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第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!

10 外見

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 朝の目覚めはとても爽やかだった。
 昨日は適度に肉体的な疲労があったおかげで、緊張から商談に失敗する悪夢にうなされることもなく気持ちよく熟睡できた。

 本物の貴族というわけではないので、いつも通りにライラが起こしに来る前に起きて自分で着替えて身だしなみを整える。

 髪型はいつも通りの三つ編みで一つにまとめて左前側に垂らす。
 服は私の手持ちの中で一番質の良いものを持ってきているので、それに着替える。
 私とライラが作った服は奇抜過ぎて商談には向かない。素人の手作りの服で商談に挑むほど私は挑戦者チャレンジャーでも無謀でも考え無しでもない。
 この商談で空を飛ぶ予定は一切無いので、その服自体を荷物として持ってきてすらいない。
 
 普段使いするには不便で神経を遣うレースやフリルの多い服だが、着替える際に他人の手伝いを必要としないのでこれでも平民用の服でしかない。それでもいつもよりも慎重に時間をかけて着替える。
 ちょうど着替え終えたところでライラが続き部屋の扉から入ってきた。

 「おはようございます、ルリエラ様」 

 「おはよう、ライラ」

 いつもと変わらないライラの様子に安心して気が緩んだのをはっきりと感じることができた。
 自覚が無かっただけで、朝からずっと気を張って緊張状態だったようだ。
 今からそれでは商談前に疲れ果ててしまう。
 
 私は深呼吸をして、意識的に自分の気分を落ち着かせる。

 そんな私をライラは心配そうに見ながらも、余計なことは口に出さないでいつもと変わらない態度で接してくれる。
 ライラまで緊張していつも通りではない様子だと、私がライラに気を遣い、更に緊張してしまうことをライラは分かっている。
 だから、ライラは努めて普段と変わらないようにと心がけて接してくれている。

 今日は私が待ちに待った商談の日だ。
 その重要性をライラも十分に理解してくれている。
 
 そんなライラの気遣いをわざわざ口に出すようなことはしない。
 黙って感謝して受け入れて、私も普段と変わらない態度でライラと接する。

 「ルリエラ様、髪型は変えますか?」
 
 「そうね…、ううん、いつも通りこのままでいいわ。ドレスを着ているわけでもないのに、髪型だけ凝っていたらチグハグしておかしくなりそう。頭は慣れているいつも通りの形でいくわ」
 
 「それならせめてリボンでも巻きましょう。少しくらいのお洒落は女の武器で鎧ですよ」

 私はそれすらも辞退しようとしたが、ライラがどうしてもと言うので三つ編みを変えない形でという条件でライラの好きにさせてあげた。

 ライラから少しでも今回の商談が成功するように私に何かをしてあげたいという気持ちが透けて見えてしまい、その気持ちを無下にすることができなかった。

 ライラはいつから用意していたのか、いろいろな道具を持ってきていた。
 私なんて髪を結んで纏めるための髪紐を数本持っているだけなのに、ライラが持ってきて目の前に並べた道具は櫛だけでも5種類もあり、紐やリボンが数十本もあり、何に使うのか用途が分からない物がいくつもある。

 ライラは私が結んで編んでいた三つ編みを解いて背中側に流し、念入りに櫛で頭の天辺から髪の先までをとかしていく。

 これまでに見たことがないほどに真剣な表情で私の髪をいじっているライラに軽口を叩くこともできないで、黙ってされるがままになっているしかない。

 幸いにもそれほど時間はかからず、数分後には髪型は完成していた。

 基本的にはいつもと同じ三つ編みでしかないが、その三つ編みの中に色とりどりの細いリボンも一緒に編み込み、ただの三つ編みよりも複雑な形に編んでいる。
 細い髪紐で結ぶのではなく、白と青と黒の糸で細かな刺繍がしてある美しいリボンが三つ編みの先に結ばれている。

