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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

18 注文③

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 それから職人との会話はそれなりに落ち着いてスムーズに進んだ。

 最初はやはり私に何を訊かれるのかと戦々恐々として、質問に答えられない場合はどうなってしまうのだろうかと不安げでぎこちなかったが、私が注文者として真面目に真剣に訊ねていることを理解してからは、二人も下手に怯えることなく、真剣に答えてくれるようになった。

 私の質問が知識的には専門的でありながら、ガラスの技術的な面では素人でしかないことも話をしているうちに分かってくれたのか、自然と他の工房のスパイ疑惑は晴れたようだ。

 しかし、どれだけ会話を重ねても私と彼らの間に分厚い壁のようなものが感じられる。
 マッシモとモーリスはこちらの機嫌を損ねないように気を配りながら話していて、遠慮の無く忌憚の無い会話をすることはできない。

 二人の態度は固くてよそよそしく、二人との心理的な距離が遠く、それを縮めることがどうしてもできない。
 そのせいで私も彼らも互いに遠慮しあってしまいなかなか率直で素直な意見を言えないし、聞けないのが非常にもどかしい。


 会話の中で私は理術と媒体についてできる限り分かりやすく説明し、媒体としてガラスを使うことも説明した。

 「……分かりました。理術師様がお望みなのは理術の媒体という道具としてのガラスなのですね。ガラスを食器や入れ物や装飾品としてそれ自体を使うのではなく、理術を使うための道具として利用されるということですか」

 マッシモが少し不機嫌そうな様子でそう溢した。

 消耗品のように使い捨てにするための道具を作って欲しいと言っているようなものだから気を悪くされても仕方がないのかもしれない。

 彼らが作ったガラスの品物を飾るでも、身に付けるでも、末永く大切に手に持って使用するというのでもない。
 道具として消耗すると言っているようなものだ。

 獲物を狩るために矢を弓で射るように、理術を使うために媒体としてのガラスが欲しいといのは矢のような消耗品だけをわざわざ職人に特別に作ってほしいと言っているに等しい。

 ずっと大切に使う弓の方ではなく、使い捨てになる矢のような消耗品の方を望んまれているということは芸術品のようなガラス細工を作る職人にとっては侮辱のような注文かもしれない。

 このままでも注文すれば二人は私が注文する品を作ってくれるだろう。
 不満があっても、内心では作りたくなくても、ジュリアーナやアジュール商会の手前断ることは絶対にできない。

 でも、私はそんなことは望んでいない。

 「ジュリアーナ、お願いがあります」

 突然、私がジュリアーナにおねだりをし始めたので、マッシモとモーリスは面食らっている。
 私の呼び掛けにジュリアーナは「何かしら」と笑顔でこちらに顔を向けてくれた。

 「席を外していただけないのでしょうか。これはアジュール商会の注文ではなく、理術師としての私個人の注文ですから」

 ジュリアーナは私の不躾な言葉に不愉快な表情を浮かべることもなく、落ち着いた様子で素直に私のお願いを受け入れてくれた。

 「わかりました。では、わたくしは工房の方へ行かせていただきますね。でも、何か困ったことがあれば呼んでください。すぐに戻ってきますから」
 
 ジュリアーナは微妙に二人を脅しながら穏やかにそう言い置いて、護衛のハサンを連れて優雅に部屋から出て行った。

 ジュリアーナが出て行くのを呆気に取られながら見送っていたマッシモとモーリスは事態を飲み込めずに呆然としている。

 「それでは自己紹介をもう一度させていただきますね」


 まずは自分の身分について二人に詳しく説明した。
 私がただの平民であることも話した。

 自分で自分のことを話すというのは、自慢しているみたいでとても恥ずかしかった。

 羞恥心や自己嫌悪に駆られながらも、現在の学園の認定理術師という身分と立場がどのようなものかを説明し終えると、二人からは尊敬するような目で見られた。

 それから自分が空を飛ぶ理術を研究開発していることも正直に話した。

 理術を見たことも無い二人にとっては夢のような話で簡単に信じられるものではないが、目の前でティーカップを理術で浮かべて見せると信じてもらえた。

 そうしてやっと私はジュリアーナを追い出す必要があった本題へと入った。


 「あ、あの!私の注文は決してあなた方を軽んじているわけではありません。多くのガラスの中でここの工房のガラスが最も理術の媒体として優れていたからあなた方にお願いしたくてここまで来ました。一点物の特別な芸術品を求めているわけではないのですが、私の望む媒体としてのガラスはあなた方にしか作れません。どうか私に力を貸してください」

 私は頭を下げた。

 ジュリアーナの前で二人に頭を下げることはできなかった。
 ジュリアーナがいるとそれはアジュール商会の人間として頭を下げることになり、アジュール商会が彼らに借りを作ることになる。

 これは私個人の注文であり、私個人が頭を下げている。
 理術師として必要だから、理術師の私が頭を下げて彼らに協力を要請している。

 
 私の望みは「空を自由に飛ぶこと」だ。

 そのためならばいくらでも頭を下げることはできるし、誠意だって見せるし、時間だって掛けるし、労力も手間も払う。

 だからこの島までわざわざ時間をかけて来た。

 私はどうしても最適な媒体を手に入れたい。
 現状では媒体が無ければ浮かぶことだけしかできない。

 もっと複雑で威力の高い理術を行使するためには媒体が不可欠だ。

 私自体は別に偉くも何とも無いただの小娘でしかない。認定理術師として侮られたりするわけにはいかないが、貴族でもなんでも無いただの平民だ。

 全然偉くないし、特別でもない。

 私は私の望みのために認定理術師となり、認定理術師としての責務を果たそうとしている。
 認定理術師としての権威を貶めないように、他人から侮られたり舐められたりすることは許容してはいけない。
 そのようなことが許されると勘違いさせる態度を取ることも自分に許してはいけない。

 でも、少し勘違いしていた。
 自分自身が偉くなったと勘違いして驕っていたようだ。私はかなり上から目線で彼らと接していた。

 今必要なのは彼らの協力だ。
 その協力を得られるのなら、誠意を見せなければならない。
 私が彼らの協力が欲しいのだから。

 身分は私の方が上だとしても、私が彼らにお願いする立場だ。
 命令できる立場ではないし、命令したいとも思わない。強制して無理矢理手伝わせたいわけでも、使役したいわけでもない。

 ただ、対等な関係で報酬を支払って私の望む物を作ってもらいたいだけ。
 どうせなら彼ら自身も喜んで私に積極的に協力してもらいたい。
 お互いに有益な協力関係を築きたい。




 頭を下げている私でも分かるくらに、二人から困惑している様子が感じられたが、すぐにその様子は収まり、「顔を上げてください」とモーリスから声が掛けられた。

 私が顔を上げて二人を見ると、怖いくらいに真剣な表情の二人と目が合った。

 私は更に重ねてお願いしようと口を開こうとすると、それをモーリスが目で止めた。 

 「お客様が頭を下げないでください。そこまで求められて職人として断ることはできません。理術師様が望むような品を作れるようにこちらも気合いを入れて取り組ませていただきます」
 
 モーリスが笑顔でそう請け負ってくれた。
 マッシモも「俺に任せろ!」とでもいうような誇らしげな顔で私を見ている。

 私は不覚にも嬉しくて泣きそうになってしまった。
 


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