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第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!

7 説得

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 私はアヤタへ自分の考えを必死に伝えて懸命に訴えた。

 アヤタは終始難しい顔をしながら、途中で言葉を差し挟むこともせずに黙って静かに私の言葉に耳を傾けてくれた。

 一通り話終えたところで、アヤタが難しい顔のままで口を開く。

 「貴女の考えとやりたいことは理解できました。でも、わたしが商人を紹介して、その商人に氷を卸すだけでは貴女の望む成果は得られないと思います。それだけならば出来うる限り貴女が氷を作れることは秘密にしておく方がまだ危険は少ないでしょう」

 アヤタはこの問題の私の解決方法に懐疑的だ。

 「ただ商人に氷を卸すだけではなくて、その商人に独占販売させるつもりだけれど、それでは弱いかしら?私の身に何かあればその独占販売権は失うことになるということで少しは有利とまではいかなくても対等な立場になれない?」
 
 私が学園で作った氷を運び出して、商人へ氷を独占販売させて、商人に利を得させる方法。
 私は商人から対価として、氷の販売代金と身を守る後ろ楯を得る。
 
 商人ならば、確実に自分に利益をもたらす商売相手を他人に売ることもしないだろうし、学園と積極的に争いたくもないだろう。
 その商人が私を裏切るならば、私は別の商人に乗り換えることもできる。
 独占販売を止めて、他の商人にも氷を売ることだってできる。
 
 最も利益を確保するためには、私の存在を他人に漏らさず、秘匿して、内密に私との取引を穏便に行うことが一番だ。
 
 欲に目が眩んでいる強欲な商人でなければ、認定理術師である私を学園から誘拐して監禁するような危ない橋は渡ろうとしないだろう。
 そんなことをしなくても、私と対等な取引をするだけでも十分な利益を得ることはできる。
 失敗すれば学園を敵に回すだけではなく、普通に誘拐監禁の犯罪者として国から裁かれて全てを失うことになる。

 下手に考えなしで欲深いある程度の影響力のある貴族に目をつけられるのが一番厄介だ。
 ある程度の影響力を持つ貴族よりも強い影響力を持つ商人が取引相手として必要だ。
 
 アヤタにはそれだけの大商会の商人の伝手があると私は予想できている。
 アヤタが私にガラスを扱う商会を紹介してくれたが、そのさらに上の商会とアヤタは繋がりがあると私はにらんでいる。
 私の元へ来てくれた商人は私の難しい要望をかなり聞いてくれた。
 商人は私ではなく、私の背後、正確にはアヤタの背後の商人にかなりの気を遣っているように感じられた。
 それは彼らよりもアヤタの伝手の元である商人の方が立場が上で力が強いことを示していた。

 ガラスの卸し業を一手に請け負っている商会よりも上の商会となるとどれほどの規模の商会か私には想像もできない。

 でも、絶対にそこらの中途半端に偉い貴族よりも影響力や権力などは強いに違いない。

 そこと対等な関係で取引ができれば私の身の安全は保証される。
 氷だけではない。
 今後も無自覚に自分がしでかすことで思わぬ危険にさらされるかもしれない。
 
 私は自分の身を守り抜き、自分の願いを叶え、誓いを果たすために、今後のためにも強力な後ろ楯が必要だ。
 簡単に諦めるわけにはいかない。
 今のところ、氷だけが唯一の取引材料だから、氷を使って上手くやるしか方法がない。

 そんな私の必死さをアヤタは真っ二つに両断するようにはっきりと期待を打ち砕いてきた。

 「それだけでは貴女の身を守ることは難しいでしょう。貴女が氷を作れるということは、黄金を生み出せるということと同じです。その事実が広まれば、どれだけの危険を冒しても貴女を無理矢理手に入れて従えようとする人間が現れる可能性の方が圧倒的に高いです」

 私と取引している商人を敵に回しても、私を手に入れたいと求めるほどに氷を作り出せる私は魅力的ということか。
 独占販売権だけでは私を守るほどの利はその商人には無いし、私を裏切らないだけの利を与えられない。

 しかし、私は単純に氷を売って、商人に利を与えることだけを考えていたわけではない。

 「でも、私が作った氷が市場に出回れば氷の価値が下がるから、危険も減るのではないの?」 

 氷の価値が高いから氷を作り出せる私が狙われる。
 それなら、氷の価値を下げればわざわざ危険を冒してまで認定理術師である私に何かしようとする人もいなくなるだろう。
 
 私は氷を作るだけなら、毎日浴槽一杯分くらいなら余裕で作れる。朝飯前だ。
 風呂を沸かすのと同じくらいの手間しかかからない。
 衛生面や持ち運びの問題があるから、浴槽で氷を作ることはしないが、バケツのような入れ物ならば20杯くらいは余裕で氷を作れる。
 蓋付きで取手付きのバケツのような入れ物を用意してもらい、それに毎朝氷を作って出荷すればいいと考えている。
 
 氷はナマモノだ。魚や肉のように腐ることはないが、溶けてしまう。
 作った氷を運ぶときは、しっかりと箱に藁やおが屑などを敷き詰めて、そこに氷を入れた入れ物を埋めて、溶けないように注意しなければならない。

