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第3章 私はただ静かに研究したいだけなのに!

20 感謝と謝罪と歓迎④ デザート

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 何がいけなかったのだろう?

 デザートを出した瞬間にそれまでの和やかだった雰囲気が一変してしまった。
 研究室全体が緊張感の漂う緊迫した空気に支配されている。

 アヤタは難しい顔をしてデザートを見ている。
 怒っているような、緊張しているような、驚いているような、戸惑っているような、笑顔が完全に消えて強張ったアヤタの表情から正確に感情を読み取ることができない。

 場の空気の激変に付いて行けずに困惑している私はアヤタの様子を見ることしかできないでいる。
 ライラも激変した場の空気に飲まれてしまい、デザートを出したままの状態で固まっている。
 何か自分に不手際があっただろうかと顔を真っ青にして不安そうにしている。

 私はアヤタから目を離して目の前に出されているアイスクリームを見つめてなぜこうなったのかを考えてみた。

 目の前に出されているデザートは手作りのアイスクリームだ。
 このアイスクリームは薄いキャラメル色をしている。薄く削り取ったアイスクリームを花びらに見立てて少し深みのあるあまり大きくはない白い皿に花のように円形になるように盛り、沈んでいる中心部分に木苺に似ている赤い実のコンポートを載せている。
 見た目はキャラメル色の花びらと赤い雌しべのコスモスの花のようであり、なかなか美しい仕上がりとなっている。
 見た目には何の問題も無いように見える。
 
 それなら何が問題なのだろうか。

 デザートにアイスクリームを出すことは何か失礼なことだったのだろうか。
 「場の空気を冷やす」「冷めた関係」「簡単に溶けて消えて無くなってしまう絆」「身体を冷やす冷たい物は健康に悪い食べ物」とかそういう意味合いがアイスクリームには含まれていたのかもしれない。

 それとも、アヤタは実は乳製品が食べられなかったのだろうか。
 しかし、さっきのミートローフの中のチーズは問題なく平らげていたのだからそれが理由では無いだろう。
 
 デザートをアイスクリームにしたのはライラの後押しがあったからだった。

 私が試作したアイスクリームを出されたライラは感激して、「まるでお姫様にでもなったような気分です」と大喜びしながら食べてくれた。
 こんな簡単なものがデザートで大丈夫だろうかと心配していた私にライラがそんな心配をする必要は無いと私の不安を吹き飛ばしてくれた。 

 「氷菓アイスは貴族しか食べることができない超高級で希少なお菓子です。氷菓なんてどこにも売っていないから簡単に手に入れることはできないですし、普通の人が簡単に手作りできるものでもありません。これを出されて喜ばない人なんていませんよ」

 そう太鼓判を押してくれた結果、歓迎会のデザートはアイスクリームに決定した。

 ライラの情報や認識に誤りがあったのだろうか。
 
 どれだけ目の前のアイスクリームを見つめていてもアヤタの態度の激変の理由に思い至ることができない。

 私は再びアヤタへと視線を戻す。
 アヤタが不機嫌なのか怒っているのか困っているのかも分からず、理由すらも皆目見当が付かないため、私からは何も言うことができず、アヤタの様子を眺めていることしかできない。

 私は頭の中でどうしたらいいのかとあたふたと慌てふためいて頭を抱えていたが、表面上は何も言えずにアヤタを静かに見つめていると、アヤタがやっと重々しく口を開いてくれた。

 「……これは氷菓アイスですね?」

 私はアヤタがやっと口を開いてくれて膠着していた状況が動いたことにほっとしながら笑顔で答える。

 「そうです。果物の果汁ではなく、牛乳に茶糖を溶かして冷やして固めたものです」

 通常の氷菓は果物の汁を水で薄めて氷で冷やして固めて、それを薄く削ってお皿に盛って食べるらしい。
 味はかき氷のようなものだろうと想像できる。
 このアイスクリームとは別物だ。

 このアイスクリームは牛乳を煮詰めて茶糖を加えて溶かして冷まし、それを混ぜながら理術で冷やし固めて作った。
 カラメルのような茶糖と煮詰めた濃い牛乳の味が合わさってミルクキャラメルのような優しい甘さのする味になった。
 本当なら精製されている白い砂糖である白糖を使って、真っ白なミルクアイスクリームを作りたかったのだが、白糖は茶糖の約100倍の値段のする高級品だ。アイスクリームを作るためにはそれなりの甘さを出すために大量に入れる必要があるので予算の関係で白糖を使うのは難しかった。

