氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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67話

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「え~~っと、何と言うか、お疲れ?」

 誰の所為だと思ってるのかな?

着替えのし過ぎで眩暈がする額に、左手を当てていたキャニスは、空いている右目から氷点下の視線をシェルビーに投げた。

「・・・・殿下の所為ですよ」

「俺のせいなの?!」

フイッと視線を逸らしたキャニスから、話しを聞く事を断念したシェルビーは、苦笑を浮かべ傍に控えるパトリックに説明を求めた。

「あ~。確かに俺の所為だ。気が利かなくて本当にすまん」

「こんな事は2度と御免です。殿下には状況改善の対策を要求します」

「改善の対策って言われても・・・・どうすればいい?」

「婚約者として、最大限の誠意と敬意を払うと仰ったのは殿下でしょう。そのくらいはご自分で考えて下さい」

「・・・はい」

 拙い。
 このままでは、キャニスの機嫌を取る前に、追い出されてしまう。

そこで一計を案じたシェルビーは、キャニスの部屋に食事を運ばせることにした。

そして何を思ったのか、シェルビーは獣人を真似、キャニスに給餌をしたがった。

王太子の突飛な行動に、キャニスは困惑し拒絶しようとしたが、訳知り顔の執事が、意味深に頷いて見せると、キャニスは仕方なくシェルビーの給餌を受け入れたのだが・・。

この時主従の考えには、大きな齟齬があった。

キャニスは、このバカげた仲良しアピールも、噂になれば、皇女と帝国に対する牽制になると捉えていた。

しかし、忠実な執事は、気の利かない所の有る王太子の、精一杯の努力を認め、主の幸福を願い、不器用な2人の背中を押していただけなのだ。

キャニスの機嫌をとる事に、全力を注いだ結果。朴念仁がひねり出した苦肉の策は、このあとシェルビーのお気に入りの行動になってしまう。

そして事あるごとにキャニスの口に、食べ物をせっせと運ぶシェルビーを目撃した、侍女や配膳係りの話しから、噂は野火の様に広がって行った。

 

