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第2章 私はただ普通に学びたいだけなのに!

2 宿

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 学園都市はなだらかな丘まるまる一つを町にしている。
 一見すると坂道には見えないくらいの傾斜しかないが、道を歩いて行くとどんどん丘の上へと向かうことになる。
 馬車が余裕ですれ違えるくらいのメインの大通りには沢山のお店が並んで活気があり、人も大勢いて真っ直ぐ歩くのが難しいくらいに人が集まっている。
 足元は土ではなく、石畳だ。石を埋め込んで道をきちんと整備している。ところどころ出っ張りや凹みがあり、足が引っかかって転びそうになる。歩きやすいのか歩きにくいのかよく分からない。これは石畳の道に慣れていないせいだろう。

 大通りの両側のお店は立派な店構えの高級店ばかりのようだ。私には全く縁のないお店だから、特に気にもせずに素通りした。
 大きな道以外にも建物と建物の間に細い道がいくつもある。その隙間からいい匂いがしたので、少し覗いてみた。
 細い道の先にぽっかりと建物の無い空間が現れた。そこは露天市場のようで、野菜や果物、お肉、軽食の屋台などがたくさん並んでいる。
 私がこれから縁を持つお店がいっぱいありそうだ。
 寄り道をしたいが、手には大きな荷物を持っているし、済まさなければならない用事もある。
 来た道を戻って大通りを再び歩いて、ひとまず宿を目指した。

 大きな道も一本道ではなく、分かれ道もいくつもある。
 何度も迷いそうになりながら、親切そうな人に宿の名前を伝えて行き方を教えてもらった。
 そしてやっとたどり着いた領主に紹介状をもらった宿は明らかに「貴族御用達」の超高級な立派な店構えの宿だった。
 きっと親切に道を教えてくれた人たちは私が仕える主人が泊まっている宿へ行くために道を聞いている使用人だと思っただろう。
 それくらい私には場違いの宿だ。私の服装では宿泊客本人ではなく、宿泊客の使用人のメイドにしか見えない。

 私は客扱いされずに追い返されたらどうしようと不安に思いながら、他に宿のあてもないので、仕方なく入口へ向かった。

 勿論、私にこの宿の宿泊料の支払などできない。
 宿の支払は後日、宿から領主へと請求して支払がされるらしい。だから、遠慮なく泊まるように言われている。
 領主から旅の費用と当面の生活費を用立てて頂いているから他の宿に泊まろうと思えばできなくもないが、それをしたら領主へ恩を仇で返すことになる。
 領主にわざわざ紹介してもらったのに、その宿に泊まらなかったことが、請求がいかないことでばれてしまう。
 私は分不相応で気後れしても、この超高級宿に泊まらなくてはならない。

 今までの旅の途中で泊まった宿も領主の紹介でそれなりに良い宿ではあったが、この宿ほどに「貴族御用達」「超高級」「庶民お断り」という空気の無いほどほどの宿だった。
 この学園都市ではこの宿に泊まらなくてはならない理由があるのだろう。
 私は意を決して扉をくぐった。



 結果的に何の問題も起きず、不愉快な思いもせずに客室へと通された。
 あんなに気合を入れていたのに、肩透かしを食らった気分だ。
 やはり一流店は対応も一流だった。
 私が気後れしておどおどと挙動不審であっても、受付嬢は終始上品な笑顔と丁寧な態度を崩さず、一切見下すような素振りは見せない。
 おかげで私はそれ以上萎縮することもなく、落ち着いて話ができるようになった。

 案内された客室は1人部屋だった。
 このクラスの宿には他人と一緒の部屋に泊まる相部屋は存在しないだろう。
 今まで泊まってきた宿も1人部屋だった。
 どこも孤児院の私の部屋よりも広く、家具も上等な物ばかりだったが、この宿の部屋は一際高級さが増している。
 白と青を基調にした落ち着いた雰囲気の上品な部屋だ。調度品も領主の館で見た物と同等くらいの質の良い物が置かれている。
 ダブルベッドサイズの大きなベッド、ふわふわの布団、真っ白なシーツ、細かい彫刻のされている机、布張りの椅子などどれをとっても高級品だということが一目で分かる。



