氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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46話

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 シェルビー殿下に別れを告げ、王宮から逃げ帰ったあの日から、一週間。

 ずっと見ない振りで押し込めて来た、感情が溢れて止まらなくなって、魔力暴走を起こしかけて。

 気絶した後の事はよく分からないけど、目が覚めるまでの間は、ずっと怖い夢を見ていたのだけは覚えてる。

 眠っているときくらい、楽しい夢を見たいけど、現実でいつ捕まるのか、誰が裏切るのか、そんな事ばっかり考えて、怯えて暮らしているんだから、楽しい夢なんて見られるはずないよね。

 三日も目を覚まさなかったから、起きたらベラに大泣きされちゃったし、あの日も八つ当たりしちゃって、ベラには可哀そうな事をしちゃった。

 ベラは甘いものが大好きだから、お詫びに料理長に言って、ベラが大好きなチェリータルトを焼いてもらおうか。

・・・お母様って、あんなに強かったんだ。
全然知らなかった。

 あんなに強いのに、なぜ前世では野盗なんかに殺されちゃったんだろう。

 やっぱり此処って、乙女ゲームの世界だったりするのかな?
だから、どんなにお母様が強くても、設定されたシナリオ通りに話しが進んじゃうとか?

 でも回帰した僕は、色々変えちゃったし。
変えられちゃったって、言った方が良いのかな?

 まあ、回帰が出来るなら、他もなんでも有りだよね?

 もし本当に乙女ゲームの世界だったとしても、僕はやったことが無いから、この先どんなイベントがあるかなんて、全然分からない。

 それに前世の記憶だって、あと5年分しかない。

 あの処刑まで、あと5年。

 今回は、ナリウスから逃げられたけど、もしこの世界にシナリオの強制力があるなら。
僕の命もあと5年なのかな。

 自分の寿命が分かるなんて、なんか嫌だな。

 それも碌な死に方をしないって、分かっちゃうなんて。真面目に生きるのが、馬鹿らしくなって来ちゃった。
 
 でも、これまでの10回の人生は、ずっと真面目に生きて来たんだよなぁ。

 たいして遊びもしないで、戦で戦ったり、仕事ばっかりして。

 日本で生きていたころは、本を読んだりゲームしたり、アニメも大好きだった。だけどなんだかんだで、いつもかつかつの生活だったから、推し活なんて無理。

 今はのんびりさせて貰っているけど、つい最近まで仕事ばっかりで、この世界での遊びなんて、全く分からない。

 結局僕は貧乏性で、何か仕事をしていないと、時間も潰せないつまんない男なんだ。


・・・・・・

「キャニス?今よくって?」

「はい。どうぞ」

「具合はどう?」

「熱も下がりましたし、体の痛みも楽になって来たので、そろそろベットから出られそうです」

「そう?それならよかったわ。わたくしも、久しぶりだったものだから、加減を間違えてしまって、ごめんなさいね?」

「いえ。僕の方こそ、手間をかけさせてすみませんでした。お母様のお陰で、完全に暴走を起こさず、誰も傷つけなくて済んで良かったです」

「キャスは、優しい事を言ってくれるのね。トバイアスの時なんて、散々文句を言われたのよ?あんなゴリラみたいに頑丈な子が、ちょっと魔法で吹っ飛ばしたからって、怪我なんてしないわよね?」

「ゴリラ・・・は、流石に可哀そうなのでは」

「あら?ゴリラがよね?だから何時まで経っても、いいお嫁さんを見つけられないのだって、キャスも思わなくて?」

「・・・・・・・」

 お母様は優しい方なのに、何故お兄様にはいつも辛口の塩対応なのかな?
 