 そのままの勢いでライラに軽く化粧までされてしまった。

 いつもの三割増しくらいに自分が豪華に見える。
 
 「ルリエラ様、どうでしょうか?」

 ライラは満足げに私に仕上がりを尋ねてきた。

 「すごいね。自分がいつもの三割増しくらい豪華に見えるよ!」

 私は正直にそのままの感想を口に出してライラを褒めたが、ライラはなぜかがっかりしてしまった。

 「ルリエラ様……、そこは『豪華』ではなく、『綺麗』と言ってください。ルリエラ様は素材が良いので、磨けばもっともっと綺麗になります。何もしないのは勿体ないですよ」 

 ライラにものすごく残念な子を見るような目で見られながら苦言を呈されてしまった。

 これまでこういったお洒落や外見については完全に無頓着だった。
 
 田舎者である私が下手に外見を弄っても、見栄を張っているだけのように見られるかもしれないと思っていた。学園では私が田舎の孤児院育ちの平民と知られているから、わざわざ外見だけを取り繕う意味が無かった。むしろ、急拵えでそんなことをすれば、口さがない人たちから何を言われるか分かったものでは無い。
 自分の身を守るために敢えて外見を気にしないようにしていた。

 それに、空を飛ぶのに外見は何の関係も無い。
 相手を不快にさせないくらいの清潔さと相手への礼を失しないくらいの装いさえ保てていれば特に何の問題も無いと考えていた。
 学園都市では認定理術師のローブさえ身に付けていれば、美しさや外見の良さなどは何の関係も無かった。

 でも、これからはもう少し外見にも気を遣うべきかもしれない。
 洗練された都会の人間にまでなれなくても、田舎者丸出しの小物感を隠すくらいの努力はしなくてはならない。

 研究や実験や理力や理術に一切関係が無くて影響が無くても、認定理術師としてもっと自分の格好に気を遣うべきだった。

 認定理術師のローブだけでは、私の顔や服や雰囲気など全てを隠してはくれない。完全に誤魔化してもくれない。

 貫禄や自信がまだまだ足りていないのだから、せめて外見だけでも立派な理術師に見えるように努力をしなければならない。
 これまでは私が怠けていただけで、努力不足だった。

 美しくなりたいという願望も、綺麗な格好をしたいという欲求も無いが、認定理術師の義務として頑張らなければならない。
 
 「ありがとう、ライラ。こんなに美人にしてくれて。これからはもっと外見にも気を付けるようにするわ」

 ライラは私の返答が望んだものではなかったようで、何か違うというすっきりしない顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 仕度が完全にできて、それほど経たずにアヤタが扉をノックした。
 ライラが案内して部屋の中に入ってきて、私を一目見た瞬間にアヤタは目を見開いて息を止めた。

 それはほんの一瞬でしかなく、アヤタはいつもと変わらぬ軽い笑顔を浮かべて、

 「ルリエラ理術師、おはようございます。本日はいつにも増してお美しいですね。思わず見とれてしまいました」

 と軽口を叩いて褒めてくれた。

 私はそんな軽口を真に受けずに流していつも通りの挨拶をする。

 「おはよう、アヤタ。ライラのおかげでいつもよりも綺麗になれました。それでは朝食を食べながら本日の予定についてお話をしましょう」
 
 私の言葉にアヤタも何かが違うという表情を浮かべたが、そのまま朝食を食べて、軽く本日の打ち合わせを済ませた。

 いつもよりも服を汚さないように、化粧が落ちないようにと、気を遣いながらの朝食になってしまった。
 もっと普段からこういった装いに慣れていれば、こんなに気を遣って疲れてしまうこともないのだから、やっぱりもっと頑張る必要があるなと再認識できた朝食だった。

 そして、約束の時間ぴったりに迎えの馬車が到着し、その馬車に乗ってアジュール商会の商館へ商談へ向かった。







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