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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

8 乗り物①

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 ライラとアヤタのおかげで箒で空を飛ぶことは物理的にも身体的にも合理的にも常識的にも不適格であるということをやっと受け入れることができた。

 箒に跨り挟み込むことはできても箒に乗ることはできない。箒は乗り物ではない。
 箒に跨り続けるには一流のアスリート並の筋肉と筋力と握力と体力とバランス感覚と反射神経などが必要。運動神経の良くない凡人には不可能。
 箒で空を飛べたとしても両手か片手が常に塞がる。荷物を載せることもできない。不便極まりない。
 箒に跨がることは異常な行動でしかなく社会的に誰からも受け入れられない。箒に跨がれば変人扱いはどうやっても避けられない。

 冷静に客観的に考えれば無理して箒で空を飛ぶ利点がどこにも存在しなかった。冷静になった後に必死に頑張って探したけれど、良いところを見つけられなくて愕然となった。

 本当にただの私の夢物語に対する憧れで箒に拘っていただけだった。

 空を飛べる道具が箒しかないのなら、どんな努力をしてでも、どんな危険があっても、どれだけ周囲から変な目で見られても、空を飛びたい人なら誰でも箒に乗るだろう。
 だが、空を飛ぶ手段に箒を使う必要がどこにもないならば、誰もわざわざ箒で空を飛ぼうとはしない。
 この世界には箒で空を飛ぶ必要も意味も理由も利点も何も無い。寧ろ、不都合や不利益や危険や欠点しかない。

 こうして見ると、どうして前世の彼女の世界では箒で空を飛ぶ物語があったのか不思議で仕方がない。
 きっと現実では絶対に飛べないからこそ箒で空を飛ぶなどという荒唐無稽で支離滅裂で非合理的で非現実的な夢物語ができたに違いない。

 私の中でそう結論づけたことでやっと箒への未練を完全に断ち切ることができた。

 ここは前世の彼女の世界とは異なる世界だ。理術という魔法のような力で空を飛ぶことができる世界。この世界は夢物語ではない。私が生きている現実の世界だ。
 だから、前世の彼女の想いに囚われていてはいけない。彼女の想いに引きずられている場合ではない。

 私は欲を出してしまった。
 前世の彼女の憧れを実現できるかもしれないという可能性が見えて、彼女の願いを叶えたいという欲に囚われてしまった。

 自分のためではなく、前世の彼女のためという大義名分によって思考を放棄して私は箒に執着した。

 私は現実を見ないで、自分が作り上げた箒で空を飛ぶことに憧れている前世の彼女の幻影だけを見ていた。
 
 前世の彼女のせいではない。
 これは私が自分で墓穴を掘ってそこに嵌っていただけだ。完全なる自業自得。

 前世の彼女は理解のある潔い人だから、彼女なら箒は空を飛ぶには向かないものだと理解してくれて、箒を諦めることを笑って受け入れて、箒に固執することはないはずだと、落ち着いて考えれば分かる。

 だから、箒で空を飛べない真っ当な理由がありながら箒に拘り続けるのは単なる私の我儘で、私の自己満足のためでしかなかった。

 ライラに私の身体を心配して泣かれ、アヤタに理詰めで箒の使用を反対されながら無謀なことをするなと叱られたとき、やっと私が作り上げた箒で空を飛ぶことに憧れている前世の彼女の幻影が消えた。

 前世の彼女がいれば、ライラとアヤタと同じように箒に拘り続ける私を心配して、諦めるように説得したはずだ。

 私が箒に拘ることは前世の彼女を現実を見れない女だと馬鹿にして侮辱する行為だったと冷静になった後に気付いて一人で反省した。



 こうして私の迷走は終わり、怪我が治るまで2週間安静にしたあと、やっと本格的に空を飛ぶ乗り物を探し始めた。
 

 前回の検証の結果として、空を飛ぶ道具として丸太、椅子、シーツは適さないことが判明している。

 丸太と椅子は座ることはできても空を飛ぶという動くことには適さない。傾くとバランスを崩して座面から滑り落ちる危険性が高い。
 シーツは人を乗せるには強度が足りなかった。

 まず最初に前回は検証できなかった人を乗せても破けないくらい強度のある布で実験することにした。

 人を一人支えて浮かべるほどしっかりとした絨毯のような分厚くて丈夫な布は超高級品で貴族やお金持ちの屋敷にしかない。
 高級品過ぎて床に敷かずに、そのような絨毯はむしろ壁にタペストリーのように掛けて使われている。

 当然、この国有数の商会の長であるジュリアーナの屋敷にはその超高級品である絨毯がタペストリーとして壁に掛けられていた。
 鮮やかな青地に金と銀の線が踊り、複雑な模様を描いている。幾何学模様でありながらも海にも空にも見える不思議で神秘的な美しいタペストリーだ。

 しかし、私が注目したのはその神秘的な模様ではなく、そのサイズだった。
 私の両腕を伸ばしたくらいの正方形で大き過ぎず小さ過ぎないちょうどよい大きさに惹かれて私はジュリアーナにその立派なタペストリーを貸してほしいとお願いした。

 ジュリアーナが「それなら差し上げますわ。何も気にせずに存分に実験に使ってください」と快く無償でプレゼントしてくれた。
 
 ジュリアーナの厚意を無下にすることになるので感謝して笑顔で受け取ることしかできなかった。
 これなら最初から「実験に使うから同じサイズのタペストリーを買いたい」と頼めばよかった。
 こんな高級品である必要はなく、丈夫であるなら無地でいいのだから。

 この実験の結果にはある程度予想を立てていたから借りればいいと安易に考えたのがいけなかった。
 
 そんな後悔をしてもどうにもならないので、私はもらったタペストリーを持って帰り早速実験を行った。

 タペストリーの中心に座り込み理術でタペストリーを浮かせた。
 まず四角がゆっくりと浮かび上がり、私が載っている部分をその四角の部分で持ち上げるようにして浮び上がった。
 二人の人間が布の四角を持ち上げて上に載っている人を持ち上げるような状態で浮かんでいく。

 前世の彼女の世界の魔法の空飛ぶ絨毯のように全体を水平に、地面と平行にするように理術をかけようとしたが、飛行には無意味な理力とその状態を維持し続けるとても繊細な技と高い集中力を必要とする。

 布をピンと張るためだけに無駄な理力と理術と集中力と注意力を割かなければならない。
 そうしなければ布の四角だけを掴んで持ち上がげて荷物を運ぶかのような状態で空を飛ぶことになる。

 箒よりは体勢はマシだが、安定はしない。座っているというよりも包まれて運ばれているだけなので乗り心地は良くはない。
 
 予想していた通りタペストリーや絨毯などの布製の柔らかい素材は乗り物には向いていないことが判明した。

 結局、もらったタペストリーは私の寝室の壁に掛けることになった。
 

 
 
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