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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

2 呼び名

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 これまでの会談は私が港町のアジュール商会本店に行くか、ジュリアーナが学園都市の私の研究室に来るかだった。
 しかし、今日はこれまでとは違う場所で会談をする。

 いつも通りに迎えに来てくれたアジュール商会の馬車に私とライラの二人で乗った。本日はアヤタは勤務日ではないので同行していない。

 舗装されている道を安定した一定の速さで馬車は走り、のんびりと揺られて15分ほどで止まった。

 馬車が停止した場所は学園から程近い広い庭付き一戸建ての立派なお屋敷ばかりが立ち並ぶ超高級住宅街の一画。
 馬車の窓から外を見ると、私の目の前には当然のようにとても立派なお屋敷がある。

 このお屋敷はアジュール商会の学園都市支店だ。
 商品を売買する店舗は大通りに以前から構えているが、それとは別の用途で使用する建物であり、主に商会長であるジュリアーナの別宅としての役割を果たすらしい。

 ジュリアーナが個人的に買ったのか、それともアジュール商会が商会の建物として買ったのかは知らないが、いつの間にかこの学園都市にお屋敷を一軒購入し、それを改築していた。
 家具などの調度品を運び込んだり、屋敷の管理をする人間を雇ったり、色々な作業を終えてやっと使えるようになったということで、本日私がこのお屋敷に招待された。
 
 港町のアジュール商会の本店には及ばないが、3階建てで噴水もある広い庭が付いているとても立派なお屋敷だ。
 周囲の屋敷の赤茶色の屋根とは違い、このお屋敷は屋根が青い。
 窓枠やカーテンなども青色を使用しており、この学園都市の家々の雰囲気とはすこし異なったお屋敷になっている。

 目立ってはいるが、落ち着いた青い色が使われているので、派手さは無くて高級感や重厚感などがあり、周囲から浮いてはいない。
 
 ここまで学園から馬車で15分かかったが、同じ道を徒歩では約1時間くらいはかかる。しかし、馬車が通れない細い道や階段などを使えば20分くらいで着けそうだ。
 
 このお屋敷の青い屋根は上から眺めるととても目立つ。

 学園は丘にある学園都市の一番頂上の高い位置にあるので、学園の屋上から見下ろすとこの青い屋根を見つけることができる。
 きっと空を飛んで行けば5分とかからないで到着することができるだろう。

 いつかは空を飛んでここまで来てみたいと思いながら馬車を降りていると、驚いたことにジュリアーナが屋敷の玄関の外側で立っていた。

 普通は主人は応接室に座って待っていて、使用人に応接室まで案内させるものだ。
 その屋敷の主人が玄関の外まで出迎えに来るというのは、主人よりも目上の立場の者か主人が応接室で待っていられないくらいに早く会いたいと個人的に望む相手に限られる。

 これまでジュリアーナが玄関まで出迎えに来ていたことは一度も無かった。

 私が馬車から降りて玄関に歩いて行くよりも早く、ジュリアーナが玄関から優美な姿で歩きながら私の方へ笑顔を見せながら向かって来る。

 「ようこそ、ルリエラ。貴女と会えるのを首を長くしてお待ちしていました」

 「あ…お、お出迎えありがとうございます、ジュリアーナさ…ジュリアーナ。私も貴女に会える日を心待にしておりました」

 私とジュリアーナのやりとりをライラも含めた周囲の人々が驚いた表情で見つめている。

 ジュリアーナは自然体でいつも通りに優美で上品でありながらも親しげな様子で私に接しており、私はそんなジュリアーナに戸惑いながらも同じように親しげに振る舞おうと必死に努力しているというなんともチグハグな光景だ。



 ジュリアーナとはこの数ヶ月の間に何度も会って色々な話をしてきた。
 
 大抵は私が港町のアジュール商会の本店に赴いて、そこで会談を行ってきた。
 商品開発部門へ出向いたり、直接担当者たちと試作品を改良しながら話をしたりするのには私が港町まで行く方が効率が良かったからだ。
 
