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第1章 私はただ平穏に暮らしたいだけなのに!

20 雨

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 ザーー、ザーー、パラッパラパラ、ザーーザー
 3日前から雨が降っている。時々風が強く吹いて、壁や窓に雨粒が叩きつけられている。
 雨のため外出できない子供達は食堂兼居間に集まって静かに勉強をしている。その空気はとても張り詰めて重い。
 雨で外に遊びに行けなくて不満が溜まっているという空気ではない。
 マリーが一昨日から熱を出して寝込んでいるからだ。
 みんなマリーが心配で、マリーの邪魔をしないために息をひそめるようにしてみんなが緊張しているため空気が張り詰めている。

 この世界は医療が発達していないため、ただの風邪や発熱でも、悪化すると命にかかわる。
 マリーは二日も熱が上がったり下がったりの小康状態が続いている。この状態が続くと命が危険な状況だ。
 熱冷ましによく効くグゴの実は森の奥深くの樹になっているが、雨のため採りに行けない。雨が降る中で森に行くのは自殺行為だ。雨だと森の中は夜のように薄暗く、いつもの森でも迷ってしまい、雨で体力と体温を奪われて遭難して死ぬこともある。
 昨日、村人たちにグゴの実を持っていないか訪ねて回ったが、ちょうど時期が悪くてどの家も切らしていた。
 雨が止み次第、私が大急ぎで採取しに行くつもりでいるが、いつ雨が止むのか分からない。
 孤児院長は今日の朝早くに孤児院を出て領都へ向かった。徒歩だと丸1日はかかる道のりだ。薬を手に入れるのに1日と帰りで3日はかかるだろう。それでも、それまでに雨が止むか分からないから孤児院長は出発した。
 私はマリーの看病と子供達の世話に追われていた。
 子ども達もマリーが大変だということが分かっているから、我が儘を言う子はいない。みんな静かにいい子にしている。

 そろそろ夕食の準備を始めようとしたとき、重苦しい空気を破裂させるかのような、ドンドンッ、ドンドンッ、ドンドンッという激しい音が孤児院に響いた。

 一瞬、雨が孤児院の扉を叩きつけた音かと思ったが、「開けて!開けて!」という声もするので人が乱暴に扉を叩いているようだ。
 いったい誰が何の用でこんなに乱暴に扉を叩いているのかと訝しんだが、扉を叩く音はずっと続いている。

 扉の近くに立っている子を制して、私が方向転換して扉の方へ行き、恐る恐る扉を開けた。
 そこにはずぶ濡れで肩で息をしているアンヌが立っていた。

 まさかあんなに乱暴に扉を叩いている人物がアンヌだとは思わず、何も言えずに驚いていると、アンヌが私の肩を強く掴んだ。

 「……ルリエラ、……けて」
 「え?アンヌ、いったいどうしたの?何があったの?」
 「お願い!ジョシュアを助けて!」
 「え……?」

 取り乱しているアンヌの言葉は支離滅裂で要領を得ない。部屋の中へアンヌを入れて、何とか話ができる状態まで落ち着かせた。

 落ち着いたアンヌは今の逼迫した状況とここへ来た理由を説明してくれた。

 ジョシュアが何を思ったのか、こんな雨の日に森へ行ってしまったそうだ。アンヌと両親が必死に探してジョシュアを発見することはできたが、雨で視界が悪く、足元がぬかるんでいたため、ジョシュアは足を踏み外して崖に落ちていた。崖の途中の窪みに運よく引っかかっている状態だが、位置が悪くて誰もジョシュアを助けに行けない。ジョシュアも怪我をしているようで自力で崖を上がることは不可能。
 そこで、アンヌは一刻も早く弟を助ける為に必死になって孤児院まで走ってきた。私に助けを求めるために。

 「お願い、ルリエラ!あなたならジョシュアを助けられるでしょう。だって、あなたは空を飛べるのだから!」

 この言葉に孤児院にいる全員の視線が私に集まった。
 子ども達はポカーンとした表情で私を見ている。いきなり「空を飛べる」なんて言われて理解が追いついていないようだ。
 私は苦虫を噛み潰したような表情を必死に取り繕って限りなく無表情に近い顔になった。
 私ができるのは「浮く」ことだけだ。「飛ぶ」ことはできない。あまり大したことは出来ないと説明していたはずなのに、アンヌは私なら何とかできると確信しているようだ。私はアンヌの過剰な期待に押しつぶされそうになったが、言うべきことは言わなければならない。

 「……アンヌ、私が行っても助けられるかどうかは分からないよ?それでもいい?」
 「あ、ありがとう、ルリエラ!」

 行かないという選択肢はどこにも無い。見殺しになどできない。でも、助けられる保障などどこにも無い。本当に私の理術が役に立つかは不明だ。今まで趣味でしか使ったことがなく、それをいきなり人助けに使えるかはやってみないと分からない。

 助けられるかは分からないと念押しをしたが、アンヌはそれが理解出来ないのか、理解したくないのか、ただお礼を口にしただけだ。
 私の理術のことは口外しないという約束を破ったことに対して、断られるかもしれないという不安の方が大きかったのかもしれない。

 私はアンヌが約束を破ったことに対しての怒りは無い。大切な人の命がかかっているなら仕方ないことだと納得している。
 藁にもすがる思いで私の元にやって来たのならいいのだが、私のことを藁ではなく、しっかりとした頑丈なロープと思われているところが少し困る。

 私には全くジョシュアを助けられるという自信はどこにも無い。
 他人に理術を使ったことが1度も無いから本当にどうなるか、何が出来るかが自分でも分からない。

 それでもジョシュアを救いたいという気持ちはあるから、自分が出来る範囲で最善を尽くすしかない。

 私はエマにマリーの看病を、リサに孤児院のことを任せた。子どもだけで火を使わせられないので、夕食はパンと豆だけで済ませてもらうしかない。

 子ども達はアンヌの切羽詰まった様子を見て、大変な状況だと理解できているのか、空気を読んでいるだけなのか、文句を言う子はいなかった。

 私は雨避けのポンチョを被って雨と風が強い外へ飛び出して、アンヌに大急ぎで現場に案内してもらった。

 雨は風と走っている影響を受けて叩き付けるように顔にぶつかり、ひどく痛い。
 こんな天気の日にジョシュアはなぜ森へ行ったのかと私は雨に顔をしかめながら疑問に思いつつ必死にジョシュアの元へ走った。
 


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