場所ではない。

 この庭は観賞用ではなく派手ではない。
 手は掛かっているが、可愛らしい小ぶりな花が多い。
 食用のハーブや実が収穫できる植物も植えられていて、野菜や果樹も植えられている。
 この中庭は単に花を愛でるだけではなく、畑や果樹園の役割も果たしている。

 見栄えが良く匂いの強い花、高価で希少な変わった品種の植物、一切の無駄のない整然と整理されて刈り込まれた草木。
 そういった庭ではない。

 どの植物も自由にのびのびと自然に育っている。
 
 美しさではなく、安らぎと温かさを感じられる素朴で可愛らしいお庭。

 ジュリアーナが心を慰め、安らげ、リラックスする場所。

 だからこそ私がこれからする話はここで話すには相応しく無い。

 でも、だからといってジュリアーナのお屋敷で話す場所を変えることは私にはできない。
 私から話がしたいということだから、ジュリアーナを私の研究室に呼び出すこともできなかった。

 だから、ここで重たくて苦しくて辛い話を私から切り出さなくてはならない。

 アフタヌーンティーの準備がされている中庭にジュリアーナは椅子に座って待っていた。でも、私の姿が見えると笑顔で立ち上がって迎えてくれた。

 互いに席に着き、メイド達がお茶を淹れてくれる。テーブルの上が整うと、メイド達は少し離れた場所に待機して、私とジュリアーナの二人きりになる。

 いつもはもう少し近くに使用人は待機して、お茶が空になったり、お菓子が減ったりするとすぐに補充してくれるが、今日は声が聞こえない距離まで離れている。私と共に来たライラもおなじように離れている。
 今日はこちらが呼ばない限りは近くには来ないみたいだ。

 いつもと違う様子に戸惑っていると、ジュリアーナが先に話しかけてきた。

 「ルリエラ、大丈夫ですか?何か問題でも起こりましたか?わたくしで良ければいくらでも相談に乗りますよ」

 ジュリアーナは私を案じて心配そうに、それでいて私を安心させるように優しく微笑んでいる。

 一体ジュリアーナはどこまで知っているのだろうか?
 ジュリアーナのその表情からは何も読めない。
 ただ私を心の底から心配してくれていることしか分からない。

 でも、絶対にそれだけではない。

 アヤタが自称両親連中の情報収集や天涯教団を調査するとき、アジュール商会の力も使っただろうから、私の事情をジュリアーナは当然把握しているだろう。

 しかし、この件で私からジュリアーナに話したことはない。ジュリアーナから私に話をしたこともない。

 お互いにこの話題には一切触れずにこれまでやってきた。

 私の産みの親に関しては互いに触れないことが暗黙のルールになっていた。
 そのルールによって上手くやってこれていた。

 ジュリアーナはそれが今日破られることが分かっているのだろうか?

 ジュリアーナの様子からは分からない。

 分からないけど、お膳立てはされている。

 私は覚悟を決めてジュリアーナとしっかり目を合わせる。
 ジュリアーナはそんな私を優しく包み込むように見つめ返してくれる。

 「……ジュリアーナ、あの……、マグダレーナ様という女性をジュリアーナは知っていますか?」

 私は無駄話はせず、誤魔化しもぼかしもせず、遠回りもせず、一直線に最短ルートで本題に切り込んだ。

 唐突な私の質問に一瞬だけジュリアーナは戸惑いの表情を浮かべたが、すぐにその戸惑いは優しげで美しい笑顔の下に埋もれた。

 「……マグダレーナ様ね……。何人かその名前の女性を知っているわ。ルリエラが言っているのはどこのマグダレーナ様かしら?」

 「──先代のイスラ侯爵夫人のマグダレーナ様です」

 言ってしまった。これでもう後戻りはできない。

 ジュリアーナは私の言葉に一瞬言葉を詰まらせた。 
 でも、すぐに答えてくれた。

 「……前イスラ侯爵夫人のマグダレーナ様は知っているわ。わたくしの大叔母様よ」

 ジュリアーナの答えに泣きたくなる。
 私の予想が当たっていることが確実になった。
 
 ジュリアーナがマグダレーナを「大叔母」と認めたことで完全に後には引けなくなった。

 私は深呼吸をして、覚悟を決めて一気に言葉を吐き出す。

 「先日、その方の肖像画を拝見しました。ジュリアーナととても似ていて驚いたのですが、ジュリアーナの大叔母様なら納得です」

 ジュリアーナは優しげな表情を浮かべたまま私の言葉に一切表情を変えない。動揺も驚愕もしていない。何も聞いてこない。
 私はそのまま話を続ける。

 「その方の孫というマルコシアス・リース男爵とブリジット・リース男爵夫人がその肖像画を持って私を訪ねて来たんです。リース男爵はその方が私の曾祖母だと言いました。そして、私はマルコシアス・リース男爵とブリジット・リース男爵夫人の娘のマルグリット・リースだと二人は言いました」

 ジュリアーナは何も言わない。ただ静かに私の言葉を持っている。

 「それが事実だとすればジュリアーナは私のはとこ叔母になりますね?ジュリアーナは私の出生について何か知りませんか?もし知っているのなら教えてください。お願いします!」

 私は涙目になりながらなんとかこの言葉を勢いに任せて絞り出した。

 ジュリアーナは私の言葉と懇願を受け止めるように一度目を閉じた。
 次にジュリアーナが目を開けるとその瞳には覚悟と深い悲哀と寂寥が宿っていた。

 「……ルリエラ、わたくしには貴女のことを貴女に告げる資格がありませんでした。でも、貴女が望むのならわたくしが知っていることを貴女に話しましょう」

 ジュリアーナの言葉にはとても真摯で真剣な響きが感じられた。
 そこに「なぜ今まで何も教えてくれなかったのか!?」という詰問を挟む余地は無い。
 私はジュリアーナの気迫に気圧されそうになりながらも再度ジュリアーナに「話してほしい」と懇願する。

 ジュリアーナは私の願いを受けて、落ち着き払った様子で静かに語り始めた。



 
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