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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

7 大人の階段

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 ある程度正式な媒体が決まったところで、ずっと後回しにしていた課題と向き合わなければならなくなった。

 「どうやって空を飛ぶか」という具体的な方法について考えなければならない。

 媒体を使って私に直接理術をかけるか、媒体を使って他の物に理術をかけて飛ぶか、直接媒体自体に理術をかけて飛ぶか、それについては答えはすでに出ている。

 媒体をガラス玉にした結果、「直接媒体自体に理術をかけて飛ぶ」ことは不可能になった。
 ガラス玉では人を乗せることはできないし、強度や重さの関係で空を飛ぶ乗り物には不適格だ。

 一人で飛ぶだけなら、媒体から自分に理術をかけて飛ぶことはできるが、やはり媒体を使っても多少は理術の威力が自分の中の理力と相殺されて、威力が落ちてしまう。
 それに、媒体を使っても他人や生き物には直接理術をかけることはできないから、乗り物無しでガラス玉の媒体だけで他人も一緒に飛んだり、他人だけを飛ばすことはできない。

 相殺を受けずに威力を出すには、やはり道具を使うしかない。
 他人を運んだりするにも、乗り物が必要になる。
 乗り物に理術をかければ相殺はされない。その乗り物に乗れば他人も空を飛ぶことができる。

 媒体無しだと本来の理術の10%程度くらいの威力しか出せなかったが、ガラス玉を媒体として使うと体内の理力と理術の相殺が抑えられてほぼ相殺無しで理術が使えるようになる。

 媒体に込められる理力の量によって理術の威力が左右されることになるが、今の試作段階のガラスでも70%の理力を込めてその90%がそのまま理術として威力を発揮できる。
 これまでの媒体無しの10%や適当なガラス片の媒体の30%から質の良いガラス玉の媒体によって63%まで理術の威力を上げることができた。

 単純計算だが、媒体を使うだけで、これまで媒体無しだった人は約6倍の理術を使えるようになる。

 私はそれによって不可能を可能にできるかもしれないという希望を抱いてしまった。

 以前の検証の結果として、空を飛ぶ乗り物に箒は相応しくないという答えは出ていたが、私はその結果を素直に受け入れて箒で飛ぶことを諦められなかった。

 前世の彼女の世界の影響で前世の彼女は箒に跨って空を自由自在に飛び回ることに子どものような純粋な憧れを抱いていた。
 夢と現実を一緒にして、箒に乗れば空を飛べると純粋に信じてはいなかったが、心の奥底では信じていた。
 子どもなら一度は箒に跨って飛べないかと試してしまうように、何の根拠もなく「もしかしたら箒で空を飛べるかもしれない」という夢と「箒で空を飛びたい」という願望を前世の彼女も持っていた。
 私もその影響からか「箒で空を飛びたい」という願望に取り憑かれていた。
 箒で空を飛ぶ欠点や具体的な方法や細かい理屈などを深く考えずに純粋な憧れだけで空を飛ぶ乗り物として箒に固執した。

 こちらの世界には「箒に跨がって人が空を飛ぶ」という物語は存在していない。
 だから、こちらの世界では箒に跨がって空を飛ぶ人間は、前世の彼女の世界で丸太に跨がって空を飛ぶのと同じくらい理解不能で摩訶不思議で受け入れがたい人とされてしまう。

 でも、空を飛ぶ乗り物として箒が最適な乗り物だと証明できれば、そのような固定観念は吹き飛ばせると楽観的に考えた。

 私は理術の威力向上によって、子どもの夢のような願望を諦めきれずにもう一度箒で空を飛ぶことにチャレンジした。

 しかし、箒に跨って空を飛ぶのは理術とは全く別の問題で難しかった。

 まず、箒のような細い木の棒に跨って両足を地面に着けないで空中で体勢を維持するという基本的なことがとても難しかった。
 細い木の棒に跨り、その木の棒を両手で握って上体を起こした体勢を維持するには太腿で木の棒を強く挟んで、足首を木の棒に引っかけて前傾の姿勢で身体を支え続けなければならない。

 その姿勢を箒の上で維持するための手の握力と太腿の筋肉と上体を支え続ける腹筋と全身の身体のいろんな部分の筋肉が私には足りていなかった。
 ある程度は理術を自分にかけて負担を減らすことはできたが、完全に負担を0にすることはできない。やはり自分自身の身体能力だけでその体勢を維持できることが箒に乗る前提になる。
 私は箒に乗るために必死に筋肉と握力を鍛えることにした。

 それでもやはり基本的なことができていないので、箒に跨がって飛ぼうとすると理力よりも体力や身体の方が先に限界を迎えてしまう。

 研究室の中で箒に跨がって飛ぶ練習をしていたが、空中でバランスを崩して手だけで箒にぶら下がったり、太股で箒を挟んだ状態で上半身がひっくり返って真っ逆さまになって豚の丸焼きのような体勢になってしまったりした。
 体勢を崩さなくても、長時間細い木の棒に跨がっていれば、太腿の挟む力が弱くなっていき、箒が徐々に身に食い込んでいろいろと痛い思いもした。