「お疲れのキャニス様の為に、殿下が手ずからお給餌されたんですって?」

「お返しにキャニス様も、殿下に葡萄を食べさせてあげたのだとか」

「とっても睦まじいご様子だったそうよ?」

「麗しい殿方が、睦まじくしている現場を見られるなんて、その配膳係りの下女が羨ましいわ。どんな良い事をしたご褒美なのかしら?」

「私も王宮で働きたいわ」

2人の姿を想像し、うっとりと溜息を吐いた御令嬢たちだったが、今度は揃って悲し気な溜息を洩らした。

「こんなにも睦まじく、愛し合っているお二人を引き裂こうだなんて、帝国の皇女って、噂通り碌な方では無いと思いませんこと?」

「そうよね。彼の方、気狂いだって評判ですもの」

「お聞きになりまして?あの皇女。属国や敗戦国の王子や王女を無理やり攫っては、虐待した挙句。鎖でつないで、ペットの様に連れ回しているそうですわよ」

「それ有名な話しでしてよ?皇女の折檻の最中に、亡くなられた方もいらしたのでしょう?」

「表向きは病死ですけれどね。突然いなくなった方もいらしたとか?」

「そんな方が、皇帝の後継だなんて、帝国は終わりなのではなくて?」

「でも、彼方には第二皇子もいらっしゃるわよね?」

「おつむりが弱くて、遊び人だって話だけれど、本当はどうなのかしら?」

「なんでも、見た目は亡くなられた第二夫人にそっくりな、お美しい方だって話しよね?」

「気狂いの皇女に、遊び人。皇帝陛下も大変ね」

「散々他国を蹂躙してきた、報いじゃなくて?」

「そうかもしれませんわね」

そう呟いた令嬢が、扇子で顔を扇ぐと隣に座った令嬢が、鼻をクンクンと動かした。

「なっなんですの?はしたなくてよ?」

「その香水どうなさったの?」

「あぁこれ?許婚が贈って来たの。この後彼と会う約束があるから、付けて来たのだけど、余り好きではなくて、困っているの」

「それ、帝国の有名サロンの香水よね」

「えぇ。ガレブの香水」

「殿方は帝国産なら間違いない。って感じで、プレゼントして下さるけど、その香水もそうだけれど、何と言うかデザインと言うかセンスと言うか・・・どれも」

「「「「いまいち」」」」

 声を揃えた令嬢達は、うんざり顔で天を仰いだ。

「はぁ~。わたくし、今後は帝国産の物は贈らないでって、彼にお願いしようかしら」

「そうねぇ。国王陛下はお立場的に、帝国との取引を辞めることは出来ないけれど。私達が購入しない分には、好みの問題ですもの、咎められたりはしないわよね?」

「ねぇ。ご存じ?ガレブって、あの皇女が出資なさっているのですって」

「まぁ。それは初耳だわ?!」

「私思うのだけれど、私達や許婚が物を買ったお金で、皇女が贅沢をしたり、キャニス様や殿下を苦しめる資金になるのって、如何なものかしら?」

「それが本当なら、私、彼にハッキリ帝国産はお断りしますわ」

「あら?宜しいの?」

「えぇ。気に入らない物を身に着けるのは、もうんざり。これからは、わたくしの好みをシッカリ伝えて行かないと」

「思い出の品が気に入らないなんて、悲劇ですものね」

 ”その通り” と令嬢たちは頷き合った。

「この後彼とお約束があるのなら、アマテラスでお買い物したらどう?」

「アマテラスって、キャニス様の?」

「そう!お高いばかりで今一な帝国の品より、アマテラスのお品の方が何倍も、質もセンスも良くてよ?」

「それに、皇女よりもキャニス様に貢ぐ方が、何倍も気分がいいわね」

「それもそうね」

頷き合った令嬢たちは、この後さっそくアマテラスに足を運び、また出入り業者の変更を、父親に頼み込んだ。

そしてキャニスへの推し活とも言える、この令嬢達が始めた、帝国産の物品の不買運動は、意外な広がりを見せ、大陸全土へと波及して行った。

後に皇帝が、この時の損失を取り戻すまでには、永い永い時間を要したのだった。



「殿下、私は子供では無いので、自分で食べられると。何度も申し上げておりますよね?」

「でも、これ楽しいぞ?」

「楽しいのは殿下だけです。私にも、自分のペースで食事を楽しむ権利は有ります」

「嫌なのか?」

「嫌と言うより、邪魔です」

「邪魔・・・酷いな」

「酷いのは殿下だと思いますが?殿下のせいで、私のカトラリーが用意されなくなりました。どうしてくれるんですか?」

「そうだけど、丁度」

「丁度、なんですか?」

キャニスの冷たい視線に、シェルビーは、ガシガシと頭を掻いて誤魔化そうとしている。

「でもさ。仲の良いところを見せれば、母上達もこの前みたいな事は、しなくなるんじゃないか?」

 この人は!!
 朴念仁すぎる!

 これは、わざとか?
 わざとなのか?

「何か誤解されている様ですね。王妃殿下とセリーヌ殿下は、貴方から私への贈り物がない事を問題視しているのです」

「え?そうなのか?俺には、もっとキャニスを大事にしろと言ってたぞ?」

 あ~もう。
 面倒臭い。
 いい加減にして欲しい。
 僕達二人とも暇じゃないよね?
 皇女への対応で忙しいよね?

「王妃殿下が仰っていらしたのは、王家としての体裁の話しです」

「体裁?」

「良いですか?殿下がお母様に叱られた舞踏会と一緒です。贈り物は対外的に、相手を大事にしていると言う表現で、貴族はそれを重要視するものなのです」

「あ・・・そうだった」

「私は別に欲しい物などないので、気にしていませんでしたが、王家の体裁も考えろ、と言われてしまいました」

「すまん」

「ですから、これからは、私への給餌は止めて、なんでも良いですから、殿下が選んだ物を、私に贈るようにして下さい」

「なんでも良いのか?」

「殿下が私に贈り物をした。と言う目に見える証拠になるなら、その辺に生えている雑草でも、なんでも結構です」

「いくら俺でも、雑草なんて贈らないぞ?」

 いや。
 この人ならやる。
 絶対やると僕は思う。
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