 なぜ私が育った村の領主は私にここまでのことをしてくれるのだろう。
 領主本人に直接そんなことを問いかけることはできなかった。
 そんなことをしたら相手の慈悲と親切心を疑っていると言っているものだ。
 ただ純粋に相手の慈悲を受け入れて、ありがたがることしか私にはできなかった。
 領主相手に裏を探ろうとするなんて、そんな大それたことはできない。

 漠然と「自分の領地の領民が学園に入学することは大変に名誉なことだ」というようなことは聞いた。

 それほどに自分の領地の領民が学園に入学することに意味があるのだろうか。
 これほどにたった一人に手間もお金もかけて、多大な労力を割くほどの理由はどこにあるのだろう。
 ずっと疑問を抱き続けてきたが、私にとって不利益は何も今のところ無い。
 いつかこの受けた恩を領主に返せればそれでいい、と思い切るしかない。
 ひとまず、そういった不安は考えないことにしよう。

 ああ、ふかふかのベッドが私を呼んでいる。
 しかし、やるべきことがあるから眠るわけにはいかない。
 早くやるべきことを終わらせて、早く就寝しよう。

 私はそう決意して、学園へ行くための準備を始めた。

 動きやすく汚れても構わない旅装から着替える必要がある。
 ざっと身体を濡らした清潔な布で拭いて、私が持っている一番上等な服と靴に着替える。
 上流階級の商人の娘が着るくらいの質の良い服だ。これも領主に頂いた。
 学園に入学するときに、少しは身なりを整えて行った方がいいとお気遣い頂いて準備してくれていた。
 新しく仕立てるほどの時間は無かったので、頂いた洋服は中古品だがサイズはちょうど良かった。
 繊細なレースが贅沢に使われている首元までボタンで留める白いシャツと複雑な刺繍がされているリボンでウエストを調節できる黒のスカート。黒のベストとジャケットもセットになっている。

 部屋に掛けてある鏡で自分の姿を確認する。

 うん、最低限の清潔さを保っているだけで、特に容姿には何もお金をかけていないことは見る人が見れば分かる仕上がりだ。
 服だけ上等なものを身に付けても、あか抜けない田舎臭さはそのままだ。
 服が似合っていないというわけではないが、服の高級さに本人が負けてしまって、服に着られている印象を与えてしまう。
 この服に着られている感じはこの服に慣れていけば自然と無くなっていくものだろう。
 しかし、自分の地味さは洋服だけでは変えようが無い。

 真っ黒な髪を三つ編みで垂らしているだけの髪型も紺碧色の落ち着いた瞳も地味な印象を相手に与える。
 それなりに整っていると思う自分の顔も特にこれといった目立つ特徴の無い顔立ちということで地味さに拍車をかけるだけ。
 磨けば光り輝くかもしれないけど、磨いていないので良い部分が埋没して全体的に地味になってしまっている。

 どこにも派手さや華美さ際立った特徴などは全く無い、人の目を引かない私。

 あの田舎の村で少し目立っていたのは、周りの人とは違う髪の色と瞳の色のせいだった。
 ちょっと都会に出たら、様々な髪の色に瞳の色、肌の色も少し違ったり、着ている服も人によって多種多様だ。

 田舎の村でこんな上等な服を着ていたら目立ってしょうがないけれど、ここではそんなことは全く無い。私が着ている服よりももっと上等な服を着ている人達がいっぱいいる。

 「私って意外に地味だったんだ……」

 村では周りの人たちと違うことに無意識にどこか疎外感に苛まれていたが、ここでは周囲に完全に溶け込むことができる。
 これなら学園に通うことになっても目立たずひっそりと平和に学園生活を送れるかもしれない。

 そんな浅はかな希望を抱いてしまった。

 この地味さが学園では逆に目立つことになることを私はこの時点では全く想像すらできていなかった。

 

 

 

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