氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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71話

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「私だけでは無かったと思います。王太子は、あの、ナリウス殿下なのですから」

「そうだな。あのナリウスだからな。なぁ、国によっては、後継者争いがあったりするもんだろ?それにラリスの王太子は素行の悪いナリウスだった。だから俺は水面下で、ナリウスの廃嫡の動きがあっても、おかしくないと思ってた。俺が学院に留学している間、あいつの悪評は散々見聞きしていたからな。カリストの、スペアで良いって発言は、我が国は平穏です。問題は有りません。って、対外的なポーズかとも思ったんだ」

「でもカリスト殿下は、ナリウス殿下の事を何もご存じなかった」

「それなんだよ。仮にも王子が自国の問題を何も知らない、家族に何があったのか、何をしているのかも知らない、なんて事が有るか?俺なんて知りたくもないのに、セリーヌとロジャーの、喧嘩の原因まで知ってたんだぞ?」

「レ家の皆さんは、本当に仲が宜しいのですね」

「そうじゃなくて。いや、そうなんだけどな?普通は知ろうとしなくても、故郷の話しは耳に入ってくるものだろ?たとえカリストが、蚊帳の外に置かれていたとしても、ラリスの外交官に会う機会はあったし、商会を立ち上げたなら、商人との接点もある。なら国の噂くらいは、知っていて当然だろ?だがカリストは、そうじゃなかった。俺にはあいつが、わざと情報を遮断したとしか思えない」

「わざと・・・」

「そうわざとだ。だから俺が言いたいのはだな。キャニスが嫌だと思うなら、カリストの謝罪を受けたり、あいつを許す必要はないって事だ」

「はあ」

「分からないか?あいつは森の隠者でも、絶海の孤島に流されたわけでもない。自分の意思でキャニスの事を知ろうとしなかった。自分で選んだ結果に罪悪感を感じて、それから逃れたいからって、キャニスに許しを請うのは虫が良すぎる。と俺は思う訳だよ」

「・・・確かにそうですね」

「カリストに会わない事や、謝罪を受けない事で、君が罪悪感を感じる必要はない。君は心の感じるまま、好きにして良いんだ!」

とシェルビーは、言いたいことを一気に捲し立てると、鼻の頭を恥ずかしそうに指で掻いた。

 え~と。
 何故に、この人は恥ずかしがっているのだろうか。 
 
 これは、もしかして。
 
 殿下はさっきから、僕を慰めようとしてくれていたのかな?

 僕もひとの事は言えないけれど。
 なんて分かり難くて、不器用な人なんだ。

「お気遣いありがとうございます。母にも同じような事を言われたのですが、正直な所、今の僕は、ナリウス殿下で手一杯で、カリスト殿下に構っている暇はないのです」

「・・・・キャニス、こっちに来てくれ」とシェルビーは、自分が座っている3人掛けのソファーをポンと叩いた。

何をする積りなのかと、キャニスは警戒したが、疲れた顔に苦笑を浮かべるシェルビーに根負けし、テーブルを回ってソファーの一番端に腰かけた。

「遠いな」

「そうですか?適切な距離かと思いますが」

「違うな、正しいのはこうだろ」

とシェルビーは、キャニスの腰に腕を廻して引き寄せた。

「・・・近すぎです」

「えぇ~?俺は今日すっごく働いたんだぞ?このくらいの癒しは許してくれよ」

 確かに、疲れた顔をされて居るけど。

「・・・・少しだけですよ」

「ありがとう。キャニスは優しいな。それに・・・良い匂いがする」

子供の様に、キャニスの髪に顔を埋めて、匂いを嗅ぐシェルビーに、キャニスは呆れてしまった。

「殿下・・・そんな風に他人の匂いを嗅ぐのは、如何なものかと思います」

「そうか?最近はアロマ何とかって云うのが、癒し効果があるとか言って、流行ってるんだろ?だったら、俺はキャニスの香りで癒されてるから、一緒だ、一緒」

 どんな屁理屈だよ。
 それに近い。
 近すぎる。

 くすぐったいから、耳元で話すの止めてくれないかな。

「まだですか?」

「ん~~~。もうちょっと」

 本当に子供みたいだ。

「ナミサに、ナリウスの診察を依頼したって?」

「・・・ご存じでしたか」

「まあ、ナミサは宮廷医だし、ライアンの主治医だからな・・・ナリウスが心配か?」

「ええ。心配です」

 キャニスの返事に、シェルビーの身体が強張り、引き寄せる腕の力が強くなった。

「殿下、苦しいです」

「なんで、あんな奴の心配なんてするんだ?」

「彼には使い道があるからです。壊れた道具では役に立ちません」

「それだけ?」

「何がですか?」

「ナリウスを心配する理由は、本当にそれだけか?」

 他にどんな理由があるって言うんだ?

「ナリウス殿下の使い道は、貴方にも説明したじゃないですか。他に理由なんて有りません」

「でも、俺に隠してることが有るだろ?」

「それは、隠しているのではなくて確信が持てないからで、明日か明後日には、ヒャッ!?」

急に耳朶をぱくりと咥えられ、キャニスは反射的に身を離そうと、シェルビーの胸を押したが、その両手首を無骨で大きな手に捕まえられてしまった。

「ちょっ!!何してるんですか!止めて下さい!!」

「・・・耳にキスしてるだけだ。キャニスは耳も可愛いな」

「けっ契約違反です!」

「なんで?契約書には、どこにキスしろとは書かれてないぞ?」

「うっ!」

 迂闊だった。
 もっと内容を詰めて置けば良かった。

「みっ耳を食べないで!」

あむあむと耳朶を甘噛みされ、キャニスが堪え切れずに声を上げると、シェルビーはにんまりと微笑み、キャニスの耳元で囁いた。

「齧るのは駄目?キャニスはどういうのが好き?」

「どういうのも駄目です」

 教えるも何も、何が好きかなんて、知らないよ!

「え~?教えてくれないなら、色々試してみないとな」

Chu!Chu!っとリップ音を立てキャニスのにキスを繰り返したシェルビーは、逃げようとする体をがっしりと抱え込み、甘噛みして赤く染まった耳朶に舌を伸ばした。
 
「あっ!ちょっと。本当に止めて!」

「どうして?」

「くすぐったいからです!」

「キャニスは、耳が弱いんだな?」

 耳が弱くない人なんている?!

 もう!本当に止めて欲しいんだけど!!

それからしばらくの間、反応の一つ一つを確かめる様に、キャニスの耳朶を舐り、しゃぶり尽くしたシェルビーは、キャニスの唇も奪い、その甘さに夢中になった。

そしてシェルビーが満足の溜息を零した時には、キャニスは息も絶え絶え、腰砕けで、彼の事を睨むことしか出来なくなっていた。

そんな愛しの君を抱き上げ、ベットに運んだシェルビーは、キャニスの額にキスを落とし「これ以上やったら、我慢できなくなる」と呟いた。

そして、さっきまでの疲れた様子が嘘のように、つやつやの顔でニッカリと笑い、足取りも軽く、自分の部屋に戻って行ったのだった。

 ・・・・信じられない。

 耳だけでイカされそうになってしまった。

 不覚だ。
 不覚すぎる。
 
 なんで、こんなに巧いんだよ?

 オセニアの閨教育って、どうなってるの?

 う~~。怖い怖い。

 彼と褥を共にする人は、大変そうだな。
 ほんと、僕じゃなくて良かった。

この時のキャニスは、まだシェルビーから逃げ切れると、本気で信じていたのでした。
 
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