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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

30 一番星③ もう一つ

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 私の中に星への願い事がもう一つ生まれていた。

 「ジュリアーナに見捨てられませんように」

 そんな卑屈で醜くて薄汚く浅ましい願いが私の中にあった。

 私が本当に恐れていることは苦しむことではなく失うことだった。

 私が一番恐れていることは、ジュリアーナを失うこと。

 失うことを何よりも恐れているのは、その相手に依存しているから。

 それは私が彼女の理由が分からない無条件の優しさと好意に依存して甘えている証拠だ。

 私は恐れている。
 いつかジュリアーナから愛想を尽かされることを。
 ジュリアーナからの理由不明の無条件の優しさを失ってしまうことを。
 ジュリアーナの態度がある日突然急変して余所余所しくなってしまうことを。
 
 ジュリアーナは確実に私に好意を抱いており、本当に優しくしてくれているが、その理由は全く分からない。

 唯一の心当たりとして私と血の繋がった親という可能性があるが、それも私の妄想の域を出ない根拠の無い不確かなものだ。

 しかし、万が一彼女の優しさと好意の理由が血の繋がりによるものだった場合、血の繋がりが否定されれば彼女の優しさと好意が確実に失われることになる。

 血の繋がりという事実は通常ならば消えたり変わったりすることはない永遠に未来永劫不変的なものだ。
 だから、血の繋がりを根拠とする好意は簡単には消えて無くなることはなく、普通ならば安心感と信頼感を得られる。

 でも、私とジュリアーナは違う。
 私にはジュリアーナとの血の繋がりを何一つ証明できない。
 親に関して未練や執着がない代わりに、私は自分の親について何も知らないし、何も覚えてもいない。

 ジュリアーナが何かの切っ掛けで私との血の繋がりを確信したとしても、何か別の切っ掛けで私との血の繋がりが否定される可能性はある。そうなった場合、私はそれを否定する手段を何も持たない。

 科学的な遺伝子検査などで確実な血縁関係を誰も証明できないのだから、ジュリアーナが私との血の繋がりを勘違いしているだけという可能性は否定できない。

 血の繋がりにより生じた好意によって優しくされるのならば、その根底が覆るとき、その優しさも好意も消えることになる。

 それならば、血の繋がりなどという不確かな理由ではなく、全く別の原因によって好意を持たれ、親切にされている方が安心できる。

 だから、私はジュリアーナと血の繋がりが無いことを望んでいた。



 一番星を見つめながらそんなことを考えている自分自身があまりにも情けなくて泣きたくなってきた。


 
 ジュリアーナに甘えて縋り付いて、他力本願なことをを願ったり望んだりしている今の私はかなり格好悪くて恥ずかしい。
 甘えて傲慢な私は目をそむけたくなるほど醜悪だ。
 こんな私は育ての親であるシスターマリナに顔向けできない。
 私は誓った。胸を張って彼女に会いに行くと。
 こんな私では胸を張れない。

 
 私は一番星から目を逸らして俯いた。

 私はジュリアーナを失いたくない。
 それは本心だ。
 
 でも、ジュリアーナは物ではない。
 ジュリアーナは私とは別の考えや感情がある一人の人間だ。
 だから、ジュリアーナがいつか私との付き合いを辞める日がくるかもしれない。

 血の繋がりがあるという理由で私に好意を抱いて優しくしてくれていただけで、実は私とは血の繋がりが無くかったということもあるかもしれない。
 血の繋がりとは全く別の理由で私に好意を抱いて優しくしてくれていたが、何かの理由でジュリアーナからの好意が消えてなくなり、私とは疎遠になるかもしれない。
 私が気付いていないだけで、本当はジュリアーナなりの仕事上の打算か何かがあって、仕事が失敗すれば態度が変わってしまうかもしれない。

 血の繋がりがあろうと無かろうと、私が今のジュリアーナとの関係を失う可能性は常に存在する。

 でも、それは仕方ない。
 誰にも他人に自分への好意や愛情を強要する権利は無い。義務では他人に好意や愛情は抱けない。
 私もジュリアーナも自由だ。
 他人を束縛することはできない。
 縋り付くのはみっともない。

