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第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!

9 懸念

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 私とライラとアヤタの三人でアジュール商会から手配された馬車に乗り、早朝の日が昇る頃に学園都市を出発し、夕方の日が沈む直前に目的地である国の最南端に位置する港町のイクゾラに到着した。

 馬車はこれまでに乗ったどの馬車よりも豪華で綺麗で立派で乗り心地が良く、丸一日馬車の旅でも疲れはほとんど感じていない。乗り合い馬車の旅とは比べ物にならないほど、とても快適な旅だった。

 その馬車は町に入ってそのままアジュール商会が予約してくれていた超高級なリゾートホテルのような素敵な宿の真ん前まで送ってくれた。
 宿の中へ入ると、どこかの貴族の屋敷に仕えている執事のような紳士の従業員にスイートルームのような広くて豪華な部屋に案内された。

 主寝室の他に使用人用の部屋も数部屋付いており、ライラとアヤタはそちらの部屋を使う。だから、この5人は余裕で寝転がれそうな天蓋付きのベッドは私専用だ。
 このベッドだけで、私の孤児院でのシスター見習いの時の一人部屋よりも広い。
 
 私の人生でこれほど豪華な部屋を初めて見る。
 学園都市で故郷の領主からの紹介で泊まった貴族御用達の部屋や故郷の領主の館のどの部屋よりも目の前のこの部屋は豪華だ。

 金銀が使われてキラキラして派手な部屋というわけではない。
 全てが超一流品で、上品で、素敵で、細部まで手が込んでいて、丁寧に手入れされていて、完全に計算され尽くされている完成された美しい完璧な部屋。

 そんな部屋に入った自分が全く部屋の格に合っていなくて、まるで異物のように感じられてしまう。

 この豪華な部屋を見て、こんな豪華な部屋に泊まれて嬉しいという感情よりも、胃が痛いような緊張感に襲われた。完全にこの部屋に圧倒されて、所在なさげに部屋の中で立ち尽くしている。
 ライラも同様に気後れした様子で呆然と私の後ろに立って部屋の様子を伺っている。

 「アヤタ、どうしてこんなに大歓迎されているの?」

 私は泣きそうな情けない顔をして荷物を宿の従業員から受け取り終えていたアヤタに問いかけた。

 アヤタは私の質問の意図が分からなかったようで、
 
 「大歓迎?この宿はアジュール商会が経営している宿なので、宿代を気にする必要はありませんよ」

 私が宿代を心配していると勘違いして、明後日の方向の回答をくれる。

 「そうではなくて…、え~と、その、ちょっとこの部屋は私には贅沢過ぎないかしら?あまりに豪華過ぎというか…、私に合っていないというか…」
 
 「この部屋が気に入らないのですか?それなら部屋を変えてもらいましょう。でも、この宿はどの部屋もだいたいこのような部屋ですよ。変えてもらってもあまり大きな違いは無いかもしれません。でも、もう少し落ち着いた雰囲気の部屋に変えてもらいましょう。違う部屋の方が寛げるかもしれませんからね」
 
 私は必死に部屋を出て行こうとするアヤタを止めた。
 私が言いたいことは部屋が気に入らないという文句でも、部屋を変えてほしいという要望でもない。
 「なぜここまでの大歓迎を受けるのか」という理由が知りたかっただけだ。

 商談に来た相手にここまでの手配をするのが一般的なことなのだろうか?
 商会から商会専用の馬車をわざわざ用意してくれて、宿まで手配してくれるのが当たり前のことなのか?

 私がアジュール商会に商談を持ち込んで検討してもらう側であるのだから、私の方がアジュール商会に対してお願いする立場だ。私の方が弱い立場であるのに、アジュール商会からはまるで上客や重要な取引先相手に対するような接待のような気遣いを受けている。

 どう考えてもアジュール商会の対応は一般的とは言い難い。
 絶対に何かおかしい。何か裏があるのではないか?相手が何か勘違いしてしまっているのではないか?