 私がアジュール商会へ行くと必ずジュリアーナが居た。ジュリアーナ以外の人は用件などによって相手が替わったが、ジュリアーナだけは毎回必ずどんな話であっても同席していた。

 そうしていくと、仕事の話でお茶を飲むだけで終わるのではなく、午前中から会談で一緒にいると共に昼食を食べたり、仕事が夕方過ぎにまで及ぶと夕食をご馳走になることもあり、個人的な会話もするようになる。
 
 食事中まで仕事の話では息苦しいので、それなりに軽い話題である料理の話をしたり、私の故郷の村の話をしたり、ジュリアーナからは異国のカルバーン帝国の話を聞いたりと、差し障りの無い範囲で楽しくお喋りをした。

 だから、ジュリアーナと話した時間、過ごした時間はそれなりに積み重なっていった。

 そういう交流があったからなのか、前回にジュリアーナと会談後に別れる間際に偶々ジュリアーナと二人きりになった時、ジュリアーナから、

 「これからはわたくしのことは他人行儀の敬称は無くしてただ『ジュリアーナ』とだけで呼んでくださいませ」

 とお願いされてしまった。
 
 ジュリアーナは私よりも歳上で立派で素敵で上品で優雅で、私とは全く別の世界の女性であり、そんな方を畏れ多くて呼び捨てになど簡単にはできない。
 歳上の女性に対して呼び捨てで名前を呼ぶなどという発想すら私の中には一切存在していなかった。
 私がジュリアーナを「ジュリアーナ様」と呼ぶのは常識であり、本能的に当然のことだった。

 私がジュリアーナを呼び捨てにすることは絶対にあり得ないことだった。

 でも、ジュリアーナからなぜか呼び捨てで名前を呼んで欲しいと乞われてしまった。

 私とジュリアーナの共同経営者という関係性を考えても拒否することはできない。 

 呼び捨てにしたくないとか、親しくなりたくないとかいう理由ではなく、ただただ違和感がすごい。

 「え!そんなことして本当にいいの!?」という許されないことのような、悪いことをしているように感じてしまう。
 本能的に、生理的に、反射的に、ジュリアーナは自分よりも格上の存在だと感じ取ってしまっている。

 そんな相手を対等に呼び捨てにするなど、違和感が半端ない。

 無理だと辞退したいが、そんなことは絶対にできない。

 私に許されることは、「ありがとうございます。それでは私のことも『ルリエラ』とお呼びください」と嬉しそうに笑顔でそう答えることだけだった。

 私の答えを聞いた瞬間にジュリアーナは心の底から嬉しそうに、はにかむような少女のような笑顔を浮かべた。
 その笑顔が可愛いと反射的に思ってしまった私はなぜか無償に罪悪感のような背徳感のようなものを感じてしまった。

 あの日から手紙でのやり取りはあったが、直接顔を会わせるのは今日が初めてだった。

 手紙にはこれまでと変わったところは一切無く、あの時にジュリアーナが言った言葉は実は嘘や冗談であり、もう忘れてしまって無かったことになっているかもしれないと半信半疑になっていた。


 心のどこかで「嘘か冗談だったらいいな」と期待していたけれど、それと同じくらいに「嘘や冗談ではないといいな」と願っていたので、今のジュリアーナの態度に戸惑いつつも安堵する自分がいる。
 
 でも、私がジュリアーナを「ジュリアーナ」と呼ぶことに慣れる日がいつになるかは自分でも分からない。
 意識しないとすぐに「ジュリアーナ様」と呼んでしまいそうだ。

 気を付けようと心に刻み付けながら、これまでよりも柔らかな笑みを浮かべて親しげに接してくれるジュリアーナの案内に従い驚いている周囲の人たちを置き去りにしながら屋敷の中へと私は足を踏み入れた。






 
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