 私は私であり、ジュリアーナはジュリアーナだ。

 今のジュリアーナとの心地よい関係を維持し続けたいと願うなら、私は努力しなければいけない。

 血縁関係は何の努力も無しに成立するがそれはただの事実でしかない。

 でも、親子関係や夫婦関係、家族関係、友人関係、恋人関係、仕事関係などの人間関係は努力しないと成立しないし維持できない。
 何もしなければ消滅したり、崩壊したりする。
 どんな人間関係でも良好で長期間の関係は互いに維持する努力を怠っては成り立たない。

 何の苦労も努力もしてないけど関係を維持できていると言う人間は相手に苦労を背負わせていることに気付いていないだけだろう。

 血の繋がりや夫婦や家族という法律上の繋がりは関係を築く上でのただの土台でしかない。その上に築く関係は互いに努力して組み上げて繋いでいくものだ。
 血の繋がりがあるだけで、親子関係が自動的に勝手に築かれる訳ではない。

 現に今、私の目の前に血の繋がりがある人間が現れたとしても、その人間との間には何の関わりも繋がりも存在していない。血の繋がりという土台だけあっても、その上には何も存在していない。
 親子関係も家族関係も親族関係も何もない。何の交流もしておらず、関わりを持たず、情も抱いていなくて、何の縁も結んでいない。
 親が私を捨てて、親であることを放棄し、親である務めを果たさなかったから、血の繋がりのある生みの親と親子関係を築くことはできなかった。
 いくら血の繋がりのある親であっても、親として子を育てるという最低限の努力をしていなければ、親子関係は築かれない。

 前世の彼女の親は彼女を育てていた。血の繋がりという土台の上に努力や愛情や忍耐や苦労などでしっかりとした親子関係を築いていた。
 前世の彼女の親子関係や家族関係の維持では両親のかなりの努力が見えていた。
 前世の彼女は全く気付いていなかったが、子の我儘や都合や体調に親がかなり振り回されていた。
 前世の彼女の良好な親子関係は親の努力や忍耐や苦労の末に成り立っていたが、子である彼女はそれを当然の関係だと思い込んでいた。
 少しでも彼女の親が努力を放棄してしまえば、彼女が当たり前だと思っていた温かで心地よくて幸せな関係は壊れてしまうということに彼女は全く気付いていなかった。
 前世の彼女も成長して、親への愛情に応えるために少しでも健康になろうと、自分の為だけではなく親の為にも我慢強く治療を受けたり、親への負担を減らそうと、親へ気を遣って笑顔を浮かべるなどの努力をしていた。

 血の繋がりという強固で絶対に壊れない土台の上に目に見える糸で繋がっているような親子関係でも、互いにその糸が切れないように、糸を手放さないように努力していた。

 村の孤児院での関係もやはり互いに努力していたから成り立っていた。
 こちらは互いに他人同士で0から関係を作っていく間柄だから、互いの歩み寄りや理解が必要だった。
 何の土台も無いから、まずは関係を構築するための土台作りから始めなければならなかった。その上、他人同士という何の縁もゆかりも無い関係は蜘蛛の糸のように細くて切れやすい糸でしか繋がっていなかったが、だからこそ、その繋がりを維持するために、切れないように注意を払っていた。

 ライラとは姉妹のような関係を築いていたが、私の暴走でその関係は壊れてしまった。
 互いに歩み寄ることなく、そのままただの同じ孤児院にいるだけの他人になってしまい、同じ孤児院の仲間という土台の上に再び互いの関係を築き直すことができないまま別れてしまった。
 学園で再会して、元同じ孤児院にいた人間という脆い土台しかなかったが、私とライラは互いに歩み寄り、再び新たな関係を築くことができた。
 今では、雇用主と従業員という土台の上に信頼関係や友達関係をしっかりと築いて、それが壊れてしまわないように互いに努力しあっている。