  しかし、このアイスクリームでも味と見た目には自信がある。私は自信満々でアヤタの質問に答えた。

 ところが、私の返答を聞いたアヤタは更により一層顔を強張らせてしまった。

 「こんなものを……いったいどういうつもりですか?」

 「…こんなもの?……どういうつもり…とは?」

 自信の品であるアイスクリームを「こんなもの」と言われて、少々傷ついて狼狽してしまい、上手く取り繕えずにそれが顔と声に出てしまう。

 そんな私の様子に気づくことなく、アヤタは自分の言葉の意味が伝わらないことの苛立ちからか、少し声を荒げて私を真っ直ぐに見つめて私の問いに答えた。

 「こんな…こんな希少で高級なものをただの助手の歓迎会のデザートに出すなんて何を考えているのですか!?」

 「…………え?」

 「前菜、スープ、メインの料理はとても手間暇のかかった素晴らしい料理でしたが、材料は一般的なもので特別高価な物は使われていなかったはずです。でも、このデザートは違う。氷菓を作るには氷が必要だ。この学園都市は南部にあり、氷が採れる北部からは距離がある。氷のほとんどは中央の王都で消費されてしまい、南部にはほとんど入荷されていない。この地域では氷は高級食材です。氷の一欠片が金貨1枚はしたはずです。その氷を大量に使わなければこのように牛乳を冷やし固めることなどできはしない。一体このデザートにどれだけの費用を掛けたのですか?」

 氷一欠片が金貨1枚!?氷がそんな高級品だとは知らなかった。
 
 アヤタの言葉を聞いて驚いた私とライラは互いに一瞬顔を見合わせてしまった。
 すぐに顔を逸らしたが、その時には私達はアヤタの態度の急変の理由を理解して安堵していた。

 アヤタは怒っているのではなく、心配して取り乱しているだけのようだ。
 こんな高級品を出してしまって大丈夫なのかとこちらを案じて、感情的になってしまっているだけのようだ。
 
 アイスクリームが嫌いだから怒っているわけではないようで良かった。

 ライラは静かに下がって食後のお茶の用意へ向かった。

 私は原因が分かって安心して心が落ち着いてきたら、アイスクリームが気になり始めてきた。
 常温に晒されてアイスクリームが徐々に端の方から溶け始めてきている。

 アヤタはまだ取り乱していろいろと語っているが、そんな見当違いのことに時間をこれ以上費やしてアイスクリームの食べ頃を逃すのはもったいない。

 私はアヤタが話しているのに強制的に割り込んでアヤタの会話を終了させることにした。

 「アヤタ、大丈夫です。何の問題もありません」

 「しかし…」

 私は水が入っているグラスを手に取り、理術で瞬時に中の水を凍らせてみせる。

 アヤタは一瞬でグラスの中の水が氷に変化した現象に唖然として、毒気が抜かれたように一瞬で静かになった。

 「このように凍らせたので、氷は購入していません。他の料理と同じように手間暇を掛けて作っただけです。さあ、話はこれくらいにしてひとまずデザートを食べましょう。せっかくのデザートが溶けてしまいます」

 私はそう言うと凍らせたグラスをテーブルに戻し、さっさとスプーンを手に取りアイスクリームを掬って口へと運んだ。

 やはり少し溶け始めている。柔らかくなり過ぎだ。早く食べなくてはならない。

 私は黙々と大急ぎでアイスクリームを口へと運んだ。

 理術で液体を個体にすることはそれほど難しいことではない。お風呂の水を沸かすよりもアイスクリームを作る方が量が少ないので理術の行使は簡単だった。

 水を温めるのと同じようにただ単純に水の温度を下げるだけでなく、分子同士を動かしてしまえばもっと簡単に水の状態を変えられる。
 物体は分子の結びつきによって個体、液体、気体のような3つの状態を生み出している。
 水蒸気では水分子が空気中を自由に動き回っている状態、液体では水分子はお互いにくっ付いているがある程度自由な状態、氷では水分子がしっかりと結びついている状態。

 液体の中に含まれている分子をくっつけるようにイメージして理術を使えば簡単に凍らせることができた。
 水だけではなくて、牛乳の成分や茶糖の粒子なども混ざっているので、水だけのときよりも理力が多く必要になったが、全体量がボールひとつ分だけなのでそれ程多くの理力を使わなくて済んだ。

 しかし、一瞬で冷やし固めてしまうと滑らかな舌触りの美味しいアイスクリームにはならない。

 滑らかな舌触りを出すために、一瞬で固めるのではなく、ゆっくりと時間をかけて、かき混ぜて空気を含ませながら冷やしていかなければならない。

 ゆっくりと冷やしていくという力加減が少し難しかったが、特に何の問題も生じることなく作ることができた。

 今回の料理ではアイスクリームが一番材料費も安く、手間も時間もかかっていない。

 だから、アヤタの心配は的外れもいいところだ。
 こちらを案じてくれたことは純粋に嬉しいが、取り乱したアヤタの姿にはちょっとびっくりしてしまったな。

 私はそんなことを思いながらせっせとアイスクリームを食べていた。
 
 興奮していたアヤタが完全に落ち着きを取り戻してアイスクリームに手を出したのは、私がアイスクリームをほぼ完食した頃だった。




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