 この南部の地域ではずっと保管しておける氷室は存在しない。作った氷はさっさと売り捌かないと価値が無くなる。価値というか物自体が溶けて消えてしまう。

 ある程度氷が市場に供給されるようになれば、今ほどの高値はつかなくなるはずだ。
 
 氷が無くても生活は問題なくできるのだから、需要はそこまで高くはない。
 そこに少量ではあるが、これまでは供給されていなかった氷が一定量出回るようになれば、今までの氷の価格は下がる。
 市場に出回る量が少量であるから、希少性から値が上がっていたが、希少性が薄まれば値が下がるのは当然の市場の原理だ。
 それ以上に需要が高まるというなら、価格が下がることはないが、氷の需要が急激に高まる要素は今のところ存在していない。
 今まで使っていなかった物を手にしたとしても、いきなりもっと多く欲しくなるものでも、利用価値が高まるものでもない。
 
 保存性の無いものではあるから、手に入れたならば、すぐに消費しなければならない。
 買い置きができるものでもないから買い占めは起こらない。
 様々な利用方法があるものでもない。
 珍しいものだから、いきなり新たな利用方法を思い付けるものでもない。

 今まで通りの利用方法ならば、飲み物に氷を入れるか、腐りやすい食品を冷やすか、氷菓を作るかくらいしかない。

 常に安定的に大量に手に入れられるものではないから、冷蔵庫のように常に食品を冷やすことはあまりしない。
 氷以上に価値のある食材でなければ元がとれないから意味がない。

 基本的には氷は裕福な人達が飲み物に入れてたり、氷菓を作ったりすることくらいしか使われない。

 大量に氷を供給できるのならば、食品を冷やすことに使われて、需要が高くなるだろうが、それができるほどの供給量を維持し続けることは現状ではできない。

 アヤタは私の言葉に少し考え込んだが、首を横に振った。

 「商人に氷を売った後、市場への供給を商人がすることになります。今までの氷の価値を変えない程度の供給量に絞られたら、氷の価値は変わりません。普通に考えると、価値を落とすほどに考えなしに氷を市場へ流すことはしないでしょう。氷が溶けてしまっても、少量で高額で売れる現状を維持するはずです」

 薄利多売はあまり儲からない。
 高級品の価値をわざわざ落としてまで氷を売る必要は無い。
 いくらでも大量に手に入るならば、価格破壊をして市場を一変させることもありだが、供給元が私一人という状態ではいつまた以前のように戻るか分からない。
 供給量が以前と同じに戻っても、その場合でも氷の価値は下がったままだ。
 氷の価値が下がったままで、以前のような価値まで上がるにはかなりの時間が必要になる。
 高級品という価値観が壊された後に、再び高級品という認識に改めるのは簡単にはいかない。
 価値が戻るまでは以前売れていた氷さえも売れなくなる可能性もある。

 そこまで考えが及んでいなかった。
 
 ただ氷を商人に卸すだけでは対等な関係にはなれない。
 商人が氷の新たな利用方法を思い付いてしまえば、氷の価値が今以上に高まって下手をすると危険が増すだけになる可能性すらある。
  
 でも、このまま何もしないでいることはできない。
 危険を恐れて何もしないでいることが一番悪い対処法だ。

 ただ氷を商人に売るだけでは解決できない。
 もっと何か手を打たなければならない。

 「いっそのこと私が自分で氷を売ろうかな…」

 「絶対にそれはやめてください!そんな馬鹿なことはするべきではありません。貴女は認定理術師なんですよ」

 思い付きを口に出したらアヤタに本気で叱られてしまった。

 私が直接市場に自分が作った氷を売り出せたらそれが一番いいと思ってしまった。
 私が商会を立ち上げて、氷の売買を専門に行う。そうすれば自分自身が力を得ることができる。
 自分の身を自分で守れる。商会という権力と財力を手に入れることになる。

 でも、それは無理だとアヤタに説明された。

 私が商会を立ち上げることも様々な困難が伴うが、それ以上に取り扱う品が高級すぎる。
 私には氷を買ってくれる客への繋がりが無い。
 いきなり氷を屋敷に持っていって買ってくださいと売り込みをかけて買ってもらえるような品物でもない。

 宝石を飛び込みで売り込みに行くようなものだ。

 野菜とかならまだしも、そんな高級品は何の信用も実績も無い相手から買うようなものではない。
 
 そして、最大の理由は私が学園の認定理術師だから、商売にばかりかまけているわけにはいかないということだ。

 理術の研究をするのが私の仕事であり、使命だ。
 それらを放って、商人の真似事を始めたら、認定理術師を辞めさせられても文句は言えない。
 研究の片手間程度にできることでなければ、認定理術師である私はすることはできない。

 アヤタの説明は当然のことだ。
 私は自分の浅はかな思い付きを口に出したことを謝罪して、絶対に自分で氷の販売はしないと約束した。

 私が自分で氷を売るというのは、本末転倒の事態になる。

 金儲けがしたいわけではない。
 ある程度はお金が欲しいけれど、それは認定理術師としての自分を守るため、認定理術師として研究に使うためであって、認定理術師を辞めてまでお金を稼ぎたいわけではない。

 私は理術師だ。

 もっと理術師としての特性、利点、立場を生かして商人と交渉しなければならない。

 理術師…理術…学園、生徒…研究生、認定師…講義……理術士…認定理術士………!

 私はとても認定理術師らしい方法を、認定理術師にしかできない方法を閃いた!!



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