 また話が変な方に行かない様に、話しを逸らすべきかな。

これ以上母が話し続けると、兄の事をこき下ろし始めそうだと感じたキャニスは、母の後ろで控えている侍女が、捧げ持っている大きな花束に、話題を移すことにした。

「あんな花、ここの庭に在りましたか?」

「あれは、キャニスへのお見舞いで頂いた物よ」

「見舞い・・・・ですか」

「ええ。王太子殿下からよ」

 聞くんじゃなかった。
 
「その花は、捨てて下さい」

「・・・・キャニス。お花に罪は無くってよ」

「・・・使用人達に配ってあげて」

見舞いの主がシェルビーだと聞き、頑なに花を見ようとしないキャニスに、夫人は心の中で溜息を吐いた。

侍女を下がらせ、二人きりになると、夫人はベットのキャニスの横に座り直し、キャニスの乱れた髪を、指でそっと耳にかけた。

「キャスは殿下の事が、嫌いになったの?」

「好きも嫌いも、最初から殿下に対しては、なんの感情も持っていません」

「そう?でも殿下は貴方の事が大好きで、とても愛している様だけど?」

「・・・それは殿下の、気の迷いだと思います」

「私には、そんな風には見えなくってよ?」

「お母様・・・・これ以上その話をするなら、出て行ってもらえませんか」

顔をそむけてしまったキャニスの手を取り、夫人は落ち着かせるようにそっと撫でた。

「だめよ。婚約をお断りするにしても、理由がはっきりしないと殿下も、納得されないのではなくて?」

「私が殿下を愛していないから。それで充分でしょう」

「本当にそう思う?殿下は、あなたが気を失った後、直ぐに此方にみえて、ずっとあなたに付き添っていらしたのよ?ずっと真面にお食事も摂って下さらなくて、あなたが目を覚ました時は、わたくしが、食事を摂って少し休むようにと、無理に殿下をこの部屋から追い出した後だったの」

「・・・・」

「殿下は、あなたが目を覚ました事を聞いて、とても喜んでいたけれど、自分の顔は、見たくないだろうからって仰って。そのままお帰りなったのよ」

「だから何です?それは殿下が勝手にやった事で、私が居て欲しいと言った訳ではありません」

 このキャニスの言葉に、夫人はキュッと唇を噛んだ。

「・・・言ったのよ。貴方は殿下に行かないでくれと、一人にしないでと言ったの」

「は・・・?私がいつそんな事を?」

「キャス。貴方はずっとうなされていたわ。それを殿下はとても心配して下さって。あなたの手を握って居られたわ。でも私が代わるからと、殿下には休んで頂こうとした時、あなたは自分から殿下の手を握って。”行かないで” ”一人にしないで” と言ったの」

「僕が・・・・・?」

夫人の顔を見つめ返すキャニスの顔は、驚きよりも、何かを恐れている者の顔だった。

「そうよ、キャニス。だから殿下はずっとあなたの傍にいて下さったの」

「そんな訳ない・・・僕がそんな事言う訳ない」

キャニスは、自分のしたことを認められず、フルフルと首を振り続けている。

「どうして?誰だって傷付いた時や具合の悪い時には、誰かに傍に居て欲しいものよ?」

「でも僕は!!・・・僕は一人で生きて行こうと・・・決めているから」

薄々は感じていたが、自分の息子がこんな悲しい選択をしていた事に、夫人は心臓を冷たい手で、鷲掴みにされた気持ちになった。

「あぁ!キャニス。どうして?どうしてなの?あなたが望めば、どんな幸せだって手に入れられるのよ?それなのに!」

「お母様は知らないから、そんな無責任な事が言えるんです。どんなに頑張ったって無駄なんですよ。僕は幸せになんかなれない!」

「キャニス・・・・・本当にそう思っているの?」

「僕がどう思うかなんて関係ない。そう決まっている。それだけです」

振り払われた手をどうしていいか分からず、夫人は握り込んだ拳を胸に押し当てた。

「どうして決まっているのか。何故あなたにそれが分かるのか、説明してくれるかしら?」

「聞いてどうするんですか?どうせ信じてはくれないでしょう?」

キャニスの投げやりな態度に、夫人はショックを受け、直後にキレた。

「キャニス・ヴォロス・カラロウカ!!」

突然態度を豹変させた夫人に、キャニスは驚いた。

そして、ベットの横で仁王立ちになった夫人に、パチリと瞬いたキャニスは、怒りに燃える母を呆然と見上げたのだった。
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