 箒に横乗りになる体勢も再び何度か試してみたが、上半身を捻って前方に顔を向ける体勢なので、長時間その姿勢は腰が痛くなった。
 横乗りは箒に跨がって乗る以上に身体を支えるのが箒を握っている手と浅く腰かけているお尻だけになるので、動くと体勢がすぐに不安定になり何度も地面に落ちかけた。

 私は真剣に真面目に熱心に本気で箒に乗って空を飛べないかと試行錯誤を繰り返していたが、傍から見たら気が狂っているとしか思えない状態だっただろう。
 そんな私を正気に戻そうとしてくるライラとアヤタは私にとっては邪魔な人間でしかなかった。

 二人とも私がなぜそこまで箒に拘るのか理解ができなくて、何とか箒に乗って飛ぶのを止めさせようと何度も説得された。

 ライラは「箒に跨がるのは女性としてあまりにもはしたない行為です」と注意したり、「箒だといつ落ちてしまってもおかしくありません。可能でしたら、箒では飛ばないでください」と懇願された。

 アヤタは「なぜ箒で空を飛ぶことに拘るのですか?もっと他に適した物があるはずです。わたしが推す物も試してみてください」と提案された。

 私はそんな二人の言葉に耳を傾けなかった。全く現実が見えていなくて、夢の世界に一人でいた。

 憧れだけが先行して、その憧れを何とか現実のものにしようと箒に固執して話を聞かなかった。
 自分の力を過信して驕っていた。
 自分の子どものような純粋な憧れが努力によって現実に実現できるかもしれないと思うと我慢できなかった。

 何の根拠も無いのに「大丈夫。箒で空を飛べるはずだから」と頑なに主張して実験を続けた。

 でも、箒で飛ぶ特訓を始めて10日経ったころに研究室内での何度目かの飛行実験で私は怪我を負った。

 箒に跨がって天井近くまで浮かんでいたとき、突然箒が真っ二つに折れた。
 自分がバランスを崩して落ちるときは予兆があるので備えることができるが、箒が折れる突然のアクシデントに私は迅速に対処できなかった。

 このときは気の緩みと身体の辛さで、体勢を維持するための最低限の理術を自分にかけることを優先していて、重力を0にしてゆっくりと空中から降りていく理術をかけていなかった。
 何度も箒から落ちてしまい落ちることに対する慣れから箒から落ちそうになったら理術をかければいいと油断していた。

 箒が折れたことで、箒にかけていた飛行の理術は解けてしまい、箒はただの木の棒になった。体勢維持の理術だけでは空中に浮くことはできない。
 室内であまり高く飛んでいなかったからあっという間に床に達してしまい対処する暇が無かったことも災いした。
 私は2メートル近い高さから床へと落下した。
 体勢維持の理術だけはかけていたので、多少は衝撃を軽減することができたことは幸いだった。
 自分の体重を40キログラムだとすると、体勢維持の理術によって10キログラム程度になっていたので、落ちたときに受ける衝撃が減っていた。
 それでも0にはならなかった。
 私は着地するときに右手首を捻ってしまい、捻挫してしまった。

 床に転落して激突した私にすぐにライラとアヤタが駆け寄り手当をしてくれた。

 手当をされながら私は「やってしまった」と油断と失敗については反省して恥ずかしく思ったが、それでもまだ箒に乗る意思は消えていなかった。

 でも、手当が終わった後にライラに本気で泣かれ、アヤタに本気で叱られ、やっと夢から覚めて現実に戻ってきた。痛みだけでは現実には戻ってこられなかった。

 私以外の人は「箒は乗り物ではない」「箒は空を飛ぶ乗り物には向かない」と分かっていたのに私だけがただの憧れだけで現実を直視せずに箒で空を飛ぶことに拘っていた。
 これは子どもの遊びでも趣味でもない。
 理術師としての仕事であり、命のかかる危険なことだ。
 我儘な子どものように自分の憧れだけで行動してはいけなかったとやっと心から反省した。

 ライラとアヤタの二人に心から心配されて、叱られたことでやっと現実と向き合うことができた。憧れから目を離して、純然たる事実だけを直視できるようになった。

 どう見ても箒は乗り物ではない。箒は乗り物には向いていない。箒に乗って飛ぶことは現実的ではない。

 箒は掃いて掃除をする道具であり、人が乗る道具ではないという基本的な真実にやっと気付いた。箒が乗り物という間違った認識をやっと改めることができた。

 「人は箒に乗って空を飛ぶことはできない」とようやく悟ることができた。

 現実を直視して、憧れと現実は違うと理解して、現実を受け入れて、私はこうしてやっと少し大人になることができた。





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