 私はその懸念を部屋から出ようとするアヤタを止めながら、一生懸命アヤタへ伝えた。

 「おかしいことは何もありませんよ。安心してください。貴女に対してはこれは当たり前の対応です」
 
 アヤタは私が何をそんなに不安がっているのかと不思議そうな表情を浮かべて、私の懸念を吹き飛ばすかのようにはっきりと「何もおかしなことは無い」と断言してくれた。

 でも、そんな断言だけでは私の懸念は完全には払拭されない。アヤタを疑っているわけではないが、もう少し詳しい説明をしてもらいたい。

 「どうして私に対してはこれが当たり前なの?」

 アヤタは私が本当に全く何も理解できていないことがこの時点でやっと分かったようだ。
 困ったような表情を浮かべながら、当たり前過ぎて説明が難しいことを敢えて説明するために言葉を選んで、全く何も理解していない私に説明してくれた。

 「貴女が認定理術師だからです。認定師は学園都市にとってとても重要な立場の方です。学園都市への影響力は図り知れません。しかも、ルリエラ理術師は学園の上層部を集めて行われる定例会議にも参加されている現役の認定理術師です。学園都市の上層部の人間相手に一介の商会が礼を尽くして対応するのは当たり前のことです」

 アヤタにそこまで言われてやっと理解できた。
 そして、自分の立場を全く自覚していなかった自分を恥じた。

 私は認定理術師だ。学園では私の上には学園長しかいない。私に命令できるのは学園長だけだ。
 その事実は学園外でも通用する。

 私自身には何の力も無くても、認定理術師という立場には多くの力が付随している。
 今回、私はその力を利用する計画を立ててここまでやってきているのだ。

 頭では分かっていたが、実際にその力をこのように目の当たりにしても全く実感が無くて、自分の立場を正確に理解していなかった。

 認定理術師になってから、私は学園都市から出たことがなかった。
 ほとんどを学園内で過ごしていて、学園の関係者以外と接したこともほとんど無い。
 学園外で認定理術師として他人に接した機会は媒体のガラスを購入するためにその店の店員と話をした程度だ。かなりばか丁寧な対応をされたが、必要なものを手に入れる為の必要最低限の会話しか交わさなかった。だから、その店は客にそういう対応をする店なのだと思っていた。
 アヤタが紹介してくれた商人も丁重に私の対応をしてくれて、私の要望に最大限応えてくれた。
 それはアヤタの紹介とアヤタの伝手のおかげだとばかり思っていた。

 私はこれまで自分の立場や地位を客観的に見たことが無かった。
 認定理術師の影響力を過小評価していたようだ。
 無力な自分と認定理術師である自分をしっかりと分けて考えることができていなかった。

 私は認定理術師としてもっと堂々と振る舞う義務がある。
 ただの学園の関係者ではなく、学園を代表する人間として、外の人間に侮られたり舐められたりしないように、隙を見せないように威厳のある立派な認定理術師を演じなければならない。その責任もある。

 その義務と責任を忘れて、小物のように豪華な部屋に萎縮していた私は認定理術師失格だ。

 あまりの失態に恥ずかしくて俯いてそれ以上何も言えなくなってしまった。

 そんな私を慰めるように、アヤタは優しく声をかけてきた。

 「今日は慣れない馬車の旅でお疲れだったのでしょう。夕食は部屋に用意してもらって明日の商談に備えて早く休みましょう」

 アヤタは慰めの言葉を告げて、夕食の提案をして話を変えてくれた。

 「そうね。ちょっと疲れているみたい。今日は早く休みましょう」
 
 私は自分を恥じるのを止めて、アヤタの思い遣りをそのまま受け入れた。

 このまま落ち込んでこの気分を明日に引きずっては、明日の商談に支障がでる。
 さっさと切り替えて、意識を明日の商談に向けるべきだ。くよくよと後悔するくらいなら、その時間と思考を明日の商談を成功させるために使う方がよほど生産的だ。

 私は意識を頑張って切り替えて、海の幸が大量に使われた新鮮で豪華な夕食を無理矢理完食して、泳げそうなほど大きくて豪華な浴槽に萎縮しながらも風呂に入り、旅の疲れ以外の精神的なもので疲労困憊状態になりながら豪華なベッドの真ん中で小さく縮こまりながら横になった。

 豪華なベッドは寝心地も最高で、私は明日の商談の心配をする間も無く、すぐに眠りに落ちることができた。



  
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