 関係の土台がどれだけ強固であっても、その上に築いていく関係は互いへの気遣いや配慮が無ければ、どんな関係でも崩壊してしまう。

 勘違いしてはいけない。血の繋がりがあろうが無かろうが互いに相手を尊重しあえなければ良好な関係は築けないし、維持していくこともできない。

 結局は努力次第だ。
 それでも、関係が崩れるときは崩れてしまうこともあるのだから、それはもう諦めて受け入れるしかない。
 私はジュリアーナのことが好きだ。頼りになる人だから失いたくないのではない。純粋にジュリアーナのことが好きだから、仲良く付き合っていたい。
 だからこそ、相手の都合や自分の事情次第では付き合いを控えて疎遠になる覚悟も必要だ。

 でも、それを理由にして何も自分から関係維持のための努力をしないで最初から諦めてしまうことはただの怠慢でしかない。

 自分がジュリアーナの好意の上に胡坐をかいて甘えて増長して傲慢になっていたのは正さなければならない。
 そこは反省して直す必要がある。

 相手への感謝を忘れない。礼儀正しく接する。
 他人行儀になるかもしれないが、ジュリアーナとは他人なのだから適切な距離感は必要だ。
 私とジュリアーナの関係の土台は仕事上のパートナーであり、その上に信頼関係や個人的に親密で良好な関係を構築している。
 血の繋がりという土台の上に親子関係も家族関係も築いていないのだから、血の繋がりの有無で壊れる関係は存在していない…はずだ。
 土台を越えて関係以上の厚遇を受けたり甘えたりしていたから、土台ごと関係が壊れてしまう危険がでてきた。

 甘えない。こちらも好意を伝える。感謝を示す。お礼をする。恩を返す。
 人として当たり前のことをする。
 今までが甘えすぎて一方的に甘受してもらい過ぎていた。それを遠慮も感謝もしないで、当然のものだと黙って受け取っていた。

 助けてもらったり、便宜を図ってもらったり、親切にしてもらったり、好意を受け取ったならば、お礼をするのは当然。
 それを蔑ろにしていたこれまでの自分が間違っていた。とても傲慢だった。

 感謝を伝えたり、喜びを伝えたり、お礼を述べたりするのが礼儀で常識だ。

 今までが礼儀知らずで常識外れだった。

 それを許してくれていたジュリアーナも甘くて特別扱いだったということだが、やはりジュリアーナだけに負担をかけて、一方的に与えられている現状は異常だ。

 親しき中にも礼儀あり。

 迷惑を掛けたり、失礼なことをしたなら、謝罪しなければならない。

 形にして気持ちを示さなければならない。
 何もしなくても、言わなくても分かってくれると期待して甘えて何もしないのはただの甘えでしかない。

 これまでの甘えた態度を改めよう。
 今のジュリアーナとの良好な関係を正常な形で維持できるように私も努力しなければならない。

 今回の件について正式にお礼を伝えよう。
 助けてくれたことについてお礼状を出そう。
 お礼の品も渡そう。
 目に見える形でしっかりと気持ちを伝えよう。恥ずかしいとか、何もしなくても伝わるとか、何もする必要などないと甘えてはいけない。

 お金をかけた豪華な品は贈れないけど、花やお菓子を贈ろう。
 ジュリアーナには大輪の真っ赤な薔薇が似合うけど、彼女の好みである彼女の好きな可憐で小さな淡い色合いの花で作った花束とバームに合う手作りのお菓子など高価ではないが気持ちを籠めた品を贈ろう。私の感謝と好意の気持ちが伝わるように。

 私はそう決心して一番星に願った。

 「ジュリアーナとの良好な関係が変わらずにずっと続きますように」

 いつかこの願いが叶わなくなるか、変わってしまう日がくるかもしれない。
 それでも私は一番星にその願いを叶えられるように応援を頼んだ。

 その時、そろそろ船が港に着くとアヤタに声を掛けられて、私はそちらへと振り向いた。

 背後で私の願いを受け取ったと応えるように大きく一番星が瞬いたことに気づかないまま、私はジュリアーナへのお礼状の文面と新しいお菓子について考えながら船を降りた。




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